18
殿下が、わたしの代わりに怒ってくれた。
「アーサー、それは酷い」
「なにがだね」
「今のは、彼女に『消えろ』といったも同然じゃないか」
「酷くないさ。わたしは、アリスの中にいる別の『誰か』を安易に霊と名づけることに反対しているだけで、彼女の考えや存在……という言葉が適切かは疑問が残るところだが、とにかく、彼女を認めないわけではないよ。誤解しないでくれたまえ」
君には当然通じてるだろう、という顔でこちらを見られましても、いいえ、全然通じてませんよ……ていうか、それは詭弁なんじゃないでしょうか!
「認めていただき、ありがとう存じます」
「礼をいわれるような筋合いの話ではないな」
嫌味にマジレス! さすがアーサーだな!
「しかしアーサー、彼女が霊でないとするなら、なんなのだろう?」
「さてね。可能性は無限にある。彼女の勘違いかもしれないし、魔族が細工をしたのかもしれない。このあたりが非常にあやしいところだが、ほかにもあるだろう。我々には知らされていないルールに基づいた、なにか新しいもの。あるいは逆に、古過ぎて文明の表層から忘れ去られてしまった、なにかなのかもしれない。なんにせよ、現段階ではなんともいえないね」
「それはそうだが、作りごとにしては実に豊かというか……心そそられる部分も多いと思わないか?」
「よく考えてみたまえ、エドワード。戯曲だの小説だのといったものが、どれほどの人気を博しているか。それらはすべて、ひとりの書き手の頭から生み出された、作りごとではないのかね?」
「アリスは作家ではないだろう?」
「誰だって、生まれながらに作家なわけでもないね」
あーいえば、こーいう。アーサーではなくアーコーって名前でもいいんじゃないか、この男。
自分の正義に忠実というか、誠実というか、……まぁアホだよね。
頭の良いアホ。
呆れ顔から察するに、殿下もわたしと同じ結論に至ったみたい。
「やれやれ。君には感心するよ」
「それはどうも。さて、そろそろ出発しよう。わたしは喉が渇いた」
立ち上がるときになって、自分がアーサーの上着の上に座っていたことを思いだした。
脱いだ上着を回収するのも、アーサーは実に手慣れていた。嫌味がましくない程度に埃をはたくと、なにごともなかったかのように、着用。
「助かりました」
「どういたしまして」
もっと、踏みにじってやってもよかったんじゃないかな。いや、座りにじる? そんな言葉、あるかは知らないけど。
アーサーだって、上着を提供しなければよかった、と考えているかも。
わたしは、彼が好きなアリス、ではないのだし。
……まぁでも、身体はちゃんと、本来のアリスのものなんだしな。
それにアーサーのことだ、後悔などないだろう。それは、なんとなくわかる。彼は、そういう人だ。
うんごめん、今のは、わたしの僻み。
王宮への道は長くて、わたしたちは無口になってしまった。
みんな、考えることがいっぱいあるだろうし。
わたしだって、考え通しだ。
この世界に限らず、いろんな乙女ゲーム「っぽい」世界……いや、乙女に限らずゲームっぽい世界とか、フィクションっぽい世界とか、あらゆる可能性に満ちた平行世界が、実は存在している……のだとして。
今、たまたま「わたし」がプレイしたことがあるゲームばかりが既に三タイトル、交錯しているんだよね。
この「わたし」の意識はシルヴェストリの――つまり、『聖痕乙女』の世界で発生するわけだけど、そこでの過去はまだ思いだしていない。
小銀丸や絶対O者の発言から、『乱舞・永遠の音』の世界には、アリスはまだ存在していないらしい。
でも、今いるこの世界、『帝都倫敦 霧に消ゆ』のキャラの皆さんは、アリスを知っている。単に知っているという以上に愛し、庇護しようとしている。
アリスという存在が「既にある」ことの重みでいうなら、ロンロン>聖痕乙女>ラブエタだろう。
だから、この身体はこの世界に属するものだと考えていいと思う。
で。身体だけ、ってことはないよね。
この世界で生まれ育ったこの身体には、本来の「アリス」がいるはず。
なのになぜ、わたしがアリスの身体にいて、ちゃっかり自我として機能してるんだろう。
霊だという思いつきが事実だとしたら、どうやってアリスに憑依したのかな。いつ? そして、なぜ?
エリザベス様やアーサーを魅了した、善良なアリス。
あなたは、どこにいるの?
正直、全員が油断してたと思う。完全に。
足の遅いわたしを気遣って、ペースはあまり上がらなかったけど、それでも。はじめは並んだり、後ろからついてきたりと歩調を揃えてくれていたふたりが、少しだけ、わたしより先を歩きだしていて。
かれらが通り過ぎたばかりの地面に穴があいて、驚愕のあまり声が出ないわたしが、そこに落下してしまったのも。
ふたりが異常に気づくのと、小銀丸が穴を閉じるのが、ほぼ同時だったのも。
完全に、気を抜いていたからだ。
「兎穴へようこそ、アリスちゃん?」




