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 シルヴェストリの城は、なにも変わっていないようだった。

 あれから、どれくらいたってるのかな。

 この場所では、時の流れは独特なはず。きっと、彼にとっては、まばたきひとつの(あわい)くらいなんだろうな、と思う。

 彼が呼吸をするかたわらで、人は生まれ、死んでいく。

 たとえこれがゲーム世界だったとしても――いや、ゲームだったらなおさら、その事実は変わらないはず。


 ――世界は、そういうルールで動いている。


 わたしは翼様を思いだした。

 最後に、わたしの名を呼んでいた彼。いつも涼しげで冷静な顔が、あんなに苦しそうになって……イベントスチルでも、見たことなかったな。

 だからこれは。

 ゲームであって、ゲームじゃないんだ。


「しかし、その恰好はいただけないね。アリスの美しさを隠してしまっている」


 リクルート・スーツは、シルヴェストリの審美眼に(かな)わなかったらしい。

 異世界らしくて面白いとか、いってくれればいいのに。でも、シルヴェストリはおのれの美学に忠実な人だから……その割に、モブ顔のアリスを愛でているのが解せないけども。


「もともと、美しくはないです」

「わたしの言葉を否定するか――」


 ひいい。怖い!


「――それでこそ、アリスだ。さあ、これでいい。とても似合う」


 一瞬で、お着替え完了。

 さすが夢の世界……いや、シルヴェストリの場合は関係ないか。物理法則とかそういうの、無視できちゃうんだろうな。ナチュラルに。

 この世界が、そういう風にできているんだ。

 シルヴェストリが、なぜかわたしを好きなのも……たぶん、そういう風にできているから。


「シルヴェストリ」


 名を呼ぶと、シルヴェストリは、ほんのわずかに眉を上げて。それだけで、話の先をうながされてるって、わかる。ていうか、美っ! こっわ、こんな至近距離で美形フラッシュ浴びつづけて、わたしもう正気を失ってるんじゃないの?

 あっそうか、だからこんな変なことに!


「この世界って、わたしの夢なの?」


 シルヴェストリは、うっとりするような笑顔になった。

 きらめく黄金の眸が、わたしをみつめる。


「わたしも、君がみる夢に過ぎない? ただの思考のほとばしり、一瞬の影のようなものだと?」

「……ちょっと、畏れ多いですね」

「そうだろうとも」


 じゃあ、シルヴェストリはゲームのキャラですか……っていうのも、また、にこやかに完全否定されるだろうな……目に見えている。

 シルヴェストリは、しぜんな動きでわたしの手をとった。


「話をしよう。ちょっと長い話だ」

「……あの、でしたらもう少し落ち着ける場所で」

「わたしの膝の上では落ち着かないかい、アリス?」

「落ち着かないです」


 即座にマジレスすると、シルヴェストリは楽しげに笑った。


「では、外の景色でも眺めようか」


 一瞬で、シルヴェストリとわたしは美しいバルコニーに移動していた。


「わたし、こういう生活してたら絶対に太ると思う……」

「ああ、人間にはそういう問題があるようだね。身体を動かさないといけないのだろう? 心配しなくてもいい、わたしがすべて、面倒をみてやろう」


 なにをどう面倒みてくださるのか、怖くて確認できない。

 下を向いているわたしの顎に、シルヴェストリがそっとふれた。

 はっとして顔を上げたわたしに向けられるのは、神秘的な微笑。この世の秘密のすべてを知っているかのような――実際、シルヴェストリの立ち位置って、そんな感じだと思うし。


「わたしはもう見飽きてしまったけれど、君はそうではないだろう。見てごらん」


 いわれて、周囲に視線をはしらせる。

 繊細に刻まれ、磨きあげられた琥珀の台地。浮遊する燐光は、なにかの生き物か、それとも術の残滓なのか。遠ざかるほど土地は低くなり、やがて削られて沙漠と化す。風に姿を変えつづける地平線は、褪せた光に照らされていた。

 死に行く太陽の地、陽光の墓所――そう、シルヴェストリの居城は、そんな風に呼ばれる場所にあった。永遠の黄昏。見上げれば、空は美しく深い藍色に満ちていて、星々は、歌うようにまたたいている。


「綺麗です……」

「気に入ってくれれば嬉しいよ」


 視線を戻すと、わたしとシルヴェストリのあいだにはテーブルがあった。高級ホテルのアフタヌーン・ティーか、と突っ込みたくなるような段々のスタンドに、透かしの入った薄い陶器の皿。並んでいるのは、一口で食べられるケーキやサンドイッチの数々。

 これは……ソウルズベリー公爵家のお茶を凌駕するかもしれないぞ……。

 そういえば、さっきもパンケーキを食べそびれたし、ラブエタ世界でもミルフィーユを食べそびれたな、と思うわたしの耳に、とぽとぽとお茶をそそぐ音と、えもいわれぬ芳香……うわぁ、なんだこれ。


「こちらも気に入ってくれるかな?」

「お茶……ですか?」

「わたしが手ずから淹れるなど、滅多にないことだけどね」


 それで畏れ多いと思えってことかしら、まぁたしかに畏れ多いけどと考えながらカップから視線を上げたわたしに、シルヴェストリは例の微笑とともに告げた。


「君は、その方が喜んでくれると思ったから」


 ズキューン!

 いやちょっと待ってよ、なんで急に尽くす男みたいになってんのこの魔族!?

 急なデレに弱いので……弱いので! 心臓がもたない。急死したらどうすんの。わたし聖女ポジションなのよ。人間兵器よ。そこんとこ考えてよ。


「そ……それで、お話っていうのは」

「うん。とりあえず、君は、ひとまわりして戻って来た」

「ひとまわり……」


 各ゲーム世界を巡って来た、という意味だろうか。そうだよな。それ以外、考えられないし。

 シルヴェストリは、サラツヤのプラチナ・ヘアーをはらりと肩に落とし、頬杖をついてわたしを見た。

 ちょ……待っ……いや今さ、なんか事件の核心に入ろうとしてるよね? 話がそっち行ってるのはわかる、わかるけど、シルヴェストリの頬杖……からの、上目遣い!

 いやーっ、無理ーっ!

 これに動揺しないわけにはいかないから! 乙女ゲーマーが推しの頬杖からの上目遣いに動揺しなかったら、それはもう乙女ゲーマーじゃないか、推しが推しの地位からころがり落ちてるかのどっちかだから!


「アリス」

「は……は……はぁ、は、はい」


 シルヴェストリの笑みが深まる。なんて綺麗なの。なんて美しいの。なんて筆舌に尽くしがたいの!


「君は今、自分がどういう状況にいると考えているのかな?」


 推しの頬杖ポーズに悶絶している状況です!

 ……いやそうじゃない。そうだけど、そうじゃない。


「あの……さっきもいって、叱られたけど、夢を……みてるのかな、って思ってます」


 翼様は、近い、としかいわなかった。彼が事実を告げていない可能性も、事実を知らなくて適当ぶっこいてたという可能性も、あるにはある。

 だけど、翼様って、そういうキャラじゃない。

 世界がゲームのルールで動いているなら、翼様は、現状をだいたい超速で把握して、自分がうつ最善手を考えられる人だ。それに、わたしに嘘をついたりはなさらない。だから、彼はたぶん、事実を告げている。

 厳密には夢ではない、なにか。白昼夢……とか? でもこれも夢かな。

 正確なところはわからない、だけどとにかく、夢に近いなにかだ。


「夢といっても、そう間違いではないだろうね。……君を呼んだのは、わたしだ。アリス」

「……呼んだ?」

「ここで目覚めただろう? 意識が戻っただろう? 自分を自分と感じただろう?」


 シルヴェストリの言葉の意味がわかる。

 わたしはここで目覚めた。この、モブ顔で普通体型の女の子の中に、突然、出現した。それが、わたし。


「わたしは……どこから来たんですか」

「君の世界からだよ。ここではない、どこかだ。君は魔族ではないし、わたしがたまに眺めに行く人の子の村で生まれたわけでもない。君の魂は、遠くから世界を渡ってここに辿り着いた――」


 じゃあ、パラレルワールド説が正解ってこと?

 でも、そしたら、えっ、乙女ゲームみたいな世界が実在してるってこと!?


「――わたしは本物だ。この城も、見渡す限りの我が領土も、すべて。だが、君が巡ってきた世界は違う。あれらは、君が愛した世界だ」

「……ゲームの?」

「ゲームの」

「あの……シルヴェストリは……その……ゲームってなにか、わかってます?」

「わかっているよ、アリス。わたしは退屈しているんだ。だから、ゲームに参加した」


 え、これわかってないんじゃ? なんか違う意味では? いやでもだったら、……んんんんん?

 混乱するわたしに、シルヴェストリはやわらかな笑みを見せる。魔族らしく、どんなにやさしくても、その奥になにか妖しさをはらんだ表情だ。


「君は考えただろうか? ゲームメーカーのデザイナーやらシナリオライターやらが、このわたしを作り上げたと」

「え? いや、……いえ」


 そこまでまだ考えが及んでなかったです! でもそうか、シルヴェストリをゲームの人と仮定するなら、そういうことになるよな……シルヴェストリに限らず、イケメン全員そうだよね。それぞれメーカーは違ったはずだし、スタッフもきっと違うけど。


「わたしが、示唆したんだ」

「……は?」

「退屈過ぎて、あちらこちらと覗いてまわる内に、ちょっと興味が湧いてね。わたしが知る世界の秘密や、あれこれの風景、人物の顔や衣装などを吹き込んで、ゲームを作らせたのだよ」

「……はぁあああああ!?」


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