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「この隠し通路は、王宮から公爵家の庭に直接出られるようになっているんだ。いざという時に便利だろう?」


 王太子殿下もやっぱり庭っていうんだな、と思いながら、わたしは周囲を見回していた。

 今は、いざという時なのだろうか?

 違うよなぁ……。

 殿下や王宮にいらっしゃる王族の皆様に、危機が迫っているわけではないし。王太子殿下は、わたしを迎えに来てくださっただけですよね。

 一介の霊能力者を助けるために、王太子殿下がみずからお出ましになるって、そもそも、そこからどうなのよ。

 ひたすら申しわけないし、エリザベス様や、戦力としてカウントされているからには合流して戦うのであろうアーサーのことが気になる。

 小銀丸については、まぁ……限界まで頑張るタイプの子ではないから、たぶん大丈夫だと思っている。適当な段階で姿をくらますだろう。

 疲れてくると、飽きるんだよね。少なくともゲームでは、そういうルーチンで動いてました。もうほんと面倒な子だったが、こうなってみると、心配しなくて済むから楽だなって思う。

 むしろ、エリザベス様やアーサーの方が心配です。どう考えても、頑張ると決めたら最後まで! ってタイプだよね。


 わたしが動かずにいると、エドワード殿下にそっと手を引かれた。


「戻ろうと思っているなら、諦めなさい。エリザベスは、君にそんなことを望まないよ」

「でも……」


 それをいうなら、わたしだってエリザベス様の身に危険が及ぶようなこと、望まないです。自分だけ安全な場所に逃げるのも、嫌です。

 口にはしなかったけど、伝わったのかもしれない。殿下はかるく肩をすくめ、まぁね、といった。


「君の意向を無視したことは、事実だよね。でも、彼女は君を守りたいんだよ。二度と、くり返したくないのだろうね」

「なにをですか?」

「君が、わけのわからない異界の存在に攫われることさ。エリザベスは、一回、経験済みだからね」


 そうか。

 黒い羽毛と鉤爪の「なにか」に、わたしは、攫われたんだった……。全然、記憶にないけど。


「ご迷惑ばかり、おかけして。申しわけありません」

「手間のかかる子って、可愛いよね」


 全然フォローになってませんよ、殿下!

 エドワード殿下は、小さく声をあげて笑った。

 この人の明るさが沁みるのは、こういうときだ。なんで笑ってるんだと思うより先に、なんだか楽しいな、って気分になってしまう。

 こんなに暗い場所で、頼りになるのは小さめのランタンひとつ、地上では魔法使いと歌い手の想像を絶するバトルがくりひろげられているはず、というのに。

 気分が軽くなってしまうのだ。


「殿下は凄いですね」

「よくいわれるよ。いろんな意味でね」


 ……近い。待って、うっかりしてたけど、この距離感ってまずいでしょう!

 ていうかわたし、素手のままだ。殿下は手袋をなさってるけど、はしたないというか、すごく気まずい。

 ロンロンの世界では、手袋は超重要アイテムだったのだ。


「あの……」

「なに?」

「手を、はなしていただいても?」

「なぜ?」


 非常に口にしづらかったが、わたしは勇をふるって告白した。


「手袋を、脱いでしまっているので……」

「気にしないよ。むしろ、大歓迎だよ」

「わたしが気になるのです!」

「宮中に着いたら、すぐに替えを用意させるよ。それまでは、我慢して。こんなに暗いし、一応、罠なんかもあるからね」


 なんか剣呑な単語が聞こえたぞ。


「罠って、いったいどんな……」

「知らないよ。かかったことがないからね。僕は平気なんだよ。例外処理が施されていてね。僕から離れたら危険だから、気をつけてね」


 そういって、殿下は握った手をぎゅっと自分に引き寄せた。

 当然、わたしは殿下との距離を詰めることになってしまう。近い近い近い、ほんっと近いから!


「この距離なら大丈夫だよ」


 近い!

 な、なにかほかのことを考えたい!


「あの、王宮って、近いんですか?」

「いいや。かなり遠いよ。どうして?」

「エリザベス様が、殿下に呼びかけられたとき、どこにいらしたのかな、と思って」

「ああ、そういうこと。さっきいったように、これは王族専用の隠し通路なんだ。王宮から、郊外にある公爵家の庭まで、曲者に追いつかれることなく逃れるための仕掛けがあるんだよ。まぁ、魔法なんだけど」


 魔法なんですね、了解です。

 もはや、その程度ではおどろきません。たぶん。


「王族なら、三歩くらいで来られるんだ」

「三歩」

「三歩はいい過ぎかな。とにかく、すぐ、だよ。ただ、逆はそこまで縮められないんだ。不心得者が、この通路を悪用して王宮に忍びこんだら、困るだろう?」

「そういうものなのですか」

「お忍びで遊びに出るのには使えるけど、こっそり戻るのには使えないってことでもある。一回、思いついて王宮を抜け出したことがあるんだけど、帰る方法を考えてなくて……。この通路をまともに歩いて帰ったら、行方不明扱いになってて、大事件だよ。緘口令が布かれていたから、知っている者は少ないけどね」


 というわけで、と殿下はランタンを掲げて先を照らした。通路の内部は、きっちりと石を積んであり、かなり堅牢そうだ。


「行こうか。けっこう時間がかかると思うし」


 もう選択肢はなさそうだ。わたしは、王太子殿下と手を繋ぎ、ぴったりくっついたまま歩きはじめた。


「さぞ大がかりな工事だったんでしょうね」

「そうだねぇ。でも、隠し通路だから、人夫は口封じのために処分されたかもね」

「えっ」

「嘘だよ。アリスは信じやすいなぁ」

「王太子殿下のお言葉を疑うなんて、考えも及びません」


 善きロンロン市民として、次期君主には忠誠心を抱いている。はずだ。


「エドワードと呼ぶ約束だろう?」

「エドワード様……あの、隠し通路ということは、わたしは目隠しかなにかをした方がいいのでしょうか?」


 嘘だか冗談だか知らないが、王族用の隠し通路って、トップ・シークレットだよね?

 殿下にそのつもりがなくても、わたし、処分されかねないのでは⁉︎


「目隠し? ああ、それもなかなか興趣があるな。目隠しをしたアリスの手を引いて歩くなんて、エリザベスに知られたら、脳天に雷を落とされる程度では済まないだろうが、実にやってみたい」


 やってみたいのか。

 脳天になにかが直撃してもかまわないのか!


「必要がないなら、目隠しは遠慮したいです」

「そうだね。転ばせてもまずいし。ああ、でも転んだアリスが悲鳴をあげて僕にしがみついてくれたりといった展開も、楽しめそうだね」


 王太子殿下の発言が、一々なんかおかしい。

 こんな人だったっけ?

 こんな人だったような気もするな……飄々と、変なこと口走る印象があります。

 突っ込まれることが少ないだけで。

 そりゃ、王太子殿下にツッコミを入れられる存在なんて、限られてますよね。わたしの身近な人物ですと、エリザベス様とかエリザベス様とかアーサーとかアーサーとかアーサーとかが、最近はとてもアグレッシヴに突っ込んでいく印象ですが。

 あの人たちはあの人たちで、ちょっとおかしいからなぁ。


「わたしは楽しくないので」

「つれないね、アリス。まぁ、宮中までは長い道中だ。君に怪我をさせるわけにもいかないしね、目隠しは諦めようか。残念だね」


 いや、全然どこも残念じゃないですが!


「王族のかたがたのための施設を使わせていただくのが、畏れ多くて」

「なんで? アリスも王族だろう?」


 えっ。

 ……あっそうだった。

 忘れてた、そういう設定あった!


 ぽかんとしたわたしの顔を見て、殿下はにっこりした。


「君は知らなかったんだね、アリス」


 すみません、一応把握していたつもりですが、完全に忘却してました!

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