51.アベルトという人物
今回のお話は、女の子同士のイチャイチャを楽しみにされている方には申し訳ありませんが、
少々毛色の違った展開になっています。ご理解とご了承をお願いいたします。
こちらが気付くとほぼ同時くらいに、向こうのアベルト・エルガーナ第一王子一行もこちらを視界に入れたようだ。
先頭を行くアベルト殿下の顔が明らかに歪んだ。
アベルト殿下の後ろには、僕の弟で赤い騎士装束を着たカールエスト・チェスタロッドと、青緑色の騎士装束を着た背の高い青年が続いていた。
ちょうど三人。しかもアベルト殿下が黄色基調の服装なので、僕は思わず信号機を思い出してしまい吹き出しそうになる。
いかんいかん! ここで吹き出して、僕に悪感情を持っているアベルト殿下の心証をさらに悪くする訳にはいかない。ミラニス様の為にも堪えねば!
僕は悟りを開いた仏の如く、心を無にする事に務めた。
「こんにちは、兄上様」
ミラニス様が道を譲る様にわずかに壁際に避け、アベルト殿下に対して礼をする。僕もそれを追従して、声は出さないが頭を下げる。
アベルト殿下はミラニス様を一瞥すると、興味が無さそうに無言で前を向く。
これでは確かに仲が悪いと思われても仕方がないだろう。
が、正面切って悪態をつかない分、年齢以上にアベルト殿下は大人であったようだ。少し安心した。
「よくもまあ、おめおめと王城に顔を出せたものだな『人形』が」
……人を初見だけで判断しては駄目ですね。
すれ違いざま、アベルト殿下は明確な敵意を持って罵った。
その場にいた皆の表情が一斉に変わる。
僕? 僕はまだ堪えている最中だったので表情を崩せなかったのです。
「厚顔無恥とはお前の事を言うのだろうな。兄上を死に追いやった事、僕は許さない」
ギリギリと歯軋りする音が聞こえんばかりに顔を歪めて僕を睨みつける。
ただ、アベルト殿下のほうが背が低い分見上げる格好になってしまい、まだ少年の幼さが残る容姿と相まって、言葉の重みに比べてどうしても迫力が足りない。
そこを遠慮なしに述べると火に油を注ぐのは明らかなので、黙って見つめるしかない。
ちらっと後ろのカールエストを見る。
武闘大会で対峙した時のカールエストの迫力に比べたら、アベルト殿下のは子供の癇癪レベルだ。可愛いものである。
ていうか弟よ。一応は姉弟の僕に助け舟を出してはくれないのかな?
「アベルト殿下。お気持ちは分かりますが、ここは他人の目につきます。堪えて下さい」
そう諫めたのは青緑色の青年だ。名前は知らない。
「ふん……行くぞ、カール、バベル」
アベルト殿下は不服そうに後ろを一瞥すると、ズンズンと歩き出した。
「姉上、申し訳ありません。ミラニス殿下、失礼します」
「……失礼します」
カールエストはすまなそうに僕に頭を下げた後、ミラニス殿下に一礼してアベルト殿下の後を追う。
バベルと呼ばれた青年もカールエストの行動に目を見張ったが、同じように一礼して去っていく。
「ふぅ」
彼らの背中が遠く小さくなった頃合いで、僕は大きく息を吐いた。
「申し訳ありません義姉上様。兄上がとんだ無礼を」
「ミラニス様が気に病む必要はございません。少々驚きはしましたが」
暗い顔のミラニス様に、僕は明るく笑みを作って気にしていない事を伝える。
「さぁ、我々も部屋に戻りましょう。使用人の皆さんが心配しているでしょうし」
ミラニス様を促し、僕達は足早にその場を去った。
アベルト殿下の敵意は、迫力はないが殺意を含んだ本気の感情だった。
さて困ったな。僕個人に向けられるだけなら何とかなるだろうけど、ミラニス様含め近しい人に向けられるのは不味い。
しかし、今まで特に害が及ぶような何かがあった訳じゃないから、こちらからアクションを起こさなければちょっかいは出してこないかもしれない。
しばらくは静観だろうか。
うん、大人しくしていた方が良さそうだ。
◆◆◆◆◆
● 王城内アベルト王子の部屋 ●
「最悪な気分だ。あの『人形』が戻ってくるなんて」
アベルト・エルガーナ王子は自室に戻ってくるなり誰に言うともなく呟いた。
『人形』とは、先程ミラニス・エルガーナ王女と共にいた女騎士の事だ。
アルナータ・チェスタロッド。
敬愛する兄王子カイル・エルガーナの元婚約者。
三年前、兄王子を死に追い遣ったばかりか、その死の責任を取る事もせず逃げた、人でなし。
他人はアレを『人形姫』などと持て囃すが、王家の人間でないモノが、ましてや人でなしが『姫』などとはおこがましいにも程がある。あのようなモノは『人形』で十分だ。
少なくとも、アベルトはそう思っている。
自身の幼い頃からの盟友カールエスト・チェスタロッドの腹違いの姉だが、かつてカールエスト自身もアレを、姉とは思っていない、と言っていた。
だからアベルトは、カールエストが共にいるこの場においてもアレを『人形』と蔑んでいた。
しかもあの『人形』は、まさしく人形のような無表情ながら視線だけは人間と同じく動くからタチが悪い。
先程も侮蔑の言葉を投げつけたアベルトに対して、明らかに見下した眼で射るように見ていたのだ。
「ああああ! 思い出しただけでも腹が立つ!!」
アベルトは自身の机にその怒りをぶつけた。
机の上の小物がわずかに踊り、そして静寂が戻る。
その様子を後ろから付いてきたカールエスト・チェスタロッドとバベル・コトーは、ただ黙って眺めていた。
この状態のアベルトに何を言っても火に油を注ぐだけだからだ。
バベルは、怒りのままに物に当たるアベルトから視線を外し、隣のカールエストを僅かに見る。
カールエストは黙ってアベルトを追っている。その表情からは何を考えているかは窺い知れない。
ふと先程の、廊下でミラニス王女達とすれ違った時の事を、バベルは思い出していた。
あの時カールエストは確かに「姉上、申し訳ありません」とアルナータ・チェスタロッドに対して、済まなそうにわずかだが頭を下げたのだ。
そしてアルナータも「気にするな」といった風にかすかに笑みを浮かべてカールエストを見送ったのだ。
それまでのカールエストとアルナータを知るバベルにとってみれば、それは信じられない事だった。
カールエストは、常にチェスタロッド侯爵ギルエストに付き従い、次代の当主となるべく厳しく育てられてきた。
それはほぼ同世代のアベルトや、ストラグス侯爵嫡男のルベスタ・ストラグスと比べても明らかに差があった。
体格もそうだが、精神も13歳とは思えぬ成長をしていたのだ。
何かを求道するかのように眉間にしわを寄せ、遠くを見つめるその顔は「少年」とは呼べない、漢の顔だった。
そしてカールエストは常々、アルナータの事を「あれを姉とは思っていない」と語っていた。
『直系』の長子としての責を果たさない無責任さゆえか、婚約者の死に対して逃げた不甲斐無さゆえか。
それを語る時のカールエストは険しい顔をさらに険しくしていたものだ。
アルナータに関しては三年前の記憶になるが、それでも人に対して笑みを浮かべる、というのを見たことは無かった。
『人形姫』と揶揄されるその侯爵令嬢は常に無表情で、何を考えているか分からない不気味さを纏って存在していた。
その美貌をもってしても男性諸氏に近寄り難い、ある種の恐ろしさを与えていたのだ。
バベルも直接は対峙したことは無かったが、その異質な令嬢に対して良い感情を持たなかったのは事実だ。
その今まで触れ合おうとしなかった二人があの時、人並みの姉弟として振舞っていたのだ。驚くな、という方が無理な話である。
どのような心の変化があったのだろうか? そのきっかけは?
バベルの頭の中にはカールエストに問いたい文言が目まぐるしく駆け巡っていた。
「どうした、バベル」
カールエストの声でバベルは現在へと戻ってきた。
アベルトは疲れたのだろうか、だいぶ怒りが収まってきている。
「私の顔に、何かついているのか?」
「あ、いえ。何でもありません」
一旦言葉を区切って、バベルは問うなら今の内だろう、と考え直した。
「カールエスト様」
「何だ?」
さて、どう問おうか。
バベルは言葉を選ぶように、少し俯いた。
「先程の事です。カールエスト様はアルナータ嬢を『姉上』と仰っていましたね」
「ぐ、聞いていたのか、あれを」
それは、バベルも初めて見る顔だった。
何とも恥ずかし気に、少年のように顔を歪めるカールエストは新鮮に映った。
「お二人の間に何があったんですか?」
「あぁ、うん。それは……だな」
こういう風に言葉に詰まるカールエストを見るのも初めてだった。昏い感情がバベルの中にわずかなシミを創る。
「何もない。ただ、ただ姉上も確かにチェスタロッドの人間だった……それを、思い知っただけの事だ」
わずかにはにかむ様に顔を俯かせ、カールエストはそう答えた。
バベルは、その表情を見せたカールエストよりも、その表情を彼にさせた存在に言い知れぬ感情を抱いた。だが、今のバベルにはその感情を何と呼ぶかを知る由もなかった。
「……そう、でしたか」
わずかにそう言って、バベルは口を結んだ。
その様子にカールエストは訝し気にしながらも、特に口を挟むことなく、またアベルトへと視線を移す。
「アベルト様、失礼します! お耳に入れて頂きたい事があり参上しました!」
ドアがノックされ、少年があわてた様子で入って来た。
皆の視線が一斉にその少年に注がれる。
「どうしたんだい、そんなに息を切らせてさ」
アベルトは先程までの激高など無かったかのように、穏やかな表情で少年を迎える。
「そ、それがアクガン様からなんですけど」
「アクガンから?」
アベルトは、アクガンから、と聞いて少し訝しんだ。
現在、アクガンは新設予定の騎士団の発足に向けて、各方面への調整で精力的に働いている。
そのアクガンから、という事は予定通りの発足に支障が出たという事だろうか。
父である国王からも正式な認可は下りてるので、そうそう滞る事は無いはずである。
「『人形姫』がですね、その」
場の雰囲気が一気に緊張した。
特にアベルトは目に見えて険しい顔に変わる。
「早く言えっ! 『人形』がどうした!!」
「は、はいぃ! 『人形』が、す、枢密院からの要請で今年の『終年の儀』に招集されたそうです!」
少年は、アベルトの剣幕に押されながらもアクガンからの伝言を震える声で伝えた。
「何だよそれ?! 『直系』の当主しか出れないそれに! なんで『人形』風情が呼ばれるんだよ?! おかしいだろっ!?」
アベルトは少年に食って掛かる様に怒鳴り散らす。
渾身の怒りをぶつけられた彼は萎縮して、ただただ震えるしかなかった。
「ふざけるな! 王子の僕でさえ呼ばれたことが無いのにっ! なんで! なんであの『人形』がぁぁぁ!!!」
ダンッッ
「「「?!」」」
アベルトが床を踏みつけると同時に部屋が揺れたような錯覚が全員を襲った。
「な、何ですか、今の」
「……」
バベルと少年はお互いに相手に答えを求めたが、回答を得られるはずもなく。
カールエストは、ただアベルトを見つめているだけだった。
「なんで! くそっ!! あああぁぁぁ!!!」
アベルトは揺れた事など意に介さず、ひたすら喚き続けていた。
お読み頂きありがとうございます。
一部、アベルトの名称に誤りがありましたので修正しました(2019/0307追記)




