番外編 善きロンロン市民の嗜み 1
twitter のアンケートでトップをとったロンロンの番外編を追加しようと書きはじめたら、思ったより長くなってしまったので、連載します。
全五回です。
まさか鏡からまたアーサーが飛び出してくるとは、思わないじゃないですか。
ふつう思わないよね?
思わないよ。
だっておまえ。
妄想だぞ、わたしの!
つまり、わたしが「飛び出せ! アーサー」を妄想しちゃったってことだぞ。
……イヤァァァアアアアア!
「アリス!」
やめて、目をキラッキラさせるのはやめて! 片眼鏡似合い過ぎて犯罪レベルだし、ちょっと乱れた前髪がぐっと来るし、無表情のはずなのにじわっと安堵を滲ませるのもやめて……なんたる激レア……エモい……。
これどうしてスクショ撮れないのー!
いやちょっと待てよ。妄想なら、わたしの力でスクショ機能を実装できるのでは? それだよ! それだ……それだけど、ここはまだシルヴェストリの世界だからなぁ、難しいかな、システムをいじるのは……いやでもアーサーが実体化してる時点で相当なものじゃないの?
いけるんじゃないの、スクショくらい!
鏡から飛び出したアーサーは、わたしを抱きしめた。
いやー……ついに全身こっちに来ちゃったかー……わたしの妄想力、強まってない? 大丈夫なの? シルヴェストリの世界に影響を及ぼし過ぎなのでは?
「無事でよかった」
「それはどうも……」
アーサーのくせに感極まってる感じの台詞がまた、いい感じだというのに、我ながらひどい返事でございます……。
でも、弁解していいですか!
アーサーが自分の妄想だと知ってしまった今、どう会話していいかわからない。難易度が高過ぎる。
……そもそも、なんでアーサーがここにいるかっていうと、わたしが、ここにいてほしいと強く念じたから、という回答一択だし。
なんで念じたかっていうと――
「なにをしている、アリス」
――シルヴェストリと、喧嘩したからだし。
……いやね、わたしの生命線を握っている最強魔族と喧嘩するとか、我ながらどうかと思いますよ? 思う。ツッコミしかない。ツッコミ過ぎて地球の裏側まで貫通しそうだよ。途中のマグマで焼け死ぬだろうけど。それ以前に、シルヴェストリの世界って地面は球体なのかな……わたしの常識って、どこまで通じるんだろう? そこから疑問がなくもないけど、まぁそれはともかく!
イケメン召喚してるだけですよ、なにか問題がございますか?(キリッ)
……ってできないから困る。問題しかない。
そのシルヴェストリは、声をかけたきり動かない。
彼は、部屋の入口に立っていた。磨き上げられた黒曜石の柱、星空を思わせるラピスラズリの象嵌細工に寄りかかり、余裕の笑みでこちらを見ている。
相変わらず、これでもかというほどの美貌でございますことね……これはちょっと、わたしの想像で造形するのは無理ですね……。召喚しなくてもイケメン間に合ってますね……。
「ええと……癒されているような……」
「ような?」
むしろ今は、癒しどころではない雰囲気になっているような!
わたしを抱きしめていたアーサーの腕が緩んだ……いや、緩んだわけではなくて……片手になった?
ふり返ると、もう一方の手は鏡面にふれている。
「エリザベス、たのむ!」
かけ声と同時に、ぐいっと引かれた。
ええー、わたしの妄想、仕事し過ぎではー!?
しかも自我の百倍は思い切りがいい! と考える暇もなく、わたしは鏡を通り抜けていた――アーサーに抱かれたまま。
いや……ええと……この鏡の向こうには、最低でもエリザベス様がいらっしゃるよね?
へたをするとエドワード様もいらっしゃる予感バリバリよね?
うおお気まずい……自分の妄想の美形に囲まれるの、気まずいわ! 天国だけど!
まばたきひとつのあいだに、天国へ到着。
前回同様、エリザベス様が豪華なガウンを持ってスタンバってらして、わたしをアーサーからひっぺがしながら、凄い勢いで着せ掛けてくださいました……うん、予想通りだ。
自覚すると自分の妄想ってコントロールできるのかな!
「よくやった、アーサー」
「そうやって横取りするつもりだろう。よくやった? 当然だ。だが、殿下のためにやったことは、ひとつもない。これっぽっちもだ」
殿下がねぎらってくださったけど、アーサーの対応はアーサー全開だ。
「アリス、ああ……アリス、アリス! ほんとうにアリスなのね?」
エリザベス様は熱い。なんかもうテンションが凄い。
わたしを、ぎゅっとハグしてくださった。うわぁ、いい匂い。やわらかい。
……ああ、女の子って、いい。いいわ!
ずっとシルヴェストリしか見かけない暮らしを送ってたから……すごく……癒される!
ハグを返してもいいか悩みながら、エリザベス様の腰におそるおそる手をまわしているわたしの後ろで、エドワード様とアーサーは冷戦状態だ。
「横取りとは人聞きが悪い」
「外聞など気にする趣味はない。人聞きの悪いものいいをされたくなければ、どうぞ宮廷にお帰りを」
「アーサー、君が外聞を気にしないのはともかく、アリス嬢は気になるだろう?」
「然るべく処置するし、そもそも、王太子が伯爵ごときの家に出入りし過ぎだ。あらためて念を押しておくが、わたしがアリスを連れて来たのは、王太子殿下のためではない。無論エドワード、君個人のためでもない」
「自分のためか」
「アリスのために決まっているだろう」
さらっといってのけるアーサーに、萌えてもいいでしょうか! わたしの妄想力、グッジョブ過ぎない? えっこれどうよ、マジで理想の乙女ゲームのシナリオ、書けちゃうんじゃないの?
まぁそれはそれとして……今のこの状況はどうすればいいんだろう……。
このひとたち、ここがわたしの妄想の世界だということは知ってると考えていいんだろうか?
いや自分の妄想なんだから、そんなこと気にする必要ないよな……ないはず……ないはずだけど……。
「ベス、そろそろアリスを座らせてあげなさい」
「そうね。ごめんなさいアリス、わたしとしたことが、間抜けな従兄弟に指摘されるまで気がつかないなんて」
さりげなくアーサーを間抜け扱いすると、エリザベス様はわたしをハグする手をゆるめて、近くにある椅子を示してくださった。
最初に訪れたときと同じ、あの部屋だ。わたしの想像力、目一杯頑張ってるんだろうけど、ところどころディテールが甘いのは勘弁してほしい。
いやー、ゲームメーカーに対しては厳しかったけど、自分には甘くなるなー。だって部屋のデザインとか専門外だし! エクトプラズムとか発生させて、あちこちごまかしたいくらいだよ!
あー、とエドワード様がどこかのんびりした調子の声をあげた。
「ベス、たぶん、君から伝えるのがいちばんだと思うから」
「そうね。アリス、落ち着いて聞いてね」
えっ。落ち着かなきゃいけないようなことを伝えられるの!?
部屋の内装にけちをつけている場合ではなさそうだ。わたしは背筋を伸ばして座り直した。
「なんでしょう」
「わたしたち、事情はわかっているから」
「……はい?」
「わかっているの。だから、面倒な説明は考えなくていいわ」
たっぷり三秒くらいは考えたと思う。いや五秒かな。十秒かも。まぁ主観的な時間なんて、この空間では意味ないだろうから、どうでもいいんですが!
「つまりその……これが……」
「ええ」
「実は……」
「そうよ」
「なんていうか……」
「すべては君の無意識という劇場で演じられる舞台劇のようなもので、我々はその役者に過ぎないということだ」
はい、アーサーが我慢できませんでした!
わかりやすい! そして容赦がない!
「アーサー! アリスの呼吸がちょっと止まってる!」
「大丈夫だ」
「なにが大丈夫なの!」
「死ぬときは一緒だ」
わたしは見た。エリザベス様の天使の巻き毛が逆立ったのを。
と同時に、アーサーと殿下の姿が消えた。
えっ……。
えっ?
「男なんて、みんな、馬鹿ばっかり! 生きることを考えられないなら、勝手に死ぬがいいわ」
エリザベス様が……強い……。知ってはいたけど、強い!
な、なんの魔法だろう。シルヴェストリでいろいろ慣れたとはいえ……いや嘘です、全然慣れてない! 慣れないよ、魔法!
いつのまにか、部屋は白い霧に包まれている。もうそこが「部屋」なのかどうかすら、わからない。自分が考えたあやしいデザインのディテールに悩まされなくて済むのは歓迎だけど、なんでこんなことに。
覚悟はしてたけど、なんでもありだな!
「男って、ほんと野蛮だし、短絡的だし、使えないわ」
エリザベス様は、椅子に腰掛けたままのわたしの足元に膝をつくと、ぎゅっと抱きついてきた。なんていうか……顔は膝枕状態? かわいい……かわいいけど、この状況はどうすればいいのか。
「いや……あの」
「わたしはアリスさえいればいい。ほかには、なにもいらない」
……なーんて台詞を天使のごとき美少女に口走らせているわたしの! 理性とか! どこに遁走したの!?
「ベス、ちょっとやり過ぎだ」
いきなり耳元で声が聞こえて、わたしは飛び上がらんばかりにびっくりした――が、実際には、しがみついているエリザベス様ごと椅子から飛び上がるなんてことはできないので、ただ、大きく揺れただけだけど。
声の主は、ふり向くまでもない。アーサーだ。
……理性が戻って来た感じかー! わっかりやすい!