66.絶望と希望
投稿が大幅に遅れて申し訳ございません。
次回は次の日曜日(2019/05/19)を投稿予定日に致します。
お待ち頂いている皆様には申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
『起きろ! いつまで寝ているつもりだ?!』
「んが?」
少し強めの透き通った綺麗な声が聞こえて、僕は目を覚ます。
声のした方をみると、そこには少し大人びた感じの女の子が立っていた。
ストレートな金髪を腰の辺りまで伸ばし、端正な顔立ちに切れ長の目、琥珀色の瞳、
きれいな白い肌だけど、しっかりとした筋肉がついてると判るような腕。全体的な印象は陸上選手といった感じ。
体を覆っているのは緋色のワンピースのような服、そして特筆すべき平たい胸。
「やぁ、アニ」
幽騎士チェスタロッドことアニ、が僕の前で仁王立ちをしていた。
◆◆◆◆◆
● 王城中庭 ●
凄まじい轟音と地響きと共に天へと光の柱が現れ、青空を白く染める。
蜃気楼のように、目に映る風景が歪んだと誰もが感じた瞬間、糸が切れた操り人形の様にバタバタと人が倒れだした。
いま王都にいる人々、王城を取り囲んでいる反体制側の貴族達、そして中庭に集まっている貴族と警護の騎士、『黄剣親衛騎士団』の者達。そのほとんどが一瞬にして意識を失った。
この異常な光景の中意識を失わずに立っているのは、『直系』の当主達とミラニス王女、アベルト王子。
その後ろに控えるカールエスト・チェスタロッドとアクガン・ディヴァイルだけであった。
ミラニスは突然襲ってきた頭痛に顔をしかめながら、驚きを露わにする。
「な、何が起こったのですか?!」
「『封印』が……解かれたのだ」
それに答えたのは、倒れないようミラニスを支えていたウィゾルデ・エンパス公爵だった。
ミラニスは信じられないといった風にウィゾルデを見る。そして自然と、こちら側に相対しているアベルトへと視線が動いた。
アベルトは口角を吊り上げ、笑う。
「あははは! 陛下、頼みの綱だった女騎士共は何の役にも立たなかったようですね!」
「…………」
声を上げて笑うアベルトとは対照的に、冷めた目で見据えるエルガーナ国王。
「さて、もう一仕事してもらうとしようか……バベル」
直後、アベルトの真後ろに赤黒い塊が爆裂音を響かせながら落ちた。
爆風が直近にいたカールエストとアクガンを難なく吹き飛ばし、砂塵が凶器となって『直系』の当主達に襲い掛かる。
砂煙が晴れこの場に乱入してきた何かを認めた時、誰もが驚愕に目を見開いた。
アベルトの倍近い身の丈の赤黒い筋肉の人影、その頭部には牡山羊のような角が一対生えている。背には巨大な蝙蝠の羽と、人の肉体を塗りこめた様な禍々しい大剣があった。
「バベル……だと?」
「久方ぶリデすね、我ガ師よ」
青い鎧を身にまとった大柄な騎士風の当主から発せられた呟きに、バベルは微妙に音に震えがある声で応える。
青い鎧の当主はトウェル侯爵。かつては『青巨人』と呼ばれ、若い騎士達の間では恐れられた人物だ。
昔、まだ少年の時分のバベルは、ひたすらに力を渇望するその男に感銘を受け弟子入りをした。
だが『青巨人』は四年前の前々回の武闘大会にて成人したての女騎士に敗北し、その居丈高な勢いに翳りを生じさせた。
そして数年前に、若輩ながら『直系』トウェル侯爵家の当主に成ってからは、王国側の意に従順なただの騎士となってしまったのだ。
より若い華奢な女に敗れ国に阿るようになった師を、かつてのバベルは「堕落した」と言い切った。
「お前、人間を辞めたのか」
「ハはハ、こレハ異な事ヲ。私は人間デすヨ。力を渇望シ人のアるベキ姿ヲ取り戻シタいと願ウ、たダノ人間でスよ」
バベルは口の端を上げ、見下す様にトウェル侯爵を嘲笑った
今のバベルならばこの場にいる全員、物の数ではない。それがはっきりと判るくらいの力の差を、バベルは実感していた。
本当に愚かな連中だ。これ程までに素晴らしい『力』を『封印』していたなど、正気を疑う。
己の感情の爆発によって天井知らずな程に力が増すのだ。たった一人で一国を相手にするのも容易かろうとバベルは考える。
「おい、バベル。貴様か『封印』を解放したのは」
「えエ、そウデすヨ? そレガ何か」
別方向から聞こえた問いにバベルは悠然と答える。
問いを発したのはチェスタロッド侯爵であるギルエストだった。心なしか表情が強張っている。
「あの場所を守っていた女騎士たちはどうした」
バベルは一瞬苦い顔をすると、ふ、っと息を吐き嘲笑の眼差しをギルエストへと向けた。
「話シニならナいノデそのマま放置シてあリマすヨ。たダ……」
これでもかと言わんばかりの侮蔑を込めて、バベルは嫌らしい笑みを見せる。
「アるなータとカイう卑劣ナ雌はきッチり殺シてあゲマしたケど、ネ」
「き……」
「……さまぁぁぁぁぁぁ!!!」
カールエストが側面から己の大剣を叩きつけた。
爆発したような音を立てて、しかし、バベルはそれを片手で難なく受け止める。
「私ガ失望しタノは、ソれでスヨ。カーる様」
「ぐ……」
「女に取り入ロウと、ソれまデノ求道者だッタ己をいトモ簡単に捨テル……」
バベルが剣を受け止めている手に力を込めると、大剣は飴細工のように割れ刀身を地面へと落とす。
その出来事に一瞬放心したカールエストを、バベルは一殴りで吹き飛ばした。
「堕落しタアなたニ用はナイ。すグニでモ後を追ワセて差シ上げまスヨ、クはハはハ」
「バベル……」
カールエストが吹き飛んだ方向を眺めていると、不意に真下から自分を呼ぶ声がして振り向く。
「どウナさイマしたカ。あブェ!?」
人の頭ほどの固い何かが、バベルの腹にめり込む。
一瞬にして襲ってきた痛みに驚愕しその根源に目を向けると、アベルトの肥大した腕が己の腹に刺さっているのが見えた。
「俺の許可なくその女を殺すんじゃねェェェェ!!!!!」
「オゴッ?!」
さらなる拳が真横からバベルの横面を襲い、円を描き地面へと叩きつける。
首を支点にバベルの巨体が宙を舞い、その巨体からくる重さのほぼ全てが首の一点に集中した。結果、頭が地面に達した瞬間、聞いた事も無いような音を立てて、首の骨が粉砕される。
たったその一撃でバベルの意識は刈り取られた。
アベルトは地に横たわったバベルに馬乗りになり、その丸太の様に肥大化した腕をただひたすら顔面へと振り下ろす。撃ち込まれるたびにバベルの巨体がビクンと跳ねた。
「死んで俺に詫びろ! 生き返らせて私の前に連れて来い!! アルナータさんの仇は僕が打つ!!! 死んで俺に詫びろ! 生き返らせて私の前に連れて来い!! アルナータさんの仇は僕が打つ!!!」
もうすでに、ただの肉の塊となったソレに、アベルトは叫び続けながら拳を振るう。
「もうやめて! アベルト兄様!!」
ミラニスは凄惨な状況にも気を失わず、声を限りに叫んだ。
「当にその方は事切れています! これ以上は止めて下さい!」
「……ミ、ラニ……ス……?」
アベルトは手を止め呆然とした表情で周りを見渡し、そして己の手へと視線を落とす。
自分のものとは思えない程に肥大化した腕。血で真っ赤に染まった自分。下には原形をとどめぬ程に潰れたなにか。
「あ……あ……ああああぁあああぁぁあぁァアあアあああアァぁぁァ!!!!!」
アベルトは天を仰ぎ、叫んだ。
「俺ノ手で殺セナかっタ! 私の手デ蘇生出来なカッた!! 僕ノ手で仇ヲ打てナかっタァぁァ!!! ゴビョォ!!」
水中で音を発したような声で叫び続けるアベルトの体の肩が、腹が、脚が膨れ上がり、まるで巨大な風船のようにアベルトを飲み込む。
やがて黒い塊となったソレは、周囲の空気を吸い込む様に風の流れを作り、さらにその大きさを増していく。
「あ、アベルト兄様……?」
「動ける者は近くの者を担いで退避せよ! 急げ!!」
ミラニスの呟きはエルガーナ国王の叫びにかき消された。
ウィゾルデに抱えられたミラニスは、黒い塊となって膨らんでいくモノを、ただ呆然と眺める。
やがてソレは、王城の一階層ほどの大きさまで膨れると、いまだ噴き上がり続ける光の柱に沿うように上空へと飛び立った。
去った跡には、バベルとアベルトを示すような物は一つとして見つけられなかった。
◆◆◆◆◆
「ねぇ、アニ? 本当にコレ倒すの?」
『うむ。まぁ、想定以上の事態になってはいるが……頑張れ』
僕とアニは今僕の心の中の世界で、外の様子をSFみたいな空中に映し出される画面を通して見ていたのだ。
あの後黒い塊は王都の中心部辺りに落ち、上半身だけの巨人のような真っ黒い人型に変わった。
移動中にさらに『魔力』取り込んだのだろう、その大きさは王城を超えた巨大なものになっていた。
これ、東京タワーを引き合いに出せる大きさじゃないか?
「出来るわけないでしょオオォォォォ?! こんなにでっかいのどうやって倒せっていうのさ!!」
『そこは、ほら。お前の前世の記憶を駆使して何とか』
「いやいや平凡だったオッサンの記憶に、こんな巨大生物と戦うような現実は無いのデスが」
青ざめる僕とは対照的に、アニは『お前は何を言っているんだ』という風な顔を向ける。
『お前は何を言っているんだ』
「いや、だって……」
「お前の前世の記憶には漫画やアニメ、映画といった空想の知識もあるだろう?」
「へ?」
『それらを『魔法』を使って再現すれば良いではないか。何の問題がある?』
「ええっ?!」
アニはとんでもない事をさらっと言ってのける。
『お前は常識に囚われすぎる』
僕は、周囲の何もない空間を見て、近くに浮かび上がっている映像画面を見て、金髪貧乳美少女のアニを見た。
「うん、ごめん。僕が間違ってた。ここまでアニメとか漫画みたいな状態になっているのに今更だったね」
僕はすっくと立ちあがり、一つの映像画面を見つめる。
そこには『封印の間』の上、円卓のある部屋で僕を囲んで泣き続ける、愛しい人達の姿があった。
泣いている彼女達には実に申し訳ない事だが……僕は死んではいない。
バベルの斬撃を受けた時、一瞬で昏倒した僕の精神を幽騎士達が心の中の世界に持って来て保護した。
その間に現実の身体の方は、生命活動を最小限にして『魔力』を使っての修復を急ピッチで進めている状態だったのだ。
それももう終わり、後は「目覚め」るだけ。
「一つ試させて? それで覚悟を決めるから」
『うむ』
僕は画面の中の自分に焦点を合わせ、一つのイメージを『力』……滔々と真下から湧き出している『魔力』を使って『魔法』として再現を試みる。
描くはゲームのエフェクト。ゲームのキャラクターが戦闘不能になった時に、生き返らせるアイテムを使った時の、エフェクト。
光と共に羽根が舞い降り、復活するアレ。
「ありがとう、アニ。もう、何も怖くはない」
『そうか、それでは……』
不意にアニの顔が近づき、僕の唇に柔らかな感触が生まれる。
「ん……」
…………
……
僕の肩に両手を置いたまま、アニの顔が離れる。
何だか、ものすごく真っ赤な顔をしていた。ほとんど見た事が無い、アニの照れ顔。
『しょ、勝利のおまじないだ』
そう言って目を逸らすアニがとても愛おしく、僕は無意識の内に抱きしめていた。
「ありがとう、アニ」
ぼくがんばるよ。
『う、うむ』
しばらくの抱擁ののち互いに離れると、アニはコホンと咳払いを一つして、僕を見た。
『我々幽騎士は、これから溢れた『魔力』が王国外に漏れ出さないよう各貴族領にある『封印塔』に飛び、それを起動させる。
これは王城を中心とした何重もの魔法陣を造り上げ『魔力』を含む全てを閉じ込める。これ以降、我々はお前を直接助ける事が出来なくなるが……いまのお前なら大丈夫だろう。王国と全ての人々を、頼む』
僕は無言で首を縦に振る。
『それでは暫しの別れだ』
そう言ってアニは僕の前から消えた。
「さて」
僕は「目覚め」を意識して目を閉じる。
◆◆◆◆◆
僕はふっ、と息を吐いたと思ったら水の底から浮かび上がるような感覚を覚えた。
呼吸音が聞こえる。体を覆っている僅かな重みを感じる。暖かい。
目を閉じたまま、指を試しに動かしてみる。後遺症のようなものは感じられず、問題なく動く。
…………
目を開けると、そこには顔を真っ赤にして涙でぐちゃぐちゃになった愛しい人達の顔。
ユーニス、ただいま。
お母様、ごめんね。
ルヴィア、心配かけたね。
アニエスタ、大丈夫だよ。
ジャスティナ、ステイ。
「あるじの……我が主の匂いだーーー!!!」
「アルナータ様ぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ」
「よ、良かった……アルナータ様、本当に良かった……」
「うわああぁぁぁんアルちゃん生きてたよぅアルちゃんアルちゃぁぁぁん!」
「アルナータ様、わたし……わたし……」
僕に抱きついている愛しい人達の頭を、順番に優しくしっかりと撫でていく。
「怖い思いをさせてごめんなさい。アルナータ、ただいま戻りました」
お読み下さりありがとうございます。
文中中程、誤字修正をしました。一転に集中>一点に集中(2019/05/13追記)
文中後半、不要な助詞を削除しました(2019/05/13追記)




