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 じゃ、と小銀丸は立ち上がった。


「ちょっと挨拶してくっか」

「……平和的な?」


 ツッコミ入れるのが、一瞬、遅れました。それは認めざるを得ないです。

 乙女ゲーマーに反射神経が要求される場面は少ないから、それでいいんです。

 いいんですよ……画面の向こう側を眺めてる立場だったらそれで問題なかったけど、同じ次元に存在するようになった今、もはや問題しかない!

 わたしにも超人的な体力とか運動神経とかが付与されるべきなんじゃないの、運営! どうなの、そこのところ⁉︎


 とか考えてるあいだに、いや考えだすより早く、小銀丸は吹っ飛んで行ってしまいました。

 ええ、あの圧倒的な脚力で……。

 わたしにどうにかできるわけないだろ!

 逆ギレか、わたし!

 おうよ、上等だ、逆ギレだくそぅ、出遅れることアカデミー賞の封筒開くまでの長いスピーチみたいな感じだが、それでも行かないわけには。

 ラブエタ的には、わたしが泣けばだいたい解決しそうだし。

 少なくとも小銀丸と馨様はなんとかなる。絶対O者と司は無理かもだけど。

 ……なんとしても絶対O者の意見は変えさせないといけない気がしておりますが、どう攻めるべきか、それが問題だ。

 あの人、理屈が通じるようで通じないっていうか……。司には理路整然と倒されちゃうのを経験済みですが、絶対O者はちょっと違うよなー。


 ……はっ。

 外で、ドーン! と派手な音が!

 やばい、うだうだ悩んでる場合じゃないです!

 あわてて穴から這い出たわたしの目に映ったものは。


「待て、小銀丸、話せばわかる!」


 中途半端に出現したライブステージと、防戦用に張ったらしい司の防御スキル、たぶんまだ低レベルの《大音円(ラウド・アラウンド)》、その範囲からハミ出すまいと踏ん張っている絶対O者。

 ジャンプに次ぐジャンプで空中を飛び回っているらしい小銀丸のせいで、空からばんばん音が降って来てて、わたし下手に動けないんだけど⁉︎

 馨様はどうなさってるかというと、敢えて司の防御範囲の外にお立ちになって、華麗なポーズを決めてらっしゃいますね……。

 あれは、スキル発動してるとか、そういうのじゃないですね。

 ただの、かっこいいポーズ、ですね……。

 どうしよう、むっちゃ馬鹿っぽいのに、かっこいい! なんだこれー⁉︎


 ここまで、わたしの推しに共通点があるとしたら。

 頭が、いい。

 これに尽きると思うんですよ。

 馬鹿っぽい人は、かっこよくてもグッと来ないのよ。

 でもやばい、馨様が今、かっこよさの暴力で、わたしの乙女ゲージを振り切りそうよ!

 ほんとなんなのこれ、馬鹿も貫いて突き抜けるともはや尊さしかないっていうか……愛おしい、みたいな?


 どこが馬鹿って、馨様がステージ外でポーズとってらっしゃるせいで、司や絶対O者と同ユニット扱いになってないっぽくて、ソロの小銀丸の方が圧倒的な火力を叩き出してるっていうね……。

 あのデュエット・バグ、実害ないからって放置されてたせいで、なんと絶対O者が苦杯を喫してますよ!

 まさか過ぎる展開に、目眩が……。

 ていうか、馨様、逃げてー! 小銀丸の攻撃が……!


 歌声が黄金の光の矢となって降り注ぎ、馨様の頬をかすめる。わずかに切れた頬から血が滲んで、朱が乗るの、どこの日本画しかも美人画の大家が描いた国宝級の名作だよ、って感じに完璧に美しく、しかも艶っぽさもある!

 百五十点!

 なお、満点は十点とする!


 ……駄目だ、わたしは美しいものに弱い。ほんと弱い。

 この3D馨様のためなら、わたしだって、ゲームでも重課金兵のひとりとなり、もやしを食べて暮らすことを脳内会議でも満場一致で決議していただろう。

 そうか、あの激レア装具動画の人も、新ボイスの発表ごとにガチャ回しまくってた馨様親衛隊のお嬢様がたも、これを見ていたのか……。きっとそうだ。このレベルの馨様が、彼女たちの脳裏で映像を結んでいたに違いない。

 わかる。わかるぞ!

 わたくし、修行不足の身にて、馨様の真の美しさに気がつくこともできぬまま、現世におさらばし、課金の機会を逸したこと、慚愧の念に堪えませぬ!

 乙女ゲーマーとして、一生の不覚ッ‼︎


 そのとき。馨様が、こちらをご覧になった。

 わたしの気分は、すみません、今サイリウム持ってなくてオタ芸をお見せすることすらかないません、そもそも馨様のイメージ・カラーを確認しないと……わたしに攻略ウィキを、偉大なる先達乙女たちの知恵と勇気を!

 って感じですね、我ながらどうかしてる。


「アリス、君の涙はもう止まったかい?」


 ……あ。これ、激レア装具イベントの!

 ぽかんとしている、まさにモブ顔の阿呆面さらしているに違いないわたしに、馨様は光りかがやく笑顔で仰せになった。


「それならいい。神ならぬ身で、君の不幸をすべて除くことはできない。過去の過ちを正すこともね。だが、未来を作ることはできる。わたしのすべては、君の幸せな未来のために捧げよう。二度と、君の頬を涙が伝うことがないように、ね」


 きらーーん!

 まっぶ……まぶしすぎるです無理です、馨様を直視できない!


「馨、ひとりでなにやってるんだ、説得しろ!」

「ああ、応慈……わたしはアリスとともに行くと決めたのだ。彼女の前に道を拓き、その背を守る。それこそ我が使命」


 司が、ため息をついた。


「まったく……。応慈、あなたもよくない。いい加減に、アリスの自由意志を認めようじゃないですか」

「司、おまえまで……。情けをかけていられる状態ではないのだぞ」

「情けは人のためならず、ですよ。おおい、小銀丸、休戦だ! 僕はアリスの意思を尊重すると決めた! 話し合おう、降りて来てくれ」


 そういいながら、司自身もステージから飛び降りた。

 そして、こちらを見て困ったように微笑む。


「アリス、悪かった。君の気もちも考えずに。もう、あんなことはしない。君がロンロン世界に帰りたいなら送り届ける手助けもしよう。ただ……応慈が、この中では世界移動の力に優れているからね。まずは、彼を味方にするための作戦を練ろうか」


 にっこり、で話を締めくくられると、やっぱり司もかっこいいなって……。いやでも、もやし生活の下はない。

 いつ課金請求されるかわかんないぞ、みたいな気分で、わたしは司に微笑み返した。

 ややこわばった笑顔だとは思うけどね!


 そこへ、小銀丸が来た。つまり、超高度から着地したっぽい。

 土煙の上がりっぷりが半端ない……。

 小銀丸よ、重力加速度という概念は知っているのか。その足のめり込みっぷりはなんだ。どれだけの衝撃に耐えられるのだ。

 素直に、すげぇ。


「司は、たまに嘘つくからなー」

「嘘をつかない人間なんていないだろう? 誰かを守るための嘘、本気だったのに実現しなかった嘘、信じていたら間違っていた嘘……」

「嘘なんかつかない、とはいわねぇんだな」

「僕は、誠実だからね。そうできるときには」


 ……すみません、味方かどうかいまいちわからないけど、やっぱり推しは司で! 司でお願いします!

 こういうの好物なんで!

 馨様は特別枠、小銀丸は化身枠でいきたいです。

 あれ、これって箱推し? 箱推しなの⁉︎

 絶対O者も推すことになるけど!


「つーか、情けは人のためにならないのに、情けかけようっての?」

「……あのね、他者にかけた情けは、結局、巡り巡って自分に戻ってくるよ、って意味だから、それ。他人に優しくする方がいいってことだからね? 厳しくした方がいいって意味じゃないよ?」

「へー! そうだったんだ。馨、知ってた?」

「……アリス、君が決めていいんだよ。どんな決定でも、わたしは君に従おう。君の第一の騎士(ナイト)となり、君がふたたび涙にくれることがないよう、必ず守ろう。それで、わたしがおかした過ちを償うことができるならば」


 馨様が、かっこいいゲージを破壊する……。

 これが少年漫画なら、敵の戦闘力を表示する機械が計測不能領域に達してぶっ壊れますね、そういうイメージですね!

 知ってらしたかどうかという質問への答えははぐらかしておいでのようですが、問題ないです! 馨様の魅力はそこじゃないので!


「いえ、過ちだなんて、……そんな」

「君の涙がわたしを目覚めさせたんだ。世界を救うことは、たしかに重要だろう。だが、目の前の乙女に涙を強いるのでは、本末転倒じゃないか。アリス、君が思う以上に、わたしの罪は重い」


 きらきらしてるー! やっぱりきらきらエフェクト来てますよ⁉︎

 見間違いじゃないよね⁉︎

 ……と、すっかり乙女ゲームらしい状況を満喫しているところ、突然ですが、残念な怒声が響き渡りました。


「おまえら、暢気に花畑耕してんじゃねぇ!」


 ぜ……絶対O者が! キレた‼︎

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