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 だめだ、状況に頭が追いつかない。心もだ。

 こんなときでも、心の支えになるのは推しの台詞。


 ――問題に優先順位をつければいい。


 一緒に考えてあげるから、とつづくんだけど、あいにく、この推しは別のゲームの住人です。

 あー、なんでこのゲームなんだ。

 そりゃシルヴェストリは美しくて最高だけど、あくまで画面越しに鑑賞したい美っていうか。

 そもそも設定上も敵味方で萌えるけど……萌えるけど!

 でも、そのせいで死にたくはないわけですよ。


 ゲームでも、裏ルートは失敗すなわち死亡フラグだったけど、セーブファイルを慎重に整理していれば、怖いことはなかった。

 シルヴェストリが主人公の亡骸を抱き上げて、君のいない世界に価値などない、君を見殺しにした世界が存続することは許しがたい……この身に替えても、世界を滅ぼして見せようって誓うシーンとか、数少ないイベントスチルのひとつとして、そりゃあ何回も見ましたよ!

 でも、それが見られるのも生きていればこそじゃないですか!


 ちなみに、シルヴェストリにやられるってパターンもあったけど、それはスチルないのでよく覚えてないです、やばい!

 待って、今のわたしに必要な情報それでしょ、頑張れマイ記憶力!


 ……どうしよう、思いだせない。


 いや待てわたし、優先順位どころか問題の整理すらできてないぞ落ち着け、でも落ち着けないー!


 ええと、まず、今いる場所。

 シルヴェストリの居城ってことは、魔界だよね。

 すると、人間キャラが助けに来てくれる可能性は、ほぼない。

 わたしの運命は、シルヴェストリに握られているのだ。うん、間違いない。


 ここに来たのは、シルヴェストリに攫われたから。

 ……なんか、徹頭徹尾シルヴェストリで完結してるから、ほかのキャラがいるのかすら、疑わしくなってきたよ。

 いや、整理整理。攫われた場所は、儀式の神殿。宰相閣下がわたしのことを、魔族と通じているとかイチャモンつけてきたから、様……じゃない、大神官様が、魔族の力を弱める儀式を執り行いましょう、って。

 あーほんと様は様だよー。愛情上げてないのに、立派にかばってくださいました。

 護衛には、幼馴染が来てたはず。

 シルヴェストリは、華麗にわたしを攫って消えたから、幼馴染が戦闘で傷を負うなんてことはなかったと思うけど、責任問題にはなってるかも。宰相閣下だって、黙ってはいないよね。娘を逃したとか……いや、それより、やっぱり魔族と通じていたのだ、って方か……。


 うーん、とわたしは首を捻った。

 どうも、記憶が曖昧だ。それに、ゲームの記憶なのか、今のわたしの記憶なのかも混乱していて、切り分けが難しい。


 こんなこと、今考えるべきことじゃないのはわかってるけど、わたし、どうして死んじゃったんだろう。

 ほんとうに、なにも思いだせない。

 それに、なんでゲームの中に生まれ変わってるの?

 だってゲームだよ?

 おかしくない?

 しかも、最高難度イベントに、しれっと辿り着いてるとか……これ、ただの夢なのでは?


 わたしは、古典的な検証方法を試みた。

 つまり、頬をつねった。


 うん、なにも起きないし、こんなことじゃ夢かどうかなんて確かめられないのもわかってる。

 でも、まぁ……夢って感じとも違うよね……。


 なんだかもう、考えるのが面倒になってきて、わたしは逃げたくなった。

 もちろん、シルヴェストリの城から物理的に逃げ出すことができるはずはないから、心理的、あるいは精神的に、ですよ。

 現実を、投げだしたい。


 一回死ぬのも二回死ぬのも、そう変わらないのでは?

 シルヴェストリは、このゲームでの最推しなんだし、彼の手にかかって死ぬなら、この世界での人生の幕引きとしては、そう悪くないのでは。

 わたしは偽の聖女なんだし、世界にとって、手痛い損失にはならない。

 シルヴェストリはまだ落ちてないから、わたしのために世界を滅ぼしたりはしないだろうし。

 ほかの攻略対象たちだってそう。幼馴染は幼馴染としてそれなりに、様は様だから悼んでくれるだろうけど、それだけっていうか。

 誰の心の重荷にもならないだろう。

 だって、裏ルート達成だもの。

 誰とも親密にはなってない。それが、今のわたし。

 皆から距離を置いたまま、誰の大切な存在にもならないで。


 ……あれ、それってゲームで達成して楽しいことだったのかな。

 よくは思いだせないけどーーゲームの攻略情報はこんなに思いだせるのに、実際の人生の記憶は遠くて、でも、これだけはわかる。

 前世の自分って、きっと同じだった。誰にも心を開くことなく、孤独に生きて……終了したんだ。

 誰にも惜しまれず。世界に爪痕を残すこともできずに。


 だからせっかく乙女ゲームの世界に転生しても、同じことをくり返してしまうのかな。

 わたしの人生、いったいなんだったんだろう、って。

 なんか納得いかないまま、終わるのかな……。


 まだ、しくじって終わると決まったわけでもないのに、わたしはすっかり希望を失っていた。

 もう無理、こんな現実。っていうか、現世!


 投げやりにため息をついていると、部屋の隅にある大きな姿見が、ぼうっと光った。

 この部屋の家具の例に漏れず、リアルでありながら高度に洗練されたデザインの植物――たぶん蔓薔薇と、象嵌細工で羽根を表現した蝶を組み合わせた飾り枠が、美しい。今は、その鏡面は虹色の光の渦に覆われて、鏡としては役に立っていないけど。

 シルヴェストリが出て来るのかなー、美形はなにやっても許されて凄いなー、でも殺されることになってしまったら、そのとき、わたしは彼を許せるのかなー、と。

 疲れきった頭で考えていた、そのとき。


 鏡面から、手が生えてきた?

 思わず疑問系にしちゃったけど、これ見間違いじゃないですね。生えてますね!


 それは革の手袋をした人間の、たぶん成人男性の手で、白いシャツの手首にルビーのカフスボタンが煌めいてた。

 ルビーのカフスボタン……。


 えっ?

 まさか?

 いやでもルビーのカフスボタンって、いやー、ええーっ!


 虹色が薄くなって、鏡から突き出していた手の持ち主が見えてくる。その顔と身体は、まだ鏡の向こうにあって。


「アリス!」


 薄暗い鏡の奥にあってもかがやきを失わない、それは艶やかな黄金の髪と、片眼鏡をかけた、氷のような薄水色の眼。

 いつもの取り澄ました表情が少しだけ崩れて。

 わたしをみつけて、ほっとした、その表情がもう最高ですが、待ってください。

 頭が!

 頭が現実に追いつきません、心もです!

 もはや周回遅れといっても過言ではないでしょう、無理無理、追いつけない!


「アリス、よかった……。早く、手を!」

「アーサー……?」

「ほかの誰かに見えるかね?」


 アーサーは、くいっと片眉を上げる独特の表情をした。

 ああ、間違いない。アーサーだ。

 でもごめんなさい、あなた、別のゲームの人ですよね⁉︎

 率直にいって、なんでここに出て来るのか、理解不能なんだけど⁉︎


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