60.気づかぬもの、気づかせぬもの
「アーニャ、ありがとう。あれだけの品揃えは中々無いよね」
アニエスタと二人並んで通りを歩く。
今日は、前々からアニエスタが紹介したいと言っていた生地問屋へ案内されて行ってきたのだ。
一応念の為、僕達は変装をして外に出た。
僕は、王都に初めて来た時のような中流家庭の女子といった風で今回は茶色髪のかつらを使用している。胸が無いとバレるかもしれないので、今回もBカップくらいに盛った。
アニエスタは髪形を普段のものから変えて、変装した僕に合わせた服装をとっている。
呼び方にも注意してもらって、今日の僕は「アル姉様」だ。脳内設定的には仲の良い姉妹という感じで。
「お気に召して頂けたようで、私も嬉しいです」
何でも、ディース侯爵家に使用人として仕えている時に同僚から教えてもらったお店とかで、他のお店では扱っていないような、売れ筋から外れたちょっと変わった生地を扱っていたりして、その道では有名なお店なんだそうだ。
雰囲気的には、チェスタロッド領にある生地問屋に通じるものがある。
生活の拠点が王都に変わった関係で、今では週1回馬車を使って定期的に在庫を覗きに行く程度だが、今でもお世話になっている。
「ですが、アル姉様。ちょっと買い過ぎでは」
「うん、僕もそう思う。作れる衣装の事考えてたらいつの間にかこうなってた」
両手に下げたバッグの中身をチラ見してその重さに若干の後悔をしつつ、僕は数刻前の自分に舌打ちをした。
「大きな通りに出て、乗合馬車を探そうか」
「はい」
王都には国営の乗合馬車が規定の路線を定期的に運行している。庶民の大切な移動手段の一つだ。
どこからでも乗れて、どこまでも行けて、さらに運賃は無料だが、降りる時に御者にチップを払うのがこの国では慣例になっている。
僕達は、乗合馬車の路線となっている通りに向けて方向を変えた。
ふと、目の前に猫が現れる。
僕が顔を緩めて近づこうとしたら「にゃあ」と一声鳴き、細路地へ小走りで去っていってしまった。
『主殿は、最近王都の内外で、野良犬や野良猫の変死体が見つかっているという噂をご存じか?』
走り去る猫の姿に、ジャスティナの言葉が思い出された。
犬や猫は王都ではそれほど多くは見かけないが、珍しい生き物ではない。
増えすぎて社会問題になっている、という話も聞いた事が無いので、先般ルヴィアとジャスティナから聞いた「犬猫の変死体事件」にも妙な引っ掛かりを覚えるのだ。
「何者かによって殺された」「殺され方が一つじゃない」「人の手では不可能な殺し方」……あと忘れがちだがもう一つ「犬猫のみが対象になっている」
僕は犯人、もしかしたら複数犯かもしれない「犯人」の人物像を想像してみる。
…………
が、そもそも推理小説とかドラマとかほとんど関心が無く、そういう頭を鍛えてなかった僕には、犯人像を推理するなんて土台無理な話である訳で。
「アル姉様、どうされましたか?」
「あ、いや。何でもないよ」
アニエスタの呼び掛けに僕は現実に戻り、笑みで返した。
乗合馬車の路線になっている通りに出てはみたものの、自分達の帰る方向へ向かう馬車はまだ来ていないようだった。
このまま歩いて帰るには女の足ではちょっと遠い。何より荷物を抱えているので出来れば歩きたくない。
だからと言って、この場でただ突っ立って馬車が来るのを待つというのも苦痛だ。
仕方なしに馬車が来るのを横目で見ながら、僕とアニエスタは通りを帰る邸宅がある方へを歩き始めた。
しばらくすると通りを眺めながら休憩できそうな喫茶店が見つかったので、二人でその店に入る事にした。
「へーえ、自作のケーキに紅茶かぁ」
「アル姉様、どれも美味しそうですね」
人の良さそうなご夫婦が経営しているようで、若干こじんまりとしているが、綺麗の行き届いた良さげな雰囲気のお店だった。
喫茶店としてはテーブル席が三つほどとかなり少ないが、これは元々持ち帰り専門だったのを後から客の要望に応える形で試食スペースみたいな感じで入れた為だという。
店の人に乗合馬車が来るまで休ませて欲しい旨を伝え、ウィンドウに並ぶケーキから僕はチョコレートケーキを、アニエスタはクリームケーキを選んだ。
大きい窓から通りが眺めるテーブルに座って、僕はチョコレートケーキに挑んだ。
「おぉ」
見た目の重さに反して、くど過ぎない甘さとカカオのほろ苦さが絶妙にマッチしていて、且つさらりと溶けるように飲み込め、紅茶で喉を潤せば後味も残らない。これは文句無しに美味しい。
アニエスタの方を見ると、同じように目を真ん丸にして驚いていた。
「甘さ控えめなのにこの美味しさは驚きですね」
アニエスタのその喜び顔に、自然とそのケーキへフォークが伸びる。
「アル姉様、お行儀が悪いですよ」
ぴしゃりと言い放つアニエスタだが、自分のケーキを一口サイズに切り分けるとフォークで刺して僕の方へと差し出した。
ケーキが零れ落ちてもいいように手を添えて、アニエスタが僕に促す。
「はい、アル姉様。あーん?」
ケーキの甘い匂いとアニエスタの少し頬を染めた可愛い表情に、思わず心臓が高鳴る。
これはアレですか! 女の子同士の食べさせ合いっこ、ってやつデスカッ!!
心臓をバクバクさせながら、僕は恐る恐るフォークの先のケーキを口に入れた。
スッとフォークが抜かれアニエスタが満面の笑みを浮かべる。クリームを纏ったスポンジが口を動かすたびに溶けていき、程よい甘さを残しながら消えていく。
「あ、お口にクリームが」
そう言ってアニエスタは人差し指で僕の唇を拭うと、指に付いたクリームを自分の口に入れた。
「えへへ」とお茶目に笑う彼女に、僕の顔が熱くなる。
そういや、こうやって女の子と二人きりで外で食べるって前世も含めて今までした事なかったんだよね。
前世は童貞だったから割愛するとして、こっちで目覚めて以降も屋敷の奥に引き籠りっぱなしだったし、用があって出る時でも一人で出てたし食事の前には必ず帰る様にしてたし。
王都に出てくるようになった時には、たいていユーニスとルヴィアの三人で行動してたしね。
他の皆には悪いけど、なんかデートっぽくて妙にドキドキしてしまうのだ。
「あの、アル姉様のケーキを味見しても良いですか?」
アニエスタの言葉に我に返った僕は、あわてて皿ごと渡そうとしてハタと手を止める。
皿をテーブルに置きなおした僕は、アニエスタがしたように一口サイズに切り分けてフォークで刺す。
「はい、アーニャも。あ~~ん」
「え? ひぇ?」
ちょっと意地悪な笑みを浮かべて、押し付けるようにケーキを近づける。
真っ赤になって観念したアニエスタは、口を開けて僕のケーキを迎え入れた。口が閉じられるとフォークを優しく引き抜く。ちゅぽんと可愛い音が鳴った。
「どう? このケーキも美味しいでしょ」
僕は自分のフォークを口に含めながらニコニコと訊いた。
アニエスタはことさら顔を赤らめて肩を縮こませながら「はい」と蚊が泣くような声で答えるのだった。
このお店は気に入った。
店の雰囲気が良いし、何よりケーキが美味しい。今度は皆を連れてこようか……でも、六人も来ちゃうと店を占領してしまうか。
買ったケーキの持ち帰りも出来るから、皆で買って家で食べるのもいいかもね。
そんな事を考えながら窓の外を見ると、遠くこちらに向かってくる馬車の影が確認できた。
そろそろ出ようかとアニエスタを促して立つと、
何故か人だかりが出来ていた。
理由を聞くと、どうもさっきまでの僕達の食べさせ合いっこを温かい目で見ていたらしいのだ。
めっちゃ恥ずかしい!
お店のご夫婦は良いものを見せてもらったとお代は要らないと言ってくれたが、
恥ずかしさもあり半ば押し付けるようにしてお金を置いてバタバタとその店を逃げ出し、やって来た乗合馬車へと一目散に乗り込んだのだった。
「あのお店、しばらくは近づけませんね」
「うん。でもあそこのケーキはまた食べてみたいから、ほとぼりが冷めたくらいを見計らってまた顔を出したいね」
僕は火照りの冷めない顔を馬車を流れる風で冷ましながら、遠ざかる喫茶店を眺める。
アニエスタも同じく顔が赤いまま「ええ、是非に」と頷いた。
◆◆◆◆◆
● 王都内のとある屋敷の中 ●
執務室のような部屋の中央、机の上には整理された紙の束が置かれ、それの一枚を手に取りながら男は大仰に溜息をついた。
応接用のソファに座る何人かの青年たちが、その仕草に体を硬直させる。
「試すのはいいが、証拠はなるべく残すな。と言ったはずだが?」
男の言葉に青年たちは無言で俯く
「申し訳ありません、アクガン様。皆初めての経験に興奮していたのです。お許し下さい」
一人、座らずに立っていた青い騎士装束を着た青年が慇懃に頭を下げる。
アクガンと呼ばれた男は、その青年を一瞥すると再び溜息をつく。
「お前もだ。ディヴァイル領の森で随分と派手にやったそうではないか」
「申し訳ありません。何せ今までの常識が覆る程のものでしたから、つい」
青年は言葉では謝罪するものの、悪びれた様子もなく答える。
「人死は出していないだろうな?」
「当然です」
アクガンは椅子に腰かけると、両手を組んで肘を机の上に乗せた。
「今はまだその『力』は有限だ。調子に乗って使い過ぎるなよ? 『力』を貯めてあるその道具も大切に扱え」
アクガンの言葉に青年たちは手元の宝石がはめ込まれた金属質の道具を見つめ、静かに頷く。
「その『力』なんですが、もう少し何とかなりませんか?」
アクガンはわずかに首を横に振り、青年を見据える。
「『直系』の当主が『終年の儀』を行なう場所にまで行けば解決するらしいが、今の状態でその行動を起こすわけにはいかない。こちら側の手が足りな過ぎる」
青年はつまらなそうに自分の手にある道具を眺める。
「いいか、くれぐれも慎重に行動しろ。『黄剣親衛騎士団』に繋がるような証拠は残すな。必ず消し去っておけ、いいな!」
ソファに座る青年たちは緊張した面持ちで一様に頷いた。
「解っているな、バベル」
「勿論です」
青い騎士装束の青年はほのかに笑みを浮かべながらアクガンの念押しに応えた。
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