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 なんかもう、えっ、しか出ないわ。

 えっ。

 なにが、どうなってるの。

 ……落ち着け自分。半休万歳。なんならまるっと休んでもいいよね。

 だってこれ、ゲームだし。


 ……いやいやいやいや、全然よくないでしょー⁉︎

 わたしはスマホの画像フォルダを開いてみた。

 ……ない。

 ないないない、ない!

 渾身のベスト・ショットを集めた、プラブアルバムが、ない!

 よって、今のわたしにとって翼様は声だけの存在……。実在するのかも、あやしいぞ。

 そうよ、だってそういうアプリだもん。

 そうだそうです、そうだった! 実在するわけないじゃん、そうだよね!

 プラブって、乙女ゲームの皮をかぶったスケジューラで。ええ、時間が来たらやさしく起こしてくれたり、おやすみの挨拶をしたり、予定を教えてくれたりするんですよ、ふつうにね。


 ただし、翼様を除く。


 翼様だけは、ふつうじゃない。

 なぜか主人公が翼様の秘書という役割(ロール)を割り当てられていて、目覚ましはあんな感じだし、入力した予定はあくまで翼様のご予定。プレイヤーはそれに同行するってお約束になっていて。

 だから、翼様の台詞もそういう……用意はできたか、行くぞ、って内容になるんだよね。

 そうそう、ただのアプリ。寝ぼけて、リアルと混同したわ。

 ははは。

 はは……は?

 わたしはアルバムを閉じ、スマホのホーム画面に戻った。


 ない。

 アルバムどころか、ゲームアプリ本体が、ない。

 待って、じゃあさっきの通話はなんだったの。アプリのアラームじゃなくて、マジで会話したの?

 いや、そうだよな……。そうだよね。

 いつのまにか高度なAIを搭載しましたっていうならともかく、プラブのスケジューラは、あらかじめ録音されている台詞をアラーム音として再生するタイプで……会話なんてできっこない。

 いやいや、寝ぼけて夢をみただけだよね、うん。

 現実に復帰しなきゃ。

 まず、半休とっていいぞと許可してくれたのが、乙女ゲームのスーパーダーリン系俺様ヒーローとか、笑えないから……正規の上司に連絡しないと。

 うん。

 ……って誰?


 顔から血の気が引くのがわかった。


 翼様のポンコツ秘書っていうのがゲームの設定に過ぎないなら、ほんとはなにを仕事にしてるの。

 住んでる場所だって、さっきの理屈は通らなくなる。

 部屋を見回してみたけど、ここどこ? って感じ……。

 殺風景で、生活感が乏しい。誰が住んでいて、どんな生活をしているのか。ヒントになりそうな要素が、なにもない。

 うん。だって、いつ引っ越すことになるかわからないと思ってて……翼様のご機嫌次第で首が飛ぶじゃないですか。余計な荷物は増やさない方がいいな、って。最低限、生活に必要そうだから揃えたものを、とりあえずって感じに並べただけの。なんていうか……その場凌ぎの部屋。

 ……つまり、この部屋のなりたちは、翼様に拾ってもらった、というゲームの設定を踏襲してるわけで。

 それ以外の、ゲームじゃないリアルなんて、見当たらない。


 なんだか、笑いがこみ上げてきた。

 やばい、面白くなってきちゃったぞ。

 びっくり仰天過ぎて、思考と感情が混乱してるっていうか。面白がってる場合じゃない気もするけど、だったらどういう場合なんだよ、ぁあ? って逆ギレ状態っていうか?

 要は、自暴自棄みたいなものかな。いや、ちょっと違うかな。

 ……どうでもいいな!


 笑いの発作をやり過ごしたら、今度は不安の波に襲われた。

 どうしよう、 わたし、どうすればいいんだろう。

 ちょっとパニックに陥りかけながら、わたしはスマホの画面に指をはしらせ……通話アプリを開いていた。

 誰か、誰でもいいから、誰か!

 なにか、納得のいく話をしてほしい。


 登録されている名前はとても少なくて……それを予想して然るべきではあったけど、実際、目にするとたじろいでしまうわけですよ。

 プラブのキャラクターの名前だ、ということに。

 もちろん、「翼」という名前もあったけど、それはもういい。翼様とは話した。

 あの人、泣きついても同情してくれないから。

 今は、無条件に慰めてくれるキャラがいい……せっかく乙女ゲームのキャラが並んでるんだもの、甘やかしてくれるキャラを選ぶよ、わたしは!


 というわけで、わたしは「隼人」をタップした。

 ……でもなんだか、いきなり音声通話する勇気はなかったから、まずは文字で……チャットからお願いします。

 どこに差があるのかわからないけど、なんかそんな気分なので!

 即レスなくても、それはそれでいい気がするし。既読スルーは悲しいけど、隼人さんに限って、それはない。


『こんにちは』

『おう、どうした?』


 送った、と思ったらすぐ返事来た!

 さすが隼人さん。

 しかし、なにをどう説明すればいいのか。いや、説明してもらえばいいのか?


『ちょっと、不安になっちゃって』

『不安? 珍しいな』

『珍しいかな』

『ああ、珍しいさ。そうやって人を頼ったり、滅多にしねぇだろ。かなり辛いんじゃねぇか? 大丈夫か。いや、大丈夫じゃねぇから連絡してきたんだな』


 そうですな……大丈夫って感じはないですな……。

 どう返せばいいのか悩んでると、心配したのだろう、隼人さんが呼びかけてきた。


『アリス?』


 アリス。

 ……アリスって、誰。


『アリス、そっち行こうか?』


 ゲームの存在がリアルに来るとか!

 ああ、音声がハードル高かったの、それか。

 文字で読むより、実在してる感が強くなるからだ。

 わたしは不安でたまらないんだ。ゲームのキャラクターに相談しちゃうくらい。

 そのキャラクターがリアル出現したら、どうなるの。

 ていうか、相談しておいて、実在するのを確認したくないとか、失礼きわまりなくない?

 今はわたしだって、ゲームのキャラじゃん。そうだよね。そうだよ。


『うん』

『よしきた、すぐ行く』

『ごめん』

『謝んなよ。時間だけはたっぷりあるニート中年だからな。すぐ行くからな』

『うん』

『もう部屋を出るぞ。あ、鍵』


 隼人さんが自分の行動を実況しはじめたの、なんか笑える。


『こら! 歩きスマホ、駄目、ゼッタイ!』

『しょぼ〜ん』


 隼人さんは、変顔のスタンプを押した。やっぱ、笑える。


『おとなしく待ってるから、歩きスマホしないで、気をつけて来てください』

『おう、男はひとたび家を出れば、七人だか八人だか、たくさん敵がいるっていうしな!』


 七人なのか八人なのか。


『隼人さん、敵いるんですか?』

『いや、俺は無敵』

『わかりました。でも自動車には勝てないと思うので喧嘩売らないように』

『俺が喧嘩を売るのは、アリスを悲しませるやつだけだよ。じゃ、あとで。すぐ!』


 さすが乙女ゲーキャラ……。さらっと、いいおった。

 ちょっと顔が熱くなって、あー、わたしの頭って平和にできてるなって思った。甘い言葉に照れてる場合かっつーの。

 いやでもさ、せっかく乙女ゲームっぽいシチュエーション、楽しまないと損じゃない? あるいは、野暮じゃない?


 隼人さんは、プラブのオッサン枠だ。

 オッサンといっても、そりゃ、乙女ゲームの攻略キャラですからね?

 イケメンですよ。あと、すっごい甘やかしてくれる。

 オッサン枠というよりは、パパ枠と呼ぶ方が適切かもしれません。パパはパパでも、若い子に飯を奢ってあわよくばベッド・イン! 的なパパじゃなく。

 娘を目に入れても痛くない系の、ギラついてないパパね。

 本人、ニートっていってたけど、若い頃にした発明の特許だかなんだか(詳しいことは知らない!)を売って大儲け、悠々自適の生活を送ってるという、高度なニートです。

 ちなみに、死別のバツイチで、奥様を失った痛みは生きている限り消えないだろう、っていうイベントがあります。


 ――その傷はもう俺の一部で、消したいとは思わない。


 乙女ゲームにあるまじき、主人公以外の女への永遠ラブ宣言!

 これ、ユーザーのあいだでも評価が分かれて、傷ごと愛しちゃうぜ、一生ついてく! 派もいれば、ふざけんな! 派もいますね。

 わたしは面白いと思った派。

 隼人さんがギラついてなくて、安心して甘えられるパパなのは、これがあるからかー、って。納得したわけですよ。

 だから、不安でしかたない今、連絡する相手に隼人さんを選んだのは無理もないことなのです。

 わたしは保護者がほしいんだ。

 大人としては情けないけど、でも、よしよしって宥めてくれて、大丈夫だよって……すべてうまくいくよって慰めてくれる、大人の庇護下に入りたいんですよ。


 だって……怖いんだもん。

 ここがゲームの世界であるのもそうだけど、それより、自分がなんなんだかわからないのが怖い。

 アリスって……わたしなの?

 翼様にせよ、隼人さんにせよ。会ったら、違う、っていわれたりしない?

 おまえは誰だ、って。

 それでも、隼人さんならすぐ慰めてくれるだろうけど。わたしが誰であっても。不安でたまらないって顔をしていれば。


 うん、不安だよ。

 ……すごく怖いよ。

 ほんと、いい歳して泣きそう。

誤字報告ありがとうございました。適用しました。

助かります!

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