表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/56

27

「あとは頼んだ、って……僕ひとりでなんとかなると思ってるのかな、かれらは」

「思ってるでしょ。わたしも、思ってますし」


 司の背中に、わたしは寄り添った。低レベルの防御スキルだと、範囲が狭いから。

 ……そりゃね、ちょっとドキドキすることは、認めます。

 だって、推しだし!

 肩越しに、司が薄く笑うのが見えた。

 あーもぉぉぉ、この笑顔さいっこうじゃないですか!? 生まれ変わってから、いや憑依してから、あるいは乙女ゲーム専用人格として出現してから、もう何回思ったかわからないアレですが、何度でも! 心で叫ぶぞ!

 スクショ保存したい! した過ぎる!!


「参ったな。できる限りは頑張るけど、無理そうな時は逃げてくれるね?」

「無理だったときに、わたしが逃げきれるわけないです」


 また、司が微笑んだ。

 だーかーらーもーおー、マジで! スクショ機能ぉぉぉ!


「そこはもちろん、君が逃げるくらいの時間は稼ぐっていうこと」

「でも……」

「一秒でも引き延ばせれば、流星や小銀丸が間に合う可能性が高くなる。君がかれらに装具を着けて、それで効果があれば、適性を試験するもなにもない。君は適合者だ。いくら応慈が強くても、適合者に率いられて能力を解放した僕らが、負けるはずはない。君は意思を貫くことができる、おめでとう。逆に効果がなければ、君は適合者ではないということになり、応慈も興味を失うだろう。それはそれで、無罪放免おめでとう、だ」


 そう、効果がなければそれはそれで、めでたく終了のはず。

 効果があれば……わたしには適合者としての責任が生じるし……絶対O者は、しつこく追って来るだろうけど。でも、ひとまずは自分のやりたいようにできる。……と、思う。


「君が応慈に捕まりさえしなければ、僕らの勝利なんだ」


 ♪ ふたり、情熱に駆り立てられて

 ♪ 胸を合わせ踊った、一晩中(オール・ナイト)


 絶対O者の歌は、わたしたちのやりとりのあいだも、どんどん進んでる。


 ♪ ひとり、苦しみに胸締めつけられて

 ♪ 残された手紙読んだ、孤独の騎士(ロンリー・ナイト)


 さんざん追いかけた相手に一晩でふられ、未練たらたらの歌であるな……。

 絶対O者って、実は「尽くす系すれ違いキャラ」なのでは。全力で相手のため(と、自分のため)を思ってるけど、相手はそれを望んでない、みたいな。

 それ、一歩間違えたら、ストーカーと呼ばれるものなのでは?

 ……こわっ!

 わたしは司のシャツを握った。今の状況が、別の意味で怖くなってきたので、つい。


「あの……質問に答える余裕、ある?」

「大丈夫だよ」

「こっちもステージを出せないの?」


 司は、ちょっと意外なことを聞いた、という顔をした。


「君って、最高に面白いな」

「え?」

「なるほどね、それはできるかも。仮想ステージを現界させた方が、味方との距離感もはかりやすくなるし、たぶん、やりやすい。ただ、応慈の歌を凌駕する必要はあるけど」


 仮想ステージを現界……。そんな風に表現するのかぁ。

 まぁそれはともかく、正直にいおう。

 司は、歌はそこまでうまくない! 自覚してらっしゃるようですが。

 そして、絶対O者は無茶苦茶うまいです。エドワード王太子が、「歌がうまかった」と評されたのは、ジョークでもなんでもないのです。

 絶対O者の歌のうまさは、ガチ。

 あんな謎歌詞の曲でも盛り上げられる、その実力たるや。


 ♪ Ah〜〜

 ♪ 見えない翼、広げて〜

 ♪ Ah〜〜

 ♪ あの日失くした恋を〜


 情感たっぷりに歌い上げるステージには、相変わらずゴゴゴゴゴの渦巻きが。

 あのスキルは、《絶対支配宣言》かな……。防御を下げて、力を溜めて、最後にぶっ放すやつですね。

 怖い!


「でも、まだ時間に猶予がありますよね? この曲、長いもの」


 全曲フル収録の暴挙に、今だけ感謝だ!

 ゲーマー的には、長過ぎて音ゲーの集中力もたないよ! って仕様だったけど、この世界で実際に歌ったり踊ったりのパフォーマンスをする、若武者の皆さんにとっては、どうだったんだろう。

 絶対O者は、……見たところ、完全に入り込んでらっしゃいますが。

 あれだな、最後にブッパするスキルなの、歌い上げてる最中は、完全に歌に入っちゃってる絶対O者だからこそ、って感じなんだな。

 そして、溜めてるあいだは防御が下がるという特性上、防御スキルが豊富で、常時一歩引いてて冷静な司とは、ユニット・メンバーとしての相性がいいんだけど。

 その司は、寝返ったので!

 今なら、絶対O者に攻撃を入れられる。


「じゃあ、こっちは短い曲を……」


 どの曲にするか、候補を検討しはじめたらしい司の顔を見ていて、はっと気がついた。

 司には、司にしか演れないのが、あるじゃない。それも、コンクール荒らしをしたという経歴がある、プロ・レベルの腕前のが!


「ピアノ! ステージがあれば、ピアノも出せる!」

「ああ、そうか。採用! ほんと、君って最高だ」


 司はくるりと向きを変え、ほんの一瞬、わたしをハグすると、一歩下がった。

 は……ハグとか……破壊力が……わたしの理性が! 顔面というか表情も巻き込んで崩壊しますぞ! うわー顔が熱い!

 理性ってなんだっけ? それ、美味しい?


「よし……行くよ!」


 司はしゃがんで、片手を地面にあてた。

 彼の手を――だいじなことなので、超! 早口で解説しますが、司の手はピアニストらしく、大きくてこう……かっこいい! イラストでも多少、そういう表現はされてたけど、このリアル立体司の手のかっこよさときたら、手フェチなら五体投地するレベルでは? いやまぁ、フェチにはそれぞれの美の基準があるだろうから、誰でもそうかはわからないけど? だがしかし、わたしは全力で崇めたい!――中心に、虹色の波紋が広がった……かと思うと、ずずっとピアノが出現、それにつづいてステージのセットが一式まるごとあらわれた。


 ステージ現界の瞬間をちゃんと見たのは、初めて。

 もちろんゲームでは見てたけど、特殊な演出もなにもなかったし。ライブだ! ってなったら、音ゲーのプレイ画面に移動してたからなぁ。

 いかなる場所、いかなる状況であっても自動的に出現するステージは、ゲームの中でならシュールといっても限りがあるというか、そういうもんだと納得できるけど、こう……自分が立っている場所と地続きの現実で出て来ると、シュールなんて言葉で片付けられる現象ではないですね!

 絶対O者はこちらの動きに気づいているのかいないのか……たぶん、気づいてないと思う。

 相変わらず、朗々と歌い上げてらっしゃいます。なんたる美声。


 ♪ ふたり、思い出を胸に抱いて

 ♪ 街から街 彷徨った、一晩中(オール・ナイト)

 ♪ ひとり、切なさに心破れて

 ♪ 君の足跡を追った、孤独の騎士(ロンリー・ナイト)


 だが、相変わらず、歌詞はダサい! 誰かO者に、もっとマシな曲を! 書いてやってくださいお願いします、なんだか気の毒になってきた!

 この曲は、ここから泣きのギター・ソロになるのです。ええ、アルハンブラっぽいやつな! O者はハミングでそれに寄り添うだけ。

 アルハンブラはアルハンブラで技巧派のギター譜面だけど、こっちだって負けてはいないはず。


 少しだけ、準備運動をするみたいに手を動かしてから、司はピアノの前に座った。

 司の制服――制服という言葉の定義が問われるくらい若武者それぞれに自由な服装は、和風モダンというキーワードで一応、統一されてるらしいんだけど――は、ピアニストらしく、袖が過剰にだばだばしない、つまり鍵盤にうっかり引っかかったりはしないが腕は自由に動かせる程度のゆとりがあるデザインで、全体的に、ほかの若武者より地味。

 地味なんだけど、椅子に座るときの、こう……ちょっと燕尾っぽい上着の裾を後ろにバッ! と払うの、むちゃくちゃかっこいいんですけど⁉︎

 開発は、なぜこのモーションを演出に取り入れなかったの、馬鹿なの、愚かなの、美学がないの⁉︎

 なお、ピアノは透明で、内部の構造もまるっと見えてます。

 メーカーロゴは、ステインウェイ……。

 なぜか、ロンロンの風を感じますね。いや、なぜかもなにも、理由は明白だけど。


 妙なことからロンロンを懐かしんでいるわたしを他所に、司は鍵盤に指を落とした。

 ダーン! と、重厚な和音が響き渡る。

 これ確か、ラフマニノフのピアノコンチェルト第二……だっけ? すっごい有名なやつ。あれをリスペクトしてる曲だったはず。

 つまり、随所にそれっぽいピアノ・パートがあり、そこの演奏難度は音ゲー的にも大変に高くて、初見殺しであると同時に、音大生にすら「ラフマニノフが墓から蘇って頑張るレベル」とかいうわけのわからない評価を獲得していた曲なのです。

 だから逆に、フルコンすると凄い得点を叩き出せるのよ……短い曲なのにも関わらず高得点が出るので、高難度のプロフェッショナル譜面を叩けるプレイヤーなら、時間あたりの得点効率は最高、といわれてました。


 ここでプレイするのはわたしではなく、司だけどね。

 だから逆に、この曲が生きるのです――わたし、ぶっちゃけこれはフルコンしたことないし、プロ難易度だと途中で閉店しちゃうので!

 だけど、司の演奏は。馨様が顔面きらきら最終兵器だとしたら、司はピアノの音がきらっきらですよ。なにこれ。音が光ってる!

 最初の和音が過ぎると、そこからは指がもつれそうなアルペジオ。

 うおお、凄い、かっこいい! 生演奏、こんな至近距離で見られるなんて。

 そんな凄い演奏をしながら、司は余裕でわたしを見上げ。


「この曲は、君に捧げよう」


 ……! 君に捧げる演奏なんてシチュエーション、ゲーム以外で体験する日が来るとは!

 いや、これもゲームかな。ゲームかも。

 もうどうでもいいわ、あああ、司とのあいだに平面の壁があれば! モニターとかディスプレイとか総称される種類のアレがあれば!

 司に見られる心配もなく、悶えたり転がったりできるのに!

 あと今のはスクショじゃなく動画保存でお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ