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隼人さんが来るまで、何分かかるんだろう。
リアルな距離感とか、全然わからないな……。当然なんだけど。だって、相手はゲームの中、アプリの住人だったんだもの。
わたしは手の中のスマホを眺めて嘆息した。
なんで、こんなことになっちゃってるのかなぁ。
胃のあたりがキュッとして、気分が悪い。身体が締め付けられてるみたい。
これでウエストが細くなれば、まだ救われるのにな、なんて馬鹿なことを考えながら、わたしは通話アプリの画面を眺めた。
うん、何回確認しても、プラブのキャラの名前しかない。
翼様は、俺様スーパーダーリン。頼りにはなるのかもだけど、優しくはない。同情する暇があったら、問題解決のための対策を考えようか、ってタイプ。それも、自分で考えろって突き放してくるからね……。
弁護しておくと、考えても頑張ってもどうにもならないときは、ちゃんと助けてくれるのよ。
そのへんはほら、マネーとパワー、コネクションとインテリジェンス、その他なんでもかんでも備えちゃってるおかたですので。だいたいなんでもできちゃうのよね。
隼人さんは、甘やかしてくれる勢。翼様とは対象的です。
こっちが弱音を吐く前から、大丈夫か、って案じてくれるタイプ。なにをするにも見守ってくれるし、そっと力を貸してくれたりもする。
頑張りたくないときは、抱え込んでくれて、よしよしって頭を撫でてくれるような。
簡単にいうと、子ども扱いされる感じ。保護者なんだもん、万事において。
あとは、勇刀……この子は甘えん坊の高校一年生で、童顔過ぎて中学生、たまに小学生にまで間違われるのが悩み、っていう。
だから本人は荒ぶる言動を試してみたりしてるんだけど、まぁ、なにやっても可愛いだけだよね。
とっても初心なので、色っぽい雰囲気にはなれません。なると逃げられる。青少年ですからな……。ゲームメーカーも悩んだんだろうなって感じ。
今、連絡したら……そうだなぁ、一緒に困って、悩んでくれて、俺がなんとかしてあげるよ! って張り切ってくれるんだろうなぁ。
役に立つかは別として、励まされるキャラではあると思います。
そういやこの子は朝に弱いって設定があって、モーニング・コールをしてあげなきゃいけない……から、プレイヤーっていうかユーザーが目覚ましかけて起きる、みたいなことになってたな……。
アラームで起きると、通話アプリが起動してるんだよね。あ、もちろん、プラブ内の通話アプリに見えるメニューが、ってことだけど。
そして今は音声通話はできない時間帯のはず。学生さんだからな!
そして、綺羅莉。
こいつはホストです。プロの監修を受けてるとかで、無駄に本気です。
会話のバリエーションは、すっごい充実してて、気分を上げてくれるのが上手。さすがプロって感じ。
ただ、この世の沙汰はすべて金ってキャラなので、課金すればするほどゴージャスに扱ってくれるという、わかりやすさもあります。
たまーに、貯めたマネー(ゲーム内通貨)でお店に行くと、無理しやがって、っていわれたりな!
でも、不思議と嫌な感じがしないの、なんなんでしょうね。人徳? プロのテクニック?
チャラいけど、もてなしてくれるときは全力っていうのが伝わってくるし、なんかこう、気が楽になる。
どんな扱いを受けても、それはわたしという人間への評価ではなく、使ったお金の量への評価であることが明白だから。それで、楽なのかなって思う。
現実のホストクラブにも、そういうかかわりかたをしてるひと、いるんだろうなぁ。ガチ恋勢もいるんだろうけど。
今はマネーがないので、この人に相談っていうのはない。だいたい、午前中は寝てるはずだし。
最後の五人目が、プラブの普通枠、当真。和み系?
幼馴染みっていう設定で、恋愛より友情寄りのつきあいです。ほら、いつまでたってもお互い独身だったら結婚しようか、って冗談で話しちゃうみたいな。
こういうの、絶対、本気にしてると痛い目を見るやつだけど。
当真は幼稚園から高校まで同じだった、っていう設定なので、捏造昔話に花が咲くタイプ。
そういや、当真との思い出話には、あのときはこうだったよね? っていう問いかけに、選択肢が用意されてることがあって。
たとえば、桜が綺麗だったよね? に、「そうだったね」と「梅だったよ」って選択肢があったとき、梅を選ぶと、その思い出話は梅で固定されるシステムです。
だから、ユーザーひとりひとりが、当真とのそれぞれの過去をはぐくめる、っていう。
追加コンテンツも、はじめての遊園地、とか、中学最後の文化祭、とか。思い出を増やしていくやつだったなぁ……。
まぁ、今はねぇ。思い出を作ろうって気分じゃないですよね。
当真は真面目な会社員なので、勤務中の時間帯だし。
まぁ……この面子なら、隼人さんに連絡するのが、最適解って感じあるよね。うん。
そもそも。いつでもどこでも応答してくれるの、隼人さんだけじゃないですか?
ちょっと構成に偏りがあるよね。
まぁ、夜型の人は綺羅莉と遊べばいいって設定か……。昼から暇な人は、隼人さん。一応、網羅はしてるんだな。
でもなぁ、と手の中のスマホを見ながら、わたしは思う。
スマホの中の世界が外にあふれたっていうより、わたしがスマホの中に入っちゃったって感じじゃない?
だって、さっきからなにも思いだせないもの。
記憶から掘り起こせるのは、プラブの設定だけ。
当真と一緒に捏造でもしない限り、過去もなさそう。
もちろん、大筋はあるよね。親の借金で人生破滅しかけてた、っていう設定がさ……。
でも、それだってプラブの設定で。どうしようもなく金銭的に駄目な人だったらしい父の顔、わかりません。
ゲームに登場してないから。
それどころか、早逝したらしい母の顔もわかりません。同じく、登場しないから。
当真のお母さんには、かなりお世話になってるはずだけど、それもやっぱり、顔がわからない……。当真との話に登場するだけで、スチルがないからですね。
おい開発、もうちょっと過去をくれ! って思ったけど、それ、解決にならないよね。
わたしがほしい過去は、ゲーム内の情報ではなくて。
ゲームの外だ。
アリスって呼ばれてるこのキャラのじゃなく、アプリを楽しんでたはずの、自分だ。
そういう位置にいたはずだっていう確証と、できれば戻る方法。
あっち側に。
不安になって、わたしは自分の肩を抱いた。
あっち側、なんてあるの?
ちょっと記憶が混濁してるだけで、わたしはアリスなんじゃないの?
これは現実で、アプリがどうこういうのも妄想で。
ただ……そうなんだとしたら、なんでわたし、自分が自分だって感覚がないの?
記憶の混濁って、どうして発生したの。
それを治す方法は、あるの?
そしてもし、「治し」てしまうことができるのなら……それはほんとうに治った、ってことなの?
ゲームの中に入っちゃったっていう感覚の方が真実なら、「治る」ことで、わたしはゲームから出られなくなっちゃうんじゃないの?
……怖い。
怖いよ、どうすればいいの?
なにが正解なの?
そのとき、インターホンが鳴った。