5.面接の前とかそんな感じ
「まるで、裁判の開始を待つ被告人みたいだなぁ」
椅子に座り、緊張しながら僕はぽつりと呟いた。もちろんそんな経験はないけどね?
ここは応接間の隣にある控室。
着替えが終わりユーニスさんと共に応接間に向かったところ、まだ準備が整っていないとかでこの部屋へ通され待つように言われたのだ。
座っている僕の傍にはユーニスさんが立ったまま控えている。
椅子も余っていることだし座っては? と促してみたが、それは許されません、とか言われてしまった。
貴族のメイドさんも大変だ。
僕は手持無沙汰を感じ、自分の左腰に下げられている剣の柄を触ってみた。
片手での取り回しがしやすいショートソードになるだろうか。
腰のベルトから鞘ごと外して、抜け落ち防止の留め金がしっかり止まっていることを確認すると、右手で柄を握り目の前に剣先を上にして持ってくる。
意外と重くない。
鞘をつけたまま右腕をいろいろ動かしてみる。つけたままなのは剣の刃でケガするのが怖いからだ。
何かの拍子に落としでもしたら大変な事になるだろうし。
ダンベルを持つように剣を上下させた後、僕はまたベルトの左側へ剣を戻す。
ふぅ、と一呼吸して右手を眺めながら握ったり開いたりしているとユーニスさんから声がかけられた。
「お嬢様が右手で剣を扱っているのを見ると、本当に別人になってしまったんだ、と実感してしまいますね」
そうなのだ。幽騎士のアニさんがこの身体を動かしていた時は左手で剣を扱っていた。
幼い頃から長年一緒にいたユーニスさんから見れば、違和感ありまくりだろう。
「すみません」
寂しげな笑顔を見せたユーニスさんに対して、そう返してしまった。
「あ、こちらこそ申し訳ありません。失言でした」
「気にしないで下さい。そう思われるのも当然ですし」
待つ間の緊張感のせいか、お互いに何となく恐縮してしまう。
「そうだユーニスさん。先程のお願いの件、考えてくれました?」
「え?」
先程のお願い……『僕のお姉ちゃんになって下さい』なんだけど、着替えの時には曖昧な返事をされて確約を取れず仕舞いだったのだ。
実はこれには僕の前世での家族構成による願望が多分に含まれていたりする。
前世での僕の家族は父母自分弟の構成で、父親は仕事人間で金は入れるが家族サービスはせず、母親は何かに追われるように子供には見向きもせず、
子育てに関しては残念な両親だった。
子供心に何とか親の関心を引こうとするもさっぱりで、僕は次第に親を信用できなくなっていった。
弟が生まれてからは何かが好転したのか両親の雰囲気が多少柔らかくなったものの、それが弟を可愛がる事へ向けられてしまい、
いわゆる定番の『お前はお兄ちゃんなんだから我慢しなさい』によって僕に対してはより無関心になっていった。
弟が出来る人間に成長していったのも、自分の惨めさ、無能さをより強く感じ、
内側内側へ籠る要因になったと思う。
兄より優れた弟はいない、なんて台詞があるが、まぁ負け惜しみだよね。
あまり深く意味を考えていなかった頃は心の中でそれを繰り返して、自分自身を生きてていい人間だと誤魔化してた。
僕の方は万年アルバイト。弟は一流企業の会社員。
差が大きく開いてからは僕は家族との関わり合いを避けるように一人暮らしを始めた。
僕は、僕を可愛がってくれなかった両親も、両親の愛情と支援を受けて僕より優れた弟も大嫌いだった。
そして、姉や妹といった自分の家族にはなかった存在に憧れを抱くようになった。
兄? 男の兄弟は気持ち悪いからいらない。
うわ、嫌な事を芋づる式に思い出してしまった。涙が出てきた。
だから僕がおっきなおっぱいが大好きなおっぱい星人で、僕を構ってくれる姉が欲しいと思うのも当然の事なのだ。
アニさんのせいで控えめなおっぱいの女の子もいける口になったけどね!
「あの、お嬢様?」
不意にユーニスさんの声が聞こえた。
「あ、はい!」
思考の奥に沈んでいた意識が今ある現実へ引き戻される。
慌てて顔を上げてユーニスさんを見ると、不安な表情が見て取れた。
「ユーニスさん、どうしました?」
ユーニスさんは口をつぐんで少し俯いた後、意を決したように顔を上げて僕の目を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「お嬢様、今のお嬢様を見て決心しました。お嬢様のご希望に添えるよう頑張りたいと思います」
「え」
僕は言葉の意味を上手く理解することが出来なかった。思考が飛んでいたせいで、
次の言葉を聞くまで、それに対する言葉だったとは僕の頭の中で繋がらなかったのだ。
「で、ですからその……アルナータ様のお姉ちゃんになって欲しい、というご希望、の……」
イ…
イイイィッッヤッフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~~~~っ!!!!!
僕は右拳を固く握り力の限り頭上へ突き上げ歓喜を全身で表現した!
もちろん心の中で。
「ホント?!ホントに?!お姉ちゃんになってくれるんですかっ?!」
「あ、あの、い、いきなりはまだ、難しいですが。その、が、頑張りたいと思い、ます」
僕はユーニスさんの両手を取り、戸惑う彼女の前で歓喜の声を上げた。
体温が数度上がったように熱い。全身の皮膚の感度が上がったようにピリピリしていた。
「そ、そそれじゃ、試しに一度『アルナータ』って呼んでもらえませんか?」
顔をグッと近づけ僕がさらに踏み込もうとしたその時、
ガチャ、っとドアノブが回された。反射的に手を離し距離を取る。
控室のドアが開き、この家の執事さん(アニさん叩き込み情報)が現れた。
「アルナータお嬢様、準備が整いましたので応接間にお越し頂きますよう」
「あ」
そうだった。この部屋にいる理由をすっっっかり忘れてた。
僕は一回深呼吸をして、気持ちを落ち着けようと努める。
「分かりました」
執事さんに返答をし、扉へ向かう前にユーニスさんの方へ振り返る。
応接間へは僕だけで行くことになっていた。事前の通達により残念ながらユーニスさんは同行できない。
「ユーニスさん、行ってきます。続きはまた後で」
「お嬢様いってらっしゃいませ。ここでお待ちしております」
ユーニスさんはちょっと困ったような感じだったが、僕を笑顔で見送ってくれた。
胸のつかえが取れたような、頭の重さを感じなくなったような、
背中から羽が生えたように感じるほど体が軽く感じられた。
ユーニスさんにOKをもらった僕は、晴れやかな気持ちで応接間へと向かったのだった。
もうなにもこわくない
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