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8.異世界で生きる為にやっておきたい事

おこられました。


『お前は自分が何をしたのか解っているのか?! もっと自分を大事にしないか!』

「お嬢様はご自分が何をなさったのかご理解されていますか?! もう少しご自身を大切になさって下さい!」


ステレオで。


髪の毛切って剣を返しただけなのに、何この言われよう。


小一時間床の上で正座をさせられながら、

現実と精神の両方から説教を聞き続ける羽目になってしまった。足痺れた。


しかしまぁ、偶然とはいえアニさんとユーニスさんの両方から同時に怒られるとは思わなかった。


二人の内容を総合してみると、髪の毛を一気にバッサリやったのが不味かったらしい。

なんでだ。



 ◆◆◆◆◆



そして僕は今、自分にあてがわれた離れの一室にいる。


先程まで居た屋敷とは別館で、僕がそれまで寝ていた部屋よりかは少し狭いようだ。

それでも僕にとっては十分な広さだけれど、さっきのような広くてなんか不安っていうのは感じない。


さて、どうしようか。

現在10歳のカールエスト様が成人の15歳になるまでの5年間で、この家を追い出されてもいい様に自活出来る状態にしておかなければならない。

いや、3~4年くらいで何とか目処をつけて、いつでも対処出来るようにしておくべきか。

侯爵家を継ぐつもりは微塵も無いので、最悪自分一人ででも生きていけるようにしておきたい。


メモ書き書き出し……。




とりあえず、僕なりに考えた自立の為の三つの柱を立ててみる。


其の一、世間の荒波に揉まれても挫けない強い精神を身につける。

其の二、仮に一人になったとしても生きていけるよう自給自足の手段を。

其の三、暇を持て余した時用に何らかの趣味を見つける。


…………前世の僕が何一つ持っていなかったものだ。つらい。


気を取り直して、一つ一つ実際に取り組む内容を検討してみよう。


まずは、

其の一、世間の荒波に揉まれても挫けない強い精神を身につける。


これは、昔読んだ漫画に心惹かれる一文があったのを思い出したので、

思い出せる限りその漫画に沿った鍛錬をしてみようと思っている。


示現流だっけ。


鍛錬用に木刀もしくは代わりとなる木の棒が必要だ。


この離れの近くには森がある。そこに生えている中で一番堅い木を伐採してもらうか、

材木問屋みたいなところで見繕ってもらうか。


どちらにせよ、ユーニスさんに相談して、関係者に訊いてみてもらうことにした。


「お嬢様。何故堅い木の棒が必要なのですか?」


「剣を預けちゃったから、代わりに振れるものが欲しいんですよ」



次に、

其の二、仮に一人になったとしても生きていけるよう自給自足の手段を。


畑……かなぁ。耕作地を確保して、種なり苗を手に入れて……と、

この国でどんなものが作られていて、どんなものが食べられているのかも知らないとなぁ。

最初は知識を手に入れるところからだろう。

外に出て、実地で確認出来れば最適なのだけれど、今の状態で許可がおりるのかどうか難しいしなぁ。

要相談だね。


個人的には、米、大豆は欲しい。麦は広く流通している可能性が高そうなので除外する。

米は日本人の主食だ。僕も多分に漏れず米が好きである。美味い米は米をおかずに米が食べられるくらい美味い。


大豆も重要だ。用途が広く、麹もしくはそれの代替となるものが入手出来れば味噌、醤油への道が開けるし、

同様ににがりを入手出来れば豆腐が作れる。豆腐からの派生品も多様だ。

枝豆は酒のつまみにもいいしね。


想像してたらヨダレが垂れてきた……。顔が緩む。種別:腹ペコ系。


『お前は何という罪作りな知識を持っているのだ。味が気になって仕方がないぞ』


「アニさん、食いしん坊キャラはあなたのキャラじゃないと思うのですが」



みっつめ、

其の三、暇を持て余した時用に何らかの趣味を見つける。


これは裁縫に手を出そうと思っている。具体的には衣服の縫製。

自分という格好のマネキンがあるのだから、いろんな服を着て試してみたい。

もちろん、前世のやつを。


今のところ、出会った人々の服装を見るに中世というよりは近代っぽい印象を受ける。日本でいうなら明治時代あたりか。

当然ファンタジーRPGに出てくるような、体にピッタリフィットしたハイレグスーツなどというものは存在していない。

非常に残念である。


『随分と破廉恥な服ばかりが並んでいるなぁ、おい』


「こちらとは文化が違いますから。最後のゴテゴテした肩アーマーのもの以外は普段の生活でも目にする物ですよ。

決して僕が破廉恥な人だからではないです。えぇ」


『語るに落ちたな。歯を食いしばれ』


ごふぅ。   アニさんの鉄拳で顔が歪む。種別:KO系。



衣服も市場で実際に売られているものをこの目で見てみたいな。

加工して望みの衣装に近づけられる物があるかもしれないし。


何にせよ、針と糸をもって布を縫うことが出来なくては話にならない。

侯爵家の人間で裁縫が得意な人がいたら教えてもらいたいな。


「そんな感じで、だれか裁縫が得意な方いませんかね?」


僕は、傍らでメモを取り情報を整理しているユーニスさんに尋ねた。


「そうですね……。屋敷の使用人でしたら大半が出来ますが、それぞれ役割を抱えておりますので時間の確保が難しいでしょう。

私もお嬢様のおかしなご要望にお応えするのが精一杯ですし」


おかしな、ってそんな変な事言ってるかなぁ?


「あ、心当たりを一つ思い出しました。確認を取ってまいりますので、少々お時間を下さい」


「は~い、いってらっしゃ~い」


小走りに部屋を出て行ったユーニスさんを見送ると、僕は屋敷の蔵書から借りてきた植物図鑑へと目を落とした。



 ◆◆◆◆◆



僕は離れにある別の部屋の扉をノックした。

少し待つと扉が開かれ、中からメイド姿の女性が現れる。


応接間での話し合いの時にミルフィエラ様の傍に控えていたお付きの人だ。

ゲミナさん、だっけ。アニさんに叩き込まれてたはずなのにすっかり忘れている。


「お嬢様、お待ちしておりました」


ゲミナさんはこちらにお辞儀をすると、少々よろしいですか、と小声で語りかけてきた。


「奥様の事、くれぐれも宜しくお願い致します。奥様のお心を癒せるのは今のお嬢様だけです」


うわ、なんか重くなってきたぞ?


ユーニスさんが言った『心当たり』とはミルフィエラ様の事だった。

なんでも心を病んで離れに移る前は、部屋で針糸を手繰っているのをよく見かけたらしい。


「が、がんばります」


「では、中へどうぞ」


ゲミナさんに促される。

だが、僕はすぐには動かず、その場で二、三回深呼吸をする。

深呼吸は気持ちを落ち着けるのに手っ取り早い方法だ。


おっさんだった時は会社の健康診断の血圧測定で毎回高過ぎと引っ掛かり、その度に深呼吸していたもんだ。

またどうでも良い事を思い出してしまった……。


「ミ……お母様、アルナータです。お邪魔致します」


ミルフィエラ様、と呼びそうになり訂正する。


椅子に腰かけ俯いていたミルフィエラ様はこちらの声に顔を上げる。不安な表情が見て取れる。


「本日はお母様にお願いがあって参りました。僕に裁縫を教えてください!」


僕は持参した裁縫道具箱と練習用の端切れの布をミルフィエラ様に見えるよう前に出し、本気度をアピールしてみた。


「あ……」


ミルフィエラ様は、僕の手にある道具箱をじっと見つめて固まる。

流石にトントン拍子に話が進むわけないよね。さてどうしたものか。


「奥様、大丈夫でございますよ」


いつの間にかゲミナさんがミルフィエラ様……いや、もうお母様と言わねばこちらの気持ちが伝わらないな、

お母様の傍に寄り添っていた。


「お嬢様がお目覚めになられて初めてのお願いです。……ミルフィエラ様、大丈夫でございます」


何故か名前呼びでゲミナさんはお母様を宥めるよう優しく語りかけていた。

ここは倣うべきだ。


僕は床に膝をつき、道具箱を脇に置いて空になった手をお母様の手に重ねた。

かなり冷たい。

ものすごく申し訳ない気持ちになってきた。


僕は自分の手でお母様の手を温めるように包み、お母様を見上げる。


「お母様、今までごめんなさい。僕はここにいます。これからは……」


「あ、アル……ナ……」


緑色の瞳から一筋の涙が流れたかと思ったら、止めどなく溢れてきた。

お母様の口からは嗚咽が漏れてきている。

僕はそんなお母様を愛おしく感じ、思わず抱きしめていた。


「大丈夫、大丈夫です、お母様」


抱きしめながら背中を擦り頭を撫でて、僕はそう呟いた。



 ◆◆◆◆◆



その日は、今の状態ではまともに教えられないだろうという事で、

後日改めて出直すことになった。

それまでに、ゲミナさんとユーニスさんの間で細かい時間設定を決めて置くという事だ。


「お母様には元気で笑顔になって欲しいな」


僕は誰に言うとも無くぽつりと呟く。


「アルナータ様なら、きっと出来ます」


ユーニスさんが笑顔を見せながら応えてくれた。


「うん」


前世ではしたいと思わなかった親孝行。僕はお母様にしてみたい、と思った。


最後の無意味な空白部分を削除しました。ご了承下さい。

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