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昼前にエリザベス様がやって来て、わたしは公爵家の別荘に移送された。
ええ、馬車にはさすがアーサーはもちろん、こんなとこで油を売ってる暇はないはずの、エドワード王太子殿下も乗っていらして、狭いです。
というか、美形がきらきらし過ぎて疲れる……。
どうかわたしに画面という名の防護壁をください!
あと、スクショ保存法を……動画でもいい、なんでもいいから保存の手段を……ッ(吐血)
「スクルージの交友関係に、悪魔崇拝教団の司祭を自称する者がいたことがわかった。現在、足取りを追わせているが、はかばかしくない」
「婉曲におっしゃらなくても大丈夫でしてよ、殿下。わたしは平気ですし、アリスが平気じゃなかった場合、介抱の準備は万全よ。ねぇアリス、わたしの膝を枕にしてもかまわないのよ?」
がっちり腕を組まれた状態で、膝枕をお願いするのは、ちょっと無理があるんじゃないかな。体勢に。
「残念ながら、遠慮しようとしまいと判明済みの事実は同じだな。その者は、かき消えてしまったとしか、いいようがない。教団に問い合わせても、そもそもそんな人物は所属していなかった、と否定される始末だ」
「悪魔崇拝教団に、問い合わせたんですか……」
思わず口走ってしまったけど、これは突っ込まざるをえないでしょ?
エドワード殿下が直接、ではないにしても、王太子殿下の部下が悪魔崇拝者にコンタクトをとるとか、おおやけになったら、すごいスキャンダルだよ!
エドワード殿下は、わたしと目線をあわせると、にっこりした。うっ、まぶしい。
「心配してくれるのかい、僕のアリス」
「アリスは殿下のものじゃないわよ」
「アリス嬢、遠慮は必要ない。あの魔族にいってやったのと同じように、いいたまえ。王太子殿下のものになった覚えはないし、これからなる予定もありません、と」
突っ込み早いよ、ふたりとも!
そしてアーサー、微妙に捏造してるよね、それ!
「前々から、内偵を進めていたんだ。スクルージとは別件でね。教団内部に潜入させていた部下も、興味を持って接触をはかったという体裁で派遣した部下も、どちらも該当者の情報を手に入れることはできなかった。消えたというより、最初から存在しなかったかのようだ」
「では、その者が勝手に教団の名を借りていたという可能性もあるな」
「そうだね。スクルージは、アリスを失うことを考え、早急に次の芸人をーーああ、すまないね、アリス。君を愚弄する意図はないんだ。スクルージにとって、すべての才能は金を稼ぐための芸に過ぎなかっただろうから」
あ、はい、それはもちろん完全に同意ですが、その前は?
「わたしが失われる、って?」
「君の労働環境について、注意したんだ。改善が見込めないようだから、わたしが保護しよう、とね。仕度金も払ったよ」
寝耳に水だし、仕度金ってなに⁉︎ そんなの聞いてない。ていうか、王太子殿下の保護ってなんなの!
「エドワード、それは人身売買だ」
さすがアーサー! そうだそうだ、いってやって!
「人聞きが悪いことをいわないでくれ、友よ。そういうわけだから、アリス、君は僕の保護下にある。安心していいよ」
「ああ、エドワード……あなたって、ときどき、ほんっとに愚かよね。アリスがお金で手に入るわけないでしょう? 金銭でなんとかなるなら、とっくに公爵家のものにしてるわよ。よくご存じだと思うけど、うちの方が、王家より裕福ですもの」
そうだったのか!
びっくりしているわたしをよそに、そんなことより、とエリザベス様は話を戻した。
「その者も、異界に攫われてしまったのかしら」
エリザベス様の問いに答えたのは、アーサーだった。
「あるいは、その者は魔界からこちらに侵入してきたのかもしれん。アリスを攫うために、こちらの世界の人間になんらかの儀式をおこなわせる必要があり、そのためにスクルージを焚きつけた、というのは、ありそうな話に思える」
「そいつ自身は魔法で作られた幻影だったということね。それなら消え失せてもおかしくないわ……」
「魔術的に、理屈は通りそうなのかな? アーサーは、そういうことに詳しくはなさそうだが、エリザベス、君は専門家だ。忌憚のない意見を聞かせてほしい」
そういって、膝の上で手を組む王太子殿下の、まぁ実に様になっていることときたら!
いかにも、権力者が識者の意見を聞いているって感じ。正にそうなんだけど、それにしても。これが本物かー、感がすごいよ。
しかし、専門家って。公爵家のご令嬢が、禁忌とされる魔法の専門家て!
いいの? それでいいの⁉︎
「ここでは資料の精査もできないし、わたしの直感でしか判断できないけれど……アーサーの推測は、理に適ったものね。それに殿下、詳しくない、なんて冗談おっしゃらないで。彼は一族でも有数の碩学よ。協力的かどうかは、別の問題だけれど」
「そうなのか、アーサー?」
「ベスがわたしを評価してくれるとは、明日には鰊の雨でも降るんじゃないかな。まぁ、非協力的なのは認める。今回は例外だと思ってほしい。そして、詳しいかどうかでいえば、詳しいのは当然だろう。敵を知らずに、どうやって戦おうというのだね?」
アーサーはエリザベス様の従兄だ。一族っていえば、一族なのか。
でも、この話の流れだと、公爵家とそこに連なる皆様って、魔法とかそういうのの専門家? ってことになるんだけど、マジですか?
「さすがだな、アーサー」
殿下、わたしもそう思います。アーサーは、さすがの塊です!
道中の会話から察するに、公爵家はやはり、魔術の権威であるらしかった。それも、国を陰ながら支えてきた、っていうタイプの。
だから、公爵家と魔法の繋がりが世間にバレそうになったときは、王室も、それなりの手段を講じて守ってくれるらしい。
ちなみに、アーサーがオカルト知識に詳しいことをエドワード殿下が知らなかったのは、そう勘違いされるように、アーサーが仕組んでいたから、だそうですよ。
知られたら最後、王太子の便利屋にされかねないからな、と本人の前でズバっといってのけるあたりが、さすがアーサー。本物だ。
馬車が目的地に着く頃には、わたしはぐったりしていた。
なんだろう……美形あたり? そんなのあるか知らないけど、美射病っていうか?
美形力を至近距離で浴びつづけるのって、こんなに疲れるのね……。
エリザベス様は疲れているわたしを気遣って、着替えて部屋で休むようにいってくれた。男どもは追い払っておくわ、まかせなさい! と。
案内された部屋は、とてもだらっと気を抜けるような雰囲気ではなかったし、メイドさんに傅かれてのお着替えは、落ち着かないにもほどがあったけど、エリザベス様が用意してくれた白いドレスは、いかにもヴィクトリア朝の少女! って感じのデザインでうっとりするし、淡いピンク色の絹のサッシュがまた、結ぶときにキュッと音をたてるのとか、たまらないですね……。
アーサーの家からここに移送されるにあたっても、一応、着替えたんだけど、すごく急かされてたし、無茶な量のペチコートに圧倒された、くらいしか印象にない。
鏡を見る余裕すら、なかったし。
シルヴェストリの城でも、そういえば、鏡を見る暇はなかった。なにしろ、アーサーが突き出して来ちゃったからなぁ……。
今、メイドさんに髪を結われながら、わたしはわたしを観察する機会を、ようやく! 獲得しました!
感想。
モブ顔だわー!
以上です。
美形トリオにちやほやされて、わたしって、ひょっとしてイケてる⁉︎ なんて思った過去を葬り去りましょう。まず、地の底につづくような穴を掘ります。次に、身を投げます。
ああー、もうほんと!
自分の価値がどこにあるのか、わからない!
やる気のない癖っ毛、つまりサラサラ感はないけどクリクリ感もない曖昧な栗色の髪を、メイドさんはコテで丁寧にスタイリングして、腰のサッシュとお揃いのリボンでまとめてくれた。
襟元には、ものすごく繊細なカメオのブローチ。
おしゃれできるのは嬉しいけど、ガチの美形を見慣れた眼には、自分のモブ力の高さが辛いです。
でも、暫くしてあらわれたエリザベス様は、わたしの姿を見て、それは喜んでくださった。
「とても似合うわ、アリス。そのリボン、あなたの髪の色に合うと思ったの! やっとつけてもらえて、幸せだわ」
「エリザベス様がおつけになった方が、お似合いになりそうですけど……」
「やさしいアリス、ありがとう。でもね、わたし、眼の色がこれでしょう? 合わないのよ、ふわっとしたピンクが……。だから、ちょっと憧れの色なの」
「エリザベス様なら、なんでもお似合いです」
わたしは、確信をもってそういった。
眼をしばたたいているエリザベス様の手を握り、自分でもちょっと勢いよ過ぎるかな、と思うくらい勢いよく申し上げた。
「お好きなものをお召しになってください。リボン、交換しましょうか?」
だって、好きなものを着てほしいじゃない!
そもそもエリザベス様が用意してくださったリボンを、自分のものであるかのように、交換しましょうっていうのはどうかと思うけど。
あっ、それ以前に、用意してくださったものを突き返すような流れになってないか⁉︎
「あ、す、すみません、わたし、失礼なことを……」
「ううん、いいのよアリス。ねぇ、庭にピクニックの用意があるの。せっかく、倫敦を少しばかり離れたのだから、田舎らしい風景を楽しみましょう?」
庭でピクニックというパワー・ワード、いただきました!