表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/56

22

「君のことを、詳しく話してくれないか。僕らにピックアップされるまで、どんな人生を送ってきたのか」

「……つまらない人生ですよ、たぶん」


 思わず、本音がポロリしてしまったよ。誰得のポロリだけど。


「わたしの人生と、どちらがつまらないか比べてみようか」


 さっと着席なさった馨様、凄いご提案をなさいましたね? 馨様とつまらない人生って、ミスマッチにもほどがあるのでは⁉︎


「たぶん、というのはどういう意味だ」

「応慈が引っかかるの、そこなんだ?」

「わたしは曖昧さが苦手でね。そういうシュタウフェンベルクはどうなんだ。たぶん、という留保は気にならないのか?」


 絶対O者の妙なこだわりに、司は肩をすくめた。


「つまらない、という彼女の自己評価の方が気になるかな。自己評価の低さって、影響するから。いろいろと」


 さようでございますか……。


「あの。いろいろと、もう面倒になってきたので、ぶっちゃけた話をします」

「どうぞ」

「今、話をしているこの『わたし』という意識が発生したのは、ピックアップされたのとは別の世界です。そこでは魔族と人間が争っていて、まぁ詳細は省きますが、それもゲームで知っていた世界でした。これゲームでやったことがある、と気がついたのが、今のこの『わたし』の最初の思考です」

「ほう。ゲームだと気づいたことで、プレイヤーの意識が分離した、ということかな」


 おお、絶対O者のコメント、意外と鋭いな。


「なぜかはわかりません。とにかく、そこへ別の世界からの迎えが来て、わたしは世界を移動しました。それもまた、ゲームで知っている世界でした。あなたがたと出会ったのは、そこです」

「ああ、アリス。君は真実の居場所を求めて流離う運命にあるんだね」


 誰の台詞かはわかりますね、ああまぶしい!


「わたしはたぶん、もう死んでいるのだと思っています。自分は霊なんじゃないか、この身体にとり憑いているんじゃないかな、って。あと、この『わたし』は所属不明ですけど、この身体が居るべき場所は、さっきの世界です。あの人たちは、このアリスと親しくしていて、アリスの方にも幼少時の記憶とか、あるみたいなので。わたしは、それにうまくアクセスできないから、詳しいことはわかりませんが」

「アリス……つまらないという形容の定義が迷子じゃないか。なんて刺激的な日々を送っているんだ!」

「最新の刺激は、ここに拉致されたことですけど」

「ああ、ここには今はなにもない……君の人生に、さらなるおどろきや喜びをくわえることができないなんて。忸怩たる想いだ」


 苦悩する馨様は美しいにもほどがありますが、苦悩のポイントがおかしいです。そして、嫌味がまったく通じてない!

 絶対O者が、馨、と渋い声を出した。マジ渋い。


「なにもないことはない。ここは、我々が死守すべき本拠地だ」

「それはそうだが、空っぽであることは間違いないだろう」

「人がいないと言う意味でなら、我々以外には誰もいないな。しかし、ここが空なのは、皆が戦っていることの証左だ。誇るべきことだ」

「応慈の話は、べき論が多いな。わたしは義務感よりも、人生を豊かにする夢や希望を歌いたいね」


 謎の次元で意見を戦わせはじめた絶対O者と馨様を無視して、司がわたしに尋ねた。


「なんで霊なの?」

「なんで、って……」

「多重人格とか、考える方が自然じゃない?」


 その発想はなかった。

 そして、その発想の方が、あるべきだった!

 またしても、ラブエタ・キャラに常識で負けるという、なんともいえない状況に。

 えっ、待って。わたしの常識と理性、ラブエタ以下!?


「た……多重人格の当事っていうか当事人格が『自分は多重人格である』と認識できる可能性は……」

「そういう症例は、あるね」


 あるな。確かにそうだな。むしろ、主人格以外はよく把握してたりするはず!

 なんでか知らないけど、わたし知ってる!

『24人のビリー・ミリガン』とか、『失われたわたし』とか……なんとなく本の題名が浮かんで来るので、たぶん、そういうので読んだんだろうな。

 前世のわたし、意外と読書家だった模様。

 いや前世っていうか、司の言葉によれば、わたしの別人格が読んでいるのか。


 ということは、わたしは乙女ゲーム専門人格?

 なにそれ、なんか嬉しくない……。


 もっとも、と司が話をつづけた。


「多重人格という症状自体、今はあまり流行していないけどね」

「流行って」

「精神疾患には流行があるよ。目立つ症例がクローズアップされ、社会的に注目集めると、患者予備軍みたいな人たちが、これこそ自分が抱える問題だ、って採用してしまうんだ。心の不具合と不安に、名前がつき、形ができる。表現のすべをみつけるわけだ。ロールモデルみたいなものだね」

「ロールモデル」


 おうむ返ししながら、自分がひどく愚かになった気分を満喫!

 ていうか、わたしが阿呆なのかはともかく、この司がおかしくないですか? ラブエタとは思えないほど賢くない⁉︎


「だから患者数も増える。症例発表も盛んになる。概念が浸透する。ますます世間に広まる。……でも、そのまま増えつづけたりはしないんだ。流行は、必ず終息する。どうしてだろうね?」

「……特別感がなくなるから、ですか?」

「意見が合うね。僕もそう考えているよ」


 ひぃぃ、完全に気を抜いていたこの瞬間に、司のあの、共犯者的な笑顔キター!

 僕らは互いに理解しあってるよね、っていう、アレ!

 三次元で見ると、破壊力もひとしおですね……。


「でも、おかしいです。多重人格だとしたら、本体っていうか、ロンロンで生まれ育ったらしいこの身体が、おと……音ゲーとか、知ってるの変ですよね?」

「ロンロンって?」

「ああ……ええと、わたしがいた世界の、ゲームとしての名前です」


 本来は違う名前だけど、まぁいいよね! 許してください!


「霊の憑依説をとるにしても、異世界から来た霊って話になるから、そこは無理が生じるね。つまり、君の本体がそのロンロン産だっていう仮説から、あやしむべきってことだ。あるいは――」

「あるいは?」

「――ロンロンっていう世界が、見た通りの世界ではない、という可能性も考えるべきかもしれないね。文明のレベルや、発達の方向性が、僕らの既知の歴史的な一時期、地理上の特定の場所に酷似しているせいで、判断にバイアスがかかっていることも、考慮に入れるべきだろう。それに、君が知っているゲームの世界に似ているのが確かなら、そこにもバイアスは生じる。ゲームではこうだったから、ここでもこうだろうと情報を補填してしまう、なんて現象も発生するはずだ」

「……」

「君が思いだしたという断片的な記憶も、誰かが操作したものかもしれないだろう? その程度の暗示なら、あの世界の文明のレベルが見た目のままだとしても、問題なく実行できるだろう。特に、君はそう信じたがってるみたいだしね」


 その言葉は、心に沁みた。せつないっていうか。

 納得しながら、だけどでも、どうしても認めたくないという感情があって。


「……そういうの、辛いです」

「どういうの?」


 司の声は、とても優しい。


「ロンロンの前には、魔族と人間が争っている世界にいた、ってお話ししましたよね」

「うん」

「ロンロンの人たちは、わたしの記憶は、そこで魔族に操作されたのかも、っていうんです。そして今はここで、ロンロンを疑えっていわれて……それは、たしかに賢明な態度なんだろうと、わかるんです。わかるんですけど……」

「かれらを、疑いたくないんだね?」

「そうなんだと思います」

「ひとつ前の世界の、魔族も含めて?」


 わたしは、シルヴェストリを想った。彼の蜂蜜色の眼や、美しいにもほどがある銀の髪、尖った耳や二本の角を、彼が存在を認めたものだけで構成された城を、気怠い空気を。

 彼がわたしを呼ぶ声を想った。


 ――アリス。


「そうです。誰も、疑いたくないんです」


 記憶の中で、アーサーが、エリザベス様が、王太子殿下が、わたしを呼ぶ。


 ――アリス。


 誰かがわたしの記憶を操作した、なんて思いたくない。

 それがどんなに愚かで、とり返しのつかない選択だとしても。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ