44
かりそめの不死――と、シルヴェストリの口から出た言葉には、かっこよさがなくもない。というか、ちょっとかっこいい。中二病っぽくて。
けど、現実には、乙女ゲームの逆ハーレム妄想大満喫キャッキャだぞ……。
それが、今のわたしの状況だ。
どうなの、それ。
ほかになにもなかったの、わたし!
走馬灯に呼び出すためのなにか……なにかがさ!
「わたしって……どんな人生を送ったのかな」
シルヴェストリは答えない。教えるつもりがないんだろう。知らないのかもしれない。興味なさそうだものね、ふつうの冴えない女の子の人生。自分が作らせたゲームで、自分を推しにして遊んでたところは……見たのかもしれないが……絶対に許さないが……まぁ、それは興味あっても、ほかはないでしょ。
きっと、知らないんだ、シルヴェストリも。わたしがわたしをわからないのと同じくらい、シルヴェストリだって、わたしのことは知らないんだろう。ゲーム以外の面では。
どんな人生だったか、全然わからない。でも、わかる。
だって、最後に思いだすのが乙女ゲームだ。乙女ゲームだけ、だ。現実の過去なんて、なにもなくて……ひたすら、乙女ゲームだ!
どれだけ充実しない人生だったんだ……。ここまで来ると、いっそ潔いよね。
「お茶が冷めてしまうよ、アリス」
シルヴェストリにうながされ、わたしはさっきの「魔族様が手ずから淹れてくださったお茶」を飲んだ。ハーブティーかな……香りがすごくある。爽やかで、なんだか懐かしいような。
魔族が淹れたとは思えない、やさしい飲み物だった。
なんだろうね、この偏見。でも、そう思わない? 魔族とほっこりは、相容れないと思うんだよね。
でもまぁ……この飲み物は、ほっこり系だ。
「おいしいです」
「それはよかった」
どうしよう。泣きそう。
泣いたってしかたがないのは知ってる。
自己憐憫に浸っても、得るものなんてない。なにも解決しないし、変わらない。
でも、つらいものはつらいんだ。
わたしの……思いだせもしない人生は、終わりを迎えようとしていて、それが、からっぽだってわかってる。
なにもない。
惜しむものすらないんだ。
「アリス」
シルヴェストリが動く気配がした。わたしの隣に座っているようだけど、そちらを見る元気もない。
わたしは死ぬんだ。
どうしようもない空虚な人生を送って、乙女ゲームの夢をみながら、死ぬんだ。
「アリス」
腰から砕け落ちそうな声も、今はなんの影響もない。そもそも座ってるし。
シルヴェストリが、柄にもなくためらいがちに、そっとわたしの肩を抱き寄せたことも。なんとも思わない。
魔族の身体って、ぬくもりがないんだな。そっか。そういうものなんだな。
「わたしの人生って、なんだったのかな」
「人生は、人生だろう」
「シルヴェストリに答えてほしいわけじゃない。教えてほしいわけじゃないの」
「わかっているよ、アリス。わたしは、そういう問いに答えられる立場ではない。そもそも人ではないのだから、君の悲嘆も、なにもわからない」
そうだよね。
シルヴェストリはわたしを特別だっていうけど、特別なのはシルヴェストリの方だと思う。
特別っていうか……正直、変じゃないですか? 変人……じゃないから、変魔?
変だしひどいし、絶対許さんぞ。乙女ゲームをプレイしてるところを楽しく覗き見してたとか、絶対に、絶対に、絶対に! 許さない。
そんな絶許変態魔物だけが、わたしの死に際に手をさしのべてくれたんだろうなっていう事実自体が、なんかもう。
ほかに誰かいたら、きっと想起してるよね。でも実際には、わたしが思い浮かべたのって、乙女ゲームのイケメンたちだけ。
ああ、アーサーをはじめとするロンロンの皆、背景が胡乱だったのは、わたしの知識が中途半端だったからだよね。ごめんね。びっくり魔法設定が追加されてたのも、わたしのせいだよね……いや、シルヴェストリかな。
司、すごいピアノ演奏をありがとう。夢のようだったよ。推しじゃないけど憧れてたんだろうなぁ、薫様。思ってた以上にかっこよかった。ラブエタの皆が、世界が崩壊するっていってたの、要は、わたしが死に瀕してるって意味だったのかな。わからないけど、いっしょに戦おうっていってくれて、ありがとう。推しに誘ってもらえるなんて、嬉しかったよ。
翼様も、ずいぶん頑張ってくれて嬉しかったな。わたしを口説くのが、高層ビルの屋上で、ヘリが待ってるなんてシチュエーション……さすが翼様だよ。隼人さんも、かっこよかったなぁ。
皆、凄くかっこよかったよ……わたしがかっこいいって思うぶんだけ、かっこよくなってくれたんだろうな。
シルヴェストリは……本物だっていうけど。きっと彼にとって、わたしは珍しいおもちゃかなにかなんだろう。
ちょっとお気に入りの。珍しい。退屈を、紛らわせてくれるような。
「じゃあわたし、もう行きますね」
「どこへ?」
「どこか……。こんなの終わりにしようと思う」
「なぜ?」
シルヴェストリの声は、やさしい。
余計に泣きたくなるじゃないですか、もうほんと、やめて。
「なぜ……って。だって、悲しいし、寂し過ぎるじゃない」
「なにが?」
「人生が!」
「少し、落ち着いてくれないか、アリス」
「どうやったら落ち着けるっていうんですか。わたしは……わたしは死にかけてるんでしょう? その状態で落ち着く人間がいたら、おかしいよ。シルヴェストリにはわからないのかもだけど!」
「わからないよ」
わたしが喚き散らしても、魔族は余裕で平静だった。
シルヴェストリにとってわたしがおもちゃであるなら、わたしにとってのシルヴェストリは、なんだろう。……壁? 壁画かな。こよなく美しく、芸術的で、鑑賞できるだけでありがたいけど、ふれても冷たいし。立ちはだかる壁。
「わからないなら放置してください」
「いっただろう、アリス。君のことは死なせない、と」
「死なせてくださいよ! こんな無価値な人間、さっさと終わらせてほしいの!」
「人間に、価値などあるのかな?」
そこからかーッ!
「価値がある人もいるし、ない人もいるんですよ! わたしは無価値なの! 生きつづける価値がないの!」
「それは違うな。命というものは、そこに在る、生きているというだけのものだ。価値とは関係ない」
「生まれてきただけで尊いとか、そんなの欺瞞です。社会に貢献できる人とか、なんか人気があるとか、凄いとか、そういう人と、わたしみたいなどうでもいい人間では、絶対、価値は違います!」
「べつに、生まれただけで尊いなどとはいっていない。死んで穢れるものでもない。命は命だ。どれもひとしい」
魔族の感性、わっかんねぇぇぇぇ!
「シルヴェストリは! そうかもしれないけど! でも、わたしは……違うんですよ。社会の役に立ちたかったっていうか……そんな大げさじゃなくていいけど、なにか……なにか欲しいんですよ。わたしがいてよかったって思ってくれる人が……いてほしいんですよ……」
訴えてみるほど、シルヴェストリには通じないんだろうなって思う。そして同時に、自分が情けなくなる。
そうか、わたしはそんなことを望んでいたのか。
だったら、もっと頑張ればよかったのに。
きっと、いろいろ怖くて踏み出せないままだったんだよね。誰も必要とせず、誰からも必要とされず。それでなにが悪い、誰にも迷惑かけないんだからいいじゃない、って思ってたんだ。
そうだよ、いいんだよ。
いいんだから、このまま終わらせてほしい……ほんとはもっと、人との繋がりがほしかったなんて、自覚させないでほしい。
寂しいとか。孤独だとか。もうほんと、考えたくない。
考えたくないんだよ!
「人は群れるから、共同体での評価を気にするということもあるのだろう。でも、魔物は群れないからな。よくわからない」
「だから、わからないなら放っておいて!」
「放っておけるわけないだろう、アリス。わたしは君を愛しているのだから」
はい?
ちょっと時間が止まった気がした。
「シルヴェストリも、やっぱり、わたしの夢なんですか」
「違うよ」
「でも、そうじゃなきゃおかしくないですか? わたしをその……」
愛してる、とか。言葉にしづら過ぎて、口をつぐんでしまった。
シルヴェストリは、深く息を吐いた。
「そもそも論として、魔物は人間に愛を感じたりしない。人間以外にもだ」
「……ですよね」
「だが、わたしはちょっと変わっているようでね」
そこは異論ない。
どこの魔物が、退屈だからって、自分や身の回りの存在をネタに提供して乙女ゲームを作らせるかよっていうの! 想像もできないぞ、そんなの!
アリス、と声をかけられて、わたしはようやくシルヴェストリを見た。
ほんとに……綺麗。それこそ、夢みたいに。きらめく黄金の眸も、白皙の美貌も、こめかみから生えた黒い角も、尖った耳も。白金の髪も。
人生の最後に見るものが、彼で、よかったのかもしれない。それも本物だ。神絵師のイラストが神だったことは間違いないけど、リアルグレードのシルヴェストリはもうね。もう。言葉もないですよ。
「アリス、笑わないで聞いてくれるかな?」
今さらなにを、って感じでございましてよ。自分をモデルに乙女ゲームを作らせました、より笑える事実が出てくるんなら、どんと来い。
シルヴェストリはそれでも、なにかいいづらそうにしていたけれど、やがて意を決したようだ。
「わたしはね、愛を知ってしまったんだ」
いや。ちょっと待ってくださいよ? てのひらくるっくる過ぎない?
「……魔族は愛を感じないんじゃなかったんですか?」
「当初はそうだったよ。でも、自分にないものって珍しいし、興味があるだろう? それでつい、追求して――」
追求の結果、乙女ゲームを作らせちゃったんだな。
どんだけ斜め上ウルトラスーパーハイパー拗らせてるんだよ!
「――ゲームに一喜一憂する乙女たちの姿を見ていたら、だんだん、そういうものかな、ってわかるようになって」
「だからそれほんと、絶許ですって……」
「許さなくてもいいよ。むしろ、許さないでくれ。憎んでくれたって、かまわない。だから、その代わりに、ずっと一緒にいてほしい。わたしを――」
ひとりにしないでくれ。
シルヴェストリは、そうつぶやいた。やっとの思いで、絞り出すように。