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絶対O者の声は途切れ、遂に最後まで歌い切ることなく、曲は終わった。
「無意味だ」
それが、彼の敗北宣言だった。
いや、違うかな……。戦闘放棄、なのかも。敗北ではなく。
こちらのステージでは、司が曲をアレンジし直して、一気に終わらせた。
このへん、生演奏の強みだなぁ、と思う。
もはや戦っているわけでもないのだし、曲の終えかたなんて、どうでもいいんだけど。でもやっぱり、演奏を途切れさせずに破綻なく締めくくるのが、司らしいよね。
「最初から、無意味だったと思うよ。応慈はなぜ、そうまで正規の手順にこだわるのかな?」
司が立ち上がると、ピアノが光をまとい、たくさんの音符に変わって、舞い散った。
ライブ終了の演出だけど、こうやって見ると、綺麗だなぁ。
ステージも、少しずつ下降しだす。
気づくと、司がすぐ隣に立っていた。……うっ、やめてくださいその必殺技みたいな司スマイル。慣れない。
「アリス、僕には着けてくれないの?」
一瞬、なんのことかと思いました。
わかりました、理解しました、装具ですね装具! そういえば、小銀丸に渡されたのを、そのまま持ってました。
「いや、もう必要ないのでは……」
「これから魔妄と戦う上で、とても助かると思うけど?」
さようでございますか。まぁ、馨様がせっかく購入してくださったんだし? 無駄にするのもなんですけど。
司の装具は、シルバーのペンダントだった。
これならギリギリ、演奏中でも装着できたかもね……。
司はにっこりと綺麗な笑顔を見せてから、わたしの前に膝をつき、頭を垂れた。
いやいや、そりゃ背の高さから考えたら、そういう感じにしてもらわないと、全然、届かないけれども! でも、なにこれ、むっちゃ恥ずかしい!
さっきまでは、恥ずかしがっている場合ではなかったので、一気に行ってしまいましたが……もう切羽詰まってないから、こう。
無理!
ていうか!
「いや、わたし、適合者としてあなたがたとおつきあいするわけには……」
ロンロンに帰りたいんだよ!
そう、わたしは若武者たちに装具を着けてしまい、それは勘違いの隙もないほど完全に効果をあらわしてしまい……。
要は、適合者だと決定してしまったわけだけど。
それでも、この身体をロンロンに持ち帰って、あっちの皆さんに安心してもらいたい。まず、その段階に至りたい。
「そういうことをいうから、覚悟のない適合者は困る」
絶対O者が、渋いにもほどがある声でのたまいましたが、困られてもね。
どっちかというと、わたしの方が困ってるでしょ!
「覚悟ねぇ……。だから、適合判定をしたかった。そういうことだね?」
「そうだ」
司と絶対O者はわかりあっているようですが、わたしには話が見えません!
「判定時に、わたしたちの事情を強く説明する機能があってね」
なんとびっくり、馨様が解説を。
ていうか、事情を強く説明するって?
どういう意味なんだか……。わからないです。わからないよな? うん、わからない。
「要は、エリュシオンの創立理念に共鳴し、生涯をかけて奉仕する、という誓いが組み込まれているんだ」
司の要約、わかりやすい! そして、えげつない‼︎
ゲームでそんなんあったかな……あったかも……。所詮ゲームの上でのこと、はいはい遊ぶよ遊んじゃうよ、イケメンどんどん落とさせてくださいね、って気構えでスタートするからなぁ。エリュシオンの創立理念に共鳴し、奉仕せよ、みたいな文言があっても、そりゃ眺めるだけで問題視はしないよね。
今のこの状況だと、問題しかないけど!
「僕はアリスにそんなことを要求しないと誓おう。だから、装具を着けてくれないか」
垂れていた頭を上げ、こちらを見上げる司の表情がもう、神スチル! 神スチル! 永久保存決定!
動けないわたしの手を、司が握った。
「君を、守りたい。そのための力が、必要なんだ」
もうやめて。わたしの理性ゲージはとっくにゼロよ。
乙女ゲームって、イケメンを落とすゲームと見せかけて、イケメンに落とされるゲームだよね……。
わたしもう落ち過ぎて奈落の底なのでは?
こんなに誰にでもなびいちゃうヒロイン、ぶっちゃけアカンのでは? 複数同時攻略とかいう状況じゃないですよねーこれ!
攻略されちゃってるよね、わたしが!
「司。おまえまで、そんなことをいいだすのか」
おおお、絶対O者の声が……声が、怖カッコいいを極めていく!
これ、またゴゴゴゴゴがはじまってしまうのでは⁉︎
「アリス、早く――」
「よく聞け、適合者。おまえにとってはゲームの似姿に過ぎないであろうこの状況を、よく考えてみたか? よく見聞きし、現状を把握しているといえるか?」
いや……それはたしかに、よくわかってないけど。そもそも、ラブエタ世界って、設定の辻褄が微妙だったり、いろいろと不信感があるわけですよ。
真面目に考えても、しかたないんじゃないか? って思っちゃうんだよね。そう思ってるし、思ってた。
でも、今いるここは、ちゃんと現実なんだよね。
かれらにとっての。
そして、わたしにとっても。
「危機に瀕しているのは、この世界だけではない。おまえが知るほかの世界も、無論おまえが知らない世界も、すべてだ。すべての構造が瓦解しようとしている。その原因を追求し、数多の世界を救うためには、我々の活動が必要なのだ」
「応慈、やめないか。アリスに君の理想を強要するのは」
馨様が、割って入ってくださった。な、なんかいい香りがする……。
いや、きらきらクラクラしている場合ではなく!
「そうだぞ、応慈。俺ら、皆の笑顔のために歌うんだ。魔妄と戦うのだって、なにをするんだって、基本はそこだ、絶対忘れるな、って。最初にそう教えてくれたのは、あんただったろ?」
「……ああ、そうだな。だが――」
「今のあんたがやってること、違うじゃねぇか。アリスを笑顔にしてるか? 困らせてばっかじゃねぇか! さっきの歌は、誰かの笑顔のためだったか? 違うだろ、そんなんじゃなかったよな……」
小銀丸……。要所でビシッとくるな、小銀丸!
いや待て、皆さんに庇われてうっとりしてる場合じゃないですね?
このままだと、第二回戦だよね? 今度は早く決着するかもしれないけど、そういう問題じゃないよな?
若武者同士で争ってる場合じゃないんでしょ、絶対O者の言葉にいくばくかでも真実があるのだとしたら。
「ちょっと待ってください」
険悪な雰囲気に割って入るの、けっこう意志の力が必要だけど。でも、このままじゃ駄目だよね?
絶対O者に睨まれてるけど、強く……気を強く持つのよ、わたし頑張れ!
「そんな漠然と、世界の危機だとか、すべて瓦解するとかいわれても。データはないんですか?」
「データ?」
「データです。あなたの主観的な感想ではなく、客観的に観測された数値をまとめたものです。ちゃんと考えろというなら、ちゃんとした材料をください。わたしには、データに基づいた、冷静で論理的な分析が、必要です」
暫しの沈黙の後。
司が、笑いながら立ち上がった。
「アリス、やっぱり君って最高だな!」
どこがですか。
twitter で、ラブエタ・キャラの人気投票アンケートをやっております。
https://twitter.com/usagi_ya/status/1097131521876455426
アンケート一位のキャラをフィーチャーして番外編を書こうと思っています。
お気が向きましたら、ご参加ください。