年の差
まひるは正和と早苗の結婚通知を破り捨てた後、座り込んだままひとしきり泣いた。
少し気分が落ち着くと、まひるは1番最初の古い日記を手に取り開いてみた。
今とは違う懐かしい自分の文字に再会して、ふっと顔が緩んだ。“あの頃の自分”がそこにいたからだ。
まひるの日記。
そこには、正和との結婚前にまひるがずっと恋焦がれていた高校時代のクラブのOBの先輩、雄大との思い出が綴られていた。
(…先輩…)
正和との出会いや結婚の中でも、雄大の存在は大きかった。
まひるの恋は…いや、
まひるの人生は雄大なしには語れない。
雄大との出会いは、高校時代。
小さい頃から歌うことが大好きだったまひるは、高校に入ると軽音楽班に所属した。
そこで、初めてギターを教えてくれたのが雄大だった。
雄大は、正和と同じ年。
まひるよりも4つ年上のOBの先輩だ。
彼女は高校1年生のとき、大学生の彼に恋をした。
まひるは床に座ったまま、黄ばんで古ぼけた大学ノートをめくってみた。
その1ページめには、雄大が作った曲が記されていた。
それは、まひるの誕生日にちなんで作った愛の曲。実らなかった悲しい恋の詩だった。
だけど、その詩には雄大の確かな気持ちが綴られていた。
まひるにとっては一番お気に入りの曲だった。
目が細くて、笑うとさらに細くなり、三日月目になる雄大。
そんな優しい笑顔が大好きだった。
雄大は背が高く、冬はスキー、夏は海という感じで、年がら年中真っ黒に日焼けしていて、白いTシャツとジーンズが良く似合う。
芸能人で言うと、長くてさらさらした髪型のせいかもしれないが、デビュー仕立ての松山千春と西城秀樹を足して2で割ったような感じだろう。当然のように女子からもモテたが、女友達は沢山いても、いざ自分の恋愛となると、かなり奥手なタイプなのだ。
大好きで憧れていた歌手と似ている事もあって、まひるは彼と出逢った瞬間恋に落ちた。雄大の声も、容姿も、いつも周りを明るくさせるような元気な声も、まひるは大好きだった。
ギターもとても上手くて、まひるはいつも彼の歌声に胸をときめかせていた。
最初は、(なんて軽々しい人なんだろう)と思ったけれど、親しみを込めて「おまえ」とか苗字を呼び捨てにして呼ばれることも大好きだった。
だけど…
正和はまひると出逢った瞬間に恋に落ちたのに、雄大は違った。
雄大はまるで妹のように子ども扱いした。
正和と雄大は同じ年。
4歳しか違わないのに…。
(どうして先輩とは恋に発展しなかったのかな…)
少しでも好かれたくて、ひとりの女として認められたくて、大人になりたくて…。彼女は精一杯努力していた。
それなのに…。
未成年の学生時代の年の差は大きいのだろうか。
それとも、当時の自分に魅力がなかったから?
彼には本当に妹がいたから、恋に発展しなかったのだろうか?
それとも…
それとも…。
そんな雄大へのせつない想いが、その後のまひるを大きく変えたような気がする。
想いが強ければ強いほど、その想いを消化するのはとても難しい。叶わなかった恋ほど、心に深く残ってしまうものなのだ。
そう。
雄大という男の存在は、まひるに大きな光を与えたが、その裏腹に、心に深い影も落としていた。