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番外編 シルヴェストリの長い午後

twitterのアンケートで一位をとったシルヴェストリですが、出番がしばらくないので、書いてしまいました。

 シルヴェストリは、退屈している。

 いつも、飽きている。

 自分がそういう存在であることを、彼は知悉していた。


 何百、何千、何万の日と月と歳。

 彼方で生まれる星々、岩を削り取る波、世界を震わせて隆起する大地。

 風の歌に耳を澄ませば、何処かで国が滅び、何者かがあらたに王を名のったという。

 人の世、平らかなる大地で営まれる人の国、人の歴史、人の死は、彼にとっては正しく「風聞」に過ぎない。

 他人事であり、稀には面白い見世物であり。そして、向こうから関与の手がのびてくるときは、煩わしい雑音だった。


 シルヴェストリは、その漆黒の玉座で考える。

 なぜ、魔族は人に似た姿なのだろう。


 人の特徴は、安定している。顔だけとっても、目、鼻、口、耳、形状の差異は微々たるもので、ひとつの種族としての統一感がある。

 悪くいえば没個性的で、見分けづらい。

 魔族の容貌は変化(バリエーション)に富む。目の数さえ同一ではなく、色も形もさまざまだ。

 そこにある意味について、シルヴェストリは考える。

 人に限らない。すべての生き物は、その種ごとに基準となる形を持っている。


 魔族だけが、違う。

 人に似た土台をもとに、それぞれが違う姿である。

 あたかも、人という形の限界を超えるため、もがき、苦しみ、模索しているかのようだ。

 それは、より強く、美しい形を求めての変化か。

 それとも、逆なのか。

 魔族が模索した変化の果てに生じたもの、それが人の姿なのか。


 退屈過ぎて、ずっと考えてしまう。


 彼は数多の命を奪ってきた。あるときは必要に応じて、あるときは気まぐれから。

 魔族は、強い。少なくとも、シルヴェストリが強いことは、間違いない。

 何度も代替わりしている魔王よりも長く生き、この世の何者よりも豊富な知識に支えられた、透徹した知性をもっている。

 眼差しひとつで時を止め、指を鳴らすだけで空間さえ歪め、豊穣も死も微笑みとともに支配する。

 神よりも神に近い存在。

 完璧にして、至高。すべての頂点にあると自任している。


 だが、彼は彼だけ、彼ひとりだけ、だ。


 彼は、聖女を想う。

 今のではない。初代の聖女だ。


 聖女にとどめを刺したのは、シルヴェストリではない。魔族ですらなかった。

 彼女は、同族に討たれた。人の欲と恨み、嫉妬の炎に巻かれてしまった。気高い魂があっても、肉体は脆弱だった。生き延びることは、かなわない。

 シルヴェストリはただ、安全な距離からそれを見物していた。


 みずからの死を目前に、聖女は告げた。

 たとえ我が命がここで尽きようとも、志は潰えることがない。

 いつの日か、必ず我が魂は魔族の王を滅ぼし、人の世に永劫の安寧をもたらすだろう。わたしを知る者が、あるいはわたしを知らない者が、いつかの誰かが、必ずやり遂げるだろう、と。


 人間風情が呪いをかけるつもりか、とシルヴェストリは思った。軽侮を覚えつつ、聖女を眺めていた。


 彼女が世を去って久しいが、その言葉はじわじわと実現しつつあった。

 聖女の衣鉢を継ぐ者は、途絶えなかった。

 初代が伝説となり、神話となった今も、後継者は生まれつづけ、人々は聖女を崇め、あるいは利用し、そして着実に魔界への距離を詰めつつある。


 人は、死ぬ。

 だがそれこそが、人の人たる強みなのではないか、とシルヴェストリは考える。

 少しばかり数を減らしても、すぐに盛り返す。痛い目を見せてやっても、懲りずに攻めて来る。

 世代交代が、かれらに無謀を選ばせ、慎重論を排除させる。何度でも、くり返す。自分たちは、自分たちにしかできない唯一の生を生きているつもりで、過去をなぞりつづける。


 やり遂げるまで、それはつづくのだ。

 聖女が呪いをかけたとしたら、魔族にではなく、同族である人間に、なのだ。


「飽きたな」


 シルヴェストリは窓の外を見る。

 空は、黄昏の琥珀色。

 シルヴェストリの城は、永遠の午後の時間を揺蕩っている。

 光を浴びて黒と金にかがやく尖塔、絢爛たる宝石が鏤められた窓、そのどれもがシルヴェストリ自身と同じほどの時の流れに耐えてなお、変わらず美しい。

 そう、魔族は永遠にして不変なのだ。

 完成された個であり、成長もせず、死にもしない。


 そして、飽きている。


 彼は、自分がそういうものであると知っている。

 変化はしない。するはずがない。

 だから、飽きる。


 彼は立ち上がり、腕のひと振りで狭い部屋に移動した。先ごろ、今代の聖女を住まわせるためにしつらえた部屋だ。

 今は暗く沈んだ姿見に、そっと視線を向ける。

 この向こうに行ってみたら、退屈はおさまるだろうか。

 少し考えてから、彼は薄く微笑む。

 どうせ、戻ってくる。待つのは、苦ではない。


「早く戻っておいで、アリス」


 永遠を生きる方法を教えよう。刹那の命を燃やす人間を、魔族の時間に染めてみせよう。

 それで、なにかが変わるかもしれない。

 少なくとも、長い午後の一時(いっとき)、シルヴェストリの無聊を慰めてくれるだろう。


 シルヴェストリは姿見に手を添える。

 アリスには徴をつけてある。呼び戻すことは、いつでも可能だ。

 だが彼は、彼女がみずからの意志で戻るのを待つつもりだった。


「待っているよ」


 シルヴェストリがささやくと、鏡面は波だった。その奥に淡い魔力を感じ、彼は満足げに微笑んだ。

 アリスの旅は、順調だ。

 彼が望んだように。

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