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57.変容の兆し

年が明けてふた月程が経った。


ユーニス達五人に分担してもらった幽騎士マリオだが、何度か負荷テストを行なう内に大体の仕様が見えてきた。


ユーニス達が必要になるのは、ほぼ全ての幽騎士マリオが僕の所に来る時くらいで、

しかもその時には五人全員僕の近くにいないと負担が軽減されない、というふざけたものだ。


幽騎士マリオ達が僕の所に大挙してやってくるのは大抵、寝静まる夜、である。


ご想像いただけるだろうか? 一人用のベッドの上に六人もの人間が折り重なっている様子を。


まだまだ寒い冬場、ベッドから弾き出されて風邪でも引かれたらたまらないので、

僕の所だけベッドをシングルからダブルに替えて、非常時用に冬場は毛布を人数分用意する事にした。


ダブルに他意は無いよ? 他意は無い。女性陣は色めき立ったようだが、無いったら無い。


また、ユーニス達は決まった三柱しか宿すことは出来ないが、僕の方は今まで通り誰でもウェルカム状態である。

来る数が少なければ、補助が無くても僕一人で足りるのも今までと変わらない。


あれだけ散々脅されたり覚悟を決めて薬を使ったのに、結果がこれでは「なんだかなー」という気持ちだが、

他の五人にしてみれば、世界が一変したような衝撃だったようだ。




そんなこんなで僕は今、ミラニス・エルガーナ王女と共に勉強をしている。

護衛の仕事はどうした、と言われるだろうが、そんな事こっちが聞きたい。が、


義姉(あね)(うえ)様とご一緒に勉強できるなんて、私は幸せです」


と無垢な笑顔で言われては、まぁいっか、と思ってしまう。


実はこうなったのは、ミラニス様の勉学や稽古事がはかどるよう助成しろ、と某幽騎士(マリオ)から半ば脅され気味に言われたからなのだ。

おのれ金髪縦ロールめ。『お前の性癖をバラすぞ』なんて、卑怯な脅し文句を……。


義姉(あね)(うえ)様? 難しいお顔をされてますが、どうなさったのですか?」

「え? あ、ああ。な、何でもありませんよミラニス様」


助成しろと言われた僕が、ミラニス様の邪魔をしては本末転倒だ。

笑顔で答え、僕はミラニス様の頭を優しく撫でる。


「えへへ」とほほを染め、可愛らしく笑顔を見せてくれるミラニス様に、自然と胸の中が暖かくなった。


「おっきなおっぱい大好きですっ!」なんてバレた日には、この愛くるしい笑顔が曇るのは想像に難くない。

胸の事を気にしているミラニス様には、僕がおっぱい星人である事は何が何でも隠し通さねばならない。


僕の視界の端では、遠く部屋の隅で、ミラニス様付きの使用人達が揃ってサムズアップをしていた。




ミラニス様の護衛(?)の仕事が終わり、自宅へ帰る前にウィゾルデ・エンパス公爵の執務室へ顔を出す。

これはご本人から要請されての事だ。


「いつも済まないなアルナータ。では、報告を聞こうか」


来客用のソファに差し向かいで座り、ウィゾルデ様は促す。

僕は、今日一日の起こった事や感じた事をウィゾルデ様に口頭で伝える。


今のウィゾルデ様は、出会った頃と比べると随分と艶っぽい印象を受ける。化粧とか、仕草とか色々なところで「女」を感じる。

前はもっと、「女」の部分を抑え込んでいた気がするのだ。


「とりあえずは何事も無し、か」

「はい」


ふぅ、と息を吐き、ウィゾルデ様は背もたれに体を預けた。


ミラニス様関係で注意しなければいけないのは、兄でこの国の第一王子であるアベルト・エルガーナ王子の動向だ。

アベルト殿下は、ミラニス様にかたくなな態度を取り続けている。表立って敵視はしていないが、険悪とまではいかないまでも決して良いとは言えない。


僕に対しては恨み骨髄といった感じで、敵意をむき出しにしているけどね。

理由は分からないでもないけれど、何もそこまで、と思わなくもない。


逆にそんなにも敵視されてる僕がミラニス様の側にいたら不味いのでは? と思うのだが、イリーザ様やウィゾルデ様の方針はいまだ変わらない。


また先月の半ばには、アベルト殿下が宣言して新設された『黄剣親衛騎士団』が正式に発足している。


初代騎士団長には僕の弟である、カールエスト・チェスタロッドが就任した。

まだ13歳と成人前であるが、先の武闘大会での勇姿と名声もあって、反対する者はほとんどいなかったそうだ。


副団長には、『直系』ディヴァイル侯爵家の次男アクガン・ディヴァイルと、『直系』トウェル侯爵家の一族、コトー子爵家のバベル・コトーという人物が就いている。

人物的には問題ない顔ぶれらしいので、『黄剣親衛騎士団』は発足当初から歓迎された。


危惧された周囲への悪影響は今のところ見られない。

ミラニス様に対しても、これといった目立つ行動もない。


「まだしばらくは静観だな。何かあれば私かイリーザ殿に連絡をくれ」

「わかりました」


用が終わったので帰ろうと腰を浮かした僕の腕が、ウィゾルデ様に掴まれる。

驚いてウィゾルデ様を見ると、すごく哀しそうな顔をしていた。まるで「行かないで」と訴えている様に。


「あの、ウィゾルデ様。他に何か?」

「え? あ……!」


本人にしても無意識だったのだろう。自分の手が何を掴んでいるのか思い至ったようで、顔を真っ赤にしながらあわてて手を引っ込めた。


「いや、すまん! 今のは忘れてくれ!」


汗だくになりながら体裁を(つくろ)う、普段の凛とした姿とは全く違う今のウィゾルデ様を見て、「可愛い」と、そう感じた。

ミルフィエラお母様よりもさらに上、下手したら僕と二回りくらい違う歳の女性に対して、それは失礼だろうという思いもあったが、

ともかく今のウィゾルデ様は少女のように可愛いかった。


「大丈夫ですか? お風邪でも召しましたか?」

「~~~~~~?!?!」


ワザと気付かないふりをして、熱を計るようにひたいをくっつける。

ゆでダコの様になって、言葉もなく悶絶するウィゾルデ様。


やべぇ、予想以上に可愛い。


その思いが顔に出ていたのだろう、僕の顔を見たウィゾルデ様は、さっと距離を取ると真っ赤の顔のまま叫んだ。


「あ、アルっ、きみっ! こ、こんなおばさんからかって楽しいのかい?!」

「楽しいです」


我ながらイジワル過ぎると思う。だけどやめられない。


「それは非道ひどくはないか?!」


「だって、可愛いんですもの」


呼吸すら忘れたかのように、呆気にとられた顔のまま固まる。

そのままプルプルと震えだし、涙をこらえるかのようにぎゅっと顔をしかめた。


やり過ぎた、と察知した僕は拒絶の言葉が出る前にウィゾルデ様を抱きしめる。

そのまま耳元で、謝罪の言葉をささやいた。


「ごめんなさい、あまりにも普段と違うウィゾルデ様の様子に、つい意地悪をしてみたくなってしまいました。本当にすみません」


僕が言葉を紡いでいくに従って、ウィゾルデ様の身体から強張(こわば)りが抜けていく。


わずかに鼻をすする音が聞こえた。

ぼくはちょっと抱きしめる力を強くして、後ろ手でそっと肩を抱く。


「……すまない、年甲斐もなく取り乱してしまって」


まだ顔は赤いままだが、ようやく落ち着いたらしいウィゾルデ様がそう呟いた。


「いえいえ、とても可愛いウィゾルデ様を見られて嬉しかったですよ」

「また君は! そうやってからかう……んっ」


抗議の声を上げる唇を、キスで塞いで黙らせる。

五人の誰とも違う「女」の匂いが、僕の鼻腔をくすぐった。


……


「……はぁ。本当に君は非道い奴だ」


ウィゾルデ様は熱のこもった溜息をつき、潤んだ瞳を僕に向ける。


そして目を閉じ深く細く息を吐き出すと、しばらくの沈黙ののち、あの凛とした姿のウィゾルデ様が復活した。


「全く。あと20年若ければ、全てをかなぐり捨ててでも君と添い遂げようとしただろうな」

「ウィゾルデ様……」


「だが、私は『直系』の当主だ。感情だけで動く事は許されない」

「でも『終年(ついねん)の儀』の時のアレは……」

「君は何も見ていなかった。いいね?」

「アッハイ」


権威をフル活用したウィゾルデ様の威圧に思わず即答した。

僕の言質を取った彼女は威圧を解くが「だが」と言葉を続ける。


「私とて女だ。たまの事務連絡の時に、キスするくらいなら許されてもいいはずだ」

「へ?」


「これからもよろしく頼むぞ、アルナータ」


そう言って笑うウィゾルデ様の顔は、憑き物が落ちたようなすっきりとしたいい笑顔だった。


こういうのも「オフィスラブ」というやつなのかな。

しかしまぁ、随分と守備範囲が広くなったものだ。前世の自分だったら特定の範囲内にしか反応しなかっただろうに。


僕は王城を後にし、家路へとつくのだった。


 ◆◆◆◆◆



● 王国内のとある貴族の屋敷 ●


数多くの書籍が納められた書斎で、一人の男がランプの明かりを頼りに、机の上に開かれた本の文字を追っていた。

その顔には焦燥の色が見え、額に汗を滲ませながらブツブツと呟いている。


「これでもない……これも違う……」


ページをめくり文字を追う。男が欲しいものはまだ見つからない。


さらに数(ページ)進んだ時、文字を追う指がピタリと止まった。


男の顔が吸い寄せられるように本へと近づく。

ゆっくりと指を文字に這わせ、目を皿の様にしてそれを読み進めていく。


疲労と焦りで顔色の悪かった男の顔が、徐々に生気を取り戻し赤みを帯びてくる。


「こ、これか……これだな?! よし、これで!!」


男は歓喜の雄たけびを上げて立ち上がり、天井を仰いだ。


「これならば王子も……く、くひひひひ!」


来るべき未来の栄光を思い描き、男は込み上げる想いを抑えることなく笑い続けた。


この時、暗がりの中で何かが潜んでいたのを男は知る由もなかった。


お読み下さりありがとうございます。

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