65.襲撃者
投稿が大変遅れて申し訳ありませんでした。
ゴールデンウィークを満喫し過ぎました。
今回のお話は、都合上いつもよりも長めとなっております。ご了承下さいませ。
● 王城地下・重い鉄扉で閉ざされた岩室内(アルナータ視点) ●
積み木細工を崩す様にいとも容易く鉄扉が弾け飛ばされ、青い鎧を着た青年が姿を現す。
右手には抜身の剣が握られている。
可不可の是非は置き、状況から見て扉を破壊したのはおそらくは彼だろう。
どっかで見た事があるんだけど……どこだっけ?
「おい、バベル。ナニ止まってんだよ? 早く行こうぜぇ」
青年の脇から、幅広の大剣を担いだ男が身を乗り出す。
男と言うよりも少年と言った方がいいかもしれない。体格はそこそこあるが、騎士装束を着崩しヤンチャな小僧と言った風体だ。
バベル……思い出した、あのバベルか!
バベル・コトー。王城での仕事中に、弟カールエストを見かけると大抵隣にいるあの青年だ。
剣の腕も相当なもので、先の武闘大会では敗れはしたがカールエストと同等かそれ以上、と聞いている。
たしかアベルト殿下の作った騎士団の副団長の一人で、信任の厚い人物だったように思う。
だから、まさかこの青年が『封印』を破壊しにやってくるとは思いもしなかった。
ついでに言うと、剣を担いだヤンチャな小僧の方もだが。
小僧の方の名は、ルベスタ・ストラグス。
『直系』であるストラグス侯爵家の嫡男で、確か弟カールエストと同じ歳だったはずだ。
先の武闘大会で、変装した僕と初戦で当たり一撃でのされた少年。幽騎士ストラグスから「クソガキ」と謂われるような少年。
カールエストからは悪い話を聞いた事は無いんだけど、僕個人としてはあまり良い印象が無い。
仮にも『直系』の一族であるこの少年が何故、ここにいるのか。
「どうやら、素直には行かせてもらえないようですよ、ルベスタ様」
「あ?」
バベルの言葉にルベスタは前を向くと、これ見よがしに顔をしかめた。
「ちっ、邪魔臭せぇ」
まぁ、考えても仕方の無い事だ。
僕達がここにいるのは、襲撃者を『封印の間』へ行かせない為なのだから。
「私の名はアルナータ・チェスタロッド・ケンプフ。ルベスタ・ストラグス様、バベル・コトー殿とお見受け致します。
此処より先は何人たりとも通してはならぬ、と王命を受けておりますので、是非ともお引き取り頂きますようお願い致します」
僕は剣を鞘に納めたまま、外向きの口調で口上を述べる。
立場的には侯爵家嫡男ルベスタ、伯爵家夫人の僕、子爵家のバベルの順になるので、
どんなにいけ好かない人間であっても公の場では「様」付けをしなければならない。
相手は二人、対してこちらは六人。数の上では有利だが、今いるこの場所の狭さもあって少数を囲むのは難しい。
自由に動こうとするなら、せいぜい二人が限度だ。
それに体格の差もある。僕達に比べて向こうの二人は頭一つ分くらい背が高い上に、剣を振るうのに十分すぎる肉体の持ち主だ。
真正面からまともにぶつかったら簡単に打ち負ける。
「あんたらに用はねぇ。大人しくそこを退きな」
「我々はご婦人方に怪我をさせるつもりはございません。素直に道を譲って頂ければ危害は加えないと約束しましょう」
まぁ、当然の返答だ。
だが、ルベスタにしろバベルにしろ、僕、ルヴィア、ジャスティナ、アニエスタと四人の武闘大会出場経験者(うち二人は優勝経験、準優勝経験あり)を目の前にして、一切の動揺もせず「どけ」と言ったのには驚いた。
実は僕達、そんなに世間的には強いと思われていないのだろうか? むむぅ。
「私共としましても退く事は出来ません。お引き取りを」
「アルノ・ケンプフ伯は今どちらに? 奥様方だけをこのような場に立たせるとは、随分と見下げ果てたものですね」
「だよなぁ。大方後ろの扉の向こうにでも隠れてんじゃね? ハハハ」
本人たちにとっては挑発のつもりなんだろう。だがそれは、こちらには全く意味を成さなかった。アルノ・ケンプフは現実には存在しない人物で、その元になっている人間は、今ここにいる。
間接的に「女を矢面に立たせるような情けない男」と批判されているのだが、今の僕達にその批判は見当外れなのだ。
僕は愛する人達だけを矢面には立たせないし、皆も僕だけ立つ事を許してはくれない。
ルベスタもバベルも、僕達の表情が変わらない事に疑問を抱いたようだ。怪訝な表情に変わる。
「お引き取り頂けないようでしたらこちらにも迎撃する用意がございます」
一つ呼吸をし、覚悟を決める。
僕は二人を見据え、鞘に納めたままの剣を構えた。
「そ、その構え、まさか?!」
「な、な……」
示現流「トンボ」の構えに。
「てめぇかぁ!!!よくもぶぎぇぇ?!?!?」
「ギャグマンガみたいに雷に打たれて気絶ー」
「ほぎゃぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!!?」
ほい、一名様戦闘離脱、と。
僕の構えに激高したルベスタは、駆け出したところを不意に突き出た地面の隆起に足を引っかけ盛大にスッ転んだ。
ミルフィエラお母様が『魔法』で地面を盛り上げたのだ。ナイスタイミングである。
そこに間髪入れずに僕がルベスタに向けて雷を落としたのだ。一応人死は出したくないので、ド派手な演出だが結果は気絶するだけになるやつを。
参考出典は漫画とかアニメでよく見るような同様の表現である。うむ、ここまでうまい事再現できるとは思わなかったけれどね。
満足した結果に頷いていると、周りが静かなのに気が付いた。
ぐるっと見回すと、ユーニスはじめこちら側の女性陣ばかりか、襲撃者であるバベルまで唖然として固まっていた。
「な、何をしたのですか、アルナータ嬢!」
「モ○ラ~や、モ○ラ~っと。見ての通りですよ、こんな感じに」
「え? あ?!」
バベルが気付いた時にはもう遅かった。彼は絹糸のようなキラキラとした細い何かで腕ごと上半身をグルグル巻きにされていたからだ。
うーむ、ここまで思う通りにいってしまうとは、この世界の『魔法』は随分とファジーなんだなぁ。
さすが「頭の中に思い描いたものを具現化する」としか書かれていないだけはある。
「ぐっ、いつの間に!」
「ついさっき、バベル殿が驚いている間に、です」
バベルはもがいて抜け出そうとするも全く動けないでいる。
まあ、そうだろう。ただグルグル巻きにしただけではなく、8本程伸ばした先端を周囲に貼り付けてあるのだ。さながら蜘蛛の巣にかかった虫である。
「皆、今の内にルベスタ様を拘束して」
「え? あ、はい!」
僕の言葉で呆然としていたユーニスが再起動し、未だ気絶したままのルベスタへと向かう。
そのあとをブツブツと何かを呟くルヴィア、アニエスタ、ジャスティナが続いていく。
「もう、驚き過ぎて何を言えばいいのか分からないわ」
「お母様」
お母様が、心底呆れた風に頬杖を突きながら僕の隣に並ぶ。
「お嬢様、ルベスタ様の拘束が完了しました」
「ユーニスありがとう。これであとはバベル殿を拘束すれば、今日のお仕事は終わりだね」
僕はバベルを見た。彼はその端正な顔には似つかわしくない程に怒りを露わにしている。
ふふん、だがその程度で怯む僕ではないのだ。「示現流」の鍛錬と、武闘大会での経験、それにルヴィア達との日々の稽古で随分と精神が鍛えられているからね。
「卑怯だぞ! 貴様それでも騎士か!!」
「卑怯だなんてとんでもない。僕達は王命でここの防衛を務めてます。バベル殿の方が賊軍、排除するのは当然です。こちらの退去要請にもお応え頂けませんでしたしね」
顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけるバベル。その間も自身の拘束を解こうともがくが『魔法』で作られた糸はビクともしない。
「それにあなた方程の騎士様に真正面から挑んでも、こちらに勝てる道理はありません。木っ端の如く蹴散らされるでしょう。
しかし、どんな相手であっても僕達はここを通すわけにはいかないのです。搦め手で対処するしかないのですよ」
ブチッ
「貴様のような輩がいるから……」
「え?」
ブチチッ
「師もカール様も道を違え……」
「ま、まさか?!」
力づくで糸を引き千切るつもりなのか?!
「堕落するのだァァァァァ!!!」
『魔法』の糸が霧散した。
拘束から解かれ自由となったバベルの顔は赤黒く、なんだか一回り体が大きくなったように見えた。
額には鬼の角のような突起がいつの間にか生えている。え? ツノ?
「アルナァタァァァァァァァ!!!!!」
咆哮にも似た叫び声で僕の名を吠えながらバベルは信じられないスピードで突進してきた。
咄嗟に出来たのは、傍にいたお母様を巻き込まないよう突き飛ばす事だけだった。
「アルッッ……」
お母様の声が聞こえた時には、僕はもうバベルによって扉ごと次の、円卓がある空間まで吹き飛ばされた後だった。
意識が覚醒した時には、もう目の前までバベルが近づいていた。
複数の白色光が空間内を昼間の様に明るくしている。ここは『封印の間』の上にある円卓の部屋だ。
まだ『封印』は破られてはいない。ここで止めれば良いだけの話だ。まだ終わってはいない。
体中が痛い。口の中で鉄錆の味がする。
武闘大会でカールエストと対峙した時よりはきついけど、まだ耐えられる痛みだ。『魔法』で身体強化をしておいたおかげだろう。
「こコガ……イやまだ先カ」
バベルの微妙にブレた様な声が聞こえる。何とか呼吸を整えて見上げた先の光景に、僕は思わず目を見開いて息を呑んだ。
赤黒い肌の上半身は何倍もの大きさに膨れ上がり、額にあった角は牡山羊の角の様に長大化。その姿は正に、
「悪魔……」
「ア? ……フン『人形』め、まダ抵抗すルカ」
「と、当然。あなたがそうなったのなら尚更止めないと」
僕は鞘が砕け、抜き身となった剣を構える。
悪魔のような姿になったバベルは、鼻で笑うと禍々しく形を変えた巨大な剣を片手で振り上げた。
「『封印』を早ク解カネばなラン。ガ、キサマだけハ今こコデ殺シて置カネば気ガ済まン」
「ぐっ」
バベルの殺気が視界を歪ませる程に濃くなる。
怖い! 逃げたい!! 死にたくない!!!
視界の端で、ユーニスの、お母様の、ルヴィアの、アニエスタの、ジャスティナの姿が見えた。
そうだ、僕は死ねない!!! 皆を残して死ぬわけにはいかないんだ!!!
思い付く限りの「身体強化」を、
「死ネ」
僕の視界はホワイトアウトした。
◆◆◆◆◆
あらん限りの殺意を込めて振り下ろされた剣は、凄まじい爆音と共に円卓のある空間の地面に巨大な穴を穿ち、かつてバベルという名であった悪魔に『封印』への近道を示した。
悪魔は見下ろす。
そこには切断された剣の柄を握り、肩から腹にかけて血に染めた動かぬ『人形』が横たわっていた。
悪魔は後ろを一瞥すると、空いた穴へと身を投じる。
『封印』を解くのが先だからだ。
悪魔は己の内にみなぎる熱く焼けつくような『力』の奔流を感じていた。
この『力』があれば、人間などいつでも、いくらでも蹂躙することが出来る。それに『封印』を解けば『力』は取り込み放題となるのだ。
片手で数える程度の人間など、放っておいても何の問題も無い。
悪魔は降り立った。
天井を支えるように柱が並ぶ中、目の前には円形の構造物が静かに佇んでいる。これが聞いていた『封印』なのだろう。
悪魔は手に持った剣を振り上げると、力の限り『封印』へと叩きつけた。
『封印』は真っ二つに割れ、目が眩むばかりの光が溢れる。
そしてそれは間欠泉の様に地響きを立てながら真っ直ぐ上空へと噴き上がった。
「オオ……」
悪魔はさらなる『力』を己の体内に感じ、上を見上げた。
瞬間、悪魔の背より蝙蝠に似た巨大な羽が生え、一煽ぎした時には既に悪魔はその場から消え去っていた。
◆◆◆◆◆
「アルナータあぁぁぁぁぁ!!!!!」
女は悲壮な叫びと共に、穿たれた穴の端で倒れているそれに走り寄った。
「ミルフェ様揺すっては駄目です!! 動かさないで!!」
ユーニスはそれとミルフィエラの間に自分の身体を差し込み、目の前の惨状を見て絶句した。
つい先程までアルナータとして動いていたそれの肩から腹にかけて赤黒く大きな帯が出来ている。顔はすでに土気色となり、呼吸の有無が分かる胸部の上下も無い。
「死」の文字が頭をよぎる。
「おい、ユーニス! アルナータ様の状態はどうなんだ!」
追い付いてきたルヴィアが、見上げたユーニスの顔を見て言葉を失う。
ルヴィアは、その表情から読み取ったものをすぐさま否定し、かがんでそれの腕を取り脈を測った。
返ってこない指先の感触に、絶望する。
「や、やだよ……アルちゃ……アルちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ミルフィエラは声の限りに叫び、それの上へと伸し掛かった。
鉄錆の臭いと、すっかり温かみを失ったそれに絶叫が加速する。
「あ。アルナータ様ぁ……ウソです、ウソですよね……?」
アニエスタはそれの近くで座り込むと額にかかっている髪を手で掻き上げた。土気色をしているが眠ったような表情にわずかな期待が籠る。だが、手からは人の熱を感じなかった。
涙が自然と流れ始めた。
「主殿、まさか、そんな……冗談であろう?」
わずかな呟きに、ルヴィアが振り返る。
ジャスティナはルヴィアの顔、悲嘆を必死に押し隠すその顔を見て、膝から崩れ落ちその場にへたり込む。
「あるじが、しんだ……あるじが……」
眼からは光が失われ、ただ虚空を彷徨うのみだった。
この国にある一つの共通認識として「死んだ人間は蘇らない」というものがある。
建国から三百年余……『魔法』は表舞台に上がらず、世間一般にはその存在は消し去られた。
国教である『奉天教』においても死者の蘇生は否定され「死」は受け入れるべき人の最期とされていた。
故に、女達に「愛しい人を蘇らせる」という意識は最初から存在していなかった。
もっとも、あったとしても今の彼女達の力量では望みは叶えられないであろう。その事を想像し具現化するだけの知識が足りないのだ。
女達の慟哭が辺りに響き渡る。
一人は声を殺し涙をボロボロ零しながら泣き続け、
一人は有らん限りの声を上げひたすら叫び続け、
一人は感情を押し止め肩を震わせ睨み続け、
一人は涙を流しながら目覚めを促す様に囁き続け、
一人はこれ以上心が壊れぬよう目の前の現実から逃げ続けた。
だから世界が揺れ、自分達の背後に光の柱が立ち昇った事に反応したのはその内の一人だけだった。
ルヴィアは初めそれが何を意味するのかを認識出来なかった。
しばらくして、自分達がいる場所、斃れている最愛の人、消えた男が意味するところを理解し、そして「諦め」という感情を持つに至る。
自分達は王命を全うすることが出来ず『封印』の解放を許してしまったのだ。
ルヴィアは立ち上がり、光の柱を見上げた。
先程見た、変わり果てた男の姿が頭をよぎる。
人が敵う相手ではない事は容易に想像出来た。あんなモノに蹂躙されるくらいなら、今ここで死を選んだ方が遥かに安らかであろう。
ルヴィアは己の心が冷えていくのを敏感に感じていた。
自分も愛する人の死に際して、同じように我を忘れる事が出来たらどんなにか楽だったか。
愛する人に拾われる前の苦々しい自分の生を思い出し、わずかに自嘲する。その経験がルヴィアを一人の女に、心を楽に、させてはくれなかった。
ルヴィアは静かに剣を抜き、その身に己の顔を映す。
愛する人に教えてもらった『魔法』で刃の切れ味を増せば、今ここにいる女達の命を刈るのは容易くなるだろう。
彼女達も、この後に待つ無為な生よりも愛する人の元へ逝く事を望むはずだ。
目を閉じ『力』を剣に注ぐ。
ルヴィアの中にこれまでの事が思い出された。そこには朗らかに笑う愛しい人の顔。
一筋の涙が頬を伝う。
意を決して剣を振り上げた時、暖かな光が辺りを照らした。
全ての女達の動きが止まり、誰もが先を見上げた。
それはまるで冷えた体を温めるような、柔らかく優しい光。
光はそれまでアルナータであったモノの上に降り注ぎ、その体を照らす。
「あ……」
ルヴィアは思わず声を上げた。
その光に導かれるように、炎の如く明るく輝く緋色の羽根が一片、舞い降りて来たのだ。
◆◆◆◆◆
オキロ イツマデ ネテイル ツモリダ
お読み下さりありがとうございました。
作者が目指すのはハッピーエンドの予定です。あとジャンルがコメディなので、色々とマイルドにしてあるつもりです。




