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52.招集の日

今年一年の最後の日、日本でいうなら大晦日。

僕達は今、王都にある『奉天教』の総本山『聖オネス大教会堂』前にいる。


王城のほぼ東隣に位置するこの巨大な建築物は王国黎明期に建立され、

王国の発展とともに増改築を繰り返し、約百年ほど前に今の規模になったと物の本に書かれていた。


お昼時を回ったが、往来を行く人の姿はまばらだ。

固まって教会堂前でたたずんでいる僕達の方が異質に見える程、人が少ない。

大抵の人は家で暖を取りながら一年を振り返り、新しい年が明けるのをゆっくり待っている。今日はそういう日だ。


指定された時刻には少々早いがこの寒空のなか外で待っているのもきついし、一旦中に入って一息つかせてもらう事にしようか。


教会堂の正面大扉が閉まっているので隣の通用口をノックし、待つ。


「はい」


それ程待たずに中から扉が開かれた。


「ケンプフ伯爵家のアルナータ他、五名です」

「はい、アルナータ様、皆様。お待ちしておりました、どうぞ中へ」


応対に出た青年に促され、僕達は教会堂の中へと入る。そしてそのまま、応接室に通された。


「こんにちは。早速で申し訳ありませんが、確認させて頂きます」


上位の役職者らしい壮年の男性がにこやかに言う。


僕は胸元から一枚のプレートを取り出すと、目の前の人物に手渡す。

これは、ウィゾルデ様から渡された招集状の中に書状と共に封入されていた金属質のプレートで、正規の招集である事を示すものらしい。


「ご協力ありがとうございます、アルナータ様。それではどうぞ、こちらへ」


男性はにこやかにプレートを返すと、そう言って応接室の奥にある扉へと案内をした。

僕は頷いて後ろに控える女性陣に移動を促すと、男性に従って扉をくぐる。


複数の扉が見える短めの廊下を進み、そのうち一つの扉の前で止まった。

「資料室」と書かれたその扉を男性は開け、さらに室内を移動するとまた扉の前で止まる。


すると男性は懐から鍵の束を取り出しその扉を開けると、全員を中へ招き入れたのち内側から鍵をかけた。


「お待たせしました。ここからは少々暗くなりますので、足元にご注意下さい」


そう言うと、壁に掛けられたランタンを一つ手に取り先導して目の前の階段を下りていく。


暗いとは言うけれど、下りる階段の壁にもランタンが掛けられているので、下りること自体はそれほど大変ではない。


規則正しく靴音を響かせ、男性の後に従って階段を下りる。

途中幾度かの踊り場を経て、ようやく通路へと出た。階段の段数的に三階建ての建物分くらいは下りたかもしれない。


空気の冷たさが幾分か和らぎ、涼しいと感じる。僕は防寒用のコートの前を開け、内にこもった熱を逃がした。


アーチ状のちょっと高めの天井に、横に三人位は並んで歩ける程の広めの通路。

床を見ると、綺麗にならされた剥き出しの石畳だ。どことなくダンジョンっぽい感じを覚えるのは僕だけかもしれない。


こちらの壁面にも階段よりは多めのランタンが明かりを灯しているので、薄暗くて陰気な雰囲気は全く感じられない。


「もうしばらくでございます」


先導の男性は再び歩き出す。


僕達が向かっている場所は位置的に王城の真下辺りになるようだ。

だったら王城から下りれば良い様に思うのだが、出来ない理由でもあるのだろうか。


それにしても、と僕は自分の後ろを付いてくる女性陣をチラと見る。


今回、『終年(ついねん)の儀』に参加するよう要請されたのは僕だけではなかった。


アルナータ・チェスタロッド・ケンプフ

ミルフィエラ・ロベルス・ケンプフ

ジャスティナ・ジュスティース・ケンプフ

ユーニス・コロベル

ルヴィア・コスタルガ

アニエスタ・コーデア


ケンプフ伯爵家一同全員の名前が記されていたのだ。


枢密院の要請、という事で今回の招集に幽騎士マリオが絡んでいるのはほぼ確定と思っている。

だが、ユーニス達が一緒に呼ばれる理由に心当たりがない。

僕と深い関係にある以外だと……一族の幽騎士マリオに『推し』という形で気に入られている事か?

ユーニスだけは、目覚める前のアルナータに長年付き添った関係か、チェスタロッドの幽騎士マリオアニに気に入られているようだけれど。


国のトップが集まる場で「自分の『推し』はこの子でーす」なんて、ただ紹介するだけのような事はしないだろうし、そもそも周知されてるだろうし……。

さっぱり分からない。


もう一度見る。みんな緊張しているのか、一言も喋らずに黙々と歩いている。


招集状の中には服装の事も書いてあって、華美なドレスではなく動きやすい服装で、とあった。

国王陛下を筆頭に『直系』の当主の前に出るので、動きやすいと言っても当然礼を失しない範囲でなければならない。

だから、僕やジャスティナが着ているような騎士の正装を全員がする事にまとまった。


当時は、何で「動きやすい」って指定があるのか分からなかったが、今なら分かる。

あの階段、ドレスだと絶対すそ踏んで すっ転ぶ。一人でもコケたら大参事だ。


それにしても、みんなの騎士装束姿は新鮮で良い。


普段の美しさに凛々しさが加わって、心臓とお股がキュンキュンするんだよね。「なぁ、スケベしようや」なんて迫られたら一発で堕ちる自信がある。

一人の相手とお互いの気持ちを深く深く確かめ合い、綺麗な花々が舞い散る中、僕達は同時に昇天するのだ。デュフフフフ……。


「「煩悩退散ッッ!!」」

「あだっ」


同時に二発、斜め45度の鋭い角度で痛みが襲う。

頭を押さえつつ振り返ると、ユーニスとミルフィエラお母様が顔を赤らめてこちらを睨んでいた。双方の右手がグーの形だ。


「アルナータ! 何の脈絡もなく突然は止めなさいッ!!」

「え? え??」


「お嬢様、流石にここでは不謹慎です」


見ると、後ろの方にいるルヴィア達も顔を赤らめ困ったような顔をしている。ジャスティナがわざとらしく咳をした。


先頭を行く男性は突然の喧騒に、何事かといった様子で事態が飲み込めていないようだ。


しかし、


「なんで分かったの? 後ろにいて顔見えないのに」


「アルナータ殿の匂いが一瞬で強烈に変わった、と同時に全員が何らかの反応を示した。そう言う事だ」


ジャスティナが理由を説明する。身内以外の人物がこの場にいる為、さすがに「(あるじ)」呼びはしない。

他の皆もジャスティナの言に賛同する様に頷く。


むむむ、ちょっと妄想しただけなのに例の体臭が強くなるとは……。

ウィゾルデ様も言ってたけど、これも新たな段階に進んだ結果なのだろうか。

今後、周囲に自分の身内以外がいる時はエロい妄想を止めねばならないかもしれないな。


「あの、皆様。お話は終わりましたでしょうか?」


おずおずといった感じで、男性が切り出す。


「はい、お手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」

「いえいえ、それでは参りましょう」


お母様が代表して謝罪すると、男性は気を取り直して再び僕達を先導する為歩き始めた。

ハプニングはあったが、緊張がほぐれたせいか皆の靴音が軽やかに感じられる。


まぁ、結果オーライということにしよう。




あれから少ししてようやく通路に変化が見えた。壁に少し大きめの扉が確認できる。


「少々お待ちください」


先導していた男性がその扉に近づき、2回ノックする。

そしてボソボソと何かを扉に向かって呟いた後、まるで何かの信号の様に複数回、不規則に思えるノックを繰り返した。


そのノックの雨が止むと、少し間を置いてドアノブが回され扉が内側に開いた。


「お待たせしました。皆様、どうぞこちらへ」


ドアの前にて入室を促した男性は、僕達が全員入ったのを確認すると「私はここまでで。失礼致します」と恭しく礼をして去って行った。


そうして部屋の中に待機していた別の男性によって扉が閉められ、ついでに鍵も掛けられる。


部屋の内部を見るに、ここはどうも呼ばれるまで待っている時用の待機室のようだ。


「コートはこちらでお預かりしています。皆様、どうぞ」


男性がそういうと、隅で控えていた使用人達が僕達に近づき各々のコートを預かっていく。


「いま、皆様がご到着された事を伝えに行っております。しばらくこちらでおくつろぎ下さいませ」


僕達は礼を言って、男性の指定したソファに腰を下ろす。

ふぅ、と息を吐き、僕はガチガチに凝り固まった首をほぐすように回した。


「お城の中以上に厳重だねぇ」

「それはそうでしょ。『終年(ついねん)の儀』はそれほど大切な儀式という事ね」


僕の呟きに、お母様が応える。


「お母様は『終年の儀』の内容はご存じなんですか?」

「いいえ、知らないわ。詳しく知っているのは『直系』の当主だけでしょうね」


「ジャスティナは?」

「我も知らぬな。毎年一年の最後の日に『直系』の当主が集まり行なう、それ以上は聞かされていない」


『直系』の侯爵家の娘である二人が知らないのであれば、分家筋のユーニス達に聞いても同じような答えが返ってくるだろう。


『終年の儀』……いったいどんなものなのだろうか。そして、それに僕達が呼ばれた理由は何なのだろうか。


分からないことだらけだが、不思議と不安に思わないのはアニ達幽騎士(マリオ)の存在が大きいかもしれない。

あの、飲んだくれの貧乳美少女達を思い浮かべ、僕は少し可笑しくなった。


「アルナータ様、皆様。お待たせしました。ご案内します」


僕達は男性に促され、この部屋の奥にある扉をくぐった。

少しひんやりする通路を進むと、目の前にまるで鉄製と思われる様な、重く頑丈そうな両開きの扉が待ち構えていた。


例えるなら、牢獄?


そんな武骨な扉の前に立ち、僕は息を呑んだ。


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