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 ただちに対処した結果、わたしは隼人さんと外出することになった。

 なんでって、ほら……ねぇ?

 一回意識しちゃうと、ダメじゃないですか、ああいうの! あの部屋、ベッドしかねぇ! みたいなの!

 いや、ベッドしかないというのは盛ってますが……机と椅子とカラーボックスもございましたが、どれを取っても来客に対応できるようなファニチャーではないですね!

 ファニチャーってなんだよ……わたし相当テンパってるな!?

 もちろん着替えますよ。ナイティで外出する度胸はないですね、さすがに。

 その間、隼人さんには扉の外で待っていていただきましたが……。


 わたしのワードローブ、ひどいです。ファニチャー一覧に洋服を収納するものがないので、お察しって感じですが、想像以上でした。

 あ、一応ウォークしてインしたら定員ギリギリだなってサイズのクローゼットは備え付け収納として存在しておりましたが、中、すっごい空いてました。

 これは、ウォークインして遊ぶのにもってこいですよ。そんな遊びがあるかは知らんけど。どう考えても、普通なら、ここから溢れる勢いで衣料品を持っていそうなお年頃なのでしょうが、存在しませんね……。

 リクルート用かつ喪服としても行けそうな黒スーツが二セット、それに合わせる以外どうしろというのか、って感じの白かオフホワイトのブラウス四枚。コートが薄手と厚手それぞれ一着。あとは、椅子の背中にかけてあったスエットの上下。

 カラーボックスの中に、もうちょいなにかあるかもしれませんが……これはひどい。

 選択肢がないので、スーツの上からコートを着るしかありません。

 ぶっちゃけ、お洒落度では隼人さんの足元にも及びませんね……ていうか、そりゃ秘書室のお姉様が、この程度のものは着なさいよとナイティをプレゼントしてくださるはずだわ……。

 しかし、なぜナイティなのか。

 外出用の服だったら、今、間違いなくそれを着用に及んでいたはずですが、残念! ナイティしかめぐんでもらってない!

 それなりの街着は自分で揃えなさいよという意味だったのかなぁ。レベル高い女性のコミュニケーション、よくわからないよ。

 いやまぁ、男性ならわかるかっていうと、全然ですが。

 全般に、わたしはレベルが低いんです。そうなの、低いの! 女性として、とかいう以前に人として、いや存在としてレベルが低い! レベルっていうより、ステージかな。なんかこう、不定形のスライムとかアメーバみたいなイメージですよ、自分。

 だって、誰なんだかわからないし。

 ナイティをいただいたっていう記憶も、自分のものなのかどうか……。それ、ゲームのイベントじゃなくて?

 昨日のわたし、なにをしてたの?

 机に突っ伏して寝てたっぽいけど、なんでそうなったのか、わからない。PCを見てたんだろうけど、作業中のファイルを開いてたわけでもないし……。

 はぁ。


 いかん、そんなことぼんやり考えてる場合じゃないです!

 まずは目先の隼人さんに誠実に対処しましょう、そうしましょう。呼び出しておいて、部屋に入れたと思ったら叩き出し、挙げ句待ちぼうけ食わせて知らん顔ってわけにもいかないです。

 ……隼人さんを迎え入れたとき、スエットの上下に身を包んでいれば、外出せずに済んだのかもなぁ。惜しい。やはり、慣れないお洒落はするものじゃないですね。

 あのナイティは、洗濯してしまっておこう……カラーボックスに収納しちゃおう、そうしよう。


 というわけで、リクルートか法事かっていう黒のスーツに薄手のコートを羽織って、着替え完了。

 メイクも一応したけど、まぁ……さっきほぼ素顔でお会いしてるわけですし、あんまギャップが生じてもなって思うし、そもそもギャップを産出するほどのメイク・テクニックもノウハウも持ち合わせていないので……ほら、レベル低いし!

 ま、ファンデ塗って眉をちょっと補強して、薄く色づくリップクリームを適当に塗って、終了です。


 はい、勇気を出して!

 外に出るぞ!


 隼人さんはマンションの廊下から、下界を見下ろしてらっしゃいました。斜め後ろ顔がまた、かっこいいわね!

 なんなの、どの角度から見てもかっこいいの、なにそれゲームよりクオリティ高くない?

 ぶっちゃけゲームのスチル、下からの角度の顔とか、たまにちょっと変なことあったけど、このリアル隼人さん、どこから鑑賞しても破綻がないというか……いや……いやー、ふり向いて視線をあわせてにっこりとか、もう反則級にかっこいいよな⁉︎

 我が人生に、一片の悔いなし! って思っちゃうわ、この笑顔のためなら!

 ま、それがどんな人生なのかよくわからん、というのが、目下の問題なのですが。


「アリス、まさかとは思うけど、俺を置き去りにして出社する気じゃないよね?」

「そんな! 隼人さんを置き去りにするなんて、バチが当たります」


 隼人さんはかろやかに笑って、眼を細めた。

 いや〜ん、……って我ながら……ケッ、脳味噌からっぽかよ、くらいの反応ですが、いや〜ん、としか表現しようが! ない!

 この渋み!

 至高!


「どこか行きたいところ、ある?」

「隼人さんとなら、どこへでも行けそうです!」


 あっ。思わず、本音がダダ漏れしたーッ!

 本音っていうか、ほら、……。萌え?


「そいつは頼もしいな。じゃあ、まずブランチでもどう?」


 ブランチ……ただでさえお洒落感がある単語ですが、隼人さんの口から出ると、なにそれ上級者にのみ許されるセレブっぽいものですか⁉︎ みたいな!

 そして、拙者、腹減り侍でござるな……今、気がつきました。

 お腹すいてます。


「はい」

「なにか希望はある?」

「な、なんでも……」

「おっさんのお勧めで大丈夫かな?」

「もちろんです!」


 わたしの知ってるおっさんは、ブランチなんて単語、使わねーし!

 いや、誰を知ってるのかわからないけど……イメージとして、そういうのがありますね。

 うん、なんか、そう。


「んー、そうだな。パンケーキとか?」


 パンケーキ!

 ……って心中即応したのが表情に出てしまったらしく、隼人さんはまた、渋爽やかな笑みをこぼされました。

 ……渋爽やか! なにこれ凄い。


「決まりだな。じゃ、行こうか」


 って、隼人さんが連れて行ってくださったのは、わたしの部屋からさほど遠くないお店。

 でもここ、細い路地を入った裏通りにあって、わかりづらいっていうか……お洒落アンテナを立ててる人でないと存在を受信できないのでは⁉︎

 もちろん、隼人さんはアンテナ所持者なんでしょうけども!

 建物がまた素敵で、ちょっと古い和製洋館っていうか……これ幕末の建築っていわれても信じるな?

 なんかこう、渋い……渋可愛い!

 調度もアンティーク風で統一されてて、磨り硝子のパーテーションとか、ラリックっぽいし、照明もそうだわー。あっ、花瓶もだ!

 ええー、なにこれ素敵!

 いやこれ「風」じゃなくて本物なのかも……。本物のラリックの可能性……怖い、割ったら借金がさらにドーン!


「外の席にしようか。あ、それとも日焼けとか、気になる?」

「いえ、大丈夫です!」


 なんと、店内を通り抜けた先は裏庭に通じていて、そこがまた!

 こぢんまりとした英国風庭園で、白やピンクの蔓薔薇やラヴェンダーが、自然っぽく……それでいて、もっさりし過ぎない絶妙なバランスで、整えられているじゃないですか、うおお、凄い!

 このビルの谷間に、よくここまでの庭を作りましたねっていう。

 さらに奥まった場所には、小規模ながら、岩肌を水が流れるウォーター・ガーデンもしつらえられていて。小石で囲んだ可愛らしい池に、薔薇のアーチからこぼれ落ちた花びらが舟みたいに浮かんで……なんだこの!

 非日常って感じなのに、落ち着ける空間!


「アリスなら、そうだな……このセットがいいかな? 食事もデザートも、っていう欲張りなやつ」

「はい、はい……」


 やばい。店員さんが流れるような動作で差し出してくれたメニュー、お値段が書いてない!

 いや……どうしよう、こういうのがあるのは知ってたけど、そうか……ほんとにあるんだな! 奢られる人用の、値段がわからないメニュー!


「どうする?」

「あの……」

「よくわからねぇなら、それで決めよう。うん、決めた!」


 隼人さんは、店員さんにちらっと視線をやって、それでもう注文は終わった模様です。

 なんなの、この店。そして、このイケオジ。

 隼人さんは、テーブルに両肘をついて、顎を手に載せた。え、なにこの上目遣い……か、可愛い。

 えええー!


「ちょい強引で、ごめんな」

「いえ、そんな」

「今、余分なこと考えるのにエネルギー使わなくて、いいんだよ。まず食事! 腹いっぱい食べたら、元気も出る。人間、ろくに食べてねぇとか、寝てねぇとか、そういうとこから元気と正気が減っていくからなー。これ、中年の知恵!」


 ドヤ顔の隼人さん、渋可愛いという新たな萌えを投入です……。やばいやばい、隼人さんやばい!

 なんかわからないけど、わたし泣きそう!

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