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頑張るわたしたちを、歌声が追う。
適合者がいないせいで、装具も未装備、正規の四人ライブではなく非正規のデュエットという大幅パワーダウン編成なのが救いだけど、しかし……。
♪ この世のなにもかも すべてが
♪ ふたりを祝福している なのに
♪ なぜだろう 君の瞳には涙
♪ どうしてか 逃げていく恐怖
どうしてかって、誘拐されたくないんじゃないかな! と、ツッコミを入れたくなるAメロです。
だいたい、なにもかもすべてが祝福してるとか絶対に勝手な思い込みに過ぎないでしょ! こわっ!
いやいや歌詞については考えるまい、考えてもしかたがないし!
ステージのライトが光量アップし、色が変わり、めくるめくキラキラ世界を「王族専用隠し通路」に演出しはじめたことも、考えるまい……。
「アリス!」
殿下に強く手を引かれて、ここが曲がるべき場所だとわかった。
つまり、待避壕。
すべりこんだ窪みは思いのほか狭く、殿下と抱き合うような形になってしまい、あーもうこれロンロン男女交際的には完全にアウトだよ……という状況です。
責任とって嫁にもらってくれとは、いいたくない相手ですが。でもそういうレベル。
殿下の婚約者様に知られたら、命の危機ですよ。
あっ、でももちろん北欧のクール・ビューティーである婚約者様も、攻略対象です。頑張れば落とせる!
もっとも、自分の首の皮を繋ぐためにクール・ビューティーを落とした場合、ただでさえ混沌としている現状が、さらに面倒なことになりそうな予感はありますね。
わたし全然攻略した記憶がないけど、ロンロンで既に三人も落としてる感じじゃない?
あっ……今、嫌な可能性を思いついたぞ。
お会いしたこともないクール・ビューティー婚約者様も、既に攻略済みである可能性について、意見を述べよ。
うわぁぁぁ! せめて会わせてほしいな、是非このクオリティでの立体化を……いや諦めろ、会ったら絶対厄介なことになるんだぞー、一時の欲求に流されたら駄目だぞー、そういうとこだぞー!
妄想で勝手に混乱しているわたしに比して、殿下はきわめて冷静なご様子。
「通路がまっすぐなのは、魔法で距離を縮める関係で必要だから、なんだけど……こういう場合には、困るね」
声は、苦笑気味。この状況で、余裕ですな殿下! さすがです!
あと近いとかそういう段階を突破してる現在、わたしは殿下に抱きすくめられているのでこう……お声が殿下の胸から直接響くというか、なんだろうこの音響効果? 3D?
超有名実力派声優のイケボでなくても、すごいパワーあるな?
「そっ……そもそも、かれらが侵入したこと自体が突発事態でしょう?」
声が上ずってるけど、許してください。だってわたし、いろいろ耐性がないロンロン市民ですし。
だって! スチルで抱きしめられるところは画面越しに見ていても、自分がこう!
自分が抱きしめられるって、しかもこんなイケメン王太子殿下にって、無理だからー!
なんて舞い上がっていたわたしも、殿下の次の台詞でちょっと頭が冷えました。
「そう、それも困るね。こんな風では困る。僕も困るし、僕を困らせている公爵家は、もっと困ることになる」
「公爵家の落ち度ではないと思います」
「なぜ? ここを安全に管理するのは、かれらの責務だ」
ゲームがクロスオーバーしちゃってるのって、どう考えてもわたしのせいですよね。どう説明すればいいんだろう。
「でも……あれは突発的な、自然災害みたいなもので」
自然災害か、と笑う殿下の声を圧して、若武者ふたりは歌い上げる。
♪ 君だけに ただ君だけのために
♪ この声もこの身も 世界を統べて
もうサビに入ってるので、光線がビシビシと通路に飛び交っていて、あれはたぶん当たるとやばいやつ、という雰囲気が濃厚……。
適合者を確保する以前に倒しちゃいそうじゃないですかね、これ?
♪ 君臨せよ ただ君だけのために
♪ 眼差しで仕草で 万物よひれ伏せ
♪ (王者、王者、絶対王者)
王者、王者、絶対王者〜、というコーラスを、頭の中でうっかり唱えてしまう。
このコーラス、本来は「応慈」を連呼してるらしいんだけど、王者って聞こえるんだよね……。これが歌詞と、中の人の名実ともに兼ね備えたトップ声優っぷり、さらには王陵時応慈というキャラクターの特徴にもマッチして、「絶対O者」という愛称が生まれるきっかけにもなりました、ラブエタ豆知識。
しかし、なんでしょうね、この歌詞の展開。
なんで「君だけに」という単品ロックオン状態から、万物を従えるところに至ってしまうのか。
ついていけないわ、だがそれが絶対O者。
いや、でもこの歌詞の展開なんか、わたしが今置かれてる状況に比べたら、チョロいものじゃないのかな?
タイトルをまたいで乙女ゲームのキャラクターが大集合! の方が、おかしいでしょ。無理がある。
「殿下……」
「大丈夫だよ、アリス。僕が守る、といってかれらと剣を交えたらかっこいいんだろうけど、ここで助けを待つことしかできなくて、ごめんね。でも、絶対に大丈夫だから」
その無理がある現状、わたしのせいで王太子殿下が危険に晒されたり、公爵家、つまりエリザベス様やアーサーの管理責任や名誉が問われたりするの、すごく嫌だ。
「殿下、わたし――」
「狙われているのは自分だから、ってひとりで出て行くのは駄目だからね。口説いている女性ひとり守れなくて、国や民を守れるわけないだろう」
相変わらず殿下は弁が立つけど、いいくるめられるわけにはいかない。
だって、わたし。
「――アリスだけど、アリスじゃないんです」
「え?」
アーサーとふたりきりになったとき。エリザベス様にピクニックに連れて行ってもらったとき。
アリスが愛されてることを感じたけど、そのアリスの記憶はわたしの中にはない。
ゲームの情報はあるけど、それはこの立体化された――というか、物質化されたロンロンでの人生の記憶じゃない。
今の「わたし」の意識は、自分自身がどんな存在だったかすらわからない、曖昧な思惟に過ぎない。
かろうじて、アリスが王冠に近づくのは危険という霊のお告げのことを思いだしたりはしたけど、それも自分の記憶として、ではない。
この世界のアリスの記憶として思いだした、それを「自分の記憶じゃない」と感じてしまう矛盾。
理屈を通せば――「わたし」はアリスじゃない。
設定や状況を鑑みて推測すれば――「わたし」は「霊」であり、霊能力者のアリスに取り憑いて、彼女の身体を乗っ取っているのでは?
だって死んでるっぽいしな……転生しちゃったって思ってたけど、この記憶の連続性のなさ、とりとめのなさを鑑みると、違うんじゃないかって。
いわゆる「霊」って考えた方が、話の辻褄合いそうな気がする。
乙女ゲームに固執した死霊である「わたし」が、アリスの身体に憑依し、その霊能力を駆使して、乙女ゲームの世界を引き寄せ、混線させている。
ひどい話だよね、それが本当なら。
「わたしは……霊なんじゃないかと思います。この……アリスの身体を乗っ取った、悪霊なんです」
「その話は、あとでゆっくりしようか」
殿下の声は、やさしくて。わたしの手を握りしめ、抱き寄せた力も少しも変わらなくて。ほんとうに芯が強い人なんだな、って思う。
でも、そのやさしさも強さも、本来は「わたし」じゃないアリスのためのものなんだなって思ったら、悲しくなってきた。
推測があっているのなら、そんなことで悲しくなる資格はないけど。