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53.二十二の幽騎士

後半部分の地の文に追加をしました(2019/03/12追記)

金属特有の軋みを響かせながら、重苦しい音を立てて扉が開かれていく。

次の展開を予想し、動揺しないよう気構えをとる。


「寒い中ご苦労様。よく来てくれたね」


扉の中から現れ僕達を出迎えたのは、イリーザ・コペリオ王室第7夫人だった。


「それでは、後は引き継ぐから。ご苦労様」

「はっ」


イリーザ様は待機室の男性にそう言うと、僕達に中に入るよう促す。


扉の中は地肌剥き出しの岩室のような場所だった。向こうにはさらに扉がある。

未だに当主達が集まっている場所に着かないとは、どこまで厳重なんだろうか。


背後の扉が、開いた時と同じように軋みながら閉じていく。

揺れるような大きい音を立てて完全に閉まると、ガチャン、と鍵が掛かる音がした。


「さて」


背後の音に驚いて後ろを眺めていた僕達に、イリーザ様が告げる。


「これから『直系』の当主達に会ってもらうんだけれど、その前に」


イリーザ様はどこからともなく、何かが書かれた羊皮紙を取り出した。そしてそれを僕達に一枚ずつ配っていく。


「これは誓約書だ。内容を見てもらえればわかると思うけど、今日の事は一切他者に漏らさない事を約束してもらう為のものだ」


そう言われ、僕は羊皮紙の文面に目を落とす。してはいけない事がかなり細かく書かれている。そして破った場合の罰則も書かれていた。


「この『終年(ついねん)の儀』は国家の最重要機密だ。もし守られなかった場合はアルナータでも厳格に処罰するから、注意してね」


罰則として書かれていたのは、ただ一つだ。

『死刑』

ここに来て、今までのふわふわした感覚が一気に消え去った。とんでもないところにまで僕達は足を踏み入れてしまったようだ。


「よく読んだかな? さて、不服のある者はここで回れ右をして帰っていいよ。守秘義務は守ってもらうけれど、罰則は普通の犯罪に関するものが適用されるから」


その場の全員が息を呑む。


「あぁ、アルナータは強制参加だから帰らないでね。今回、『終年の儀』に『直系』の当主以外が参加するのは、王国の歴史の中でも初めての事なんだ。

脅してすまないけれど、こちらもその分慎重にならざるを得ないからその辺りを理解してもらえると嬉しい」


僕達はお互いを見合わせ頷くと、イリーザ様に向き直った。


「羨ましい限りだね。……それじゃあ、誓約書に血判を押してもらおう。この針で右の親指を刺してね」


そう言うと僕たち一人一人に、少し奇妙な柄で裁縫針よりかは大きめの針を手渡していく。


言われたとおりに右の親指を刺し、十分な血がにじんできたところで羊皮紙の該当部分に判を押す。

あ、署名も必要なんじゃないかコレ。押してから気付いた。


瞬間、指で押した部分が光り始め、そこから出た光の線が羊皮紙の上を這い、血判の左側に文字を刻んでいく。


「え?! な、何これ?!」


光が収まると、そこには焼かれたような筆跡で「アルナータ・チェスタロッド・ケンプフ」と僕の名が記されていた。


僕は予想外の出来事に思わずたじろぐ。

後ろを振り返ると、女性陣が驚きを隠せない顔でこちらを見つめていた。僕の声に驚いて思わず手を止めてしまった様だった。


「すごいねこれ! どうなってるんだろう?! その針で血判を押せばこんな感じに署名もされるみたいだよ! 皆もやってみて!」


僕は思わず興奮し、皆に今出来上がったばかりの署名付き誓約書を見せる。


「ここまで来たら最後まで付いていくしかないわね。皆、やりましょう」


お母様が諦めたように息を吐き、他の皆に促す。全員が頷き、右の親指に針を刺し血判を押した。


途端、僕と同じ様に押した部分が光り始め、各々の名を刻んでいく。

あまりの光景に言葉もなく驚く面々。


だが、ここで僕はその光景に疑問を抱いた。僕の時と光の色が違うのだ。

お母様、ユーニス、ルヴィアは若干色味の違いがあるが、おおむね「赤」色の光、

ジャスティナは「白」色、アニエスタに至っては「黒」色だ。


「皆、色が違う」

「それは『血統』が示す色だからね」


僕の呟きに応えたのはイリーザ様だ。

『血統』が示す色? それじゃあ、さっきの僕の色は何なんだ?


「みんな協力ありがとう。誓約書の効力は血判を押した瞬間から発生しているからね? 今の自動署名も対象だから注意してね」

「自動……署名……」


そう言って、イリーザ様は僕達の血判と署名がされた羊皮紙を回収していく。


僕は自分の右手の親指を見た。『血統』が示す色。僕の知る『血統』に倣うのならば、血判の時は「赤」になるはずだ。

だが、僕の時のそれは、


『虹』色。


意味が分からない。


「それじゃあ行こうか。これくらいで驚いていると、身が持たないよ?」


ふふっと笑いながらイリーザ様は背後の豪華な扉に手をかけ、開いた。




空気が変わった。


目の前に開けた空間が拡がる。

ダンジョンの玄室を思わせる壁面は岩の地肌が剥き出しで、ところどころに人の手が加わったらしい構造物が見える。


壁面と天井にある複数の光源によって、この空間は昼間の室内の様に明るい。あの白色光はこの国の一般的な技術では見た事が無いものだ。

そして暑さも寒さも感じない、程よい室温になっているようだ。


「ご当主方、お待たせ致しました。ケンプフ伯爵家一同の到着であります」


イリーザ様の後に付いて中央の円卓まで進む。歩を進めるに従って、緊張感が増してくる。


僕自身、国王陛下をはじめとした国の重鎮と呼ばれる方々には直接お会いした事が無い。だからすごく緊張してしまう。

僕が目覚める前のアルナータなら、もしかしたら面識を得ていたかもしれない。でも、そういう目覚める以前の記憶や知識って「僕」には一切ないのだ。困ったものである。


21人の『直系』の当主。

何だろう。ただそこに座っているだけなのだが、風が吹きつけるかのような見えない圧力を感じる。

髪がたなびくわけでも、耳に風切りの音が響くわけでもないが、何かそう表現するするしかないようなもの。

これが、力を持つ者の圧力という奴だろうか。


「皆様、アルナータ・チェスタロッド・ケンプフです。本日はお招き頂きありがとうございます」


僕が礼をすると同時に、後ろのお母様をはじめとした女性陣も同じく頭を下げる。


「ようこそ、アルナータ、そして伴侶達よ。面を上げてくれ」


国王陛下の言葉に、僕達は礼から直る。

伴侶達、だって。なんか他人からそう言われちゃうと返って恥ずかしくなってしまう。後ろをちらっと見ると、皆もちょっと俯き加減で顔を赤らめてた。


改めて、円卓に座る『直系』の当主の皆々様を眺める。


エンパス公爵のウィゾルデ様がにこやかに手を振っていた。

チェスタロッド侯爵のギルエスト様……僕の父上も笑みを浮かべて控えめに手を振る。

父上の隣にはロベルス侯爵、お母様の兄上で僕の伯父に当たる。引退して里帰りしたゲミナさんに会いに行った時に挨拶に伺った。

ほか、遠目で姿だけ確認した事がある方や、全く見た事が無い方まで様々だ。


「『直系』の当主がアルナータに会ったら、まずこうするのが習わしだ、とイリーザが言っておったな」


国王陛下がそう仰ると、円卓に空気が吸い寄せられるような感覚がして……、


二十二の幽騎士エクト・プラズ・マリオが現れた。



圧巻。

正に僕が見たかったファンタジーの世界がそこにあった。


ここではこの空間が特殊なのか、外で見たような半透明ではなく、若干透けて見えるが頭のてっぺんから爪先まではっきりと姿形が分かる。


黒山羊や獅子、羊といった動物の被り物をしたものもいれば、聖職者や魔法使い、北欧の戦乙女のような姿の女騎士など職業を元にしたようなものもいる。

変わったところでは、罪人の様にズタ袋を被ってるとか、塔のような頭の鎧騎士、漫画とかでよく見るドクロ顔の死神、というのが見える。

共通しているのは、四肢のある人型で目許めもともしくは顔全面、頭全体を何かで覆っており、表情が見えないところか。


僕はその幻想的な光景に声も無くただただ魅入っていた。


「なるほど。こういう無邪気な目を向けられて悪い気はせんな」

「でしょう? あの『人形姫』が目を輝かせて見てくれるんですから」


円卓のご当主方が何やらざわざわとしている。


「ね、ねぇ、アルナータ? あなたもしかして幽騎士エクト・プラズ・マリオが視えるの?」


お母様が恐る恐るといった様子で僕に訊いてきた。


「うん、視えるけど……あれ? 言ってなかったっけ?」

「今初めて知りました」


ユーニスの言葉にお母様はじめ皆がウンウンと頷く。


「ありゃ」


既にみんな知ってるもんだと思ってましたわ。こりゃ失敬失敬。




「それでは、お集まりの皆様。ここで本題に入りましょうか」


イリーザ様が手を叩き、この場の全員の注目を集める。


「アルナータ。今日君たちをここに呼んだのは幽騎士エクト・プラズ・マリオなんだよ」

「え?」


「君の負担を減らす方法を何とか見つけた、と言ってたね」


幽騎士マリオ達が僕の負担を減らす……?

あ、もしかしてあれか。僕の頭に集まってどんちゃん騒ぎをする時のあのひどい頭痛の事か? でも、どう減らすのだろうか?


「ご存じない方はおられないと思いますが、このアルナータ。この国で唯一、二十二全ての幽騎士エクト・プラズ・マリオを宿すことが出来ます」

「おぎゃっ?!」


突然激しい頭痛が襲い、僕は思わず変な声を出してうずくまった。

愛しい人達の悲痛な叫び声が遠く聞こえる。


「アルナータ?! 大丈夫?!」

「だ、だいじょうぶじゃ、ないぃぃぃ」


頭が割れんばかりのひどい痛みに涙目になりながら、顔を上げてお母様にそう答える。

その時涙でかすむ目に映ったのは、僕の頭の上に密集している幽騎士マリオ達。


「この様に、その負担は計り知れません。幽騎士エクト・プラズ・マリオの真意は語られぬ為分かりませんが、この特性の有用性を彼らは強く説いています」


一瞬にして頭痛が消え、頭が軽くなる。

立ち上がると、彼らはそれぞれの当主の背後に戻っていた。


真意、有用性。僕の脳内でのぐうたらぶりは流石に言えないのか、当主にも話していないらしい。

僕がわずかに睨むと、一部の幽騎士マリオが顔を逸らした。


「そこで、幽騎士エクト・プラズ・マリオはこのアルナータの特性を近しい者に分け与えそれぞれに宿れば、負担を軽減しつつ有用性を損なう事は無いのではと、その方法を我らに提示しました」


イリーザ様の言葉に僕は後ろのお母様達を見た。皆困惑の色が隠せないでいる。


つまり、直系の当主と同じ幽騎士マリオを宿す力を、後付けでお母様たち五人に与えようというのだ。

しかも一人一体では大した軽減にならないだろうから、複数体請け負ってもらう必要がある。


そんな事が可能なのだろうか。


僕は答えを求めるようにイリーザ様を見た。



「それでは、始めましょうか」


振り向いたイリーザ様は笑みを浮かべていたが、僕は不安を感じずにはいられなかった。


評価、ブックマークありがとうございます。


後半部分の地の文「変な声を出してうずくまった。」の後ろに一文を追加しました(2019/03/12追記)

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