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衝撃を受けているのにも飽きたわたしは、こよなく寝心地の良いベッドから、むくりと身を起こした。
いやまぁ正確には、飽きたというより、思いだしちゃった、というか。
――君は、可哀想な自分に酔っていたいだけなのか?
……っていう名台詞を口にした、攻略対象がいましてね。
我が身の不運を嘆いていたら、メインヒーローは同情してくれたのよ。肩を抱き寄せて、俺が守る!
みたいな?
王道だよね、胸がキュンキュンするわ!
さほど愛情の数値が上がってなくても発生する序盤のイベントだし、そりゃあ全員分見ますよね〜、って確認したんだけど。
なんと、発生自体は誰でもどの状態でもするけど、パラメーター次第でちょっと台詞が変化することがわかって。
四周目だったかな〜、最推しと序盤から全力で愛情を育てていたときに、そのイベントも見たんだけど。
自分ではどうしようもない運命に翻弄される主人公に、最推しが言い放ったのは。
――で、いつまで泣いてるつもりですか?
からの、さっきの可哀想な自分に酔うの好きなのー発言ですよ。
愛情上がってる方が厳しくなるとか!
好きッ!
そういう特質があったので、ごくごく限られた一部のプレーヤーに、熱烈に愛されてたわけで、ええ、わたしを含む。一般的には、人気なかったですね、はい。
ま、ゲームの台詞とはいえ、核心を突かれた心地がして。
以来、自己憐憫に無邪気に身をまかせることができなくなって、ほんと、あいつは罪なキャラだったと思います。
攻略ウィキの掲示板でも、ヒロインの心を抉ってくるヒーローとか呼ばれていたものですよ。
でも推しだったんだけどね!
ああ、懐かしい。
シルヴェストリとは違う意味で、最強キャラとか裏ボスとか呼ばれていたものですよ。ほんと懐かしい。
あー、でもあれは違うゲームだったな。
わたしは深く狭く派なので、生涯でクリアした乙女ゲームは四本だけ。
シルヴェストリは、その中でも最初にクリアした、『聖痕乙女』っていう……今にして思えば、よくそんなタイトルのゲーム買ったなって感じだけど、ほら! 神絵師がキャラデザイン担当してて、パケ絵に撃ち抜かれちゃったんだよね、たしか。
まぁシルヴェストリはメインの攻略対象じゃなかったので、パッケージでの扱いもよくなかったんだけど、ゲームの立ち絵がもう、神。
喜怒哀楽、冷たく見下しても、主人公に落ちて甘々になっても、どこをとっても美神レベル。
魔族だけど神!
って、叫んだ記憶があるくらいで……なにこの無駄記憶。消えていいよ!
まぁ、メインは当然、人間キャラですよ。
公式のイチオシは、主人公の幼馴染。ちょっと口下手で、デリカシーの欠如したことを口にしては、平謝りっていう。主人公が聖女候補とわかってからは、彼女を守るために騎士の修行に励み、神殿騎士として、そして個人としても永遠の忠誠を誓ってくれて、ここぞって場面で定番のマジックワードを決めてくるんだよ、たしか。
実は、昔から好きだった……っていう、あれですよ。
わたしも当然、ズキューンって射抜かれたけど、致命傷ではなかったな。
それより大神官様が萌えたはず……そうそう、大神官様は様をつけずにはおれない清らかなかたで、でも裏では苛烈なこともやってらして、信じることのために手を汚さざるをえない矛盾に悩んでらっしゃるのよねぇ。
やばいことやってても、腹の底まで白いっていわれてて。掲示板では最終的に「様」って呼ばれてたわ……。
王子様もいたけど、あれは様って感じじゃなくて、脳筋ワイルド系だったし。
いやー思いだしても絵師様ほんと神だったなぁ。
美中年キャラもいたんだけど、これがまたかっこよくてさぁ。様と対立してる宰相閣下とか、今でも最も美しい中年キャラって信じてる。
ちなみに、魔王は代替わりしたばかりの美少年枠で、そういう性癖をお持ちのお姉様方が歓喜の涙を流して崇拝してたはず。
神絵師がねぇ、幅広い年代の美形をお描きになる画力をお持ちだったんだけど、ご本人がお好きなのは美少年、で。ファンもその傾向が強かったんだよなぁ。
いや、どんどん思いだすな、これ。
きりがないとはこのことだってくらい、ゲーム関連の情報が出てくる。我ながら怖い。
ちょっと切り換えよう。
ベッドの上に座ったまま、わたしは今の状況について考えた。
そもそも、これがゲームだと、なんで気がついたのか。
裏ルートって呼ばれてる分岐の台詞を、シルヴェストリが口にしたからだ。
シルヴェストリはねぇ……魔族の割に素直だし、わかりやすいし、主人公にだけは優しいし、ルートによっては命懸けで他の攻略対象とくっつくのを助けてくれたりで、実は激甘っていう。
この「主人公にだけは」っていうのがポイント高いんだけど、まぁそれはそれとして。
裏ルートは前提条件がシビアで、フラグ管理が鬼レベル。あとそうだ、各キャラの好感度調整も大変だった、たしか。
ちょっと声かけるだけで、すーぐ好感度上がっちゃう幼馴染とか、移動ルートを把握して遭遇回数を減らす必要があった。
そればかりか、ランダム発生イベントで、これが来たら詰むっていうのもあった。お忍びで村祭りを訪れた主人公が、攻略対象キャラと遭遇して、篝火の前で踊るっていう……パラメーターがグッと上昇、複数キャラの一気攻略が楽になるイベントでもあって、そっちでは祭りキター、って歓喜するやつなんだけど。
裏ルートを狙ってるとね……。
通称、絶望祭り。
これがまた、今回はうまくいってるぞとほくそ笑むときほど、発生するんだよねぇ。
裏を狙うと発生頻度が上がるのでは? ってくらい苦しめられたイベントだったのよ、そうそう、そうなのよ!
ゲーム世界に生まれ変わったらしい自分が、その鬼フラグ管理とパラメーター調整を、無意識にやってのけたと思うと、言葉もない。
もはや乙女ゲームの天才か、神に愛されしヒロインかって感じだけど、それはどうでもいいね!
はい、わたし集中! 乙女ゲームの記憶を懐かしんでないで、現在に活かしましょう!
裏に分岐したとわかる、シルヴェストリの台詞。
それは、こうだ。
――アリス、君は聖女じゃない。聖女が君ではないように。
この台詞に、自由に生きろとでもいいたいの? と返したら裏ルートだ。
さっき、わたしはそう返事をしながら、ひとを自分の城に幽閉しておいて自由とか、ないわー、って思ったんだ。
そして、気がついた。
これは乙女ゲームだ、と。
これって異世界転生乙女ゲーム版じゃないの? って思って。
さらに気がついてしまった。
転生してるということは、乙女ゲームを嗜んでいたわたしは、死んでしまったんだなぁ、と。
……それで衝撃を受けて、今に至るわけだけど。
わたしは、重要なことに気がついた。
裏ルートに入ると、主人公が、実は聖女の魂の欠片を持っていない、という衝撃の事実が明かされることになるんだよね。
本物の聖女を隠すための、替え玉だったわけ。
攻略対象キャラの知られざる過去エピソードも解放されて……もちろん様はどんなに黒い行為に手を染めても様だっていわれてたけど、シルヴェストリなんかもう……裏ルートを狙う前からシルヴェストリがいちばん好きだな〜って思ってたけど、裏を知ったらもう戻れませんでした、はいそうでした。
開発のインタビューによると、シルヴェストリは、当初は攻略対象外の予定だったっていうくらいで、固有イベントの数とか泣けるほど少ないんだけど、それでも。
立ち絵だけでこんな妄想できるなんて感動する、ってくらいハマったわ……。
いやいやいやいや、そうじゃなくて。
実は聖女の魂の欠片を持ってない、って……それ、シルヴェストリを完全に落とさないと、死亡フラグだよね。
愛情は抑えめにしてないと裏ルートに行けないから、あんな態度だけど、シルヴェストリはまだ落ちてないはず。
血の気が引くのを覚えた。
死んでたことを知ったばかりで大ショックだというのに、さらに死にそうじゃないですか、やだー!