表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/56

26

 絶対O者。

 高い初期ステータスから、衣装や装具がなくても戦えるとまでいわれ、最初からプレイヤーと親しくなりやすい。

 適合者の誰もがお世話になり、頭が上がらない相手。それが彼なのだ。

 キャラソンのコーラスがそう聞こえるから、だけの話じゃない。

 強い。ただただ、強い。初期値で彼にかなう若武者は、存在しない。

 だからこその、王者呼び。


 公式ではないけど、O者には伝説のエピソードがある。


 乙女系ソシャゲ界ではちょっとしたインフルエンサーだった、とあるプレイヤーの、配信企画。

 初期値若武者限定、ソロ・バトル!

 古参の重課金の圧に怯んで、新規加入がしづらい……というSNSのつぶやきから火がついた、第一次ラブエタ闘争……。

 そこから生まれた、じゃあ初期値の若武者、ソロ限定でライブバトルしようぜって企画ですよ。

 それなら、古参のユニットが怖いとかないし!


 ライブバトルっていうのは、演習っていうか、若武者同士で競うモード。

 アイドル活動の一端という説明で、四ユニットまでが参加可能。どれだけファンを魅了したか(要は音ゲーのスコア次第)を競って、ゲーム内通貨が稼げる。順位が高い方が、報酬も多いという仕様です。


 一応説明しておくと、魔妄と戦うと、経験値が入ってステータスが上がるほか、人間関係の数値も稼げます。若武者とプレイヤー、若武者同士、などの関係を決めるから、これは最重要。ゲームの本筋的にも、乙女的にも。

 でも、ゲーム内で物を買ったりするための通貨は、それじゃ稼げないんだなー。

 課金するか、アイドル活動で稼ぐかしかないのですよ。

 なので、魔妄退治そっちのけでアイドルやってる適合者もいましたね……。たとえ重課金兵であっても、ゲーム内通貨は、あればあっただけ使えますからね!

 無料分も、貰えるだけ貰うのは基本!


 と、そういう仕様なので、アイドル活動のライブバトルは、いくらやってもキャラ自体は育たないです。

 だから、初期値縛りで何戦でもできるわけ。

 初期値限定だから、すべての若武者をお迎え済み、育成にも手をつけてますって古参は参加できなかったので、それはそれで問題視する人が出て騒ぎになったんだけど、そんなことはどうでもいい。

 どうしてもやりたきゃ、主催者であるインフルエンサー同様、別の端末に別のアカウントを作ればなんとかなった……ようだけど、これまたどうでもいい。


 参加者は、主催者のファンだから参加しまーす、みたいなほんとの初心者がほとんどだったらしく。そういう子って、キャラのステータス、ちゃんと見ないんだよね。

 絶対O者は、見た目が渋過ぎて(声も超渋いが)、誰も選ばなかったのよ……。

 主催者も、配信ではそれこそ馨様とか使ってたしなー。複数のタイトルで重課金兵だったけど、あれだけリスナーついて配信してたらペイするのだろうか、と首を捻っていたものですが、それもどうでもいい!

 さすがに馨様で出場した子はいなかったはず。いきなり大金ブッパしないと、相手にしてもらえないですからね……。

 小銀丸とか、司とか選んだ子は、いたと思う。


 主催のインフルエンサーは、当然のように絶対O者。

 大人気ない! 勝つ気満々!

 っていわれてたけど、これがもうね。

 連戦連勝、疲れて音ゲーの精度が落ちて来ても圧倒的な勝利、また勝利。

 酔狂な(というより、インフルエンサーに個人的な恨みがあるんじゃ? って思わなくもない)古参が、その、別端末新垢という面倒なワザを使って参戦したけど、この頃になるともう暗黙の了解で、主催者以外は絶対O者を選ばない感じになってて。やっぱり無事に敗北。

 絶対O者が実質的に絶対王者だと証明されてしまった、伝説のイベントですよ……。


 その後、王者過ぎるからステータス修正の要望出そうぜって声も上がったけど、

「いいじゃん、絶対O者はこのままで!」

 っていう意見の方が強くて、あんまり盛り上がらなかったです。


 わたし?

 わたしも、絶対O者マジ強くて逆に笑えるから、このままでいいよ派でしたよね。

 ……ブチ切れた絶対O者と、同じ次元でご対面するまでは。

 一瞬で、あの配信とその前後のカオスを思いだし、ゲームの攻略に直接関係しない記憶がこれほど克明によみがえったことにびびってるし、それよりもっと、絶対O者のブチ切れモードにびびってます。

 ぶっちゃけ、周りの若武者の皆さんも、やや及び腰ですね? そうですよね⁉︎


 小銀丸は、初期値は高い方だけど、絶対O者の安定感には遠く及ばない。司も、そう。馨様に至っては、重課金してからが本番の人ですからね……。

 そして、ここまで観察した感じ、こいつらだいたい初期値と見做してよさそうですよね。装具も着けてないし。

 馨様は、さっき、激レア装具のイベントっぽい台詞をぶっ放してらっしゃいましたが、肝心の装具はどこにも見あたりません。

 どういうことなの。

 やっぱりわたしは課金を求められているのでは⁉︎

 運営ー、命がかかってるから課金させてくれー! 購入ボタンを! ご購入にあたってのご注意を! ご購入確認メールを!


 しかし、そんなものはない!

 現実の運営は、見えるところにわかりやすい注意書きや、便利ボタンを設置してくれない!

 なんて無能なんだ、現実! の、運営!

 たぶん、人はそれを「神」と呼ぶんじゃないかと思うけど。


「応慈、落ち着いて」


 最初に反応したのは、司だった。さすが司!

 ステージ上でマイクを摑んだ絶対O者は、司を見た。目力、凄いです。

 ……ていうか、周りの空気が渦巻きはじめてない? ゴゴゴゴゴ、とはこういう状況か!

 物理法則とか、俺の知ったこっちゃねぇって感じだよ!

 小銀丸も、物理法則? 聞いたことないな、ってタイプだけど、適用対象が本人だから、まだいい。

 絶対O者は違うからね!

 物理法則を無視させられるのは、わたしたちだからね、この感じだと!


「落ち着く? 落ち着いていられる状況かどうかは、よく知っているはずじゃなかったか?」


 声が……怖かっこいい!

 いやもうほんと、この期に及んでかっこいいかどうかなんて、どうでもいいと思うんだけど、どうでもよくないの!

 かっこいいのを無視できたら、乙女ゲーマーじゃないです!


「それは、わかってる。けど、正面突破にこだわる必要はないよね」

「わかっていない。正面から突破してこそ、だ」


 ダン、と足を踏み鳴らした絶対O者の動きに合わせて、ライトがあたりを強烈に照らした。ステージ上にはスモーク、そして浮かび上がる絶対O者のシルエット。

 変則的なベースのソロから始まる渋い編曲、ドラムが次第に盛り上がって、ッビロレェ〜ン! とギターが泣く。

 キタキタキター!

 絶対O者のキャラソン、パート2!


 馨様が身構えた。


「来るぞ! 司、《大音円(ラウド・アラウンド)》を!」

「わかった。小銀丸は跳べ!」


 ……範囲が狭いからだな。

 あー、今すぐレベルアップは無理でも、装具さえあれば、スキルの効果範囲を広げられるのに。


 ♪ 君は覚えているかい《ドゥユーリメンバー》?

 ♪ Ah〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!


 渋い低音だけでなく、透き通るようなハイ・トーンまで出るの、マジで感動です。

 よく考えたら、絶対O者の生歌を聞ける機会、しかもかぶりつきって凄い。

 ああ、これが二・五次元ミュージカルのアリーナ席だったなら……!

 でも現在、我々は三次元で敵味方の関係、応慈様の歌が盛り上がったらまずい状況。なんでどうしてこうなった。


 ♪ 霧にむせぶ僕らの想い出(メモリーズ)

 ♪ もう離さない、離したくない

 ♪ 石畳、アルハンブラの光

 ♪ もう出会えない、認めたくない


 あまり考えたことなかったけど、相変わらず歌詞、意味わかんないな……。

 この世界にも、アルハンブラ宮殿ってあるのかな?

 ていうか、そうか、「想い出」で「アルハンブラ」って、『アルハンブラの思い出』か……。そうか。今、初めて気がついた!

 そういえば、間奏の一部にアルハンブラっぽい旋律が挟まってるわ。

 この曲って妙にギターが目立ってるなーと思ってたけど、そういうことか、ギターのために書いた曲なんじゃないの? キャラソンなのに、どうしてそんな!

 うわー、異世界に来て3D化した上、絶対O者と敵対している今、ものすごくどうでもいいリスペクトに気がつくなんて! なんて間が悪いというか、どうでもいいんでしょう!

 ……いやいやいや、そんなことより、スモークでもごまかしきれない、絶対O者の背後のおどろおどろしい渦巻きを、なんとか雲散霧消させないと!

 三対一でも絶対O者は侮れないぞ。

 激レアじゃなくてもいい、せめて装具さえあれば……。


「装具って、どこかで買えないの?」

「装具? それなら、学園の売店で購入可能だが、あれは適合者からじかに渡してもらわないと効果が出ないんだ」


 なるほど?

 購入ボタンがないのにどうやって手に入れるのかと思ったけど、やっぱりリアル購入か。そしてそんな設定になってるのか!


「小銀丸、装具取って来て、装具!」

「俺、金持ってねぇぞ」


 こういうところが! マジで、子ども(ガキ)


「馨様、お金持ってる!?」

「えっ? ああ、それはもちろんだ」

「小銀丸、馨様と売店に行って、装具買ってきて! わたしが装備させたら機能するんでしょ」

「よくわかんないけど、じゃあ流星、行こうか」

「しかし、アリスをこんな危険な場所に――」


 わたしは、馨様の手を握った。たまには積極的に、こっちから行ってもいいじゃない? いいよね?


「馨様、わたしを必ず守ってくださるんでしょ?」

「誓って、必ず」

「それなら、わたしを守るための力を手に入れてください。行って来て。そして、戻って来て!」

「わかった」


 馨様は、わたしの前に跪いた。そして、わたしの手にそっとくちづけを落とし、きらっきらの笑顔で――もちろん、きらきらエフェクトが発生したことは、いうまでもない――宣言なさった。


「君の信頼に応えよう。必ず、戻って来るとも。司、あとは頼んだ」


 小銀丸に行くぞと声をかけ、馨様の姿が消えた。たぶん、小銀丸が抱えて連れ去ったんだと思う。

 頑張れ小銀丸。ずいぶん大きくて華麗できらっきらだけど、それがお使いに必要なお財布だ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ