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「アリス、退がりなさい」
「殿下、これはわたしの仕事です。国を、民を守るのが王太子殿下のお役目であるように、霊の声に耳を傾け、怪異に対処するのは、わたしの役目なのです」
「君も我が国の民だよね。僕に守らせてくれないと困るな」
それが王太子の役目なんだろう? と、殿下はウィンクした。
殿下は飄々と変な人だけど、弁は立つおかたでございます。あと、いざというときの肝の据わりっぷりもね、なんか、感心する。
凡人じゃない、っていうか。あー、人の上に立つ人なんだなーって感じ。
ゲームで知ってる殿下は、決断と切り替えの速いことといったらなかったし、こうと決めたらやるまで、という姿勢がかっこよかった。
たぶん、この殿下もそうなんだろうと思う。立体化してるし、やたらアリスに好意的だけど、根は同じ。ロンロンの殿下だ。
だから、本気で守ってくれようとしてるんだと思う。
でも、守られていいのだろうか? あの変な人たちがここにいるのって、たぶん、わたしのせいだよ!
「なにイチャイチャしてるんだよ、気にいらねぇ」
「イチャイチャなんて、してません!」
「してもいいよ?」
「しません!」
殿下、まぜっ返すのはやめてください!
「小銀丸、この者は魔妄ではなさそうだが」
絶対O者の常識的な意見に、小銀丸が反論する。
「だって、あやしいんだよ。こいつ、俺の名前を知ってたし!」
「あやしいかもしれんが、魔妄と断じる要素はどこにもないな。むしろ、適合者なのではないか?」
適合者とは! ラブエタの世界で、プレイヤーをさす言葉である!!
定義としては、四人の若武者をまとめて引っ張れる力がある者。それが、適合者と呼ばれる存在。その力とはなんなのか。
ラブエタなので、説明はありません!
あったかもしれないけど覚えてないです。いや……なかったと思うなぁ。
まぁとにかく、適合者とはプレイヤーの立ち位置で、ラブエタ世界では希少な存在という設定。何百万ダウンロードされようと、絶対に希少! めっちゃ希少!
なので、出会ったら確保が原則のはず。
そもそも、ゲームの導入部がそうなんだよね……ラブエタ世界から現実に流れて来た若武者が、適合者発見、確保!
って誘拐じゃねぇか! 今更ですが。
とりあえず、魔妄として処分されるのも、適合者としてラブエタの世界に連れて行かれるのも、どちらも遠慮したい。それがわたしの心境ですよ!
しかし、どうすれば……。
正直、王太子殿下にご迷惑をおかけするのも、気が引けますよ。国民っていわれたけど、どうなんじゃろう?
わたし、ここの国民って考えていいのかしら?
善きロンロン市民ではあると思うけど、それはそれで、どうなんだ……。
「アリスは、そこにいる誰かと知り合いなの?」
殿下、それ答えづらいです!
知ってるというか……かれらは、わたしが前世で半笑いで遊んでたゲームの登場人物ですが、そんなん説明できるかーッ!
ああ、もう! めんどくさい!
わたしは、小銀丸がいる(ような気がする)方向へ、できるだけ、キリッとした感じを心がけて告げた。
「名前を明かす程度、霊の力をもってすれば、簡単なこと。弱点だってわかるわ」
「なに⁉︎ フカシやがって」
「あなた、ウサギの化身のくせに、人参が嫌いよね」
一拍置いて、絶対O者の押し殺した笑い声が聞こえてきた。
「人参が弱点、か。だが、それで小銀丸を倒せるのかね?」
暗くて姿は見えず、気配しかわからないけど、だからよけいに美声が……美声パワーすごくないですか⁉︎
いや、声に惑わされている場合ではない!
「倒せます!」
小銀丸に人参を突きつけたら失神した……という、誰得エピソードがあるのを、わたしは覚えている!
倒せるわけねぇだろー、と小銀丸がぶつくさいっているけど、いまひとつ勢いがない。わかりやすい。
「面白い。わたしの弱点もわかるかね?」
「あなたの弱点は……特に弱みがないことかしら。人間味がないといわれたことがあるようね」
「なるほど」
イケボ過ぎる……。
ただの「なるほど」が、こんなにかっこいいなんて、反則だ。
超有名声優の実力が、ここに来てびんびん響いてます。鼓膜をノックアウトです。
「アリス、僕の弱点もわかる?」
「え?」
殿下、なんでわくわくなさってるんですか。そういう状況じゃないですよ!
どういう状況かは、よくわかんないけど。
「僕の弱点は、アリスだよ」
はいはいはいはいはい、というリアクションを我慢した自分を、褒めたい。
「人間味がないといわれても、わたしはなんとも思わないな。だが、そういうところが、正しく、人間味がないという評価に通ずるのだろう。我々への深い理解……やはり、君は適合者か。小銀丸、彼女を連れて帰るぞ」
小銀丸なら、こっちのやりとりに文句のひとつもつけただろうけど、絶対O者は違いますね。一味違う、完全スルー。
超イケメンおちゃらけ王太子殿下の存在を、空気に! やるな絶対O者!
……とピントのずれた感想を抱いている場合ではなく。
ぬっ、と目の前に手が突き出てきた。
この黒と紫のデザインの袖は、間違いなく絶対O者。やばい、誘拐される!
とっさのことで動けないわたしを、殿下が引っ張った。
同時に、光が放物線を描く。殿下がカンテラを投げたのだ。
バランスを崩したわたしをその胸に受け止めて、たぶん殿下のことだから爽やかに笑ったんだと思うけど、真っ暗で見えないのもったいないな!
「走るぞ、アリス!」
手を引かれて、否応なく走らされる。
どうなってるんだ……この……攻略対象が、ゲームをまたいでわたしを取り合ってるっていう状況……。
ある意味、天国のはずだよね。
なにも考えずに、楽しめばいいのでは?
真っ暗で、なにも見えないけど、手を繋いでるのはイケメン王太子殿下だし(ただし、推しではない)、追って来るのはラブエタ最強の絶対O者だし(ただし、推しではない)……。
なんだろう、この! 微妙に惜しい感じ!
おかしいな、シルヴェストリ、アーサーと推しがまずあらわれる流れだったのに、なんでラブエタだけ小銀丸と絶対O者なのか、そこを問いたい。
いやそうじゃない、そもそも、ゲームを混ぜるな危険、だよね。
そうだよ、それ大事だよ!
「小銀丸、歌うぞ」
イケボきたー!
ていうか、歌っちゃうのか、やっぱり⁉︎
いや、この状況ならデュエット……かなり低めに補正されるはず!
ラブエタにはバグっぽい仕様がいろいろあって、そのひとつが、「ソロよりデュエットの方が弱い」というもの。
なんでかわからないけど、そうなっている……。
正式なライブは四人と決まってるんだけど、VRレッスンという学園のシステムを使うと、一〜四名の任意の人数で、スタミナを消費せずにライブの練習ができた。
若武者同士の親密度を調整したり、意味もなく推しの単独ライブを堪能したり、便利に使えたんだけど……レッスンだから敵を倒せなくても問題ないとはいえ、なんかデュエットだと異様に弱い、というのが話題になって。
まぁ、弱くても実害ないしってことで、わたしの記憶にある限り、修正はかかりませんでした。
懐かしいな、ラブエタ。あんなバグこんなバグ、いっぱいあったなぁ……。
「アリス、もうちょっと頑張って」
殿下に手をきつく握りしめられて、現世に復帰した。
ちょっと離脱してました、すみません。
走るわたしたちの背後から、華々しいギター・ソロが響き渡る。ああ、このイントロは、絶対O者のテーマ・ソング!
まさかロンロンで王者コールを聞くことになるとは思わなかった……。
♪ 今、高らかに歌おう
♪ この身の全て、声にのせて
始まっちゃったよ。
ライトが、ピカーっとあたりを照らしだす。
殿下とわたしは頑張って走ったようで、ライブ・ステージからはけっこう距離があるのがわかった。
しかし、いきなりステージがせり上がってきてパフォーマンスするとか、ゲームだとそこまで違和感なかったけど、実際に遭遇してみるとあれだな……逃げればいいね、ってなるな!
肩越しに見た感じ、ライブ衣装は☆4ですね。いわゆるSR。
ラブエタの世界では、キャラガチャはないです。「キャラを引く」ということの違和感を排した、と謳ってますが、代わりに衣装とか装具ってやつをガチャります。これが実質、キャラのステータスになるので、必死ですよ。ガチ勢はもちろん札束で殴りに行くし、エンジョイ勢もねぇ……この衣装かっこいいから欲しいわ〜ってなるし、装具にはオリジナル台詞がつくんですよ。録りおろしの! 声優さんのファン層だと、衣装より装具に真剣で、攻略掲示板での情報も「新装具の台詞はこれ!」みたいなのが音速で飛び交ってたからね。実装されたばっかだろ、なんでもう持ってんの! みたいな。
……相変わらずゲーム情報記憶ばかりが潤沢に思いだされるわたくしですが、それはそれ、これはこれ。その記憶から、かれらの戦闘力を考えよう!
SSRじゃないから、最上級じゃないですね。装具なんか未装備かも……。
あ〜……ひょっとして、適合者に率いられてないから装具もなし、みたいな感じか〜、そういう設定か〜!
「衣装は、ふたりとも光属性でチューンして来てるなぁ……親密度が高ければ、スキル連携もあるかも……」
「え、アリス、なに?」
すみません殿下、わたしが口走ったのはゲーム用語です、ラブエタ民にしか通じません!
「たぶん、光線のようなもので攻撃してくると思います」
「光線のようなもの、ね……。照射範囲、有効距離はわかる?」
「ええと……かなり遠くまで届くと思うんです……。あっ、物理貫通はしないので、通路に曲がり角とかあれば大丈夫です……けど」
ステージのライトのせいで、あたりはかなり明るくなっている。せっせと走って距離を稼いでいるのに、余裕で視界が確保できる。
見渡す限り、通路はまっすぐなのが、なんだか絶望的。
そのまっすぐな通路に、えらいまっすぐな歌詞が刺さってくる。
♪ 君だけに ただ君だけのために
♪ 僕は(僕らは)歌いつづける
♪ ああ 永遠に届かぬこの想い
♪ それでも ただ君だけのために
よく考えると歌詞が重い!
「あれは移動する?」
「ステージは移動しないと思います……たぶん、ですが」
ステージが移動して追って来たら怖いでしょ。
いや、すでにじゅうぶん怖いけどね、いろんな意味で!
「それなら、待避壕を使える。あとちょっとだ、頑張って、アリス」
はい、頑張ります!
ラブエタよりロンロンの方が好きなので!