7.侯爵家と僕の進退 ②
評価、ブックマークありがとうございます。
今回は話の流れの都合上、二話掲載となり、「6.侯爵家と僕の進退 ①」が1回目の投稿となります。
ご了承下さい。
最後の無意味な空白部分を削除しました(2018/12/12追記)
ミルフィエラ様の心を回復させ、ついでに侯爵家を継がなくていい様に持っていく方策……。
今一度、ミルフィエラ様を見る。
あんな状態じゃ当主に伴って公の場に出るのは無理だろう。その辺り対外的な部分はサラディエ様が代わりに務めていたのだろうし。
そう考えるとサラディエ様の憤りも尤もだと感じる。自分の息子を当主に据えたい親の欲があったとしても。
あぁ、その手を使うか。
あとは肝心な部分を認めてもらえるかどうか、かな。
「ギルエスト様、発言してよろしいでしょうか?」
僕は右手を上げ許可を求めた。場の空気が止まる。
「何だ」
訝しげな表情を僅かに覗かせ、ギルエスト様は次を促した。
あ、やっぱり僕もミルフィエラ様と同じなんだな。当然と言えば当然か。
「次期当主候補は僕が辞退の意思表示をした場合、それは認められますか?」
「あなた、何を言っているの」
呟いたのはサラディエ様だ。こちらの意図を測り兼ねているように思われる。
「……これは枢密院の裁定だ。本人による希望があろうとも外すことは出来ん」
枢密院……この国で一般に知られている説明としては、国王直属の諮問機関と言われている。
内情は、幽騎士による合議制の最高意思決定機関だ。国王ですらこの決定には逆らえない。
アニさんちょっと喋りすぎなんじゃないかな、と思ったりもしたが、
僕が次の当主になる事を見越しての判断だったのかもしれないなぁ、と今は思う。
枢密院、という言葉が出て、サラディエ様の口元が歪む。
おそらく、僕を候補から外す事が絶望的なのを察したからだろう。
「それは、本人が正常な判断を行なうのが難しい精神状態であっても無理ですか?」
ギルエスト様も僕の意図を測り兼ねているようだ。こちらを睨みながら考えるそぶりを見せる。
「僕は、自分の父親からかつての婚約者であるカイル様の訃報を聞き、悲しみのあまり気がふれてしまいます。人形姫と言えども人の子だったのでしょうね。
そして、この精神状態では何をしでかすか分かりません。公務も真っ当にこなせるとは思えません。
屋敷の奥へ匿い、人目に触れさせないほうが良いでしょう。家の為にも、世間の人々の為にも、そして本人の為にも」
ギルエスト様の目が僅かに大きく開かれた。サラディエ様は、その手があったか、というような顔で僕の言葉を聞いている。
いや、そこはちょっとは隠しましょうよ。
「次期当主候補としても多大な不安が残ります。状態が回復し以前のように振舞うことが出来るなら可能性の目はありますが、
だとしても、本人の回復を悠長に待っている訳にもいきません。
幸い、チェスタロッド家には男児が一人おります。当主候補は彼一人に絞った方が後々の為にも安心でしょう」
ご本人には申し訳ないが、現在のミルフィエラ様の立場そのものを僕にも適用してみては? と言っているのだ。
「お前は何故そんなことをする」
何故……自分を狂人に仕立ててまで、当主になる事を忌避するのか、といったところか。
本音を言うと『責任持たされるのが嫌だ、面倒臭い』になるんだけど、そのまま言ってしまうと子供の我儘みたいで逆に却下されそうだから、
ちょっと建前でお茶を濁しておこう。
「僕は今朝目覚めたばかりです。生まれたばかりの赤子も同然ですね。知識やら経験やら何もかもが足りません。当然、この国の常識とされるものも知りません。
皆様は、僕がこの部屋に入ってきた時驚かれたでしょう? 僕付きのメイドも同じような反応でした。
仮に、このまま社交界などへ出たとします。周囲は大混乱に落ちるでしょう。
何せ、自身の元婚約者すら知らなかったのですから、推して知るべしですね」
サラディエ様が「あっ」っと声を出す。
「下手をしたら、侯爵家の品位を落とすような、とんでもない行動を起こしてしまうこともあり得ます。
それは皆様にとっては望まない事でしょう。僕としても常識知らずの馬鹿者と蔑まれるのは回避したいところです」
ギルエスト様の後ろに見える半透明の西洋鎧も音こそは立ててないないが、ガタガタと全身がわなないている。
僕が起きる前までの、あのやり取りを思い出してるんだろうなぁ……。
ごめんねアニさん。
「ですので、時間を頂きたいと思います」
「候補の辞退と引き換えにか」
「はい」
ギルエスト様は腕組みをして考え込んでいるようだ。半透明の西洋鎧は心なしか気落ちしたような印象を受ける。
前例があるから、通しやすいと思うんだけど。
「辞退は認めん」
「旦那様!」
「だが、今は人前に出せるような状態ではない為、候補の認定と周囲への発表は一時保留とする。期限はカールが成人するまでだ」
「寛大なご配慮にお礼申し上げます」
僕は右手を胸に当て、恭しく深く礼をした。
執事さんとかが良くやる礼だよね。一度やってみたかったんだ。
「ん、む……」
ギルエスト様が少々面を喰らったように呻いた。
あれ、これ男性がやる礼だっけ? まいっか。
無事要望が通ったので、だいぶ気が楽になったな。ちょっとサービスしよう。
僕は左腰に下げている剣を鞘から抜き右手を振り上げ、間髪入れずに目の前のテーブルに切りつける。
テーブルの縁が若干欠けた。
「あなた!何考えているの?!」
「『アルナータは気がふれた』に説得力を持たせようと思いまして」
サラディエ様の悲鳴にも似た問いに僕は平然と答えた。
そして、眉間の皺を深くしたしかめっ面のギルエスト様に向かい、
「髪の毛が長いと自分で自分の首を絞めますから、抑止の為に短くしましょう」
僕は左手で自分の長い髪を束ね、右手を背に回し首筋の後ろの根本辺りに剣の刃を持ってくる。
一呼吸おいて、僕は右手を思いっきり跳ね上げた。
「ヒッ」誰かの短い悲鳴が聞こえた。
左手に感じていた髪の抵抗がなくなり、頭が軽くなる。
一発ですんなり切れてよかったよぅ。ここで失敗しちゃったテヘペロ☆ じゃ顰蹙ものだ。
僕は剣を元通りに鞘に納め腰から外し、今切ったばかりの髪の毛と共にテーブルの上に差し出す。
「この剣はお返しします。こちらの髪の毛は……僕の決意の証と思ってください」
ギルエスト様は大きく息を吐いた後、こちらを見据えた。
「分かった受け取ろう。お前の新しい部屋は離れに一室を用意させる。準備が出来るまでしばらく待て」
「ありがとうございます」
僕は一礼をし、この場を退出した。
期限付きだけれどある程度の自由は得られた。
さぁて、どこまでこちらの思う通りに出来るかな。
色々と、可能な限り調べないとね。