6.侯爵家と僕の進退 ①
評価、ブックマークありがとうございます。
今回は話の流れの都合上、二話掲載となり、1時間ほど時間を空けて次の投稿となります。
ご了承下さい。
開かれた扉の横に立つ。
そっと中を覗き見ると、扉の向こうの部屋にいる人々の視線がこちらに向けられているのを見て取れて、緊張する。
目を閉じ、一回大きく深呼吸をする。
そういやアニさんまだ戻ってきてないな。傍にいてくれた方が何かと心強かったんだけど。
扉の正面に立ち、一礼をして応接間へと入る。
大きな長方形のテーブルの向こうに一人の男性。僕の左手側の長辺には女性と少年。
右手側には一人の女性が俯いたまま座り、一人の女性がそのやや後方で立っていた。
左手側の二人は僕が入室すると驚いたような表情になった。男性は無表情で、右手側の二人はそもそもこちらを見ていない。
男性とは向かいになるテーブルの辺まで歩みを進めると、後方で扉が閉められる音がして先程の執事さんが男性の傍へと移動する。
初めが肝心だよね。
自分の前世の経験の中で似たようなシチュエーションを探すとしたら、会社の面接だろう。
あまりにも緊張しすぎて散々な結果に終わったと記憶している。
まぁ、そんなことはどうでも良いか。まずは目の前だ。
初めて顔を合わせるからね、挨拶は大切だ。
「皆様初めまして。アルナータです」
ざわっ
一様に視線が集まった。右手側の女性も顔をこちらに向けていた。
別に不味いことは言ってないよねぇ。僕にとっては皆さん初顔合わせだし。
それじゃちょっとアニさん叩き込み情報でこの場の皆さんを今一度確認してみるか。
まず僕と対面の男性。
ギルエスト・チェスタロッド。チェスタロッド侯爵家現当主にて、僕の父親。年齢は40代前半との事。
亜麻色の髪に琥珀色の瞳、精悍な顔つきだが深い皺がいくつも刻まれている。
前世の僕とはえらい違いだ。責任を背負い続けた者と、責任から逃げ続けた者の差だろう。
こういう大人になりたかったな。今更だけど。
体育会系のがっしりとした体つきと相まって歴戦の戦士を思わせ、国内治安維持組織(日本でいうところの警察)の重職に就いている。
彼の右肩側後ろには執事さんが控えているが、そちらとは別に、
左肩辺りに半透明の西洋鎧一式が小さな斧の付いた槍を小脇に抱え腕組みをして立っていた。
幽騎士。あれが、本来のアニさんなんだろう。
顔の部分を守るバイザーのせいで表情は全く分からないが、腕組みをした態度からは、『おかしなことは言うなよ? 見ているぞ』といっているようだ。
右手側の女性は
ミルフィエラ・ロベルス・チェスタロッド。現当主の第一夫人にて、僕を生んだ母親。30代前半。ロベルス侯爵家より嫁いできた。
金色の髪は整えられているものの艶はなく、顔も頬がこけ気味で若干虚ろだ。
僕が目覚めなかった為に、色々な心労が重なり病んでしまったらしい。後ろに控えるお付きのメイドさんの介助で何とか生活出来ているようだ。
左手側に移る。
サラディエ・ストラグス・チェスタロッド。現当主の第二夫人。僕にとっては継母に当たる。20代後半で茶色の髪、黒色の瞳。
この家の跡継ぎを生むためにストラグス侯爵家から嫁いできた人。
見事に男児を生み、現在この屋敷内では2番目に発言権が強いらしい。
カールエスト・チェスタロッド、第二夫人の息子にて、僕の腹違いの弟。現在10歳で茶色の髪に黒色の瞳。
10歳にしてはかなりガタイが良く、世間からも期待されている次期当主候補。
これから父親並みに成長していくと思われる。
以上の面々に僕、アルナータ・チェスタロッドを加えた5人が現チェスタロッド家の家族構成だ。
「アルナータ。目覚めたばかりで意思の疎通は困難だと思っていたが、幽騎士の報告通り可能であるようで安心した。
今ここにいる面々は皆、お前の経歴を知る者だ。身構えて応対する必要はない」
目の前の男性が発する射貫くような鋭い眼光に僕は思わず閉じた口の中で歯を食いしばった。心臓に悪いなぁもう。
とりあえず肯定の意思を示す為、首を縦に振る。
「まずはアルナータの処遇の前に、皆に報告がある」
ギルエスト様は場が静まるとそう切り出した。
アニさんも様付けで家族を呼んでいたようだし、僕もそれに倣おう。家族っていう実感がまだ無いしね。
「本日未明、王城にて元王子のカイル様が自決なされた」
ギルエスト様のその言葉に、サラディエ様とカールエスト様は身を乗り出すように驚いた。
ミルフィエラ様は顔を向けはしたもののあまり態度は変わっていない。
僕はというと、インターネット上で誰かの訃報を見たような気分だ。
この国にとっては大事件だろうが、僕にとってはいまだ遠い異国の話でしかなく、まぁ他人事だ。
あ、思い出した。
アニさんから聞いたことだけれど、カイル様ってアルナータの元婚約者だった王子様だ。
「数日もすれば王都より正式に発表があるだろうが、今はまだ他言無用だ」
空気が重いものに感じる。見ると、カールエスト様が一番落ち込んでいるように見えた。故人と親しかったのだろう。
「カール。アベルト殿下は更に辛いお気持ちの筈だ。友として臣下として、お支えしろ」
「は、はい!父上」
ふぅん、カールエスト様はアベルト殿下と親しいのか。アベルト殿下って亡くなったカイル様の弟君だっけ。
とりあえず家族を覚えることを優先したから、他はあんまり覚えることが出来てないなぁ。
まぁしょうがない。
ふと、視線を感じるとサラディエ様がこちらを蔑む様に見ていた。何なんだろう。
「流石は人形姫ですわね、目覚めても変わらず人形姫なんて。
悲しむことすらしないとは、カイル様もお可哀相に」
「サラ、止さないか」
人形姫、とは確かアニさんが入っていた時のアルナータの呼び名だったと思う。
王族と一緒にいても遜色ない程の綺麗な容姿だが、感情をほとんど表に出さず能面のような顔をして応対することから付いた仇名らしい。
他人事だなーと思っていたのがそのまま態度に出ていたようだ。今更訂正できるものではないので、言われるがままになるしかない。
「アルナータ、何か言うことはあるか?」
僕の目を正面から見据えてギルエスト様はそう問うた。
「カイル様のご冥福をお祈りさせて頂きます」
そう返し、一礼をする。
一般的な応対しか思い付かないよね。僕自身はその人と面識が無いのだから。
下げた頭の向こうで微かに溜息が聞こえた気がした。
「それではアルナータの処遇についてここに告ぐ。アルナータをチェスタロッド侯爵家の嫡子として引き続き認め、新たに次期当主候補として認める事とする」
ギルエスト様の宣告に対する反応は三者三様だった。
サラディエ様は激高し、カールエスト様は驚きのまま硬直、ミルフィエラ様はすがるような眼差しで見ていた。
僕? 僕はまだ他人事っていうか、当主にはなりたくないなぁと漠然と思ってただけ。
そういえば一つ思い出した。
この国の中でも王家や上流貴族、いわゆる『直系』の家柄は『血統』を重要視する傾向にある。
男系だろうが女系だろうが、男児だろうが女児だろうが、その家の濃い『血統』を持ち、前任の当主に認められれば当主になれるのである。
極端な話、濃い『血統』を持っていると認められたら、自分の家とは別の、全く余所の直系貴族の分家の子倅ですら当主になる可能性があるのだ。
だから、この国には『血統の検査』なんてものが貴族の義務として存在する。
一般市民は任意って言うのも、濃い『血統』が見つかる可能性の問題でそうなっているようだ。
女であるアルナータが侯爵家の当主になる(可能性がある)のは、何ら不思議な事ではないのだ。
しかも、僕はこの国で成人と認められる15歳を迎えていて、かつこの家の長子。
現在10歳のカールエスト様と比べれば能力云々は置いといて、当主になる可能性は圧倒的に上だ。
「だ、旦那様……わ、わたしは……」
「ミルフィエラ、大丈夫だ。後の事はこちらに任せて良い」
ミルフィエラ様のか細い声を遮り、ギルエスト様は宥めるように言った。
あれ?
なんか違和感を感じた。
「旦那様!何故今になって認めるなどと仰るのですか!これまで私共が被った苦労を思えば到底認められるものではありません!」
「サラ、落ち着け!」
興奮が収まらないサラディエ様の肩に手を置いて宥めようとするギルエスト様。
ふと前世での両親の姿がダブった。
なるほど。
ギルエスト様は、サラディエ様とカールエスト様に対しては愛称で呼ぶのに、ミルフィエラ様に対しては名前をそのまま呼んでいる。
愛情の差ってやつなんだな。
それに気づいた途端にミルフィエラ様に対して非常に申し訳ない気持ちが溢れてきた。
彼女の境遇の大部分は、僕が目覚めなかった事に原因があるからだ。
今更だけど、ミルフィエラ様の心が安らかになる様に何かしたいと考える。
何が出来るだろうか?
ついでに侯爵家を継がなくていい様に出来ないかな。
最後の無意味な空白部分を削除しました。