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 はじめに動いたのは、司だった。


「そうだね。本来、僕らは音楽を守るために戦うはずだった」


 さっきまでピアノを弾いていた指が、舞う薔薇の花びらを手にとる。

 意味のない動きなのに、いや、だからこそなんだろうか、すっごくかっこいい……。

 この期に及んで、かっこいいとかどうでもいいんじゃないかな、と自分でも思わなくもないけど、かっこいいものはかっこいいです。

 馨様が、わたしの手を握ったまま、つぶやく。


「いつからだろう。わたしたちの戦いは、泥沼の様相を呈しはじめていた。それは、戦闘後の些細なできごとだったり、なにか言葉にならない気配のようなものだったりした。今も、うまく説明できる気はしない。けれど、信じてほしい。底が見えないほどの深淵が、足元にあるのだと。翳りは世界を覆い、崩壊へと向かっているのだと」


 うん、馨様のおっしゃることは、やっぱりよくわからない。ただ、不吉なものを感じていらっしゃる……のは、わかる。

 絶対O者が、もう少しわかりやすい表現で話をひきとった。


「仲間たちは皆、学園の席をあたためる暇もない。それぞれの適合者とともに、異変が生じた場所へ飛んでいる。我々も、できる範囲で違和感に対処しているのだが……」

「応慈がまとめてくれるから、できていることだ。でも、僕らだけでできることは、たかが知れている。どうしても、限界はある。その限界を突破させてくれるのが、適合者なんだ。君のことだよ、アリス」


 いやいやいや。

 司に薔薇の花びらを差し出されてるけど、ごめん、馨様に手を握られてて振り払えないし、それ以前に花びらなんかもらっても困るし!

 あと、やっぱりなんか話がおかしいよね?


「魔妄っていうのがなにかは、よくわからないけど、それが音楽を歪めるから、正しい音をぶつけることで、打ち払うんですよね?」


 馨様が微笑んだ。


「ああ、そうだよ。わたしたちの歌のかがやきに、魔妄は耐えられない」


 かがやきで倒せるなら、馨様がにっこりすれば全滅間違いなしだと思いますけど、それはまぁそれとして。


「そうですよね。危ないのはあくまで音、音楽で。だから、ライブで戦えるんだし、その技術を磨き、カリスマ性をアップさせる意味もこめて、アイドル活動もするわけですよね?」

「その通りだよ。よく知っているね」

「世界崩壊って話はどこから出てきたんです? それに、危機的状況で戦うのなら、適合者があなたがたを放置するはずないですよ。強いんですから。なんであぶれちゃってるんですか。おかしいです」

「待った」


 司が、割って入った。


「なんでしょう」

「よく知ってるね、ってレベルじゃないよね。君、何者なの」

「このゲームをプレイしたことがあるってだけです」


 霊のお告げを持ち出すまでもないよね。魔法もいらない。だって、この人たちの世界、現代日本みたいなものなんだし。

 ゲームって言葉で大丈夫でしょ。

 多少、いやだいぶデリカシーがないのは認めるけど、サクサク話を進めたい。


「このゲーム?」

「ええ。あなたがたなら、わかりますよね。平行世界(パラレルワールド)。わたしは、この世界ととてもよく似た設定のゲームを遊んだことがあるんです。学園都市エリュシオンを舞台にした、おと……音ゲーです」


 なんとなく、乙女ゲーム、とはいいづらかったです。あんたらは攻略対象ですぜ(ゲス顏)……って、やっぱりねぇ。表明しづらいです。


「僕らも、ゲームの中に登場した、ということ?」

「ええ、そうです。小銀丸の名前を知っていたのも、だからです。会うとは予測していなかった場所で会ったから、びっくりしましたけど」


 当の小銀丸は、相変わらず暇そうにしている。ラウンジのフロアスタッフとして働いているロボットを相手に、なにか無茶な注文を試しているらしい。

 子ども(ガキ)だ。


「すると、君は、平行世界をゲームとして把握できるということか?」


 あっ、O者の声がなんか厳しい! 心の底からそういう場合じゃないぞとツッコミつつ、でも、いわせてください! 声かっけぇぇぇぇええ!


「いや……ええと? たまたま、そういうゲームがあった、というだけで、べつに、わたしの特殊能力とか、そういうのでは」

「……素晴らしい!」


 馨様の握力がアップ! あと、きらめきも‼︎


「アリス、君は伝説の適合者なんだね」


 はぁ?

 ……って表情、目一杯したと思いますが、馨様には通じないですね。

 なぜなら! わたしの眼を覗きこんでらして、たぶん、眼、しか視界にないからですね!

 馨様、もうちょっと距離をとって、視野を広く……是非、視野を広く!

 このままだと、わたし、光を浴び過ぎて燃え殻みたいになっちゃいます!

 いや、萌え殻……萌えカス……なんて表現を模索してる場合じゃないが、しかし敢えて決定。萌え殻、で。

 そして、はぁ顔はキープで。いつか気づいてもらえるはずという期待と、正直つきあえんわという実感をこめて、キープで!


「伝説、か」


 O者まで⁉︎

 いやいや、わたしのこの渾身の「はぁ?」顔を、スルーしないでくださいよ、お願いしますよ!

 こいつらならゲームの異世界諸国漫遊状態も、言葉を選ばずに説明できると踏んだのに、なんか設定盛られて斜め上に展開する予感が悪寒だよ!

 さすがラブエタ過ぎる!

 馨様が、不意に立ち上がった。わたしの手をリリースしてくださったのは、ありがたいですが……芝居がかった仕草で、左手を胸に当て、右手をやや上方へ向けてさしのべたときに、薔薇の花びらのみならず、キラキラ〜って感じのエフェクトが見えたの、自分の視力と正気が不安になるのですが……。

 いや、正気については、もうずいぶんと不安だけど!


「その者、数多の世界の力を集め、エリュシオンに約束の勝利と永遠の平和をもたらさん……」

「八千年前に、エリュシオンを開設した大賢者の予言だね」


 司先生、解説どうもです。でも、せっかくリリースされた手に、今だとばかりに花びらを押しつけようとするの、やめて!

 そして、解説されても全然意味がわかんないよ。

 八千年前とは大きく出たな……紀元前どころか四大文明も夜明け前なのでは?

 まぁ、億の手前で踏みとどまってるのは、ラブエタとしては良識的な方でしょうか。

 しかし、問題はそこではありませんね?


「そんな設定、知らない……」

「秘匿された情報だからな」


 さっきから、絶対O者の声がラスボス傾向で怖い。コワかっこいい、という新たな萌えが発現しそうです。

 ほかの若武者の皆さんがヴィジュアル重視で圧をかけてくる中、堂々と声で勝負しまくり大勝利だよね、さすが王者、絶対O者!

 しかし、わたしはめげないぞ。負けるもんか。


「素朴な疑問なのですが、八千年前にゲームで異世界を知るとかいう概念があった、という設定なのでしょうか?」

「君はなにをいっているんだね」


 おまえがいうなスペシャル、入りまーす!

 いらねぇぇぇええ! 全力で打ち返したい!


「アリス、少し混乱しているようだね。すまない、わたしたちが話を急ぎすぎたようだ」


 混乱してるのはわたしじゃないです、馨様。この世界の設定です。

 責任者、出てこんかーい!

 でも、こういうときに出てくるのは司。さすがラブエタの理性。


「平行世界を移動して、遥かに時を超え、空間を、次元を旅してきた僕たちでさえ、未だ出会ったことがない事象だよ。あらかじめ、平行世界のできごとを知っている、というのはね」


 ラブエタにしては、理性……と、いうべきかもだけど。

 でもまぁ、理解できるレベルには落とし込んでくれるのが、司らしい。ありがとう。あなたとなら会話できる。と思いたい。


「そうだとしても、たまたまゲームをプレイしたわたしより、この世界を再現するようなゲームを作った開発者が、特殊な能力者だった、ということじゃないですか?」


 よし、いってやった。どうよ。この理論!

 でも。司はちょっと儚げに微笑んで。


「それはそれとして。……アリス、君が知っているのは、ここだけじゃないんだろう。ほかにも、ゲームで知っていた異世界を訪れたことがある。そうだね?」


 フラグきた! と、我がゲーマー魂が感じました。

 これ重要なやつだ、へたな選択肢を選ぶと面倒なことになるっていうか、ロンロンへの帰還が絶望的なことになりそうなやつだ!

 わかる、わかるぞ、これルートの分岐だよね!

 乙女ゲーマー・アリス、今こそ本領発揮です、がんばります!


「まさか。なんでそんな風に思うんですか」

「僕らが君をピックアップした世界に、そういう種類のゲームはないだろうからね」


 ああああああああーっ! そうか、司と馨様もロンロン世界を知ってるから……音ゲーなんて存在しないよね、うんしないね!

 よもやの完全論破です、愕然です。

 やっちまった感と、よりによってラブエタの若武者に理屈でいい負かされたことへの敗北感が凄い……。

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