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「えっ……ゲッ……ゲームのひと!?」
「自分で指摘しておいて、なにをおどろいている」
かっこよく眉を上げられました。うん、反論できませんが、でも! でも、おどろくでしょう!?
「なんで……なんでゲームなんだろう……」
「自明だろう」
「えっ……わたしがその……オタクだからですか?」
翼様の手が、わたしの手をなぞる。
「そうだな、だいたいあっている」
「だいたい」
「より正確には、アリスがゲームを愛しているからだ」
「ゲームを……」
ああ、うん、はい、まぁそれも否定できませんね!
狭く深くタイプだから、有名ゲームでも知らないゲームは全然知らないけど、自分が遊んだゲームに関しては、もう、とことん愛してる。
そのゲームがよくできてるとかそうじゃないとか、そういうのとは別の次元で。
わたしは、わたしがプレイしたゲームを愛してる……と、思う。
不満があれば悪口もいう。なってないなー、なんて上から目線で批評もする。でも、好き。
特定のキャラに萌えるとか、そういうのはもちろんあるけど。それはそれとして、たぶん、ゲームの世界自体が大好きなんだ。
「その愛を独占したい、というのが、目下の野望だ」
「ど……」
見下ろすと、視線が合った。
え、なにこの「せつなそうな上目遣いをする翼様」という未体験ゾーン! やばい、尊さが許容範囲を超過する!
「異議はあるか?」
「あります!」
「聞こう」
即答しちゃったけど、具体的にどうこうっていうのは……難しい。
そもそも、翼様ってわたしの推しなわけで……こう、ツンツンのツンで俺様だけど、たまに急に糖度が上限突破するところとかが性癖ドンピシャ……今まさにそうだな!
「状況が……よくわからないので」
「ビルの屋上で、僕に愛の告白をされているところだよ」
「いや……いやいやいやっ、そういう段階ではなく、もっと大きな設定とかが!」
「わからないことがあるなら、訊きたまえ」
「ちょっと考えさせてください」
「考えるあいだに移動しないか」
ヘリコプターだな? わかるぞ?
でも、ヘリに乗るってそれ、拉致監禁ルートじゃないの? 翼様のシナリオでそんなイベント見たことないけど、それをいうなら、自分はゲームの存在だって話をする場面だって、隼人さんや当真と鉢合わせする場面だって、プラブには存在しなかったんだから。
「翼様、この世界はゲームなんですか?」
「言葉の定義によるだろう。ある意味ではゲームだが、ある意味ではそうでもない」
「現実?」
「それも定義による。ある意味では現実だ」
でも、ある意味では現実ではない……。
「これは夢?」
「そうだな、それはもっとも近い答えだろう」
「わたしの妄想なんですか」
「近いね」
「わたしが、好きなゲームの好きなキャラたちに甘やかされる夢をみている、ということ?」
「とても近い」
あまりの情けなさに、逆に気もちが引き締まる。
そうか、これ願望充足してるところなんだ。
そうかそうか……情けないかもしれないけど、でも、なにか悪いことある? ないよね。わたしが、わたしを満足させてるだけ。
「目覚めることはできるんですか」
「目覚めたいのか?」
「ちゃんと質問に答えてください。できるんですか?」
「これがアリスの夢である、という表現は、限りなく真実に近い。夢とは、目覚めれば消えるものだ。君が目覚めれば、この世界は消えてしまうんだよ、アリス」
「……消えたくないから、わたしを攫うんですか」
「それは違う。消えたくないなら、こんな風には話さない。もっとうまく話すさ」
……それはまぁ、そうかもしれない。
でも、だからといって、信じられるだろうか。
信じられないよ、なにもかも……そう、なにもかも!
これが、わたしの愚かな夢で。
翼様はもちろん、隼人さんも、当真も、綺羅莉も、みんな夢で。
だんだん、わからなくなってきた。
なにがどうなってるんだろう。
はじめから、わからない。翼様に呼ばれて目覚めてから、ずっと。
これが夢なら、あれは目覚めたんじゃなくて、寝入ったタイミングだったの? ゲームが現実になったんじゃなくて、ゲームの夢をみてるの?
だとしたら、この妙な底知れなさは、なに?
――これは夢?
――そうだな、それはもっとも近い答えだろう。
近い。翼様は、さっきから「近い」としか表現しない。
まさにそうだ、ドンピシャリだとはおっしゃらない……いやまぁ、翼様がドンピシャなんて表現したら引くけど、意味としてそういうことを! ってことだよ!
わたしはなにを誰に弁明してるんだよ!
動揺してますますテンパっているわたしに、翼様は切々と説いた。
「僕は君が好きだ。自分のものにしたい。ほかの誰にもふれさせたくない。視線にさらすことだって、したくないんだ。愚かな独占欲だと笑われようが、かまわない。アリスが欲しい。誰にもわたしたくない」
「な……なんで、わたしなんかを」
「なんで? 好きに理由がいるのかい?」
「でも、わたしには取り柄とかないし……」
「取り柄ってなんだ。世間的な価値観で凄いといわれるなにかだろうか? でも、そんなの僕には関係ない。アリスがアリスなだけで、僕は心がちぎれるほど君が好きだ」
いや……あの……推しが足元に跪いてこんな台詞……無理だから!
ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます!
いくら、そんなことで萌えたぎってる場合じゃないだろと自分でツッコミを入れても、追いつかないから!
「でも、なんか、……違うんです」
翼様は、黙ってわたしを見上げている。
あの翼様が。反論もせずに。
それが逆に胸にこたえた。どんなに冷静な、論理的な反撃よりも、ぐっときた。
このまま、翼様の「好き」を受け入れたかった。
だって、それって悪いことでもなんでもないよね? これが夢に近いなにか、妄想の世界であるならば、それに浸りきっても問題なくない?
……でも、なんか、違う。
「翼様は、わたしを好きな役回りだから、わたしを好きなんですよね」
「そうだな……。僕は、アリスを愛するために生まれてきたといっても、過言ではないと思う」
ちょっとした言い換えで、パワーワード化が凄いな!
心を強く持て、わたし!
「でもわたし、たぶん、アリスじゃないです」
「アリスはアリスだろう?」
「いえ、だから……今朝、目が覚める前の記憶がなくて……ただ、その……ゲームの記憶はあるんですけど。つまり、ゲームのキャラとして翼様を知っているわけで」
「そうだろうな。僕の原型は、ゲームのキャラクターなのだから」
……シュールだ。
「だからほら、この世界のわたしには、過去がないんですよ。ゲームの記憶しか」
「この世界はゲーム類似世界だ。ゲームの記憶があれば、それで十分じゃないか?」
「……翼様に、議論で勝てる気がしません」
「そうだよ。僕は負けない。この世界は、そういうルールで動いている。でもアリス、君のためなら、僕は負けることもできるよ」
やーめーてー!
「じゃあ、負けてください」
「僕を倒して、どこへ行くんだい?」
「どこ……」
「ここにしておけ。必ず、幸せにする」
うん、そうだろう。
翼様に愛されるんなら、たぶん幸せ。だって推しだし。この世界がゲーム通りの設定ならば、翼様は最強スーパーなエグゼクティヴ・ダーリンで、わたしを幸せにすると決めたら、そりゃもう幸せにしてくださるだろう。
彼なら、なんだってやってのける。そこは信じてる。
「でも、わたし……自分が誰かわからないままなんです!」
わたしが叫んだその瞬間。
翼様の手がふれていた場所から、火花のようなものが散った。
左手の、手首。
――この徴がある限り、君はわたしの客だ。
甘い、蜜のような声が耳によみがえる。
シルヴェストリ。
その名がひらめいた瞬間、火花は一層、激しさを増した。
まるで、虹が爆発したみたいだ。
「アリス……駄目だ、アリス!」
――いつなりと、自由にこの城に戻って来ることができる。
忘れてた。
忘れてた、忘れてた、忘れてた!
「アリスーッ!」
手首が熱い。熱いのに、痛くない。シルヴェストリが、あの魔族がくちづけた手首の徴が、じんじんする。
――楽しんでおいで、アリス。
一面の光。
わたしは思いだす――そう、思いだした。
シルヴェストリの城で獲得したこの「自分」と、そのあとの――ロンロン世界での冒険や、ラブエタ世界でのシュールな音楽バトルのこと。
……。
「結局、なんもわかんないじゃないのー!」
叫ぶと同時に、なんだか馴染みのある膝の上に座っていた。
……えっ。
膝……膝の上!?
はっとして眼を開けると――どうやら眼を閉じていたらしい。そりゃそうか、あんだけ眩しければふつうはそうなる――至近距離に、神絵師デザインの魔族の王。
「お帰り、アリス」
これ知ってる。あれやぞ。
ふりだしに戻るってやつだ!