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番外編 善きロンロン市民の嗜み 2

「もう戻って来るなんてね。もっとちゃんと消しとばしておくべきだったわ」

「残念だが、君の魔法にそこまでの効果はない。むしろ、わたしに消しとばされる前に退きたまえ」


 あの、わたしを挟んで魔法大戦はやめてくださいね?

 このひとたち、なんで原作ゲームにない設定をくり出して、戦闘的な魔法使いをやっているのか……いや、なんでもなにも、それもこれもどれもわたしが妄想したってことですか? いやだ、もっと平和な妄想だけ並べておけばよかった!

 スコーンとか! スコーンとか! スコーンとか!


「アリス、お茶にしたいの?」


 ダイレクトに伝わったらしく、エリザベス様が可愛らしく首をかしげる。

 天使!

 ああ、こんなこと考えてるのも全部伝わってるだなんて……いや伝わってるもなにも、すべてがわたしの考えたことらしいけど……。


「エリザベス、公爵家自慢のハイティーを用意したまえ。アリスの好物だ」

「ティー・パーティーか、いいね」


 なぜか殿下も復帰なさっている……まぁ、うん。そういうものだろう。せっかくなので、殿下のイケメンぶりも堪能しておこう……ほんものの王子様だ! 妄想だけど!

 ……うわーん、なにもかもが虚しくなる!

 背後に立っていたアーサーが、わたしの肩に手を置いた。


「なにも、そう悲観することはない。まず、お茶を堪能したまえ。あの魔族の城では出せないものだろうからな」


 いわれてみれば、シルヴェストリはお茶を淹れてくれたりするけど、わたしが知っている紅茶とはちょっと違うというか……だいたいお茶以外の香りがついたなにかで、美味しいかっていえば美味しいけど、なんか違うんだよね。

 そもそも、あれがほんとうにお茶なのかっていう問題もある。だってわたしが飲めるんだよ? なにか魔力を抽出したものとかいう説明の方が、納得いかない?

 まだ、しっかりした身体があるわけじゃないし。引っこ抜かれかけている魂っぽいなにか、という不安定な存在なので……。


 わたしがぼんやりしているあいだに、エリザベス様は立ち上がり、近くにあった小さなテーブルに置かれていたベルを手にとった。

 ちりんと綺麗な音がして、どこからともなくメイドの行列があらわれた。

 ワルツが流れてきたと思えば、いつのまにか楽団が出現していて、真面目な顔で、楽しげな曲を演奏している。二度見しても、三度見しても、変わらない。ヴァイオリン奏者がわたしを見てウィンクした……気がするけど、見間違いかも。

 メイドたちは、くるくると回る。床からせり上がってきた巨大なテーブルの上に、パーン! と真っ白なテーブルクロスが広がって、周囲をとりまいたメイドがその端をふると、きらきらと虹の欠片が舞い散る。

 ふわりと形をととのえたクロス。回るメイドたち。手から手へと渡されて、次々に食器が並ぶ。磨き上げられた銀のカトラリー、美しいサンドウィッチに小さなケーキ、もちろんスコーンとクロテッド・クリーム。ジャムは三種類で、ストロベリー、ブルーベリー、そしてアップル。湯気のたつカップには、華やかな色と香りの紅茶が揺れている。

 ……やっぱり、わたしの妄想、仕事し過ぎなのでは? こんなに頑張らなくてもいいんじゃないの?

 ワルツは終わって、どことなくルネサンス調のおとなしい曲に変わった。


「さあ、アリス、召し上がれ」


 エリザベス様はわたしの隣に、アーサーはわたしの向かいに、エドワード様は長〜いテーブルの向こ〜うの方、短い辺に座っていたけれど、遠いと文句をいうなり、カップを手に立ち上がり、こちらに移動して来た。

 そもにしても。

 わたしの妄想は、やたらと飯テロして来ると思う。そういえば、ラブエタ世界ではミルフィーユを食べそびれたし、プラブ世界ではお値段不明の至高のパンケーキを逃してしまったのが悔やまれる。

 ロンロンは、前に来たときもけっこう食べたよなぁ。エリザベス様と、ピクニックに行ったんじゃなかったっけ……お庭っていうか領地っていうか……そういう場所に。


「アリス、なんだか元気がないね?」


 ちゃっかり、わたしの隣――エリザベス様とは反対側だ――に席を占めたエドワード様に顔を覗き込まれ、わたしは身を引いた。


「そうですか?」

「うん。あと、心配なのは、例の魔族の言葉を全部真に受けちゃってるようだけど、それ、信じていいのかな? とか」

「……はい?」

「さっき説明したように、この世界が君の想像上のものだってことは、我々も理解してるんだ。でも、あの魔族だけが本物って……ほんとうに?」


 ほんとうじゃなかったら、なんなんですか。嘘ですか。

 ここまで考えて、ようやく気がついた。わたしは眼をしばたたく。

 ほんとうじゃなかったら、嘘だよな。

 ……その発想はなかったわ!

 いわれてみれば、わたし、シルヴェストリを微塵も疑うことなく信じてた。信じてました。百パーです。純度MAX!


「アリスのそういうところ、わたしは好き」

「ベスってほんとに抜け目ないよねぇ。なんなの、その急なアピール」

「くだらん。好きかどうかでいえば、我々は全員アリスが好きだし、そういうところに限らず、どういうところだって好きだ」


 この……なんともいえないアーサー感がみなぎった発言からの、片眼鏡クイッって、いやぁ……。

 アーサーですね! わたしの妄想、良い仕事しますね!

 視線が合うと、アーサーはいつもの無表情で、ティーカップを手にとった。


「で、あの魔族だが。どう思う?」

「アリスを奪う時点で有罪だ。ただ、奪って行けるという点で、我々とは違う存在だという証左にはなるよねぇ……」

「取り戻しに行った先は、あきらかにこことは違っていたしな」

「だよね。ベスはどう思う?」

「わたしは嫌い」

「そうか、うんわかった、ベスはたまにそうなるよね」

「完全に信じるに値するかは謎だが、否定する根拠もない、といったところだな」

「そんなやつにアリスを預けるなんて、絶対、嫌よ!」

「暴れ馬みたいだなぁ、ベス。ま、アリスに検討の意識を持ってもらうだけでも、意義があると思うよ。ただ無条件に信じるだけでなく、考えるという意識を持ってもらうだけでもね。今後に活かせるだろう?」


 殿下は、わたしにウィンクなさった。それがもう、イケメンがウィンクするならこれしかないというキマりっぷりで、なんともいえないですね。エドワード様、凄いわー。ありがとう乙女ゲーム。ありがとうロンロン。そしてありがとう、再現度の高いキャラを妄想するわたし! わたし凄い!

 ……などと感心していると、さて、とアーサーが話題を切り替えた。


「とりあえず、アリスが気にしていることを潰しておこう」

「じゃあ、背景を埋めようか」


 殿下の口調は、とても楽しげだ。彼の口から出ると、背景を埋めるという不穏かつ地味そうな提案も、なんだか楽しげ……いや……背景?

 背景?


「たしかに、アリスはずっと気にしていたようだったな……背景があまり描かれていないことを」


 アーサーがずばっと核心をついた。さすがです。


「あの、でも、わたしの知識がたりなくてそうなっているのでは……」

「だから、それをなんとかしようという話だよ、可愛いアリス」

「背景よりドレスを着替えさせてあげたいわ。先にそっちでいい?」

「ドレスは君が持ってくれば済むことだが、背景はそうはいかない。アリスに自覚的に協力してもらう必要がある」


 いやいやいや。


「だって背景って、わたしの知識と、たぶんゲームメーカーのグラフィッカーさんの知識……時間かもしれないけど、そっちも含めて、すべてがたりないから、こうなっているわけでしょう?」


 そしてわたしはもう瀕死なので、知識の更新はできない。

 無理ゲーでは?


「人間の脳というものは、使われていない部分が非常に多い、とされている。まぁ、この引き伸ばしも、その未使用とされている部分が大いに働いているからこそ、実現しているわけだが」


 アーサーの知識レベルが現代人だ! そりゃそうか……。


「アーサー、話が長いわ。もっと短く」

「我々が手を貸せば、すべて思いだせる、ということだ」


 つまりね、とエドワード様が横から話を引き取った。


「君は、僕らの世界を愛してくれた。ヴィクトリア朝英国について調べたり、関連書籍を買って読んだり、いろいろしてくれただろう? その知識は、君の中に眠っているんだよ、アリス。それを揺り起こしてやろう、という話さ」


 そんなことが。

 試験の前に参考書を読んだり教科書を読み返したりしたはずなのに暗記できていなかったことも、ちゃんと脳の中には格納されていた――呼び出せないだけだった、みたいなことですか!?

 我ながら、なんていう比喩だ!


「え……でも、思いだせないんですけど」

「大丈夫よ。思い出すなんて、意外と簡単なことだもの」


 不信感しかない!

 いや、エリザベス様への不信感ではなく、自分の記憶力への……圧倒的不信感がですね。ございまして。


「たとえば、君が読んだ本に掲載されていた写真、だが」


 ほら、とアーサーがテーブルの少し上方を示した。

 ……なんか映像が浮かんでますね?

 なにこれ!


「なんですか、これ」

「今いっただろう。君が読んだ本に掲載されていた写真だ」


 いや聞いたけど! 聞いたけども!


「ちょっとアーサー、これ、ワーキングクラスの暮らしにまつわる本でしょう? 公爵家の内装に、これはないわ」

「例として出しただけだ。それと、聞き捨てならないな。ここは伯爵家だ」

「いいえ、わたしの使用人がお茶の準備をしたんだから、公爵家よ」

「背景が消えたのをいいことに、勝手に変更しないでくれ。アリスを呼び出した時点では、わたしの家だったはずだぞ」

「今は公爵家なの! そうね、この写真なんかどうかしら」


 エリザベス様がテーブルの上に浮かべたのは、むちゃくちゃ豪華な貴族の城館……と思しき写真。それも、次から次へと並ぶ並ぶ。


「凄いですね……」

「この写真集、欲しかったけど高価で買えなかった、ってタグがついてたわ」


 欲しかったけど高価で買えなかったタグ……。記憶にタグがついてる! 便利そう! なんでわたしが直接操作できないのか。そして、タグがつくのは便利だけど、そのタグ自体はどうなのか……もうちょっと扱いやすいタグをつけておくべきではないのだろうか!

 だから思いだせないのではないか、という疑惑がじわじわと広がって来たところで、エドワード様が立ち上がった。


「どうせ背景がないなら、宮殿(バッキンガム)にしないか?」

「嫌だ」

「嫌です」

「なぜだ。あそこなら資料もふんだんにあるぞ。報道映像やら、BBCの特集映像やら……なにも本に限る必要はない。断片をうまく集めれば、だいたいこんな感じに――」

「宮殿は、アレックスがいるだろう」

「――そうか。やめよう」


 やめちゃうのか!

 アレックス様って、殿下の婚約者の、北欧産クール・ビューティーよね……鑑賞したい気もちはあるけど、三人とも、すごく嫌そうな顔をしてるし、なにか問題のある人なのかも……?


「これ以上、ライバルを増やしてたまるか」

「まったくよ」


 そっちかーい!

 と、ツッコミたいのを我慢して、わたしはため息をついた。


「アリスはどっちがいいかしら? 公爵家と伯爵家」

「資料が揃って、再現しやすそうなのを優先してください」

「それなら、公爵家でしょう。アリス、この写真集ほんとに欲しかったみたいで、本屋で何度も眺めては諦め、眺めては諦めていたみたいよ。克明な写真が、たくさんストックされているわ」


 ……本屋さん、出版社さん、写真家さん、すみません。

 ほんとすみません!

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