59.無音なる凶兆の吠え声
投稿が大変遅くなり申し訳ありません。
その日、ケンプフ邸への帰宅一番乗りは僕だった。
いつもだったら誰かしらいるはずの自宅の玄関に、鍵が掛かっていたのだ。
この世界の貴族は普通、家族の他に何人かの使用人を同居もしくは通いで雇っている。
もし仮に家族全員が出払ったとしても、使用人全てが一緒にお供をする訳では無いので、常に誰かは邸内にいる。
よって全く人がいなくなって、玄関に鍵が掛かるような事はまず、無い。
だが、このケンプフ伯爵家に限って言えば、使用人を含めても居住者の総数は6人だ。
同じ爵位である他の伯爵家と比べても小振りな邸宅ではあるが、それでも家の規模に比べてかなり人は少ない。
対外的には、伯爵夫人の僕アルナータ、ミルフィエラお母様、ジャスティナ、と使用人の、ユーニス、ルヴィア、アニエスタ、という区別がある。
アルノ・ケンプフ伯爵という人物もいるが、実態を持たない架空の人物なのでここでは割愛する。
昨年までは、僕だけがミラニス王女の護衛として外に出ていて、他の五人はほぼ出る事は無かったのだが、
今年に入ってからは、その五人もたまに『直系』の侯爵家に呼ばれて外出する事が多くなった。
それぞれを呼ぶ侯爵家が、『終年の儀』の時に宿した幽騎士と合致している。
あんまり雑用を押し付けないで欲しいな、と思ってはいるのだが五人とも不平を言わないので、取り敢えずはそのままにしている。
だから一度、新たに使用人でも雇おうか、と提案した事があった。
お金ならイリーザ様とウィゾルデ様の後援もあって、十分払えるだけのものは有るし。
しかしそれは、僕以外の五人全員が即座に「絶対にノゥ!!!」と反対した為、それ以上言えず流れた経緯がある。
理由は言ってはくれなかったが、鬼気迫るものがあったのだけは覚えている。
仕方が無いので、万が一全員が出払っても良い様に合鍵を人数分作って、それぞれが持つようにしたのだ。
ちなみに、鍵の頭部に僕達六人の絆の証のような装飾を施してある。「これは正に愛の鍵、だな」とはそれを初めて手にした時のジャスティナの名言(?)だ。
その愛鍵……ちがう、合鍵を使って玄関を開け中に入る。
昼間の日差しの熱がだいぶ冷めてしまった少し寒い玄関ホールを横切り、まずは厨房へと向かう。
厨房でマッチを手に入れ、近くの手提げランタンに火を灯す。
手提げランタンを片手に、マッチを一箱、燃え殻入れと一緒に持ち出して、玄関ホールにある壁に備え付けのランプに火を灯していく。
本来だったらここの天井にぶら下がっているシャンデリアにも火を灯すのだが、時間が時間なので来客は無いと踏んでそのままにする。
本当、こういう時って文明の力を思い知るよね。電気の力は偉大だ。
だが、今の生活も存外気に入っている。時間の流れがゆったりで何かに急かされる事が無い。何より愛しい人達がいる。前世では味わえなかった素晴らしい日々を送らせてもらっているな、とつくづく感じるのだ。
玄関ホールのランプに火を着け終わると、そのまま階段のランプに火を入れながら二階にある自室へ向かう。
自室の照明に火を入れたら、きっちりカーテンが閉まっているのを確認して、仕事着の騎士装束から部屋着へと着替えを済ませる。
最近のお気に入りは下半身のラインが出るスキニーパンツだ。
これはアニエスタにちょっと無理を言って作ってもらったもので、一般には流通していない。上半身は肌着を重ねてさらに厚手のセーターで寒さ対策をし、ブーツは脱いでスリッパに履き替える。
自分の姿を鏡に映してみれば、何となく現代日本にいそうな外国人って感じがして、ちょっと嬉しくもあるのだ。アニエスタ様様だね。
着替え終わったら手提げランタンを手に一階の厨房までまた戻る。
ランタンを置くためではない。食事を作る為だ。
服が汚れないようエプロンを付け、二つあるかまどの焚口の扉を開き、両方にワラを敷き薪を乗せてマッチの火を入れる。片方は湯沸かし用で、もう片方は調理用だ。
ガスコンロとかIH調理器があればもっと楽できるんだけどなぁ、と前世の記憶を思い出しながら、かまどの火を注意深く見守る。
ある程度火が安定したところでかまどの片方に水を入れたポットを、もう片方に水を張った鍋を置く。
まだまだ寒いので温かい汁ものが欲しい。シチューならガチガチに硬くなったパンも浸して食べやすくなるし、寒い時期はありがたいメニューだ。
厨房にあるレシピ本を片手にドボドボと材料を入れ、コトコト煮込む。
「ただいまー、ってあれ、妹くん??」
「おぉ主殿。只今戻ったぞ」
「ルヴィア、ジョウ、おかえりー」
厨房に顔を出したのは、騎士装束を着たルヴィアとジャスティナだ。この二人は特に頻繁に呼び出しがかかる。剣の腕を買われての事だろう。
そういえばアニエスタも剣の才はあるのだが、二人の様に剣術関連で呼ばれる事はほとんど無いと本人は言っていた。見た目か?
ここで僕が言った「ジョウ」というのは、ジャスティナの愛称である。
愛称候補はいくつかあったが、男みたいだとか呼びづらいとか色々あって、最終的に落ち着いたのが「ジョウ」だ。
僕的には「あしたの」とか「クラッシャー」とか頭に付けそうになるんだけど、どこぞの四姉妹の次女の愛称としても存在するし、結局は呼びやすい「ジョウ」になった。
「うむ、相変わらずの良き尻だ。主殿は余程我の上に乗りたいと見える」
「ジョウ、ステイ」
鼻息荒く踏ん反り返るジャスティナ。
そのままブリッジ状態になって僕の下へ滑り込みそうな雰囲気を感じたので、機先を制して止める。
どこをどうしたらそう言う台詞が出てくるのか訊いてみたい気もするが、心の深淵を覗いてしまいそうで怖い。
「妹くん、ごちそうさま。これで明日もまた頑張れるよ」
「姉さんも何言ってるの?」
手で鼻と口を覆い、若干前屈みになって満足げに言うルヴィア。
最近ジャスティナと行動する事が多いせいか、何となく思考がジャスティナに引っ張られているような気がするのだ。出来れば戻って来てほしい。
しばらく厨房の入り口から動かなかった二人だが、スタスタと僕の横まで来てかまどの上にあるものを覗き込む。
「あれ、今日は妹くんが作る日だっけ?」
「違うよ? 帰ってきたら誰もいなかったから作ってるだけ。寒いし小腹がすいてたから、何か欲しかったんだ」
鍋の具合に目線を落としながらルヴィアの問いに答える。
「ああ、そういえば今日は珍しく皆呼び出されていたな」
「うん」
ポットのお湯が沸いたようで、カタカタと蓋が鳴り出した。
「……ねぇ、二人とも?」
「何だい? 妹くん」
「どうした、主殿」
僕は先程から感じているそれを二人に問うた。
「何で僕のお尻を撫でまわしているのかな??」
「いやぁ、こんなえっちなお尻見せられたら我慢できないよ」
「今この尻を愛でずして、いつ愛でるというのか」
そう言う二人だが、一向に撫で繰り回す手を止めようとはしない。僕は溜息をつくと火からポットと鍋を下ろし、上半身だけを屈めてかまどの扉を閉める。
再び上体を起こすと同時にスルっと腕を這わせ、ルヴィアとジャスティナの尻を掴んだ。
「二人の手で服が汚れちゃったからさ、着替えるの手伝ってよ」
二人の手がビクンッと跳ね、僕から離れた。
「ふぅ」
僕は自室のベッドの上で息をつく。心地よい気だるさがまだ体に残っている。
「ルヴィア、ジョウ……何かあったの?」
上半身を起こし、左右に寄り添うように横たわる二人に訊く。
「何の事であろ?」
まだ顔が火照っていて赤いものの、満足げな表情のジャスティナが僕の方を見ずに呟いた。
「二人の顔見たら分かるよ。大変な事に巻き込まれてたりしてない?」
二人の目が見開かれ、一瞬動きが止まる。
ルヴィアはガリガリと頭を掻き大きく息を吐く。ジャスティナは額に手を当て自嘲気味に口元を歪めると、僕の方を向いた。
「……主殿は、最近王都の内外で、野良犬や野良猫の変死体が見つかっているという噂をご存じか?」
「ん~、街中で買い物中に聞いた事がある様な、ないような?」
ちょっと寒いので、ベッドから抜け出しいつものゆったりした部屋着に着替える。
「あたしとジョウは、いま侯爵家から頼まれてその件を調べているんだけどさ、その……」
ルヴィアはそこで言い淀む。
犬猫と言えど死体を見るのは決して気分の良いものでは無い。結構な数を見てきているのだろうか、顔に影が差していた。
その様子を見て取ったジャスティナが口を開く。
「はっきり言おうか。それらは明らかに、何者かによって殺されたと思われるものばかりなのだ」
「殺された?」
最初「変死体」と聞いて、頭の中に思い浮かんだのは「未知の疫病による大量死」だった。
中世ヨーロッパの「ペスト」みたいな事が起きたらどうしよう! と内心ガクブルしていたのだ。
「何者かによって殺された」らしいと聞いて、その線が無くなり安堵したのは内緒だ。
ルヴィアはジャスティナを一瞥すると再び話し始める。
「問題はさ、数が多い事もあるのだけど……その他に不可解な点があってね」
近くにあった椅子に座り、ルヴィアの次の言葉を待つ。
「殺され方がね、一つじゃないんだよ」
ルヴィアの言葉に僕は怪訝な顔をしてみせた。
「主殿がそう感じるのも無理からぬことではあるがな。だが、実際に現場を見てみれば「確かに不可解だ」と思うであろうよ」
ジャスティナがルヴィアをフォローする様に僕に言う。
「焼殺、斬殺、溶解、圧潰、穿孔、圧搾……あぁ、珍しいところでは近くに水場が無いのに溺死、というのもあったな」
「え、何それ」
「それから、例えば焼き殺されたものにしてみても、肉が残る程度、黒焦げ、骨しか残ってないもの、と複数の状態があるんだ」
二人の話す内容を聞いていくうちに、幾つもの疑問点が浮かび上がってくる。
だが、それはひとまず置いておこう。僕は一番知りたい事をルヴィアに訊いた。
「それ、犯人の目星は付いているの?」
「いや、全く見当がついてないんだ」
それだけの死因を列挙できるくらい動物の死体が発見されているなら、何かしらの手掛かりは掴んでいそうなのだけれど。
それとも何か、人間じゃないから本腰入れていないとか、だったりするのだろうか。
「特定出来ない理由があるのだ、主よ」
「?」
「人の手では不可能な殺し方なのだ。どう考えても、な」
ジャスティナにしては珍しく、苦虫を噛み潰したような……そんな険しい顔をしていた。
お読み下さりありがとうございます。
投稿間隔がかなり空いてしまい申し訳ありませんが、特に投稿曜日などを定める事はせず、現状のまま3日間隔を目指して投稿を続けたいと思っています。ご了承下さいませ。




