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番外編 善きロンロン市民の嗜み 3

 方針が決まってからは、早かった。

 資料写真を元に、あれをここに、これをそっちに、ここからこれを引用したらどうだろう、そもそもスタイルを決めて統一しないと、などなど話し合い。今いる部屋を完璧に仕上げようという合意のもと、内装からやり直すことになった。

 途中で、わたしの衣装もロンロンらしいものに変更された。成り上がりの平民服にするか、貴族階級といっても問題ない服にするかで揉めたけれども、結局、可愛いは正義という結論に落ち着いた。つまり、厳密な考証よりも、見た目の可愛らしさを重視したのでございますよ……わたしも本格的に、さすがロンロンの仲間入りですよ。だって可愛いのは正義じゃない?

 ま、どんなに可愛い衣装を身につけたとしても、モブ顔でございますけども!

 わたしの妄想、働くついでにモブ顔を変更できないものか……いやまぁ、どうでもいいのかな。どうでもよくなかったら、とっくにこの顔は変わっているはず。


 モブ顔はともかく。

 部屋をひとつ仕上げるだけでも、けっこうな手間だった。

 カーテンの柄を決めたり、壁にかける絵を選んだり。わたしが集めていたらしい知識の量って、ほんと膨大で。ただ、タグ付けはだいたい妙だったけど……。そりゃ思いだせないよってタグばっかり。

 変なタグの中でもトップクラスだと思ったのは「この端っこに立ってる男の子がマジ天使!」って豆粒どころか米粒くらいの顔のどこをどう見たら……。

 以後、タグを読み上げるのは禁止になりました。

 いやほんと、昔から妄想力が仕事し過ぎだということは、よくわかりましたよ、ええ。


「アリスは、想像力がゆたかなのよ」

「そういうことだね。それでこそアリスだ」


 どういうことですか。そして、どれでこそですか!

 ……などと、ツッコミたいところを堪えて、わたしは作業をつづけた。

 こまかいところまで好みに沿ったものを揃えるのって、大変ではあるけど、それ以上に、とても楽しくて。

 気がつけば、わたしはすっかり馴染んでいた。この妄想世界に。

 当然ですよね。ここって、わたしの、わたしによる、わたしのための世界だものね。居づらいはずがないんですよ。


「うん、なかなかよくできたんじゃないかな?」


 殿下のお墨付きをいただいて、わたしたちの部屋は完成した。

 ひと部屋だけの予定だったけど、一方の壁が硝子張りになっていて、温室につづいている……という手間を増やす設定にしてしまった結果、その温室と、外に広がる芝生の庭、生垣、そしてその奥には鬱蒼とした森が見える……ところまで、できている。室内はエリザベス様とわたしが盛り上がりながら頑張ったので、温室から先はアーサーの担当だ。

 エドワード様? 殿下は、いいね、とか、素晴らしいよ、とか……評価担当? なんか、そういう係でいらっしゃいます。

 なにをやっても、褒めてくださるんですけどね。褒めのバリエーション凄いな、って感動します。


「アリスは、善きロンロン市民というやつだね」

「……はい?」


 まさかゲームキャラにそんなこといわれるとは思わなかったわ……。


「あの、どういう意味で……」

「よく勉強してくれている。作品が好きになっただけでなく、その背景の世界も知ろうとしてくれるなんて、嬉しいじゃないか。ほんと、アリスは最高だよ」

「ちょっとそこの王太子、どさくさに紛れてアリスを口説かないでちょうだい!」


 エリザベス様が凄い勢いで割って入る前に、殿下はわたしの手をとって、その甲にくちづけた。


「人聞きが悪いなぁ。僕は、筆頭臣民であるアリスをねぎらっているだけだよ」

「見たわよ、エドワード!」


 エリザベス様は凄い剣幕だけど、殿下は余裕の微笑を見せ、それから、わざとらしく伸びをした。


「疲れたなぁ。ちょっと休憩しよう」


 褒めてただけの殿下が、真っ先にお疲れ宣言ですか!

 でも、疲れたというのはほんとうらしく、ソファに沈み込むなり、スイッチが切れるように寝入ってしまわれました……あらやだ寝顔が萌える!

 ええー、無防備過ぎないですか、殿下ー。殿下ー!

 つづいて、こちらは全身全霊をこめて作業にいそしんでらしたエリザベス様が、ギブアップ宣言。


「実はわたしも、もう集中力の限界。少し席をはずすわね。……アリス?」

「はい?」

「いなくならないでね?」

「……善処します」


 エリザベス様は、ドアを開けて出て行ってしまわれた……館の輪郭だけは一応作ってあるけど、この部屋以外はすっからかんのはずなのに。

 ……まぁ、エリザベス様のことだし、心配する方が失礼な気もしますが。なんていうか、エリザベス様は完璧だものなぁ。なんでも、なんとかしてしまわれるんだろうし。そして、無防備な寝顔を晒すなんてこと、絶対に、お嫌なんだろうし。

 エリザベス様が出て行ったドアを眺めてぼんやりしていると、アリス、と呼ばれた。アーサーだ。


「せっかく作ったから、温室を見物しないか?」

「あ、はい。是非」


 たしかゲーム内でも、アーサーのお屋敷には温室があった。エリザベス様の「お庭」ほどのインパクトはないけど、でも、「温室」っていう響きがもう素敵だ。

 硝子の扉の向こうにある温室は、美しいドーム型だった。よくわからない植物がたくさん生えているけど、これもきっと、わたしの記憶から引っ張ってきたものなのだろう。

 名前も知らなくても、思いだせなくても、いつか、どこかで見たもの――この温室にある植物に限らず――そういうもので、わたしはできているんだな、と思った。

 わたしが見聞きしたもので、わたしの心はできているんだろう……それこそ、思いだせないものも含めて。

 たとえば、ランプみたいな花とか。巨大なワラビみたいな羊歯とか。名前も知らないけど、きっと、いつかどこかで見たものなんだろう。

 わたしが知らずに知っていたもの。


「お茶でも淹れようか」


 鉄と硝子のテーブルセットは、いかにもわたしが好きそうなデザインだった。役に立たないタグをつけて、記憶の底にしまってあったに違いない。

 アーサーの台詞と同時に出現したティーセットは、ひっくり返したら、裏にウェッジウット、って書いてあるんじゃないかな。ロンロンだし。

 でも、ひっくり返したりはせずに、わたしは椅子に腰掛けて、ぼんやりしていた。

 ちょっと疲れた……そりゃこの妄想、全部わたしがなんとかしてるんだものな。疲れない方がおかしいよ。自覚したら、よけいに。殿下とエリザベス様が退場したのも、たぶん、わたしが疲れてリソースを割り振れなくなったということなんだろうな……。


「さっき、あまり食べられなかっただろう」


 カップに並べて置かれたのは、スコーンだ。

 アーサーのくせに、気がきくな!

 さっそく、クリームとジャムを塗りたくって、いただきます……からの、美味しい〜。ああ、これどう表現すればいいの? 食レポの達人になりたい!

 わたしがスコーンを食べているあいだに、アーサーは温室を歩きまわり、そして戻って来た。椅子に座ると、長い脚を組み、頬杖をついてわたしを見た。

 ぐっ……今こそスクショ機能の実装を……!


「で、だ」

「はい」

「なにを話そうか、考えていたのだが」

「……はい?」

「いざとなると、なかなかうまく言葉が出てこないものだな」


 ア……アーサーが弱気!?

 大丈夫か、わたしの妄想力。さすがに疲れたのか、やっぱり!


「アーサーも休んでください」

「おそらく、あまり時間がないんだ」

「……え?」 

「ああ、誤解しやすい表現だったな。時間はある。いくらでもある。ただ、こうやってじっくり話し合える時間は、もう、あまりない」


 ええええ?


「なぜですか」

「いろいろ限界だと思われるからだ」

「いろいろ……」

「できるだけわかりやすくいうと、君の精神力が、ということになるかな」


 なるほど。

 ……なるほど?


「えっと……この場所に留まれなくなるとか、そういう?」

「そうだな。そのイメージで間違っていないだろう」


 アーサーの言葉を、わたしは咀嚼しようとした。つまり、理解しようとした。でも、うまく飲み込めない。


「じゃあ、なんであんな風に、部屋をつくったり――」

「君に必要なことだったからだよ、アリス。あのときはね」

「必要、って」


 そんなの、おかしくない?

 追求……いや、糾弾しようとしたわたしに、アーサーは微笑んだ。少し、哀しそうに。


「楽しかっただろう?」


 わたしは、開きかけた口を閉じた。

 そうだった。たしかに、楽しかった――だって、楽しいよ。

 ヴィクトリア朝様式の貴族の館をつくるの、すっごく楽しかった。似非かもしれない。可愛いは正義を貫いてしまったドレスみたいに――ちなみに今回は淡いピンクのドレスだ。わたしにはピンクが似合うと信じているエリザベス様に押し切られたのだ――考証的には微妙なのかもしれないけど。さすがロンロンのクオリティかもしれないけど。

 でも、これはわたしが、皆と一緒に考えた世界だ。眠っていた知識をもとに、頑張ってつくりあげた世界だ。

 皆は……わたしなんだけど。


「過去形になっちゃうかな」

「過去形か」

「だって、わたしはひとりだもの」


 ここにいるのは、ほんとうは、わたしひとりだ。

 なのに、はしゃいじゃって、馬鹿みたい。


「ひとりではないよ、アリス」

「慰めてくれなくていいんです」


 向いてないでしょ、アーサー。慰めるとか、発想からなさそうじゃないですか。


「事実だ」

「いや、それはさすがに無理が――」

「事実だよ。君の世界は、君がひとりでつくりあげたものじゃない」


 わたしの言葉を遮って、アーサーは断言した。自信満々に。


「でも、これはわたしの無意識の劇場みたいなものだって、アーサーがいいましたよね?」

「そうだ。だが、君はもうわかっているはずだ」

「……なにをです?」

「こうやって部屋を作るためのイメージは、どこから訪れた? 君の記憶だ」

「そうですよね」

「君は、なにを記憶した?」


 わたしは眼をしばたたいた」


「なにを、って……。いろいろ?」

「君はわたしを、アーサーらしいと評価する。いかにもアーサーだとか、そういう風に」

「……そりゃ、まぁ……アーサーらしいですし」


 だってアーサーはアーサーだもんなと思ったわたしに、アーサーは尋ねた。実に、アーサーらしく。


「アーサーらしさの原型となる『アーサー』を考えたのは、誰だ?」

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