58.近づく異変の足音
その日はこの時期にしては少し寒さを感じる日だった。
南側の陽が当たる部屋で、日向ぼっこをしながら本でも読もうかと来てみたら先客がいた。
ミルフィエラお母様、ユーニス、アニエスタが向かい合って談笑しながら針糸を動かしている。
「やあ、お母様、ユーニス、アーニャ。今日は寒いね」
僕の呼び掛けに三人はそろって笑顔で応える。
ちなみに「アーニャ」というのは、アニエスタの愛称だ。
昨年末の『終年の儀』以降、より精神的な結び付きが強くなった僕達は、それぞれを愛称で呼び合うようになったのだ。
但し、お母様に対しては立場的にというか、今までの慣習的にというか、流石に「愛称+様」になっているけれど。
「みんな楽しそうに手を動かしてたけど、なに縫ってるの?」
「夏本番に向けて、水着の試作品を作っています」
アニエスタが得意げな表情で答えた。
視線をアニエスタの手元に移す。まだまだ作り始めなのだろう、その手には紐が握られている。
ちなみにエルガーナ王国は内陸国である。王国領内に川や湖はあれど、海は無い。
よって「海水浴」がないので「水着」を着る習慣が無い。というか「水着」という言葉も無かった。
また、水浴びという行為はあるんだけど、水浴び「専用」の服装が無い。服を着たまま素足で水の冷たさを味わう、といったものなのだ。
と言う訳で、僕は己の野望の為に「水着」というものをみんなに教えた。
多少の誇張表現や、実用に適さない物も含まれたが、それは些細な問題だろう。
「水着? それが?」
「ちょっとびっくりしちゃったけど、これでほぼ完成みたいよ」
そう言ってお母様は手元の水着(?)らしきものを拡げて見せる。
それは 水着というには余りにも小さ過ぎた
小さく 薄べったく 軽く そして繊細過ぎた
それは 正に紐だった
「何じゃこりゃあああぁああぁ?!?!」
「アルナータの水着よ」
「い、妹ちゃんの水着、のようです」
「アルナータ様ご希望の紐水着ですね」
「水着って、コレただの紐じゃないか! 大事なトコ全然隠せてないよ?!」
「実際ただの紐ですしね」
アニエスタの言葉を僕は理解できず、お母様から奪い取った紐を持ったまま固まった。
「え? どういうコト?」
「ユー姉さんが持っている布をこれから縫い付ける予定だったのです」
ユーニスがその言葉を受けて、少し恥ずかし気に、手に持った布を僕に見せる。
白い二等辺三角形だ。
形状からして胸の部分を覆う布のようだが、ユーニスの手と比べても断然小さい。何とか先っちょだけなら隠せる程度の面積しかないように思える。
ああ、「ユー姉さん」というのはアニエスタが言い出したユーニスの呼び名だ。
五人の中で自分は一番の年下なので、僕に倣って親愛の意味を込めてそう呼びたいと言っていた。
お母様に対しては流石に使っていないが、ここには今いないルヴィアやジャスティナに対しても「○○姉さん」と呼んでいる。
「うふふ。ちょっとからかってみたかっただけよ、アルナータ」
そう背後から聞こえたと同時に、後頭部に柔らかな重みがかかる。
するりと脇の下から、両の腕が僕の身体を抱きしめるように這い、熟れた「女」の芳香が僕の全身を覆う。
いつの間にか僕の後ろに回ったお母様が、全身を預けるように僕に抱きついていた。
後方から押し付けられている柔らかな二つのクッションが僕の視界を遮る。
程よい温かさと安らげる匂いがさらに後押しして、僕をだんだんと天国へと導いていく。
「アルナータ様、ほぼ逝きかけてますね」
「ミルフェ様。それ、呼吸大丈夫ですか?」
「えっ? やだ! アルちゃんしんじゃやだぁぁぁぁ!!」
とりあえずは、大丈夫でした。
お母様は、先の武闘大会の決勝で僕が吹き飛ばされて動かなくなった(実際はほぼ無傷だったけど)事が相当堪えたらしく、
ちょっとでも僕に異変があると、謎の三段論法により「死」がどうしても頭をよぎってしまうそうだ。
「はーい、お母様ー。僕は大丈夫ですよー生きてますよー」
座った状態のお母様と向き合う、というか抱っこされている状態で、安心させるよう優しく宥める。
が、泣き止む気配が無い。
仕方が無いので、お母様の肩を抱いて自分の身体をグッと近づける。
大きすぎる二つの柔らかなクッションが、僕の胸に押されて歪む。
俯いたままのお母様の顎を手に取り上に向かせると、その唇に自分の唇を重ねる。
ちゅっ
驚いて目を見開いたお母様を確認すると唇を離し、ちろちろと舌先で相手の唇を湿らす様に這わせる。
もう一回ぶちゅっと豪快にいって、お母様の頭を髪を梳くように優しくゆっくりと撫でた。
ちゅぱっ、と一瞬唇が離れるも、すぐにまた吸い付く。
お母様の両腕が僕の腰に絡められ、強く締め付けた。思わず腰が跳ねる。
真っ昼間から何やってるんだろうなー、という思いが頭をよぎるが、
おっぱいの感触、熟れた匂い、見つめる表情、等々……、お母様の全てが僕の内なる滾りを刺激し、理性を虚空の彼方へと弾き飛ばしてしまう。
久々に腰の魔槍を抜く時が来たようだ。
フハハハハッ!
ここしばらく謎の体力不足で負けが続いていたが、今なら勝てるッッ!!
いざ行かんッッッ!!!
ガッ
戦闘態勢に入った僕の両肩が、ものすごい握力で以って掴まれた。
その痛みに顔を歪め、上半身を振りかぶったまま動きが止まる。
「妹ちゃあ~ん? ちょお~っとあっちでお姉ちゃんとお話しましょうかぁ」
ゴゴゴ……と空間を震わせながら、ユーニスが怒気を隠さない思いっきりの笑顔で僕を見ている。
「……………………」
ドドド……と心臓の鼓動を響かせながら、アニエスタが血走った眼で三日月状に口を歪めながら僕を見ている。
喰われる! と思った時にはもう遅かった。
僕はお母様から引き剥がされ、さながらドナドナされる仔牛の様に二人によって引きずられていくのであった。
腰の魔槍は、もう光らない。
◆◆◆◆◆
● 王国北東部ディヴァイル侯爵領内のとある森の中 ●
斧を手に、何重にも巻いた縄を載せた背負い梯子を担いだ一人の男が森の中を進んでいた。
男は木こりを生業とするものである。
今日もその男は、日々の糧となる木を求めて道なき森を進む。
落葉高木が多いこの森では、この時期はまだ一面枯れ葉色だ。もう少し暖かくならないと葉は芽吹いてこないだろう。
男は同じ木こりだった父親から受け継いだ知識と知恵で、切ってよい木と切ってはいけない木を選り分けながら背負い梯子に材となった木々を積んでいく。
それは、背負い梯子が満載になり進む途中で見つけたいくらかの山菜を手に、今日の夕飯は何にしようか思案しながら帰っている時だった。
ドォーーン、と何かが爆発したような轟音が遠くから聞こえ、地面が揺れる。
男は突然の音に驚き、立ち止まって音の聞こえたらしき方角を見た。
男の記憶の中では、これほどの音を立てるものに心当たりがなかった。巨木を伐採した時の地面に倒れた音でもこれほどではなかったはずだ。
男は唾を飲み込み、音のした方へと足を踏み出した。
周囲に注意を払いながら歩を進めていくと、森の様子がわずかに変わっているのが何となく感じられた。
さらに進むと、まるで突風によって落ち葉が吹き払われた様に、地肌がところどころ見えているのが確認できた。
木々も何となく、細く若いものが傾いている。
確か、この先は開けた場所になっていて、森の守り木ともいえる巨木があったはずだ。
男は森の地形を思い出しながら、慎重に慎重に先へと進んでいった。
そろそろ開けた場所へ出る、といった頃には、もう森の様相は一変していた。
地肌が剥き出しになり、木々は嵐にでもあった様に折れているもの、折れてはいないものの傾いた結果、根が剥き出しになっているものがところどころに散見される。
大きめの石が土から掘り起こされたのかゴロリと転がっていた。何故か、動物の気配が感じられない程に静かだ。
開けた場所に出た時、男は眼を疑う光景を目の当たりにする。
森の守り木ともいえる巨木が、無い。
いや、あるのだが、それは巨大な切り株のみだ。本体ともいうべき幹の部分は、向こう側に無造作に倒れていた。
それは異様な光景だった。
その巨木は大人が五、六人手を繋いでようやく幹を囲える程の太さを持っていたはずだ。
通常の手段ではほぼ切り倒すことは出来ないであろう太さである。
男は恐る恐る巨木だった切り株へと近づく。
間近で見て、ますます信じられない光景に男は混乱した。
その巨木は、何か鋭利な刃物みたいなもので綺麗な断面を残して切られていたのだ。
基本、木を切る際には斧を使う。
木が大きい場合は、専用の楔などを打ち込む場合もある。
斧で木を倒したい方に「受け口」と呼ぶ切込みを入れ、その反対側から木を倒す為の「追い口」と呼ぶ切込みを入れていく。
「追い口」がある程度入ると、木は自身の重さで「受け口」の方へと倒れるのだ。
だから普通切り倒された直後ならば、段違いの切込みと、自重で折れささくれだった部分が切り株には残るはずである。
それが、例えるならば野菜を包丁で輪切りにしたような、断面と断面を合わせれば何事も無かった様にくっつきそうな、それ程までに綺麗すぎる切り口を見せていたのだ。
巨木の太さを考えても、ありえない、男の持つ知識はおろか、この王国の最新鋭と思われるあらゆる分野の技術をもってしても、ありえるはずがない、理解の及ばない現象だった。
だが実際にこの巨木は鋭利な断面を残して切り倒されている。
男は自分の目に映る光景を信じることが出来ず、ただただ立ち尽くすのみであった。
そしてこの時、木々の間で何かが潜んでいるのを男は知る由もなかった。
お読み下さりありがとうございます。
若干遅くなりました。
書きたい女の子のイチャイチャと、進めたいお話の流れを両方盛り込んだ結果、前話からこの様な形式になっております。




