54.力の継承
「アルナータの負担を減らす方法は、伴侶達に幽騎士を分担して宿してもらう事さ」
イリーザ様がそう言うと、国王陛下の近くに座っていた鮮やかな緑色の法衣の様な服装の人物が立ち上がり、イリーザ様の近くにまで歩み寄る。
そしておもむろに懐から何かを取り出し、円卓の上に置いた。
「ありがとうございます、エルロファス公爵」
イリーザ様の礼ににこやかな笑顔で応えると、エルロファス公爵はその場に留まる。
乳白色の液体ぽい何かが入った小さなガラスの小瓶。五つ置かれたそのうちの一つをイリーザ様は手に取り、こちらに見せる。
「これは『直系』の当主が代替わりする時に使う秘薬でね。これを使って当主間で幽騎士に関する力を継承するんだ」
自然とその小さな瓶にみんなの視線が集まる。
幽騎士って、当主になったら無条件で取り憑かれる訳じゃなかったのね。
「それじゃあ始めようか。おっと、その前に」
イリーザ様は僕の後ろに控える女性陣に目を向けた。
「アルナータの伴侶達に念の為聞くよ? これから行なう事は『直系』の当主の継承と違って、はっきり言って成功する確証はない。しかも失敗した場合どうなるかも分からない未知の危険が伴うものだ。何せ初めてだらけの試みだからね。
更に言うならば、全員が拒否したところで現状維持になるだけで、やらないからといって大きな問題にはならない」
そこで一旦区切って一呼吸置くと、眼光鋭く睨みつける。
「それでも、君達はアルナータの為に実験台になれるかい?」
「問われるまでもありません。お嬢様の為に、わたしは全てを捧げます」
「アルナータの為にこの身が役立つのであれば、遠慮なくお使い下さい」
「少しでもご恩が返せるのなら、あたしはどうなっても構わない」
「アルナータ様のご負担を減らせるのです。喜んで」
「我が主の力になるは僕として本望。如何様にも使って頂きたい」
ユーニス、ミルフィエラお母様、ルヴィア、アニエスタ、ジャスティナ。
誰一人戸惑うことなく胸を張って答えていた。
彼女らの凛々しい顔が眩しく見え、万感の思いに胸が熱くなる。
「本当に、羨ましい限りだよアルナータ」
「はい。自分は果報者です」
皆に負けないよう、僕も無い胸を張って答えた。
「とはいえ、むざむざ失敗するような真似は避けたいからね。ここからはアルナータにも手伝ってもらおう」
そう言うとイリーザ様は、僕達に幽騎士を分担して宿す為の手順を説明した。
お母様達五人に宿してもらう幽騎士は侯爵家の十五柱。
それを三柱づつに分け、それぞれ『直系』の当主の継承の様に秘薬を使って、僕から相手へ力を伝える。
力を放出した側が幽騎士に関する力を無くす事は今まで無いらしい。だから、安心して作業に集中して欲しいと言われた。
「それでは、一番成功率の高い者から始めようか。ジャスティナ・ジュスティース、アルナータの横に」
「はっ」
「幽騎士のお歴々もアルナータへの移動を」
呼ばれたジャスティナがスッと前へ出て、三柱の幽騎士が僕のところにやって来た。
「ジャスティナに継承するのは「白」の『血統』の内、ジュスティースとフォルツナ。それから「白」に近い「黒」の『血統』のファングマールだ」
「白」?「黒」? そういえば血判を押した時のジャスティナは「白」い光だったな。
どういう意味合いがあるのだろうか。
『『血統』を示す色、だ。個々の色味は違うが、『直系』の始祖達の血筋に従って6つの色に大別されている。身近な例だと『直系』の紋章の地色に使われているな』
僕の疑問に答えたのは、継承の準備の為に頭の中にいた幽騎士ジュスティースだった。
『え? じゃあ、血判を押した時の僕の色っていうのは……』
『アルナータ殿の色? ふむ、よくは分からぬがイリーザ殿辺りが知っているかもしれない。それよりも今は、目の前の事に注力してくれ』
まぁ、失敗する訳にもいかないからね。
ひとまず自分に関する疑問を脇に置き、深呼吸をして心を落ち着ける。
「じゃあ、この薬瓶を手に持って、ジャスティナの事を想いながら血を注いでくれるかな?」
僕は無言で頷き、薬瓶と血判の時にも使った針を受け取る。
真剣な眼差しでこちらを見つめるジャスティナと目が合った。
色々と変態的な言動やら行動やらで振り回されてはいるけれど、その根幹には一途な想いがある。
ジャスティナに微笑みかけ僕は指に針を刺すと、想いを込めながら血がにじむのを待つ。
血が一雫、瓶の中の液体に落ちると、わずかばかりに淡い光を放った。
「その薬瓶を私に」
エルロファス公爵に薬瓶を渡すと、公爵は親指で瓶のフタをするように持ち、人差し指を伸ばし拳銃を突き付けるかのようにジャスティナの額に指を添えた。
「気持ちを楽にして眼を閉じなさい。アルナータ嬢の事を想いながら流れてくる力を受け入れましょう」
言われるがままにジャスティナは目を閉じ、静かにたたずむ。
エルロファス公爵がわずかに体を強張らせると、額に添えられた指先が光り、手に持った瓶の中身が一瞬で消え去った。
「ぐ……う、あ……」
ジャスティナが額を押さえてうずくまった。僕が駆け寄るのをエルロファス公爵が手で制す。
「うぅ、あぁ……あ、あ…………はぁんっ!」
「へ?」
苦しむ様に呻いていたジャスティナの声が突然、変わった。
「こ、これが、主殿の精を我が内に受け入れた喜びというものか! 何という愉悦っ!! 我はいま主殿の熱き滾りを確かに感じているッッ!!!」
「ジャスティナ言い方ァァァァァ!!!」
顔を紅潮させ、とろとろに蕩けた顔で息遣い荒く、とんでもなくアレと誤解されそうな言葉を口走るジャスティナ。
アレってなんだって? アレって、ほらアレだよ。男女の、その……、
言わせんな恥ずかしいッッッ!
「これはまるで、フフ……我が胎に主との子が宿ったようではないか。この幸福感、今までに感じた事が無いぞ」
「「「その話くわしく!!!」」」
周りで様子を見ていた、お母様、ユーニス、ルヴィア、アニエスタ、ウィゾルデ様が食い入る様にジャスティナに詰め寄った。
ん? ……ウィゾルデ様?
「あの、このお薬大丈夫なんですか? なんかひどい幻覚見えてません?」
「大丈夫なはずなんだけどねぇ」
「大丈夫なはずなのだがなぁ」
僕の呟きに、イリーザ様とエルロファス公爵が腕組みをして唸りながら反応する。
何だろう、この、僕のせいじゃないんだけど思わず「ごめんなさい」って言ってしまいそうな雰囲気。
「とりあえずまだ幽騎士の継承が終わってないから。アルナータの近くに来なさい、ジャスティナ」
イリーザ様が呼ぶと、ジャスティナがいそいそと僕の隣にやってくる。
「それでは向かい合って、お互いの額と額を接触させなさい」
エルロファス公爵の言う通りに額をくっつける為、前髪をかき上げると、ジャスティナの方はまるでキスをするかのように、唇を前に差し出している。
「ていっ」
「ぬあっ?!」
アルナータの顔面チョップがジャスティナにクリーンヒットした!
54のダメージ!
「ふざけてる場合じゃないでしょ?!」
「あ、主殿痛いぞ! しょ、少々勘違いしただけであろう?!」
周囲を呆れかえったような雰囲気が漂う。
円卓の方ではジュスティース侯爵らしき人物が、頭を抱え突っ伏しているのが見えた。
ジャスティナがこうなったのは決して僕だけのせいでは無いと思いたい。
「後がつかえているんだから、さっさとやるよ」
「む、仕方あるまい」
僕とジャスティナが額を突き合わせる。
すると、額から何かが漏れ出るような感覚がして、わずかに眩暈を覚えた。
ジャスティナは、と見ると両手で頭を抱えるようにして俯いている。
「な、なんだこの声は。貴方が幽騎士だと、言うのか?」
そう漏れ出た呟きを聞いてジャスティナの上を見ると、三柱の幽騎士が堂々とその姿を現していた。
「成功だ!」
誰かが言ったその言葉で、一斉に歓声が上がる。
ジャスティナが、周囲の様子に気が付いて周りを見回した後、円卓の方を見て驚きの顔に変わった。
「あれが……幽騎士なのか。なんと不思議な光景であろうか」
「無事成功だって、ジャスティナ」
「主殿。これで我もより一層、主殿のお役に立てるのか」
少し誇らしげに笑うジャスティナを、僕は自然と抱き締めていた。
「おめでとう」
「ああ、ありがとう主殿」
ジャスティナの腕が僕の肩を抱く様に背中に回され、そして……、
「アルナータ様っ! 次は私の番でございますっっ!」
僕の身体がベリッとジャスティナから引き剥がされた。
その後、同じ手順を踏んで、アニエスタ、ルヴィア、ミルフィエラお母様、ユーニスの順に幽騎士の継承が行なわれた。
ユーニスが最後なのは一番成功率が低いからだったが、なんとか全員滞りなく継承は成功した。
アニエスタは、主家筋で「黒」の『血統』のディースと、同じく「黒」のテンペレン。「黒」に近い「青」のディヴァイルを継承している。
「ふふふ、私もついにアルナータ様の精を注いで頂きました。これは確かに、うふふ……素晴らしいものですね」
「いや、アニエスタ。それ僕の血が混ざった薬だから。違うから」
ルヴィアは、主家筋で「赤」の『血統』のストラグスと、「黄」に属する「赤」のスウム。「赤」に近い「白」のヘルムートを継承した。
「あの、だって、ちゃんとおねだりしないと子種くれないって言うから。あたし頑張って……」
「あぁ、もう! 恥じらう姉さん最高ォォォ!!」
ミルフィエラお母様は、当然のことながら「赤」の『血統』のロベルスを継承し、他に「赤」に近い「青」のマギシアと「青」の『血統』のトウェルを継承している。
「この秘薬さえあれば……アルナータの子種でぽこんぽこん子供を産み放題……ぽこんぽこん、ぽこんぽこん」
「お母様、その薬にそんな効果ないからっ!! 早く現実に戻って来てぇぇぇ」
ユーニスは、15の侯爵家の幽騎士の内、残った「赤」のチェスタロッドと、「黄」に属する「黒」のモーン、同じく「黄」に属する「白」のストーラを継承した。
ユーニスが持つ『血統』にこの三柱は無く、五人の内で唯一、自身の『血統』にはない幽騎士を継承せざるを得なかった。
これは幽騎士チェスタロッド、つまりアニの意向が強かったようだ。
そういう事情もあって、ユーニスの時は問題なく成功する様にちょっと気合を入れたんだけれど、
「いもうとちゃぁ~ん、しゅきしゅきぃ~」
……発情期の雌猫の様に、僕にまとわりついて離れなくなってしまいましたとさ。
「な、なあアルナータ。私は? 私は?」
「ウィゾルデ様、ご当主じゃありませんか。必要ないでしょう?」
お読み下さりありがとうございます。
投稿が遅くなり申し訳ありませんでした。




