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「君のことを、詳しく話してくれないか。僕らにピックアップされるまで、どんな人生を送ってきたのか」
「……つまらない人生ですよ、たぶん」
思わず、本音がポロリしてしまったよ。誰得のポロリだけど。
「わたしの人生と、どちらがつまらないか比べてみようか」
さっと着席なさった馨様、凄いご提案をなさいましたね? 馨様とつまらない人生って、ミスマッチにもほどがあるのでは⁉︎
「たぶん、というのはどういう意味だ」
「応慈が引っかかるの、そこなんだ?」
「わたしは曖昧さが苦手でね。そういうシュタウフェンベルクはどうなんだ。たぶん、という留保は気にならないのか?」
絶対O者の妙なこだわりに、司は肩をすくめた。
「つまらない、という彼女の自己評価の方が気になるかな。自己評価の低さって、影響するから。いろいろと」
さようでございますか……。
「あの。いろいろと、もう面倒になってきたので、ぶっちゃけた話をします」
「どうぞ」
「今、話をしているこの『わたし』という意識が発生したのは、ピックアップされたのとは別の世界です。そこでは魔族と人間が争っていて、まぁ詳細は省きますが、それもゲームで知っていた世界でした。これゲームでやったことがある、と気がついたのが、今のこの『わたし』の最初の思考です」
「ほう。ゲームだと気づいたことで、プレイヤーの意識が分離した、ということかな」
おお、絶対O者のコメント、意外と鋭いな。
「なぜかはわかりません。とにかく、そこへ別の世界からの迎えが来て、わたしは世界を移動しました。それもまた、ゲームで知っている世界でした。あなたがたと出会ったのは、そこです」
「ああ、アリス。君は真実の居場所を求めて流離う運命にあるんだね」
誰の台詞かはわかりますね、ああまぶしい!
「わたしはたぶん、もう死んでいるのだと思っています。自分は霊なんじゃないか、この身体にとり憑いているんじゃないかな、って。あと、この『わたし』は所属不明ですけど、この身体が居るべき場所は、さっきの世界です。あの人たちは、このアリスと親しくしていて、アリスの方にも幼少時の記憶とか、あるみたいなので。わたしは、それにうまくアクセスできないから、詳しいことはわかりませんが」
「アリス……つまらないという形容の定義が迷子じゃないか。なんて刺激的な日々を送っているんだ!」
「最新の刺激は、ここに拉致されたことですけど」
「ああ、ここには今はなにもない……君の人生に、さらなるおどろきや喜びをくわえることができないなんて。忸怩たる想いだ」
苦悩する馨様は美しいにもほどがありますが、苦悩のポイントがおかしいです。そして、嫌味がまったく通じてない!
絶対O者が、馨、と渋い声を出した。マジ渋い。
「なにもないことはない。ここは、我々が死守すべき本拠地だ」
「それはそうだが、空っぽであることは間違いないだろう」
「人がいないと言う意味でなら、我々以外には誰もいないな。しかし、ここが空なのは、皆が戦っていることの証左だ。誇るべきことだ」
「応慈の話は、べき論が多いな。わたしは義務感よりも、人生を豊かにする夢や希望を歌いたいね」
謎の次元で意見を戦わせはじめた絶対O者と馨様を無視して、司がわたしに尋ねた。
「なんで霊なの?」
「なんで、って……」
「多重人格とか、考える方が自然じゃない?」
その発想はなかった。
そして、その発想の方が、あるべきだった!
またしても、ラブエタ・キャラに常識で負けるという、なんともいえない状況に。
えっ、待って。わたしの常識と理性、ラブエタ以下!?
「た……多重人格の当事っていうか当事人格が『自分は多重人格である』と認識できる可能性は……」
「そういう症例は、あるね」
あるな。確かにそうだな。むしろ、主人格以外はよく把握してたりするはず!
なんでか知らないけど、わたし知ってる!
『24人のビリー・ミリガン』とか、『失われたわたし』とか……なんとなく本の題名が浮かんで来るので、たぶん、そういうので読んだんだろうな。
前世のわたし、意外と読書家だった模様。
いや前世っていうか、司の言葉によれば、わたしの別人格が読んでいるのか。
ということは、わたしは乙女ゲーム専門人格?
なにそれ、なんか嬉しくない……。
もっとも、と司が話をつづけた。
「多重人格という症状自体、今はあまり流行していないけどね」
「流行って」
「精神疾患には流行があるよ。目立つ症例がクローズアップされ、社会的に注目集めると、患者予備軍みたいな人たちが、これこそ自分が抱える問題だ、って採用してしまうんだ。心の不具合と不安に、名前がつき、形ができる。表現のすべをみつけるわけだ。ロールモデルみたいなものだね」
「ロールモデル」
おうむ返ししながら、自分がひどく愚かになった気分を満喫!
ていうか、わたしが阿呆なのかはともかく、この司がおかしくないですか? ラブエタとは思えないほど賢くない⁉︎
「だから患者数も増える。症例発表も盛んになる。概念が浸透する。ますます世間に広まる。……でも、そのまま増えつづけたりはしないんだ。流行は、必ず終息する。どうしてだろうね?」
「……特別感がなくなるから、ですか?」
「意見が合うね。僕もそう考えているよ」
ひぃぃ、完全に気を抜いていたこの瞬間に、司のあの、共犯者的な笑顔キター!
僕らは互いに理解しあってるよね、っていう、アレ!
三次元で見ると、破壊力もひとしおですね……。
「でも、おかしいです。多重人格だとしたら、本体っていうか、ロンロンで生まれ育ったらしいこの身体が、おと……音ゲーとか、知ってるの変ですよね?」
「ロンロンって?」
「ああ……ええと、わたしがいた世界の、ゲームとしての名前です」
本来は違う名前だけど、まぁいいよね! 許してください!
「霊の憑依説をとるにしても、異世界から来た霊って話になるから、そこは無理が生じるね。つまり、君の本体がそのロンロン産だっていう仮説から、あやしむべきってことだ。あるいは――」
「あるいは?」
「――ロンロンっていう世界が、見た通りの世界ではない、という可能性も考えるべきかもしれないね。文明のレベルや、発達の方向性が、僕らの既知の歴史的な一時期、地理上の特定の場所に酷似しているせいで、判断にバイアスがかかっていることも、考慮に入れるべきだろう。それに、君が知っているゲームの世界に似ているのが確かなら、そこにもバイアスは生じる。ゲームではこうだったから、ここでもこうだろうと情報を補填してしまう、なんて現象も発生するはずだ」
「……」
「君が思いだしたという断片的な記憶も、誰かが操作したものかもしれないだろう? その程度の暗示なら、あの世界の文明のレベルが見た目のままだとしても、問題なく実行できるだろう。特に、君はそう信じたがってるみたいだしね」
その言葉は、心に沁みた。せつないっていうか。
納得しながら、だけどでも、どうしても認めたくないという感情があって。
「……そういうの、辛いです」
「どういうの?」
司の声は、とても優しい。
「ロンロンの前には、魔族と人間が争っている世界にいた、ってお話ししましたよね」
「うん」
「ロンロンの人たちは、わたしの記憶は、そこで魔族に操作されたのかも、っていうんです。そして今はここで、ロンロンを疑えっていわれて……それは、たしかに賢明な態度なんだろうと、わかるんです。わかるんですけど……」
「かれらを、疑いたくないんだね?」
「そうなんだと思います」
「ひとつ前の世界の、魔族も含めて?」
わたしは、シルヴェストリを想った。彼の蜂蜜色の眼や、美しいにもほどがある銀の髪、尖った耳や二本の角を、彼が存在を認めたものだけで構成された城を、気怠い空気を。
彼がわたしを呼ぶ声を想った。
――アリス。
「そうです。誰も、疑いたくないんです」
記憶の中で、アーサーが、エリザベス様が、王太子殿下が、わたしを呼ぶ。
――アリス。
誰かがわたしの記憶を操作した、なんて思いたくない。
それがどんなに愚かで、とり返しのつかない選択だとしても。