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番外編 善きロンロン市民の嗜み 4

 わたしは考えた。

 アーサーは、乙女ゲーム『帝都ロンドン、霧に消ゆ』のキャラクターだ。

 つまり……ええと……ゲームメーカーの名前……じゃ、ないよなぁ?

 キャラクターを考えるのって、シナリオライター? じゃあ、その名前を思いださないといけないのかな。いや、それはちょっと無理……すみません、アーサーの生みの親の誰か様、全然お名前わかりません!


「わからない、です」

「君ではない」

「……うん? はい、そうですね。わたしではないです」

「それが、ここにいるのが君だけではないということの意味だ」

「……ちょっとわかりません」


 アーサーは、ため息をついた。頭のできが残念な輩は、これだから困る。という風に。

 うわぁ、アーサーっぽさ半端ない!


「君は、この世界には君しかいないと思っている。このわたしでさえ、君の妄想に過ぎないとね。たしかに、わたしの言動をシミュレートしているのは君だろう。アリス、その能力の偉大さには敬意を表したいと思うよ。だが、今、問題にしているのは、そこではない」


 じゃあどこなんだ。


「このわたしという人物――外貌も、性格も、生育歴さえ含めたすべては、君ではない誰かが考えだしたものだ。君は、『アーサーらしいアーサー』として、それをシミュレートしているに過ぎない。だから、わたしは君の妄想ではあるが、同時に、君じゃないんだ」


 わたしは考えた。

 そういえば、シルヴェストリの美形っぷりを眺めながら、こんな造形を考えるのは自分には無理だな、と思ったはずだ。

 それは、シルヴェストリが魔族だからでもあり、わたしの妄想ではない本物だから、でもあるけど。

 実は、同じことが、アーサーたちにもいえる。さすがに、魔族のシルヴェストリには及ばないまでも、アーサーは好みどストライクだし、エリザベス様は天使のように可愛いし、殿下は……殿下はそれこそ、わたしの想像力を凌駕する変な人だよな。

 わたしの想像力だけで、かれらができあがったはずがない。

 ゲーム画面から生きている人間っぽくアレンジしたのは、我ながら凄いテクニックだと思う。辛口のアーサーをして、敬意を表したいといわしめるにたる能力なのだろうけど、でも、その根幹にあるのは、外部からもたらされたものなんだ。

 わたしがなぞっているかれらの原型は、わたしの内部から生み出されたものじゃない。


「わたしが考えたものじゃない、ということね」

「そうだ。この景色だってそうだ。さっき参照した写真もね。君はどこかの街で本屋に行き、写真集を手にとった。高価で買えない、でも欲しい、なんて綺麗な写真だろう――そうやって、その本と繋がった」

「繋がった……」


 いつか、どこかで。

 たとえば、わたしがまだ元気だった頃に、本屋で。あの写真集を、手にとった。

 そして、わたしがまだ元気でゲームを楽しめていた頃に、自分の部屋で。『帝都倫敦、霧に消ゆ』をプレイしたんだ。推しはやっぱりアーサーだなー、とかつぶやきながら。


「君は、ちゃんと繋がっているんだよ。君が生きてきた世界と」


 その言葉は、ちょっとした衝撃だった。

 シルヴェストリに、自分以外はすべて偽物で、わたしの妄想だと指摘されてから――ずっと、わたしは孤独だったんだと思う。

 正確には、それより前からかな。

 ずっと、わたしは孤独だったんだ。


 ――でも、思っていたほどでもなかったみたい。


 ぜんぶぜんぶ、わたしの妄想だとしても。

 それは、わたしが生きてきた世界と繋がっているんだ。たとえ、かぼそい糸であっても。はっきり思いだすこともできない、手の届かない記憶の集積に過ぎなくても。

 そこに、わたしの人生があったんだな。


「わかってくれたか?」

「わかった」


 アーサーは、立ち上がった。


「わたしたちは、君の一部であると同時に、世界の一部だ。敢えていえば、このわたしはゲームのキャラクター由来で、厳密には生きていたとはいえないが、それでも――」


 わたしを見下ろして。

 アーサーは、とてもアーサーらしい生真面目な表情で、告げた。


「――君が、生かしてくれたんだ」


 そうか。

 そうなんだな。

 なぜだか、わたしは納得していた。

 アーサーが語った理屈に納得したというより、なんだかすとんと腑に落ちた感じだ。

 わたしは、ゲームを愛していたことを誇りに思ってもいいのかもしれないな、って。そう考えたことがあったけれど。

 かもしれない、じゃ、なくていいな。

 誇りに思っちゃっても、大丈夫だ。

 キャラクターがわたしの中で、生き生きとふるまえるような、そんな愛しかたをしたんだとしたら。それは、誇っていいんだ。

 わたしがしみじみと感動していると、かろやかな足音がして。


「ああ、アリス!」


 エリザベス様だ。


「もうお疲れはとれたんですか?」

「疲れてるとかいってる場合じゃないと気がついたの。アリスがいなくなっていたら、って思ったら……不安になってしまって」

「ベス、そういう表現はよくない」


 エリザベス様は、きっ、とアーサーに向き直った。


「だって、そう思ってしまったんだもの! どうしようもないじゃないの」

「そうではない。アリスは、いなくならない。我々が離れ離れになることは、けっしてない。だというのに、脅すような言動はよくないだろう」

「……アーサーって、ほんっと、正し過ぎて腹が立つわよね」


 その感想には同意しかありません。


「あの、でもさっき」


 あんまり時間がないって。アーサーが、そんなことを口走っていたのを思いだしたわたしに、ああ、とアーサーはうなずいた。


「はっきりいっておこう。あの魔族がいっていた『かりそめの不死』とやらだが、効果時間が切れつつある」


 余命宣告か!

 アーサーが、さすがアーサーだ……はっきりきっぱりしてやがる!


「あの……サンドウィッチが小さくなり過ぎてもう半分にできない、みたいな?」


 その比喩を持ち出したのはシルヴェストリだけど、アーサーにも通じるだろうと踏んだのは、間違っていなかったらしい。


「いや、そちらは問題ない。どこまでも分割できる。ただ、分割するためのナイフの切れ味が悪くなった……いや、違うな。ナイフを持つ手が疲れてきた、という方が比喩としては正しいだろう」


 なるほど。分割のための動力が減ってきたんだ……なんだっけ。魂か。えっ、わたしの魂がなくなっちゃうの?

 それ、肉体の死よりよほど実質的なピンチなのでは!?

 動揺するわたしに、アーサーは肩をすくめて言葉をつづけた。


「わかりやすくいうと、あの魔族に引っこ抜かれているからな」

「引っこ抜……え?」

「アリスの魂は、あちらの世界への移住作業中だったわけだが、それが終わりそうなのだ。だから、アリスの脳をベースに、アリスの主観でなりたっているこの世界は、魂が抜けた時点で終わるということだ」


 なる……ほど?


「いやよ。そんなの……認められない」

「ベスはたまに、駄々っ子みたいになるよねぇ」


 ひっ。エドワード様、いつの間に背後に!?


「だって、わたし、もう……もうずっと、アリスと一緒にいたい」

「ずっと一緒だろう?」


 アーサーは揺るぎない。

 ……なんとなく、認識にずれがある気がする。

 アーサーがいっている、ずっと一緒っていうのは、かれらはわたしの妄想由来のものだから、わたしから切り離されるはずがないとか、そういう意味だ。オリジナルが外部からもたらされたものであろうと、妄想であるには変わりないし。

 エリザベス様がいっているのは、今こうしているように、雑談したり、お着替えしたり、そういうふつうの人間みたいなつきあいができる状態のことだろう。

 だからたぶん、どちらも嘘ではない……んだと思うよ、うん。

 どうでもいいけど、結局、わたしの死因ってなに? 本体、何歳なの?

 いや、どうでもいいんだけど……目の前で泣き崩れる天使を宥めるより重要なことなんて、もはや、なにもないんだけど! うわぁん、エリザベス様ー!


「ちょっと待っててください」


 そういって、わたしは立ち上がろうとしたけど、エリザベス様ががっちりくっついてて無理だった……。


「行っては嫌よ!」

「いや、だって……止めて来ないと。シルヴェストリに、たのんできます」


 この世界を消さないで。どうか滅ぼさないで……たのめばわかってもらえる!

 ……いやどうだろう。

 世界を滅ぼすとか消し去るとか、むっちゃくちゃシルヴェストリに似合ってるな……少なくとも、乙女ゲームのネタを提供して作らせるよりは、百万倍くらい似合ってるな!


「行かないでアリス、ここにいて!」

「見苦しいよ、ベス」

「いいの! わたしはアリスの前でだけは、見苦しくしてもいいの!」


 つねに完璧な小さなレディだったエリザベス様は、そう叫んで、いっそう強くわたしに抱きついた。


「アーサーにも見守られているが、いいのか?」


 そこでちょっと考え直すあたりが、エリザベス様だなぁ。泣きやんでも、抱きつく力は変わっていないけれど。

 そして、ツッコミの入れかたが、なんか変ですよね、エドワード様。

 アーサーは、まさに「愚者を見下す」って感じの視線でエリザベス様を見下ろして……るかと思ったら、違ったわ! わたしを見てたわ!


「アリス、覚えていてくれ」

「はい」


 忘れるわけないじゃないですか。さすがアーサーを。


「わたしたちは、君が好きだ。遺憾ながら、そこの王太子も、従姉妹も、そしてこの場にいない誰にせよ、君が好きだ」


 だってそれは、乙女ゲームの攻略対象なわけだし……。

 そういう思考も、すべて筒抜けのはずなのに、やっぱりアーサーは揺らがなかった。


「君は、もっと君を好きになっていいんだ。自分自身への好意を、我々のような外部からもたらされた存在に割り当てなくていい」


 くいっと片眼鏡を押さえて。でも、いつもより格段とやわらかい笑顔で、アーサーは告げた。


「これからは、君が、君を愛してやってくれ」

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