61.気づいているモノ
投稿が遅くなり、申し訳ありません。
僕とユーニスは、馬車に揺られて王都にあるチェスタロッド邸へと向かっていた。
ミラニス王女の護衛の仕事が終わって王城を出たところ、チェスタロッド家所有の馬車と共にユーニスが待っていたのだ。
何でも、チェスタロッド侯爵であるギルエスト・チェスタロッド、僕の父上からの呼び出しだという。
「どういう要件なのかな。お姉ちゃんは聞いてる?」
「いえ。わたしはアルナータ様をお連れしろ、としか伺っておりません」
二人横に並んで馬車に揺られながら今回の呼び出しの事を訊くが、ユーニスも内容までは知らされていないようだ。
今の王都は一時期騒がれていた犬猫の変死体事件も鳴りを潜め、至って平穏だ。
あぁ、そういえば変死体事件の辺りで、北東の侯爵領にある森の木が切り倒される事件もあったようだ。
当時は色々と騒がれたが、結局犯人は見つからず最終的に捜査は打ち切りになったと聞いた。
言っては何だが、この国の情報伝達はハッキリ言って遅い。
これはおそらく『終年の儀』の時に聞いた、この国の特殊な成り立ちによるところが大きいのではないかと考えている。
幽騎士や国を陰から支えるフォーオール家によって、常に箝口令が敷かれているような状態なのだろう。
だから表沙汰にならないよう配慮すれば、いくらでも隠蔽が可能なのだ。それが良いか悪いかは別として。
まあ、今はそんな事どうでも良いか。あれこれ考えたところで何が変わる訳でもないのだから。
それよりも今は、だ。
ユーニスが僕の手を、指を絡めながら握ってきている事の方が大事件なんですケドォ!!!
これが俗に言う「恋人繋ぎ」ってやつですか!! ドキがムネムネですよ!!!
「お、お姉ちゃん? 随分と積極的だね」
「……ん。妹ちゃんと二人きりなんて、久しぶりだから」
握られている指の一本一本からユーニスの熱と拍動が伝わってきて、僕の心臓の鼓動が早鐘を打つ。
甘く耳元で響く言葉とユーニス自身の「女」の匂いが、僕の脳髄を激しく揺さぶる。おへその下あたりがじんわりと熱くなりだした。
理性が働くうちに、僕は空いている手で馬車の窓のカーテンを閉める。ユーニスももう片方の窓を同じ様に閉めた。
前の窓と後ろの窓のカーテンも急いで閉めると、
僕はそのままユーニスの肩を抱き寄せ、その熱い吐息が漏れるふっくらとした唇に、自分の唇を近づけていく……。
ばしゃのなかでは おたのしみでしたね
いえ、キスしかしておりませんよ? ええ、ほんとうに。ほんとうですってば。
何とか残った理性で急ブレーキをかけて体裁を整えた僕とユーニスは、馬車を下りてチェスタロッド邸へと向かう。
応接室に通され、そこで待っていた父上達に会釈をすると、父上がおもむろに近づいてきた。
「会いたかったぞ、アルナーごあッ?!」
両肩をサラディエ様とカールエストにガッチリ掴まれ仰け反ったところを、顔を抑えようと突き出した僕の手がズレて鳩尾にクリーンヒットする。
「ギル様? アルナータさんが怯えておりますよ」
「父上。お気持ちは分かりますが、お戯れは程々に」
うーむ。いつからこんな面白家族になってしまったのだろうか。
努めて冷静に、僕は声の割にはほとんどダメージを負っていない父上を見据える。
「父上、ご用件を」
「う、うむ。アルナータとカールは私の書斎に来てくれ。サラとユーニスはここで我々が戻るまで待っていなさい」
サラディエ様とユーニスが礼をするのを見届けると、父上は僕とカールエストに促し歩き出した。
予め照明が付けられている書斎に入ると、父上は扉に鍵をかけ来客用のソファに腰を下ろす。僕とカールエストは父上に促され対面のソファに座った。
「まずは、この中での事は一切他言無用だ。身近な者であっても洩らすな」
それまでとは変わって、厳しい表情になった父上は僕達にそう切り出した。
僕とカールエストはこれから聞かされるであろう内容の重大さを認識し、互いに相手を確認すると今一度気を引き締め、父上の言葉に頷いた。
「……現在、一部の貴族の間で現体制を打倒しようという動きがある。今はまだ表立っての行動はないが、水面下において計画が進んでいるようだ」
思わず目を見開いて父上を見てしまった。少なくとも、僕の周りでは平穏に時が過ぎていたからだ。
もしかしたら平和ボケしていた前世の記憶に引きずられて、無意識の内にそういう不穏に感じる部分を避けていたのかもしれないけれど。
「今はまだ泳がせて情報を集めているところだ。もしかしたら協力を要請する事があるやもしれん。その場合は必ず、私を含めた『直系』の当主から話があると思う。その時はなるべく協力して欲しい」
僕達は無言で首肯する。
「また『直系』の当主以外の知己では無い者から接触があった場合は、なるべく早く私か、近しい『直系』の当主に知らせてくれ。その後の行動はお前達に一任するが、くれぐれも危険な真似はするな」
膝の上で握っている手の内に汗が滲んできていた。自分がこんな陰謀めいた事に巻き込まれるとは思っていなかったので、ただひたすら父上の言葉に緊張していた。
カールエストの方を見ると、普段と変わらない顔つきながら僅かに目許の皺が深くなっていた。その心の中を知ることは出来ないが、弟なりに緊張しているのかもしれない。
ていうか、そんな顔つきしていると、カールエストの方が兄で僕の方が妹だと錯覚してしまうんだが。歳の割に老け過ぎでしょウチの弟。
「アルナータ、カールエスト。お前達は我々の側の人間である事を忘れてくれるな。私はお前達の父親である前に『直系』の当主だ。我々の側でいる限り、私はお前達を護る事が出来る」
父上は厳しい表情を僅かに崩し、そう、言った。
それは逆を言えば、造反した時は一切の容赦なく叩きつぶす、という事なのだろう。
カールエストはアベルト・エルガーナ王子と懇意で、今年新設されたばかりだが『黄剣親衛騎士団』の騎士団長だ。
そして僕はフォーオール家預かり、エンパス公爵後見の元、ミラニス・エルガーナ王女の護衛をしている。
二人とも『直系』の生まれで、この国の王家と密接に関係している。造反なんて、万に一つの可能性すらないように思う。
それに僕は『終年の儀』の時に聞いた、この世界の過去と幽騎士の成り立ちにひどく感情移入してしまった。
微力ながらも力になりたいと思ったし、僕の頭の中で無邪気に笑う幽騎士達との関係は大切にしていきたいと思った。
更に付け加えるならば、あの可愛いミラニス様を裏切りたくはない。
将来どういう運命になるかは分からないけれど、自分が側にいられる間はずっと、護り続けていきたい。
「今年に入ってから不可解な事件が立て続けに起きている。二人とも十分気を付けてくれ」
「はい、父上」
「わかりました」
僕は決意を新たにし、父上の言葉に力強く頷いた。
◆◆◆◆◆
● 王城内地下・封印の間 ●
暗がりの中浮かぶ柱群。
『封印』の周りを均等に規則正しく取り囲むそれらは、各々独自の色を湛えほのかに光っている。
『予定の進捗状況は?』
黄金の柱・インペリオが問うた。
『現在七割ほどが進んでいます。子爵家、男爵家の約二割が造反側に与しておりますが、この分だとまだまだ増える見込みです』
雨雲のような暗い灰色の柱・テンペレンが答える。
『『綻び』が今年に入って予想以上に拡大している関係で、明確に『力』を示せる為でしょう。造反側の人心掌握の勢いが強まっています』
青紫色の柱・マギシアが続けて答える。
『そうか』
インペリオが頷く。
『今回は中々苦戦しそうだねぇ』
透き通った柱・フォーオールが茶化す様に言う。
『そうだな。異物が王都に居を構えているゆえ『封印』への影響が凄まじいしな』
ほのかに紫帯びた黒色の柱・ジューダが嘆息した。
『このままでは月に一度『終年の儀』をせねばならない事になりそうですね』
鮮やかな青色の柱・ペリエテスが冗談めかして言う。
『異物の血は『封印』に一役買ったが、『力』にその存在を認識されようとはな』
鮮やかな緑色の柱・エルロファスが呟く。
『異物はこの世界にとって劇薬であるからのう。あやつ程のすけべぇ心は『力』にとっても初めての体験じゃろうて』
鮮やかな紅色の柱・エンパスがカラカラと笑いながら言った。
『本当にな。さすがは異世界より飛来した異物と認めざるを得ん』
インペリオがエンパスの物言いに同意する。
『今回もしかしたら最終防衛線までいくかもしれないね。色々と念入りに準備をした方が良さそうだ』
フォーオールが言う。
『『封印』が破られる恐れがある、と?』
乳白色の柱・ヘルムートがフォーオールの言に問う。
『今回に限ってはあり得る話だな』
夜空のような濃い紺色の柱・ディヴァイルが口を挟む。
『巨木を一閃で斬り落としたあの剣撃。やりかねん』
遠くに望む山嶺のような青い柱・トウェルがディヴァイルに続く。
『『封印塔』の動作確認もした方が良いだろうな。建造以来一度も使った事が無いから余計にな』
光に照らされたように白く輝く柱・オードが提案する。
『わかった。折を見て試験を行なう手筈を整えておこう』
夜空に輝く月のような淡い黄色の柱・モウンがオードに応える。
『それでは各々変化があれば逐次報告を。密に連絡を取り合い、必要であれば互いに相談をする事。では、解散』
インペリオがこの場を閉めると、全ての柱が同意を示すかのように明滅し、そして光が消えた。
『今回は特に楽しみで仕方がないよ。ああ、早くその時が来ないかな』
人好きのする親しげな青年の声が、光の消えた封印の間に僅かの間漂った。
お読み下さりありがとうございました。
後半部分、誤字修正をしました。組みする>与する(2019/04/16追記)




