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「ああ、なんの説明も受けていないのかい? それは心細かっただろう」


 馨様が、一段と光度を上げて……無理、直視できない!

 視線を逸らした先では、司が例の「悪いなぁ、皆が迷惑をかけて……ほんと、困った奴らだ」という微苦笑を浮かべているのと目が合うわけですが。

 いやー、推しの萌えポイントだけど、でもいっていいですか!

 今はちょっと、ウザい!

 そんな共犯者みたいな顔されても、全っ然、共感できないし!


「わたしは……帰りたいだけです」

「気の毒だが、まず適性試験を受けてもらおう」


 これは絶対O者。この声で断言されると、反論しづらい。すごいな、声の圧。


「応慈、いきなりそれじゃ、通じないだろう? ええと、アリスちゃん、でいいのかな?」

「……はい」

「ここは、学園都市エリュシオン。僕らは、暴走しがちな性質でね……。舵を切ってくれる、冷静で賢明な人を、求めているんだ。僕らと、特別な絆を結べる人をね。適性試験っていうのは、君に素質があるかどうかをあきらかにするためのものなんだ。試験といっても、大したことはないよ」


 知ってる。

 司が説明してる横で、馨様はきらきらにこにこなさってるし、絶対O者は腕を組んで真顔でこっちを見てるし、小銀丸は飽きたらしくって、脈絡もなくバク転を始めている。


「あの、とにかく帰らせてください」

「それはできない」


 司の表情が、すっと変わった。真剣な眼差し。

 う……っ。ウザいとかいって、すみませんでした! イケメンの至近距離直視パワーやばいです、やばいやばい全理性がやばい!


「司、彼女が困っているよ。疲れているだろうし、まずはラウンジで休憩してもらってはどうかな」


 司から視線を逸らした先に見えるものが馨様の笑顔って、逃げ場ないのと同義だよね……。

 ドナドナされる家畜状態で、宮殿と見紛う校舎へと連行される以外、わたしには選択肢がなかった。

 ちなみに、実際にゲームをプレイしたときも、出会いからスカウトの流れでは、選択肢らしい選択肢はなかった。まぁね、導入部だしね。適合試験をするしないで揉める意味ないよね、基本無料のソシャゲだし……。


 ラウンジは、豪華だ。ええ、これでもかってくらい豪華ですよ。

 薔薇園併設で、常に薔薇の花びらが舞ってるんだけど、薔薇、こんなに散って大丈夫なの、なにか悪い病気でも流行ってるんじゃないのー⁉︎ なんてことを思うのは、わたしだけなんだろうなぁ。

 基調の白に金、アクセントに暗い赤をきかせたインテリアは、ゲームで見たデザインそのままだ。

 通いつめたから、よく知ってる。

 ここは、若武者をナンパする……つまり、編成に入れられそうな若武者を物色したり、まずはお近づきにとお茶したり、プレゼントしたり、デートのお誘いをしたりするための場所。ゲームではね!

 好感度を上げるための施設ですよ、今のわたしにはミリも必要ないけどな!


「アリス、勝手にオーダーしたものだが、気に入ってもらえるかな?」


 馨様が、薔薇ジャム入りのロシアン・ティーを頼んでくださった。

 いやおかしいよね。ここはプレイヤーが貢ぐための場所だよね。なんで馨様がわたしに奢ってくださるの……。


「このミルフィーユも食べるといい。うまいぞ」


 絶対O者お勧めですか……さすがだな、美しく食べるのが難しいことに定評あるミルフィーユを勧めてくるとは、さすがO者、さすがすぎる!

 むっちゃ美味しそうだけど、これを馨様の前で食べる勇気は……わたしには、ない!

 ピアノ演奏がはじまったので、もしやと思って見てみたら、司が弾いてるじゃないですか! たしかに、ピアノの腕はプロ級って設定だけど!

 あんたそんな遠く行ってどうするの、説明要員でしょ、たのむよ!

 ショパンとか弾かなくていいから。メロディにあわせて、薔薇が舞い散らなくていいから!


 ああもう、脳内ツッコミが追いつかない!


「我々は、音楽を守るために戦っている」


 司が演奏に逃げたせいで、説明担当が絶対O者になった模様です。

 実をいうと、ユニットの常連になるのが、O者なんだよね。初期ステータスがわりと高めで、ガチャで強化しまくらなくても、それなりに戦える。好感度も、そこそこの数値からスタートで、上がりやすくはないけど、下がりやすくもない。

 ラブエタやってて、絶対O者のお世話になったことがない人は、いないと思う。

 頭が上がらない相手……という意味も、O者という愛称には含まれているのですよ。

 庶民にもやさしいO者。そして、庶民には手の届かない馨様……両方入ってるユニットって、あんまり見たことないなぁ。

 今、ふたり並んでるけど。そして、馨様のターンになったっぽいけど。


「音楽がこの世から消え去るなんてこと、想像つかないだろう? わたしもそうだ。いや、そうだった、というべきだろう……おお、たとえ魔妄にこの身を引き裂かれることになっても、わたしは決めたのだ。守るために戦う、と」


 馨様の憂い顔……うえぇ、お美しい……けど、なにをいっているかは、よくわからない!

 ここで、魔妄って? とか、時宜を得たツッコミをすべきなのはわかってるけど、わたしはゲームの設定の説明を求めてるわけじゃないので。

 さっさとロンロン世界に帰りたいだけなので。

 だって、アーサーの眼の前で攫われたとか、エリザベス様が許さないでしょ……。アーサーの無事が気遣われます。殿下もだなぁ。一緒にやられちゃいそう。


 沈黙を、華麗なピアノの音が埋めていく。

 これはこれで風流というか、ラブエタっぽいのが、うんざりする。

 ひときわ強く風が吹いて、ザッ、と音がしそうな勢いで薔薇が舞った。馨様の髪がなびいて、ベスト・ポジションにブワーってなる。うおお、かっけぇ。

 これは見惚れる。


「アリス、君の力を我々に貸してほしい」


 埒があかないと見たか、絶対O者が一歩、踏み込んできた。直接的な要求ですね!


「お断りします」


 空気が凍りついた。気がする。

 こいつら、拒否されることに耐性なさそうだしなぁ。

 でも、美形パワーに押し流されてばかりじゃいられないですよ、わたしだって!

 せっかくロンロン世界に馴染んできたのに、問答無用で誘拐されて、はいそうですかって要求をきけるはずないでしょ。

 だいたい、意味わかんないし、魔妄とか!


「まだ混乱しているのかな。よほど乱暴に連れてこられたのか……」


 馨様、いいことおっしゃいますね!


「そうです。いきなり、魔妄? とかなんとかいわれて、攻撃されて、わたしの親しい人たちも一緒に……災難にあって、挙げ句ここに連れてこられて、協力してくれって、そんなの意味わからないです。暴走しがち? そういう自覚があるなら、ここに引きこもっててください。迷惑かけないで! あと、わたしをもとの世界に帰らせてください!」


 便乗してやった! いってやったぞ!

 プチ達成感!

 ……に浸る余裕など、許されるはずもなく。

 馨様が、わたしの手をとった。近い近い近い、あとまぶしい!


「そうだったのか。辛かっただろうね。でも、もう大丈夫だよ。わたしたちが、すべてを守ろう。君のたいせつな人たちはもちろん、君自身も……ね」


 ……ね、じゃねぇぇぇぇ!

 そういう話をしているのでは! なく‼︎

 絶対O者が、話をひきとった。


「わからないのも無理はない。だが、我々が魔妄を倒しつづけることで、世界の平穏は守られているのだ。そうでなければ、ここはとっくに廃墟となっていただろう。ここばかりではない。魔妄の気配を感じたからこそ、我々は君がいた世界に出向き、そこで君と出会ったのだ。あの場所にも、滅びの影はさしている。誰かが食い止めない限り、世界は崩れていくだろう」


 ちょっと、ぽかんとした……と思う。

 声がいい……とかではなく、いや、正直にいえばそれもあるけど。でも、それよりなにより。

 ラブエタで、こんな説明聞いたの、はじめてです。

 そして、そのときようやく気がついた。

 ラウンジにただよう違和感に。

 ピアノの音が途絶え、司が立ち上がる。こちらに歩いてくる彼の表情は真剣で、眼差しは昏い。

 えっ、ちょっと待って。

 ここは、能天気でなんでもありの、ラブエタ世界じゃないの?

 ラウンジに、ほかに人がいないのも……ラウンジどころか、最初に学園に来たときから、この四人以外誰も見かけてないのも……これって、異常事態なの?


「音楽が失われる話じゃ、なかったんですか?」

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