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 翼様は、乙女ゲームのスーパーダーリン系キャラクターとしては、身長の数値が控えめでいらっしゃいます。

 一応、百六十九センチが公式設定。

 キリよく百七十と見栄を張ってもよさそうなのに、キッチリ百六十九ってあたりが、まさに翼様らしさ……。いや、それはともかく。

 スパダリのスペックにしては、かなり控えめですよね。

 身長以外は、紛うかたなきスーパーな存在でいらっしゃいます。つまり、スペック盛り盛り。

 大富豪でエグゼクティブでセレブでいらっしゃいますし、知能指数とか、メンサに入会できるレベルだったはず。柔・剣道の有段者でいらっしゃる上に、水墨画も嗜まれ、バイオリンの腕は教師をして、企業経営を辞めてこの道一本にしてくれ、と懇願されるレベル。人類の損失なんですと。

 その上、わたしのようなモブ顔の小娘を借金苦から救ってくださる人格者。

 もちろん、きらめくようなイケメンでいらっしゃいます。

 当真を「街中ですれ違ったりしそうなレベルの、日常感あふれる常識の範囲内の爽やか系イケメン」とするなら、翼様は「フィクションの中にしか存在しなさそうなレベルのイケメン」ていうか?

 まぁ、スマホの画面で眺めてたときもイケメンでしたが、ほら、液晶パネルという仕切りがあったから!

 仕切りなしに直視するとね、一段とこう! ヤバみしかないですね!

 なんなの、この凄い……名状しがたい存在。

 だいたいさぁ、真ん中分けストレートとかいう難易度高い髪型が、サラサラっと似合ってるあたりから、常人じゃなくない?


 結論:存在自体がおかしいわ。


 ゲームのキャラクターならともかく。

 今、ここに! 立体で!

 あっ、目が眩む……。

 いやいや、直視しないように気をつけないと!

 ていうか、そこですよ。そこ。つまり、翼様がどうして、ここにいらっしゃるの問題ですよ!

 なにこの攻略対象大集合案件。全キャラ攻略ルートかっていうの。勇人まで出て来るんじゃないだろうな?

 思わずあたりに視線をはしらせたけど、それらしい人影はなさそうです。

 しかしこのバッティングっぷり、なに? なんなの? ゲームによっては野望終了の瞬間でしょ!

 ……まぁ、プラブはそういうゲームじゃなかった……よな?

 そのはずだ。

 そのはずです。

 ……いやいや、わたしべつに全キャラ攻略中じゃないし!

 そもそもこれは! 今の現実っぽい何かであって!

 ゲームじゃない! ……気がしてるし。

 たぶんそのはず。

 きっと。

 ……ああもう!


「なんでここにいるんだ」


 まさに、……まさに今その主旨の台詞を! わたしも申し上げようとしておりました!

 でも、翼様に反射神経で勝てるはずもありませんね。

 いやー、すべてにおいて敗者なので……。


「アリス、こちらは?」

「ああ、えっと、上司」


 当真に訊かれてさらっと答えちゃってから気がついた。

 当真を翼様に紹介しないと!


「申し遅れました。わたしはアリスの知り合いで、一ノ瀬と申します」


 当真にすら、完全に敗北ッ!

 なんだろう、この言語に変換しがたい感じ……翼様に負けるのはともかく、当真に!

 いともたやすく!


「アリス、呆けてないで報告」

「あ……はい、一ノ瀬氏はわたしの幼馴染で、先ほど偶然、遭遇しました」

「そうじゃない。なんでここにいるのか、を訊いている。今日は休養をとるよう、いったはずだが?」


 そっち⁉︎

 ああそうか、そうでしよね! 翼様の第一声、なんでここにいる、だった……。

 翼様は、馬鹿を見る眼でわたしをご覧になりました。

 うん……まぁ、うん。そうなるよね。


「で、誰にどういう理由で連れ出された?」

「え……」

「そこの幼馴染とは偶然出会ったなら、誰かいるんだろう、アリスを連れ出した人物が。今日は休めというのは、好きに外出しろという意味でいったわけではない。体調が悪そうだったから、寝ていろという意味だ。それは通じていると思ったが、違ったか?」

「いえ、通じてました」

「なのに出かけたなら、ひとりじゃないだろう。誰かに誘われたはずだ。それらしい理由で。だから、訊いている。誰で、どんな理由だったのか、と」

「……翼様は名探偵ホームズですか?」


 思ったことが口から出ちゃったよ。


「違うだろうな。わたしはベーカー街に住んでいないし」


 そこ⁉︎ そこなの⁉︎

 ズレてないか、翼様!

 と、どうでもいいポイントにツッコミを入れるべきか迷っているわたしの隣で、当真が凄く脱力した感じの声を漏らした。


「……アリスって、まさか、天仰に勤めてるの」

「え、うん」


 そういえば、借金話に巻き込むわけにはいかなかったから、一時期、当真とはつきあいが絶えてたんだよなー。

 連絡再開したのは就職決まったというか、翼様に拾い上げていただいてからだけど、天仰グループ総帥の秘書という名の無能をやってます! ……って、いいづらいじゃん。

 いってなかったわ。

 当真も、そういうのぐいぐい突っ込んでくる方じゃないし。

 ……って、おお!

 なんかもやもやとした記憶から、遂にそれっぽいものが出てきた! つまり、自分個人の経験っていうか。過去? そう、過去!

 わたしにも、ちゃんと過去があるじゃないの、凄い!


「本日は、お時間をいただきありがとうございます」


 深々と頭を下げる当真を見て、ポンコツ秘書にも事情が飲み込めた。

 当真には不似合いな、この謎の高級パンケーキ屋……いや、レストラン? とにかくここで会う予定だった相手は、天仰グループの人間だったんだろう。

 つまり、翼様。

 単独ってことはないだろうから、お供がいるんだろうけど……先に行ってスタンバイしてるのかもなぁ。


「ああ、その話は後にしてくれると助かります」

「はい」

「で、報告は?」


 当真には親切そうな顔なのに、わたしを見るとき怖い!

 怖いですよ、翼様!


「なにやってんだ、アリス」


 わあー、ここに隼人さん乱入とか、カオスの予感しかない!

 翼ホームズが超速で推理しちゃうでしょ、隼人さんの顔を見ただけで!

 ……ほら。ほらほらほらー、顔が怖い、冷静にイラっとしてる!

 なお、隼人さんと翼様は、非友好的な関係です。その……いいづらいけど、わたしを巡って。どっちが保護者になるかをですね……争ったというか?

 自分で考えても意味わかんないけど、そういうことが、あったんですよ。わたしの保護者になって、なんのいいことがあるのか、わかんないけど。

 ……まぁ?

 ゲームの設定だから?

 主人公はイケメンとの接点が必要なわけだけど?

 でもこれ、ゲームじゃないし!

 わたし、生きてるし! たぶん!


 功徳を積むために現世を生きていらっしゃる? みたいな隼人さんは、まぁ、わかる。

 だって、あの父の友人でいらしたのですよ。凡人には無理ですよ。

 ダメ人間だった父の代わりに、娘を支えてやろう……とか、うん、徳が高い。納得しかない!

 でも、翼様はなぁ。ほんっと、よくわからない。ゲームの設定にしても、なんか無理矢理感があった。

 この現実では……たぶん、気まぐれなのかな、と思う。


「アリス」


 わたしの肩に、隼人さんが手をかけた。

 ちょっと力を入れられただけで、いともたやすく……えっ! なにこれなにこれなにこれ⁉︎

 ちょっと、隼人さん!

 隣の当真が、呆気にとられてこっちを見てる。

 だって隼人さん、わたしを抱き寄せましたよ⁉︎

 なにこれ、近い! 隼人さんから、すっごく爽やか系の良い匂いがする!


「アリス」


 もう一回、隼人さんはわたしの名前を呼んだ。うおお、近い近い近い近い!


「は、はい」

「パンケーキ、冷めちまったから、作り直してもらってる」

「え、そんな! もったいないです、わたし食べます!」

「いいのいいの。古いのは、綺羅莉が食べるから。さ、二皿めも冷めちゃったら、事件だろう? テーブルに戻ろう」


 いや、綺羅莉は食べないんじゃないかな? あれはそういうキャラじゃないと思う……じゃ、なくて!

 隼人さんが、ぐいっと身体の向きを変えた。必然として、わたしも向きが変わる。隼人さんと同じく、翼様に背を向ける方向に。


「え、ちょっと待っ……」

「いいから、おいで」


 隼人さんの声はやさしい。身体がふれているところから、そのやさしさが全身に響くみたい。いいから。なにも考えなくて、悩まなくていいから。

 ぜんぶ、放りだしていいから……。

 ぼうっとしたまま、隼人さんと一緒に中庭へ戻ろうとした、そのとき。


「アリス」


 翼様だ。

 するどい声。隼人さんとは対照的。

 隼人さんは、こちらに合わせて包み込んでくれる存在だけど、翼様は、そうじゃない。

 普遍の真理みたいだと思う。折れない、ぶれない、歪まない。変わらずそこにいて、わたしを照らす光っていうか。

 ……ポエミー過ぎて自分に引くわ!


「ついて来い」

「はい!」


 反射的に返事をしたわたしの肩を摑む手に、力が入った。


「アリス、どこ行くの。パンケーキが、また冷めちゃうよ?」


 うっ……。的確に、突いてくるな! さすが隼人さん!


「隼人さんが、食べてください」

「アリスのために、たのんだんだけどな」


 はあ、と、わかりやすくため息をついて。はいはい、と隼人さんは手をはなしてくれた。


「あいつの話が終わったら、戻って来るんだぞ? また、アツアツのをたのむから」

「え、もったいないです」

「俺がアリスのためにすることに、『もったいない』ものなんて、ねぇんだよ。さ、行ってこい。それとも、俺もついてくか?」

「いえ、ひとりで大丈夫です!」

「そうだな。大丈夫じゃなくなったら、すぐ呼ぶんだぞ」


 踵を返しかけて、わたしは動きをとめた。


「あの……隼人さん」

「うん?」

「ありがとうございます」


 呼んだらすぐに来てくれて。わたしを気づかってくれて。ひとりにしないでくれて。


「なにがだよ。俺にとっては、アリスが存在してくれるだけで、ありがとうだよ。じゃあ、あとでな」

「行って参ります!」


 ふり向いたときには、翼様の姿はない……。うん、時間かけ過ぎたし!


「奥の階段」


 助け船を出してくれたのは、当真だった。


「ありがとう、助かる!」

「いいよ。そのかわり、契約で揉めたら口きいてくれよな」

「あっ、ハイ……」


 でもごめんなさい、翼様がわたしの意見を参考にしてくださることなど! 天地がひっくり返っても! ないから!

 階段へ急ぎながら、わたしは心で当真に詫びた。

更新に手間取ってしまい、すみません。

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