67.英雄
お待たせしました。
次の投稿は一週間後(2019/05/26)を予定しております。ご了承下さいませ。
「怖い思いをさせてごめんなさい。アルナータ、ただいま戻りました」
ひとしきりの抱擁を済ませると、改めて僕達は向かい合った。
「それじゃあ、ここを出ようか。王都は今大変な事になっているしね」
僕の物言いにみんなの表情が強張る。
「王都が大変って、どういう事?」
「そのまんまの意味だよ、お母様。『封印』が解かれて『魔力』が地上に噴き出して……あ、実際に見た方が早いか」
先程、心の中の世界で見ていた映像画面を胸元に発現させる。
中空に浮いた長方形の画面には、黒雲に覆われた空の下、城を遠景とした王都の中心部付近で拳を叩きつけて周囲を破壊しまくっている、黒い巨人が映っていた。
「このままだと王都が更地になっちゃうな。急がないと」
「え、ちょ、ちょっと待って妹ちゃん! 何なんですか、これ!」
ユーニスの叫びで僕は、その場の皆が一様に目を見開いて驚いているのを知覚した。
まぁ、映像とはいえ王都の惨状を見せられては平静ではいられないよね。
それに、僕はこの黒い巨人の正体も知っている。『魔力』を取り込んで暴走したアベルト王子……にバベルも含まれているかもしれない、巨大な何か、だ。
ただ、正直に話してしまうと混乱に拍車をかけかねないので、そこはボカしておいた方がいいだろう。
「黒くてでっかい何かが王都を破壊してい……」
「アルナータそこじゃないわよ! いきなり出したこの四角い動く絵の事よ!」
「実際に目の当たりにした光景の様に緻密な描写と、全く原理の判らない動性。不可思議過ぎて現実の物とは思えません」
ミルフィエラお母様の指摘とアニエスタが感想を述べるに至って、僕は皆が問題視している事が、僕のそれと違っている事に気が付く。
「うん、これ『魔法』ね。遠くで今起こっている事を手元で見られるようにする『魔法』。ほら、ここに「LIVE」ってあるでしょ?」
「ま、『魔法』?! こんな事も出来るの??」
「主殿の為さり様には、ただただ驚く事しか出来んな」
僕の解説にルヴィアは更に体で驚きを表現し、ジャスティナは感心したように頷く。
「まあ、そんな訳で急がないといけないんだ。これは僕の不始末だしね。責任を取らないと」
「そのお姿で向かわれるつもりですか? 妹ちゃん」
「え? ……あ~」
ユーニスに言われて僕は自分の身体の状態を再確認した。
悪魔となったバベルに斬られて、僕の鎧は砕かれ衣服は赤黒い血の痕でボロクソになっている。剣は刀身が叩き折られていて鞘は見る影もなく粉々だ。
とても人前に出られるような姿では、ない。
「でも『魔法』なら5秒でカンタンキレイに!」
瞬間僕の身体が光る。
わずか数秒で光が収まると、僕の姿はバベル達襲撃者と戦う前の、鎧も剣も鞘も元通りの綺麗な服装になっていた。
「ね?」
可愛らしくポーズをとって、綺麗になった事をアピールする。
「妹ちゃん。可愛いのは結構なのですが、理解が追い付きません」
「アルナータ。あなたのその体格でその仕草はだいぶ無理があると思うわ。可愛いから良いけど」
「(へんじがないただの萌死のようだ)」
「アルナータ様その屈託のない笑顔、素敵ですハァハァ」
「主殿、我を下に敷かれよ。靴一つ再び汚すこともあるまい」
「ジョウ、ステイ」
約一名機能停止しているように見受けられるが、皆の調子がいつも通りに戻ったようで僕は一つ安心をした。
この間にも『封印』から解放された『魔力』は光の柱となって噴き出し続け、黒い巨人は王都を破壊し続けている。
幽騎士達は王国の各地に飛び『封印塔』なるものを起動し、王国外への『魔力』の流出を防ぎ続けている。
全く猶予がない訳ではないが、楽観視して時間を浪費できる程の余裕もないだろう。何より巨人の破壊活動による人的被害がどれだけ有るのか分からない。
「とりあえず地上へ出よう。みんな僕の周りに集まって」
「集まる? ここを出るのではないのか?」
「うん、出るよ。だから……あ、ちょっと待って、忘れてた」
「「??」」
僕は皆を待たせて、一旦円卓のある部屋を出た。そして岩室の先の待機室で目的のモノを見つけると『魔法』を使って運び易くする。
「ごめん、ごめん。さすがにあそこに放置はまずいと思ってさ」
「ル、ルベスタ様?!」
ルヴィアが僕の持ってきたモノを見て驚きの声を上げた。
空に浮かぶ風船のようにフワフワと漂うそれは、バベルと共にここへ襲撃してきたもののアッサリと撃退されてしまった、ルベスタ・ストラグスである。
但し、本人は手足を拘束され猿轡を噛まされ、海老反りで気絶したままの状態ではあるが。
「それじゃあ、行こうか」
「待って、アルナータ」
ルベスタを回収し、この場を脱出しようと『魔法』を発動する前に、お母様から「待った」が掛かる。
まだ何かあるのかとお母様の方を見ると、思いの外真剣な顔をしてこちらを見ていた。
「アルナータ、ここの『封印』はどうするの? 解放したままだと不味くはないかしら」
もっともな疑問だ。だがその回答は、身体の修復をしている時に幽騎士アニから得ている。
「『封印』は幽騎士にしか出来ないって、復活する前に本人から聞いているんだ。だから僕達がここにいても出来る事は何も無い。
それよりも外で暴れている黒い巨人を何とかしないと。まずはここを出るよ」
「……分かったわ、アルナータ。あなたに従いましょう」
お母様の言葉と共に、皆も頷く。僕はそれを確認すると、自分の中に周囲の『魔力』を引き入れ、あるイメージと共に上を見上げる。
「地上へ」
そして僕達は光の中へと消えていった。
◆◆◆◆◆
光が収まると、僕達は王城の中庭にいた。
空は黒雲に覆われて、昼間だというのに薄暗い。中庭の芝が一部抉れていて、地肌が剥き出しになっている。僕達の立っている傍には、ちゃんと拘束された状態のルベスタも転がっていた。
「ここは……王城?」
「そう、みたいね。建物の配置からして中庭かしら」
「主殿、これも『魔法』か?」
「うん。早いでしょ」
「あの一瞬で場所が変わっているとか、早いで済まされるものじゃないと思うよ、妹くん」
遠く王都の中心部では黒い巨人が暴れている。振り落とされた拳が建物を破壊し、その衝撃がわずかに地鳴りとなってこちらにも伝わる。
まずはエルガーナ国王にお会いし、現状の報告をしなければならない、と僕は考えていた。
いま目の前にある惨状は、僕が『封印』を守り切れなかったが為に起きた、自分自身の不始末である。
全責任は僕にある。故に責任を取らなければならない。そして、責任を取る事が出来る者は僕しかいない。
この世界の『魔法』は、『魔力』を消費して頭の中に思い描いたものを具現化する、ものである。
あの黒い巨人に対抗しうるだけの力を持っているのは、今のところ僕だけだろう。これは自惚れでもなんでもなく、事実だ。
いまこの王国内で、あれ程に巨大な動体に対して有効な手段を想像し構築出来る者は、僕しかいない、はず。たぶん。
「義姉上様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドップラー効果を伴った叫びと共に、僕のお腹になにかが衝突した。
「あああこのお腹の張り! そしてこの確かなお尻の感触!! 正しく義姉上様!!!」
「ミ、ミラニス様?!」
聞き馴染みの声に下を向くと、荒く息を弾ませたミラニス・エルガーナ王女が、僕のお腹を頬ずりしながらお尻を両手で揉みしだいている。
「アルナータ!! よくぞ生きて戻って来てくれたッ! 父は嬉し……ゴッッ?!?!」
熊のように覆いかぶさってきた父上ことチェスタロッド侯爵ギルエストを『魔法』を上乗せした掌底で弾き飛ばし、
「姉上、私は信じておりました。必ず戻って来て下さると……」
実弟カールエスト・チェスタロッドに笑顔で応える。
その向こうではウィゾルデ・エンパス様が声を押し殺しながら涙目で、またイリーザ・コペリオ様が珍しく泣くのを堪えている顔でこちらを見ていたので、お二人には「大丈夫」の意味を込めた笑顔を送った。
「アルナータよ、無事の帰還嬉しく思うぞ」
エルガーナ国王から声が掛けられる。僕はミラニス様を諭して腰から離れてもらい、そのまま国王の前で跪く。
お母様を始めとしたケンプフ家の皆も僕に倣って跪き頭を垂れた。
「有難きお言葉でございますが、今の惨状は王命を全う出来なかった私の罪でございます。お許し頂けるなら……」
「その事は幽騎士より聞き及んでいる。お前の罪ではない。規模の予測を見誤った幽騎士達が負うべき責、との事だ」
「え?」
僕は思わず面を上げてエルガーナ国王に呆けた顔をさらしてしまった。
「お前の責ではない、が、今あれを止められるのはアルナータ、お前しかいないという。すまぬが……頼めるだろうか」
エルガーナ国王の言葉に、復活する前に聞いた『……いまのお前なら大丈夫だろう。王国と全ての人々を、頼む』幽騎士アニの言葉が重なる。
「国王陛下、勿体無きお言葉に御座います。このアルナータ、身命を賭して必ずや全うしてみせます」
そして僕は立ち上がり、遠く黒い巨人を見据えた。
ここまで発現させた『魔法』の数々を思い出し、これから行なうであろう『魔法』の元となる知識を掘り起こしていく。
本当に出来るだろうか、という思いがふと湧き上がるが、それをすぐに掻き消す。
出来る出来ない、では無い。やるしかないのだ。
「義姉上様……」
呼ばれて見ると、ミラニス様が胸に手を合わせ不安げな表情でこちらを見ていた。
僕は、努めて笑顔を作りミラニス様の頭を優しく撫でる。
「ミラニス様、大丈夫ですよ」
「はい……あの……一つお願いが」
そう言って俯くミラニス様の、次の言葉を待つ。
意を決して顔を上げたミラニス様は、その眼に力強い光をたたえていた。
「兄を……アベルト兄様を、救って下さいませ」
「……ええ、必ず」
僕はそれに応え、改めて黒い巨人へと向かう。
「妹ちゃん。私には祈る事しか出来ません。必ず無事に戻って来て下さい」
ユーニスが僕の手を握る。僕も強く握り返し、そして手を放す。
大丈夫、今の僕は強い。
「アルナータ、死なないで。お願い、死なないで」
お母様が僕の腕に抱きついて涙目で語る。僕は空いている手でお母様の肩を優しく叩き、腕を解かせる。
大丈夫、今の僕は凄い。
「妹くん、あたしは歯痒い。何の役にも立たない自分が」
ルヴィアが悔しさをにじませた顔で僕を見つめる。僕はその顔にそっと手を添え、優しく撫でる。
大丈夫、今の僕は想いに応えられる。
「アルナータ様、ご武運を。必ず勝つと信じております」
アニエスタが澄みきった表情で僕を迎えた。僕はそれに力強く頷く。
大丈夫、今の僕は負けない。
「主よ、我が御旗よ。己が正義を示せ」
ジャスティナが真面目に射貫くような眼差しで僕を見る。僕はニッと少年のように笑い、頷く。
大丈夫、今の僕はちゃんと思い出している。
そして僕は一人立つ。
深呼吸をし、遠く黒い巨人を見据える。
精神集中をして周囲に漂う『魔力』をありったけ体内に吸い込む。風がそよいだ。
僕は強い。恐怖を打ち消せ。僕は凄い。弱気を叩き潰せ。僕は想いに応えられる。力をみなぎらせろ。僕は負けない。決して諦めない。僕はちゃんと思い出している。かつて見た夢を。
『魔力』の密度が高まり、光の粒子となって人の目で捉えられるようになる。後方から人のざわめきが聞こえた。
常識をかなぐり捨てろ。想像する最強を描け。王国最強、歴代最強、地上最強、史上最強、世界最強、宇宙最強、最強、サイキョウ、さいきょう、最強、サイキョウ、さいきょう、最強、サイキョウ、さいきょう、最強、サイキョウ、さいきょう、最強、サイキョウ、さいきょう、最強、サイキョウ、さいきょう……
放電現象を伴って体に集まった光が一瞬真昼のように輝き、世界を覆った。
それが収まると、僕は自分の頭にわずかな重みを感じた。見ると、今まで短くそろえていた髪の毛が、かつての……僕が目覚める前のアルナータの長さにまで伸びている。風になびく度にその髪からは光の粒子が舞った。
「妹ちゃん、その姿は……」
聞こえたユーニスの呟きに肩越しの笑みを返すと、僕は今一度、前を向いた。
さようなら、世間体
また会ってしまったね、中二心
羞恥心を捨てろ。僕は思い描くスーパーヒーローを己の中に具現化する。
「スカァァァレットォ!!! バトルウィィィィングッ!!!!!」
炎のように赤く輝く緋色の翼を拡げ、僕は一筋の稲妻となって黒い巨人へと翔んだ。
お読み下さりありがとうございました。




