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それってつまり、神イラストレーターの脳内にシルヴェストリが降臨して、わたしを描くがよいってやったも同然ってことですかね……。
神よ……さすが神イラストレーター過ぎる仕事をありがとうございます、本物もすっごいですけど、神のあのイラストも、わたしは永遠に愛してます。心の祭壇に祈りを欠かしません!
ていうか!
「じゃあ、設定とか……聖女の伝説とかは?」
「それもすべて、わたしが教えてやったものだ。製作者は、自分で思いついたと感じていただろうが、まぁ、それくらいの不遜は許してやらねばな。そうだろう?」
そうだろう? て! どうなんだよ!
「ちょっと……事実だとおっしゃる内容が、想像もできない方向から攻めてきて、受け入れに苦労してます」
「ゆっくりでかまわない。時間なら、いくらでもある」
そうか。だから、このゲームのキャラはシルヴェストリしか登場してないんだ。ほかのキャラは、それぞれの人生(魔王生もあるか?)に忙しいからだ!
イケメンのみんながみんな、アリスを愛してるって世界じゃないから!
「あの、代替わりなさったばかりの少年魔王様とかも、実在なさるんですか」
「残念だが、実在する」
「筋肉王子も?」
「そうだ。ただ、生き死にはわからないが」
ふっ、とシルヴェストリは美形にしか許されない笑いを浮かべた。美形なので、完全に許されますけど!
「行方不明なんですか?」
「そうではない。人の命は短過ぎるからだ。少し目をはなすと、皆、すぐに死んでしまう」
ああ……そういう。そっちの方か!
ええー、じゃあ少しだけ会うのを期待してた神官様にも会えないのかぁー。
いや、そうじゃなくてさ!
「把握したければ、探してみよう」
「いえ、ちょっと興味があっただけなので。でも……」
「でも?」
シルヴェストリが、つづきをうながす。
でも。だって。
わたしの中から出てくるのは、情けない言葉ばっかりだ。
「じゃあ。……じゃあ、どうして、わたしなんですか?」
「君は特別だからだ」
「どこがですか。ただのゲーム・プレイヤーでしょう……」
『聖痕乙女』は、そこまでヒットしたゲームではなかったと思うし、わたしは気にしない方だから数字とかわからないけど……それでも、プレイ人数は最低でも四桁、ひょっとすると五桁いたりするんじゃ? 買っただけで積む人もいるだろうけど、借りたり、中古で買って遊んだりの人もいるわけだし。
その数多のプレイヤーの中から、特にわたしだけを拾い上げて愛でる意味が、わからない。
「そうだね。でも、君は特別なんだよ、わたしのアリス」
「だから、どこが」
「君は、自分は夢をみているんじゃないかといったね。そう、わたしは本物だし、ここはわたしの世界だが、同時に、君が夢みている世界でもあるんだ。そのように、術で繋げたからね」
なにしてやがる魔王。いや魔王の腹心だった。
「ひ……ひとの心を勝手に覗き見ないでください!」
「きみの夢は、人が走馬灯と呼ぶ種類のものだ」
背筋が凍った。
え。
ちょっと……ちょっと待って?
考えさせて?
前向きに解釈すると、今のシルヴェストリの台詞から、わたしはまだ生きていることがわかる。
後ろ向きに解釈すると、瀕死であることがわかる。
いーやぁーーー!
「わ、わたし死んじゃうんですか。こんなことしてる場合じゃないのでは」
「人は皆、死ぬだろう?」
ちょっと目を離すと死ぬから生き死にはわからないと放言したのと同じ調子で、シルヴェストリはそう告げた。それから、テーブル越しに手をさしのべて、わたしの髪を指先でもてあそんだ。
「でも、アリスは死なせない」
ありがとうっていっていいのか、全然わからない!
過呼吸に陥りかけたわたしの頬を、シルヴェストリはそっと撫でた。それだけで、過剰な反応は、一瞬でおさまる。すごっ。
おさまったけど……でも待って。
わたし瀕死? 乙女ゲームの異世界に転生したのかと疑ったりもしたけど、そうじゃなくて、まだ死んでなくて、これ走馬灯なの?
絢爛豪華なイケメン総出演の走馬灯……。やばい。わたしならやりかねないのでは?
「も……もう少し、説明がほしいです」
「大丈夫、はじめからそのつもりだ。長い話になると、いっただろう? そうだな……ゲームを作らせてから、わたしは観察していたんだ。そのゲームを遊ぶ者たちをね。わたしの絵姿に惚れたと叫んだり、画面に向かって奇声を発したりする乙女たちを、わたしは楽しんだ。よくない趣味だと、君ならいうだろうね」
誰だっていうわー!
くっそ恥ずかしい、やめて、やめてやめてやめてー!
「絶対許しません!」
シルヴェストリは、愛しげにわたしを見る。
「涙目になってるアリスも可愛らしいね」
「だから、べつに可愛くないです!」
「でも、乙女たちは、やがて別の対象をみつけてしまう。少し目を離すと、死んでしまうしね」
またそれかよ。魔族め! 長命アピールもたいがいにしろ! こっちは瀕死なんだぞ!
「人間からは、目を離さない方がいいかもしれないですね」
「そうだね。ともあれ、君だ、アリス」
「はい?」
「たくさんの乙女が、わたしが作らせたゲームを遊んだけれどね。死の間際になって、思いだしてくれたのは、君だけなんだ」
そこー!?
そこがわたしの希少価値だったのーッ!?
「今の君は、肉体の死を間近に控え、想念の中に意識を保っている状態だ。つまり、外界とは接触できない、妄想に引きこもっているといえるだろう」
「もうちょっと、表現のしようがありませんか!?」
「美しい夢の中に遊ぶ、胡蝶のような存在だよ」
「……ありがとうございます」
脳内お花畑をひらっひら飛び回っているチョウチョですね。わかります。
わたしは大きく息を吐いた。落ち着け。今さら慌ててもしかたがない。
大前提として、シルヴェストリはわたしを「死なせない」と宣言している。特別扱いしてくれている。だから、とりあえずは安心していい。
彼の話はとんでもない内容で、にわかに受け入れるのは難しいけど。
でも、これまでいろんな方向から、自分の状況を考えてきたわたしとしては、……なんということでしょう、こんなにとんでもないのに、いちばん説明がつくわ!
「シルヴェストリは、その蝶々のほんとうの名前も、姿も、知っているのね」
「そうだよ。でも、君はアリスだ。わたしにとっては、ほかの誰とも置き換えられない、唯一無二のアリスだよ」
「あの、わたしの死因というか、死にそうになっている原因とかは……」
「調べればわかるだろうが、知っても意味のないことだろう。君はこれから、永遠に生きるのだから」
「あの……おっしゃる意味がわかりません」
「さっき、君は走馬灯をみているようなものだ、と教えたね? それだけで、君には通じた。自分が死に瀕していると。そうだね?」
シルヴェストリの問いに、わたしはうなずいた。全員が見るかは知らんけど、なんかそういうものがあるらしい、とは思っている。
「君たちは、死の間際で時間を分割しはじめるんだ」
おっしゃる意味が……全然わかりません。
シルヴェストリはにっこり笑うと、トレーからサンドイッチをひとつ取った。
「これを半分に切る」
ナイフを使った形跡もないのに、サンドイッチは半分に切れた。
……魔力の無駄遣い。みごとな切り口をこちらに開いて、サンドイッチはサラの上にある。
「さらに、半分に切る。その半分。もう半分。また半分」
サンドイッチはどんどん小さくなっていく。
わたしにも、シルヴェストリのいわんとすることはわかってきた。
シルヴェストリは、はじめに半分にしたサンドイッチの残っている方を、わたしに突き出した。
「食べ物を粗末にするわけにはいかない。この、いちばん大きい部分を君が食べたまえ。残りは、わたしが食べよう」
「食べ物を粗末に……」
「君がいったんだよ、アリス。覚えているだろう?」
ありましたねぇ、イベントで……。アリスが食べないものは全部消そうとしたシルヴェストリに、消えたものはどうなるのか尋ねて、こんな無駄に並べて廃棄するなんて許せませんってなるイベント。あったあったー。あったわー。
「……いただきますけど、自分で持って食べます」
「駄目だよ、アリス。口を開けて。手ずから食べさせたいんだ」
「嫌です」
「……強情な、わたしのアリス」
「あなたのじゃないです。それより、どうやってそんな風に時間を切り分けられるんですか?」
「意識の反応速度だね。魂の力だ。君たちは思考の根幹が脳にあると考えているだろうし、ある程度、それは正しい。しかし、魂は、物質ではない。だから、そういった肉体の部位には関係なく、魂は魂として存在する。でなければ、魔物が人の魂を食らうことなどできなくなるだろう? 脳は……あれは、わたしはあまり好かない。好物とする者もいるようだが」
ところどころでそういう魔族感をただよわせるの、やめていただけませんか! なんか怖いし! 本物っぽいし!
「人の身体は死に赴く。だが、魂はその死に伴走することを拒否する。だから、なんとか現世にしがみつこうとするのだよ。その結果、魂は時間を無限に分割しはじめる。現実の時間と体感時間に差が出るときも、その現象が起きているわけだが、それをもっと極端なかたちで実現させるのが、走馬灯というやつだ。あれを、魂の力がつづく限り、無限におこなう。すると、どうなる?」
「……どうなるんですか」
「かりそめの不死が、そこに出現する」