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「残念ながら、君を満足させるほどのデータは存在しないと思うよ」

「どうして?」

「定量化するのが困難な事象だから。魔妄もそうだよね。僕らが存在を感じる、ただそれだけ。測定器もないし、捕獲観察の実績もない」


 なるほど過ぎる解説をして、司は絶対O者の方を見た。

 O者の背景から、ゴゴゴゴゴは消えていた。

 ちょっと気が抜けたような表情になっていて、O者なのにかわいい。レアだ。


「ああ、そうだ……たしかにそうだ。残念だがアリス、君に渡せるデータはないんだ。わたしたちは、データを求めたことがない。異常を自明のこととして感じられる、ただそれだけで……それだけで、わたしたちは完結してしまっていた。なんということだろう!」


 と、馨様が少し苦悩の色を浮かべておっしゃった。

 いいんです、馨様はお気になさらなくて!


「適合者は、感じないんだったな……魔妄の気配は」


 と、絶対O者も納得のご様子。

 そうね、ゲームでもそういうシチュエーション多用してたよね。

 魔妄の気配がわからなくて敵の真っただ中に突っ込んでしまった適合者を、若武者が助けに来てくれる、っていうパターン……。イベント・ストーリーで、三回くらい見たわ。

 いや、もっとかな。うん、たくさん見たね。見た見た。


 まぁ?

 奉仕とか献身とかを?

 義務づけられた人たち相手に?

 いちいちデータ出して説明する必要もないよな?

 ……そこがアカンのや、この集団。ていうか、組織!

 なんでやろう、似非関西弁になっちゃうの、なんでやろー⁉︎

 いや落ち着け自分。なんか馴染んできちゃってるけど、ここはラブエタ世界なんだ。残念な乙女ゲーム大賞があったら受賞文句なしの、力の入れどころがおかしいゲームなんだ。

 まともにやってるはず、ないんだ。

 失礼だけど、そういう覚悟を持たないとやってけない世界なんだよ!

 だってさ、なにも考えてないよね? そうだよね?

 あのへんが怪しい、からの、行ってきまーすをリピートしてるだけっぽいよね?

 闇雲に勘で動いてるんじゃ、効率悪過ぎるでしょ。学園が閑散とするのも、無理ないよ……人海戦術できるほど、人いないだろ……。


「発生場所や時期を記録して分析すれば、次の発生の予測とかも、できるんじゃないですか? 場所とか……発生周期とか。そういうのがわかれば、便利じゃないです?」


 全員が、なるほど、という顔をしてわたしを見た。

 いや……注目を集めるの、ちょっと恥ずかしいんですが? わたし、そんな大したこといってますか?

 普通だよね?

 ラブエタ世界では通用しない「普通」かもしれないけど!

 せめて司くらいは、ですよねぇ、ってあの共犯者的な微苦笑をキメてほしかった。この司は頭良さそうなのに、やっぱり残念な子だったの⁉︎

 直感できちゃうって、人を愚かにするのかなぁ、などということを考察してしまいますね。

 ……まぁそうか。考えるな、感じろ! で、解決しちゃうんだものなぁ。

 無理もない気はする。

 気はするけど、若武者の皆さんや、けっこうヤバい組織っぽい雰囲気が滲み出ている学園都市エリュシオンの無為無策を擁護していられるような場面でもなく。


「今後はそのへんを考えて活動すべきだね。応慈もそう思うだろう?」

「……そうだな」


 司と絶対O者は、めでたく合意に達した模様ですが、わたしの目下の喫緊の課題は、そこにはなくて。


「とにかく、まずロンロンへ帰らせてもらえますか」


 そう主張したら、全員が、すっごく残念そうな顔になりましたが、もうほんと、そういうのやめてほしい!


「しかたない。我々も同行する」

「いえ、送り届けていただければ、それで結構です」

「いっただろう。あの世界にも、魔妄の気配はある。おまえの保護を優先したが、捨て置くわけにもいかん。それに、魔妄以外の、より深刻な脅威の気配もあった。……そうだな、皆?」


 絶対O者が仕切って、誰も文句はいわないから、四人のあいだにわだかまりは残さなくて済んだみたいでございますわね。

 それはいいけど、なんかさー。


「保護じゃなく、誘拐です」

「同意を得なかったことは、謝る」


 どうせ、連れて来て、適合判定とやらを済ませたら、エリュシオンのためにはたらくって計算ですよね。同意なんかなくても。

 やり口が、汚い!

 ゲームならよくても、今のわたしには認められん! わたしはモブ顔の小娘だが、見た目通りと思うなよ! 前世ではきっと、人生経験豊富な……いや、どうだろう。

 覚えてないな。

 ……いやいや、前世に限る必要なくない?

 聖女の魂の欠片を持つ者として、一介の田舎娘から神殿勤務、政治的な駒として利用される立場の辛さ、宗教的な苦悩、果ては魔族の誘惑まで経験してるはずだし。

 霊能者〈いとも神秘なアリス嬢〉だって、負けてはいませんわよ。病に倒れた母を支え、鬼プロデューサーの無茶振りに耐え応えて社交界を席巻、上流階級にもその名を轟かせることに成功してますのよ!

 まぁ、どっちも記憶にないというか、ゲーム記憶しかないけど!

 ……。

 えっとほら。こまけぇことは、いいんだよ! まるめこまれない、それが重要なんだよ!


「とにかく、わたしはロンロンに戻ります。無理矢理に攫って来た責任をとって、あちらに送り届けてください。それが、あなたがたが果たすべき最低限の義務だと思います」


 どうだ、いいきってやったぞ! きっぱり!

 でも、達成感にふるえるわたしの隣で、馨様が。


「ああ、アリス。君はなんと理性的で、しかも勇敢なんだ。得体の知れない怪異に襲われる故郷を、自分の力で救いたいのだね。なんという……おお、わたしの貧弱な語彙では、君を表現しきれない」


 反応が意外過ぎて、ツッコミが思い浮かばないレベル!

 なんだこれ。

 ええと……誰もそんなこといってねぇー……で、いいのでしょうか?

 動揺してかたまっているわたしの手を、馨様は握りしめて。


「この小さな手を、その高貴な(ハート)を、わたしが必ず守り抜こう。アリス、ああ、何度でも君の前に跪き、忠誠を誓わせてくれ」


 いや、一回で結構です……間に合ってます。


「流星、アリスが困ってるから」


 司が、わりと真顔で割って入った。え、微苦笑じゃないの。あ、馨様の手をもぎとったぞ。

 今度は司のターンか! また膝をつくんじゃないだろうな⁉︎


「また泣かせてしまうよ。気をつけてくれ」

「ああ、そうだったね。すまないアリス、つい気もちが昂ぶってしまったんだ。許してくれ」


 きらっきらの笑顔ですね……。駄目、これはほんと、慣れない! マジでサングラスの導入を検討するまであるぞ。

 できたらスクショ撮影・保存機能のあるやつでお願いします。あっ、スクショじゃないか。ただの撮影機能ですね。スパイか興信所の調査員の小道具かって感じ!

 ……いや、犯罪臭すごくない⁉︎

 スクショなら、変態ではあっても、そこまで犯罪っぽくないのに……。

 やはり三次元は辛い。皆、二次元に戻ってくれないかなぁ。


「なんにせよ、安定して世界間移動をするなら、応慈に導いてもらうのが最良だし、応慈の積極的な協力を得るには、まず適合者として契約しておくといいんじゃないかな。適性判定を使わなくても、装具を着ければよさそうだから、そこで手打ちにする……っていうのは、どうだろう?」


 司が頭の良さを取り戻してる……。

 わたしと絶対O者は、お互いに気が進まないという顔になったけど、まぁね。

 記憶にないとはいえ人生経験豊富なわたしが、ここは度量を見せてあげようじゃないの。


「わかりました。そうしましょう。皆さん、それでいいですね?」

「アリスが泣かないなら、俺はそれでいいよ」


 要所でビシッと持っていく小銀丸が、またしても容赦なく……ッ!

 なんの才能なの、これ。


「そうと決まったら、……行ってらっしゃい」


 司が絶対O者の肩を叩いた。


「我々全員で行くのではないのか」

「ロンロンへは全員で行こう。でも、まず装具だろ? 買って来なよ。まさか、小銀丸みたいに、流星の財布をあてにしてるわけじゃないだろう?」

「ああ! そういえば司、君にも貸しがあるな。別段、取り立てる気はないが」

「払うよ」

「いやいや、これは乙女のための尊い出費だ。君のためではない、アリスのためだ。その痛みを、わたしは喜んで引き受けよう。ああアリス、どれだけ――」

「すぐ払う」


 いささか噛み気味な勢いで、司が反応した。制服の懐――なんとなく和デザインのせいで、前はこう、着物風に手を入れられるので、内ポケットというより懐と呼んでいい気がするんだけど、まぁそういう場所――に、手を入れた。財布か、なんらかの電子決済の手段がしまってあるのでしょう……。

 って考えていて思いだしたけど、司の家って大富豪って設定だったなぁ。世界的な音楽家一家で。

 司も当然、プロのピアニストになると思われてたんだけど、魔妄退治の若武者にスカウトされて、あっさりアイドルの道へ。

 親の嘆きは、いかばかりか。そりゃなぁ、あれだけの腕を、棒にふったように見えるよね。実際、棒にふってるよね。ふり過ぎて場外ホームランだよ。


「ま、応慈は買い物に行って。ライブでも負けたんだし、罰ゲームだ。必要そうなもの、いろいろ仕入れておいでよ」

「そうだな。いい考えだ」


 にやりとした司の表情は最高ですが、それに真顔で返す絶対O者も、まぁ、なんかいいよね。この人、どこまでも絶対O者だな、って感じ。

 絶対O者とわたしのあいだには、ディスプレイという緩衝材が必要なのよ。他人事として見物できるなら、絶対O者だって、いいキャラなのよ。

 実際に巻き込まれるとなると、いやもうほんと、無理! ってなるけど。


「アリス、そのあいだに僕にも装具を――」

「いや、おまえは一緒に来い。ひとりでは持ちきれん」

「え。どれだけ買うつもりなんだ」

「いっただろう。ひとりでは持ちきれないくらいだ」

「そこまで買う必要ある? それに、僕には装具を着けてもらうという……」

「必要あるだろう。そもそも、いろいろ買って来いと提案したのはおまえだ。責任とって、持ち運べ」


 抗議も虚しく、押し切られた司は絶対O者とともに学園の方に戻ってしまった。

 残ったのは、馨様と小銀丸。


「アリス、疲れてはいないかい?」

「いえ、まぁ……」


 おもに気疲れしてますが……脳内のツッコミが忙し過ぎて。


「歌でも聞かせようか。それともダンスがいいかな。小銀丸となら、とてもファンタジックなパフォーマンスができそうだよ」


 おふたりとも、存在そのものがファンタジックでマーベラスなので、踊っていただくまでもないような。


「馨様は、世界間移動は……?」

「応慈には遠く及ばない、というべきかな」

「こいつは俺とあんま変わらないよ。俺が爆発系で、馨は滲み出る系って差はあるけど、不正確なことには変わりない。なっ?」

「はは……小銀丸は容赦ないなぁ。まぁ、その通りだね」


 そうか。知能低めで操りやすそうなふたりとロンロンに戻るという案は、捨てるしかないか……どうせすぐ、司と絶対O者が追いかけて来るんだろうしなぁ。

 考えこんでいると、馨様がわたしの手をとった。わたしの手、ほんと大人気だな……ブームなかなか終わらないな!


「アリス、君とふたりなら、どこまででも行ける気がするよ。そこがどんな世界だろうと、君さえいれば――」

「爆発系とか、滲み出る系、って?」

「爆発系は、ドッカーン! ってなる」


 小銀丸が即答してくれた。けど、意味がよくわからないですね。

 それ、命に別状なくて済むんでしょうか?

 ちょっと、いやかなりたじろいだわたしに、馨様がきらきらエフェクトつきの笑顔をふりまいてくださった。

 まぶしい……。


「滲み出る方は、わたしが説明すべきだね。そうだなぁ……眠りに落ちるみたいな感じなんだ」

「眠り……」

「あるいは目覚め、だね。まず眠りに落ちて、そして目覚める……。遠くの世界をイメージするんだ。その景色をね」


 わたしは、懐かしいロンロンを想った。想おうとした。

 ……霧ばっかじゃん!

 なにも具体的なイメージができないぞロンロン、さすがロンロン!

 そして、馨様のお顔が! ご尊顔が! 近い! 目がつぶれる……!

 わたしは目を閉じた。


「ゆっくりと、イメージをひろげるんだ。はじめは、曖昧でかまわない。なにか、引っかかりができたら、そこに意識を集中して」


 ……目を閉じたら閉じたで、今度は声の暴力だよね。

 馨様も当然、某人気声優の声そのまんまですよ。どういう仕組みなんだろう。わからないけど、中の人が結婚してるというニュースが流れたとき、一部で酷い騒動になったなぁ、などということを、わたしは思いだしていた。

 脳裏に浮かぶのは、PCの画面。それとも、スマホかな。

 ニュース・サイトに並ぶ見出し。鬱陶しい動画広告。


「そこから、目覚めるようにするんだ」


 馨様の声が、遠い……近くて遠い。

 頭の中に響いてるみたいな。

 今、直接……あなたの脳に……語りかけて……。


「おい、起きろ、アリス!」

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