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 そういえば王族だった、という事実を噛み締めているわたしを、殿下は黙って見下ろしている。

 綺麗な顔だなぁ、と思う。

 なんというかこう、レオナルド・ダ=ヴィンチの天使の絵みたいな顔。

 エリザベス様はもっと純粋培養天使って感じなんだけど、レオナルドの天使って、綺麗で清らかなだけって感じしないじゃないですか。底知れない秘密、あるいは世界の真理を隠してますよって顔だと思うんですよ。

 わたしの主観であって、誰にもこの意見を開陳したことはないし、従って誰からも同意されたことがないけど。


 でも、レオナルドの天使がどう見えるかはともかく、今の殿下は、わたしにはそういう感じに見える。

 ただ明るい人という印象が、くるっとひっくり返ったみたい。

 暗いと感じたわけではなくて……明るいのは明るいんだけど、おそろしく深い秘密を抱えた人に思えた、といえばいいのかな。


「それともやっぱり、知っていたのかな?」


 尋ねる声もまた、秘密を孕んでいる。その問いの奥には、なにか暗いものがしまいこまれている。開いてはいけない蓋の隙間から、なにかがこちらを覗いている。そんな感じ。

 殿下は、わたしの反応を観察している。

 わたしが自分に王家の血が流れていると知っていたかどうか、ここまでこだわるのだから、きっと重要なことなんだ。


 眠っていたゲーマー魂が――いや、それは眠ってないだろ、むしろ全開だろという気もしないでもないし、まぁ起きててもいいけど、とにかくゲーマー魂が、大騒ぎをはじめた。

 これ絶対、イベントのフラグ。賭けてもいい。

 慎重に対応しないと、あとで泣くやつだ。

 考えろ、わたし。リセットして、最後のセーブ・ファイルからやり直すわけにはいかないんだから。

 スクショも撮れないんだから、殿下のこの表情、たぶんレアいやつを目に焼きつけろ! うう、美しい。


「どうなのかな、アリス。おどろいたのは、僕がそれを知っていたから。それだけ?」

「違います」

「どう違うの?」

「霊に、ほのめかされたことがあったのを、思いだしていました。あれは、そういう意味だったのか、と考えていたのです」


 さっきのエリザベス様との会話で、忘れがちな設定を思いだしていた。

 実はわたしって、霊能力者……ってやつ。

 安定して力を使うことはできなくて、鬼プロデューサーがイカサマを用意したりしてた。おかげでアーサーには糾弾もされた。

 けれど、霊と語ることができたのは事実だ。幼い頃から、アリスの周りは不思議なものでいっぱいだった。それは、そこにいるはずのない誰かの姿だったり、聞こえるはずがない声だったりした。

 霊が未来を示唆してくれることもあって、そのおかげでエリザベス様と知り合うこともできたんだけど、まぁそれはそれ。これはこれ。

 せっかくある設定なんだから、便利に使わせてもらおうじゃないですか。

 なぜ知っている、と問われたら、霊に聞きましたで押し通せ!

 ナイス・アイディア!


「なるほどね。いつ、どこで?」

「もうずいぶん昔のことです……」

「父君の霊とか?」


 父は、ずっと前に行方不明になっている。母とわたしを捨てて失踪してしまった、という設定だ。

 ゲーム内では、感動の再会イベントもある。

 つまり、死んでない。ゲームの通りなら。

 でも、今の状況ってロンロンのストーリーを逸脱しているからなぁ……。ひょっとして、父上ももう亡くなっているのかも。母上に知られたら困るなぁ。ショックを受けそうだし。

 前世の方の父上母上って、どんな人だったかな……。なにも思いだせない、わたしの前世。当然、親の名前や顔すらわからない。なんて薄情な子なんだろう、わたし!

 だが思いだせないものは思い出せない!

 はい、現実逃避終了! 諦めて現世に直面します!


「違います。まだ、自分が見ているものが霊だと気がついていなかったような、子どもの頃です。あまりよく覚えていないのですが、たしか……」


 ――王冠を欲しがらない方がいいよ。


 ぼそぼそとつぶやく半透明の人影の映像が、記憶の底から浮かび上がってきた。

 そうだ、思いだした。このアリスは、それを体験しているのだ。

 奇しくも今、わたしが捏造しようとしたエピソードは、アリスの記憶の中に眠っていたものなのだ。それはただの想像ではなかった。記憶だった。


 ――いずれ、あの子は王冠に近づくよ。あの子の中の血が、自然と引き寄せられるからね。

 ――でも、危険だよ。

 ――運命だけどね。

 ――恐ろしい未来だね。


 子どもだったアリスは、意味もよくわからないまま、なんだか怖くなってその場を駆け去った。

 ……こんな記憶、王太子殿下にうまく説明できる気がしない。


「どこかの教会の近くだったと思います。墓地だったかもしれません。霊たちは、わたしの方を見ないようにして、噂話をしている風な……だから、わたしのことを話しているのかどうかもわからなかったのです。でも、今ようやくわかりました」

「なにがわかったの?」

「霊たちは、わたしが王家の血を引いている可能性を示唆していたのだと。同時に、王家には近寄るなと警告してもいました」


 勝負に出たなぁ、と自分でも感心した。

 もっと曖昧に表現する手も、あったと思うけど。でも、スパーンといってしまった。

 そうするべきだ、という気がしたからだ。

 自分の乙女ゲーム力を信じよう。信じるしかない。信じろ!


 信じようと思ったけど、殿下の返事がないのは不安だった。

 殿下は相変わらず、あの謎めいた微笑を浮かべたまま、わたしを見ている。怖い。綺麗だけど。

 長い沈黙のあと、殿下はゆっくりと尋ねた。


「アリス、それだけ?」

「古い記憶なので。……思いだせるのは、これだけです」

「親御さんから、なにか聞いたりしていないの?」

「なにも。……あの、わたしが王族の血を引くというのは、どの程度の?」

「それも知らないの?」

「霊の言葉は、いつだって曖昧です。それに、正確かどうかもわかりません」


 知らないのかと確認されて、はい知りませんとはいえない。だって知ってるし。でも、ロンロンでの設定と、現世での設定に差がないとはいいきれないから、確認はしたい。

 嘘をつく回数は、少ないほどいいんだよな、なんてことを考えているわたしは、霊能力者アリスとは別人格って感じがする。

 アリスはもっと素直で、優しくて、でも強い。そんな子だと思う。

 だから、エリザベス様やアーサーが真剣になってくれる。いなくなったことを嘆き、おのれの無力に怒り、後悔し、全力で探しだして、守ってくれようとする。

 愛されているのはアリスで、わたしじゃない。

 ちょっと残念だけど、たぶん、そういうことなんだ。


 そして、殿下と対峙している今、わたしはわたしとしての思考をフル回転させている気がする。この世界で生まれたアリスのままでは、殿下には勝てない。

 勝ち負けなのか、って疑問もあるけど。うん、でも勝ち負けがつきそうな気がする。殿下はそういう存在なんだ。


「アリスは面白いね」


 殿下は破顔した。それはもう、いつもの明るい笑い。底抜けの青空と、乾いた空気を連想させる笑顔だった。

 でも、わたしはもう知っている。殿下の本質は、あの謎めいた笑みの方だ。


「エドワード様の無聊をお慰めできるなら、幸いです」

「僕のものにならない? 真面目に」

「……はい?」

「結婚しない?」


 聞き間違いかどうか、自分に問いかけてみた。


 質問:なんか今、すっごくさらっとプロポーズされた気がするけど、どうなの?

 回答:されてますね。


 ですよねー!

 殿下、わたしの話をちゃんとお聞きになってますか!?


「無理です。できません。するわけないです」


 畳み掛けるように、三連続否定!

 でも、殿下はめげない。


「なぜ? 僕と結婚すると、君は王太子妃だ。将来的には王妃だよ」

「わたしのような無教養な娘は、その地位に相応しくありません」

「教養は生まれ持ったものではないよ。礼儀作法も、気品だってなんだってそうだ。後天的に学ぶものなんだから、今から勉強すれば間に合う」


 いやいや、モブ顔は生まれつきっぽいですし、教養も礼儀作法も気品も、王太子妃レベルとして認められるまで磨き上げるのは、わたしの残りの人生を全て捧げたとしても、無理だと思いますよ!


「わたしは市井の暮らしが肌に合っています。王太子妃なんて、畏れ多くて目が回ってしまいます。とてもお受けできません」

「つれないなぁ。でも、僕はアリスがいいな」

「殿下、先ほどのわたしの話をお忘れですか? 霊はわたしに、王家に近寄るなと警告していたのですよ」


 正確には、王冠に近づくのは危険だ、だけどね。わたしは危険は回避したい方です!


「障害がある恋って燃えるよね」

「恋なんて、してませんし!」

「そう? じゃあ、させてあげるよ」


 殿下は握ったままだったわたしの手を持ち上げると、爪先に、くちづけた。

 最近、大人気ですね、わたしの手!

 というか、やっぱ近い! 近い近い近い、このままだと、危険なのは手だけじゃない気がします!


「殿下、お戯れはおやめください」

「なにいってるの、アリス。僕は本気だよ」

「で、でも、殿下はご婚約なさっておいでですよね?」


 そうだ。乙女ゲームでいわゆる悪役令嬢的な人がいたはずだよ!

 フル回転せよ、我がゲーム記憶!

 (のち)のエドワード七世となる王太子殿下の婚約者は、それにふさわしい地位の姫君だ。大陸から……そう、えーと……たしかここは史実通りで、デンマーク王室の姫君がいらっしゃるのよね。

 これがもう美人で。北欧の美姫とはこういうものですかーって感じの!

 思い出したわ、アレクサンドラ様だ……。

 殿下には気のないそぶりを見せながら、裏では競争相手をガンガン叩き落とすというキャラでしたよね、そうでした。

 あのキャラと戦うのなんて、嫌、ゼッタイ!


「アリックスと結婚すると、デンマークとの親密な関係がセットになるよね。僕、デンマークに愛情ないし」


 そこ!?


「でも、王室としては、諸外国とのパワー・バランスに気を遣っての縁組なのでは……」

「そうだね。だけど、組む相手としてデンマークはどうなんだろう、って思ってる。僕個人は、って話だよ。今は、国内は穏やかだよね。海上に覇権を唱えて、植民地政策も当たっている。じゃあ次はどうしようか、ってなるよね。宮廷に巣食う権力欲の権化みたいな奴らがなにを考えてるかっていうと、大陸を支配することなんだ。遠くの植民地が拡大するのは結構なことだけど、近くの大陸の方が、ずっと欲しいんだよ。羨ましいし、妬ましいんだ。出自がそっちにある人間も、少なくないしね。でも、だからこそ思うんだよね。大陸に野望を持つのは危険だな、ってことを」


 なるほど感はある……なるほど感はあるが、しかし!


「ですが、婚約解消となると、それこそ火種になりますでしょう?」

「それはそうだけど、婚姻しちゃうよりは傷が浅くて済むと思うんだよね。それに、かれらが安泰だと思ってる国内だって、どうだろう? 君みたいに、落とし胤があらわれて、権利を主張したりする可能性もあるしね」

「わたしは、なにも主張しません!」

「なにも主張しないなら、結婚しようか」

「無理です!」

「そこは主張が強いの? なぜ?」

「ですから、わたしの基本的な……教養とか、そういったものでは、無理です」

「大丈夫だよ、叩き込んであげるし。それにね、今、話してみて思った。君なら、僕の考えを理解してくれる。日の沈まない帝国を標榜する我が国が、思い上がって、危ない方へ舵を切りかねないという危惧を、共有してくれる。そんな女性、はじめてだよ」

「そ……それこそ教育なさればよろしいのでは!?」


 殿下の眼が、だんだん熱っぽくなってきたんですけど、気のせいですか!?

 最初はまだ冗談めかしていたけど、ガチになってきたっていうか……。


「アリックスを教育できると思う? 彼女だって母国を愛してるんだよ」

「では国内の貴族階級から……」

「君がいいなぁ、アリス。君、なんだか面白い。思ってたより第三者的な観点でものを見てるし、話が通じやすい。なんで隠してるの、実は頭がいいってこと」


 それは、前世の記憶を俯瞰しているからであって、わたしの知性が高いとかそういうのではないです、誤解です、


「わたしは……霊のささやきが……」

「じゃあ、霊に訊いてくれる? 君の結婚相手に、僕が相応しいかどうか」

「それはもう、いわれてます。危険だと」

「危険な恋って、いいよね?」


 よくねぇぇぇぇぇ!

 ああもう小銀丸、こういう時にこそ出現しろ! あるいはもっと凄いのいるだろう、殿下に対抗できそうな、こう……絶対O者とか!


 ……と、思ったわたしが馬鹿でした。


「ここか、小銀丸」


 某有名声優そのまんまの声、パート2! 凄い、どうなってるのかわからないけど、中の人、お疲れ様です!


「うん、ここだよ。地中に逃げるなんて、馬鹿だよね。穴掘りはウサギの特技、地面の中は僕の庭なのに」


 小銀丸出現しろなんて願わなきゃよかったけど、聞いてください。

 まさか! ほんとに来るなんて! 思わなかったんだよぉ……。

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