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 シルヴェストリの声が、あんまりかぼそくて。その響きが、どうしようもなく切羽詰まっていたので、わたしは思わず動きを止めた。

 というか、心臓とまったわ。やめてよ、ただでさえ瀕死なのにやばくない?


「シルヴェストリ?」

「アリス、……ほんとうに、笑わないでほしいんだ」

「はい」

「わたしは、君に恋している」


 ……やばい。

 なにがどうやばいかは、ともかく。

 いやもう全般に、やばいでしょ、これ。問題の切り分けができない。とにかくやばい。よくわかんないけど、やばさしかない! すべてやばい!


「えっと……ここは、わたしの夢じゃないはずですよね? シルヴェストリは、わたしの妄想から生まれた存在ではないんですよね?」

「そうだ」

「わたしを好き好き大好きになるために生まれてきたキャラクター、ではないんだよね?」

「ああ」

「……なんの遊び?」

「遊びではない。本気だ」


 いや。いやいやいやいやいや! ちょっと待ってよ。


「わたしが特別なのって、死ぬ直前に、あなたが作らせたゲームを思いだした……ってだけだと思うんだけど」

「うん」


 うん、て! かわいいな、おい。

 シルヴェストリは俯いてしまっている。えっどうしよう、マジでかわいい。

 魔族のくせに! ちょっと目を離すと人間って死んじゃうからー、とか超然としたところアピールしてくるくせに! なんだこれ、やばい。

 こんなことで、心のHP(ヒットポイント)がちょっと復活する自分が、いちばんやばいじゃろ……。


「たったそれだけで、恋しちゃったの?」

「覗き見た、君の世界が、あまりに純粋で」


 復活からの、一瞬でドン引き。


「……見ちゃったものはしかたないけど、ほんと、見ないでほしかった」

「誰にも見せないまま隠し通すつもりだったのか? ああ、それはそれでいい、わたし以外の誰にも見せたくはない」


 いやでもさ、それはさ、と反論したいところを、飲み込んだ。

 シルヴェストリは魔族だ。魔族としては百戦錬磨だろうけど、恋愛初心者だ。だって、魔物に愛はないんだもんな。よくわからないけど面白そうだなって乙女ゲームの道に踏み込んだのが、絶対に間違いだ。

 なんで男性主人公のエロゲーに行かなかったのかを、ちらっと考えてみたけど、そりゃ……新鮮味がなかったんでしょうよ。そうだよね。この美貌に、この魅力。チヤホヤされるのには慣れてるを通り越して、飽き飽きしちゃってるんだろう。

 対戦格闘だって、シューティングだって、壮大なシナリオのロールプレイングゲームだって、あれもこれもそれもどれも、彼にはなんにも珍しくなくて。

 ただひたすら恋だの愛だのを追求する乙女ゲームが、いちばん珍奇で魅力的だったんだ。

 で。

 彼は、染まってしまったに違いない。乙女ゲームの文法に! おそるべし、乙女ゲーム……最強魔族を倒すとは。

 挙げ句の果て、こんなことになっている。

 たぶんリアルにはなんの魅力もなくて、乙女ゲームだけを心の支えに――ああ、自分でもいってて気が滅入るけど、でも、間違いなくそうなんだ――生きてきて、そして死に行く存在であるアリスに、ハマってしまったのだ。

 わたしの感想は、こうだ。


 ――シルヴェストリ、なんて気の毒で残念なの!


 だって、これだけの美貌に、万能魔力と斜め上まで吹っ飛べる知略を兼ね備えた、魔物の中の魔物が、ですよ。

 乙女ゲームしか楽しみがなかった女の子に、うっかり惚れるとか。

 残念過ぎない!?

 ていうか、なんだその設定! それこそ乙女ゲームみたいじゃないの、いいぞもっとやれ……とは、素直にはいえない。

 だってこれはゲームじゃない。シルヴェストリの現実だ。

 なにもいえないままのわたしに、シルヴェストリは切々と説いた。


「君は、次々とゲームの記憶を呼び覚ましていた。君が覚えていたゲームは――君の記憶の中によみがえったものは、わたしが作らせたものより、ずっと美しかった。ああ、君にはあれがこんな風に見えていたのか、と。……そう思うと、わたしの魂が揺さぶられた」

「大げさな……」

「笑わないでくれ。今、笑われたら、恥辱のあまり死んでしまいそうだ」


 ちょっと笑いそうになりましたよ!

 恥辱っていったら、妄想をまるっと覗き見されたわたしの方が、ずっと恥辱まみれじゃないですか! 死んでしまいそうだよ、実際! 原因は知らんけど!


「不老不死の魔族なのに?」

「魔族なのにだ」

「シルヴェストリ、それって、理想的な感想をもらったクリエイターみたいなものなんじゃないの?」

「……そうなんだろうか」

「いや、わたしもクリエイターではないから、わからないけど」


 わたしは、クリエイターではなかった。

 やけにきっぱり、それだけは断言できる気がした。

 もし、なにかをつくる側の人間だったら、他人様のゲームばっかり思いだしたりしないでしょ? 自分がつくったもののこと、絶対、思いだすでしょう……これが走馬灯なら、間違いなく。

 それこそさ、もらった感想が嬉しかったとか。なんかそういうの。

 でも、そうじゃなかった。わたしはつくる側の人間ではなく、全力で、誰かがつくったものを愛する人間だったんだ。

 ふと、そこだけは誇ってもいいんじゃないかな、と思った。

 人生の終わりに、限りなく時間を分割してまで思いだし、慈しみ。自分のことなんかよりずっと、ゲームに愛をそそいでいたんだから。

 その愛が……なんでか、魔族にリーチしちゃったみたいだけど。


「どういう理屈かはわからない。いや、恋には理屈なんてないんだろう? わたしは知っているぞ」


 知ってるってそれ、ゲームでだな?

 わかるぞ!


「シルヴェストリは、もっと恋愛について勉強しないと」

「教えてくれるのか?」


 魔族の声が一気に艶っぽくなって、わたしはぎょっとした。なんか、本気スイッチとか入ったんじゃないだろうな?

 あわてて距離をとろうとしたけど、シルヴェストリはまだわたしの手を握ったままで、もちろん、はなしてくれる気配はない。


「教師になれるほど経験がないです」

「ともに学べばいいだろう?」


 シルヴェストリが顔を上げる。声はともかく、表情はまだ少し硬さが残っていて、緊張してるのかな、と思う。

 魔族のくせに。

 わたしなんかを相手に、緊張するとか。


「あのね、シルヴェストリ」

「なんだ」

「わたしは、あなたを解放してあげたい」

「なにからだ」

「わたしから」

「アリス、それはおかしい」

「え、なんで?」

「わたしが、アリスを囚われの身に貶めているんだよ」

「……でも、シルヴェストリは、恋に恋してるだけでしょう? わたしにこだわる必要なくない? なんなら現代世界に人として転生して、乙女ゲームを楽しめばいいんじゃないの?」


 そして、この恥の多い人生からわたしを解放してくれ。

 死にたいわけじゃないけど、そんな……乙女ゲームの記憶でキャッキャウフフだけで永遠を過ごすとか……いやそれかなり天国な気はしないでもないけど。

 しないでもないけど、シルヴェストリに覗かれてるってことを考えるだけで、あっ、もう駄目。無理。絶許!


「アリス、君は勘違いをしている」

「なにをでしょう」

「わたしが好きなのは、乙女ゲームではない。君だ」

「勘違いしてるのは、シルヴェストリなんじゃ? ほんとは、好きなのは乙女ゲームなんですよ。でも、わたしを好きだって勘違いしちゃってるの。そうでしょう?」

「アリス、お願いだ。怖がらないで」

「怖いですよ!」


 自分が誰だかわからないのが怖い。

 瀕死だっていうのも怖い。

 なにもかも怖い。


「君を失ったら、わたしも死んでしまう」

「新しい乙女ゲームを作ったらいいじゃないですか」

「もうゲームはいらない。君が欲しい」

「だったら力づくで奪えばいいじゃないですか!」


 逆ギレ!

 自分でも逆ギレだってわかってるけど、でももう、限界。そうでもしないと、やってられない。

 シルヴェストリは、黙ってわたしを見ている。


「最初にしたみたいに……なにも説明しなくていいんですよ。たまに、乙女ゲームの世界を適当に回らせたりして、覗き見してることだって黙っておいて、ぜんぶぜんぶわたしの妄想だなんてことも、教えないでくれたらよかったんですよ。そうして、綺麗に騙してくれたら……なにも困らないじゃないですか!」

「そうしたら、君はわたしを好きになってくれた?」

「好きですよ……推しですもん」

「君が推しているのは、ゲームのシルヴェストリだろう?」


 その声には、鈍い痛みがあった。

 ああそうか――ようやく、わたしは気がついた――シルヴェストリだって、不安なんだ。

 なんの間違いか、恋する魔物になっちゃったから。自分をモデルに作らせたゲームを気に入ったからといって、オリジナルの自分を好いてくれるかは、わからないから。

 だから、彼は恐れているんだ。彼を否定できる、わたしを。


「……それも、隠しておけばいいじゃないですか」

「わたしは贅沢に慣れているんだよ、アリス。わたしでないわたしに愛の言葉をささやかれても、憧れの眼差しを投げられても、それは虚しいだけだ。わたしはアリスに、すべてを知ってほしい。すべてを知った上で――」


 わたしの手を握るシルヴェストリの手に、力がこもった。逃げられまいとするように。


「――愛してほしい」

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