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50.平たい胸の人々

その日、僕はミラニス・エルガーナ王女の護衛任務中にウィゾルデ・エンパス公爵に呼び出され、

王城内にあるエンパス公爵の執務室にいた。


「アルナータ。私が呼んだのは君だけのはずだ。どうしてミラニス王女まで連れてきてしまったのかね?」

「は、申し訳ございません」


「ウィゾルデ様! 義姉(あね)(うえ)様との逢瀬を邪魔するなんて、馬に蹴られて何とやら! でございますよ!」


僕の腕を抱き、ウィゾルデ様を睨むミラニス様は可愛く微笑ましいのだが、半端ない場違い感をまき散らしていた。


一応は付いてこないよう説得したのだ。しかし全く聞き入れてもらえず、もっともらしい理由を並べ立てて強引に付いて来てしまったのであった。


それに今は公務中で、呼び出しを受けたのは僕のみ。しっかりとミラニス様に断りを入れて一人で来なかったのだから、ウィゾルデ様に注意を受けるのは尤もな話である。


ウィゾルデ様は自分を睨んでくるミラニス様をチラと見ると、大きく息を吐き肩を落とした。


「今更ミラニス殿下だけ返すわけにもいかないしな。仕方がない、終わったら責任もって送り届けるように」

「はい、わかりました」


やれやれといった感じで苦笑いをするウィゾルデ様に釣られ、僕も苦笑する。

横を見ると、未だに警戒心を解かないミラニス様が僕にくっついたままなので、頭を撫でて「もう大丈夫」と諭す。


「はぅん。義姉上様、不意打ちとは卑怯ですわわわ」


その言葉に、僕は思わず撫でていた手を瞬時に剥がした。

熱に浮かされた様に虚ろな瞳で顔を赤く染めるミラニス様が、ヤバい。これ以上撫で続けていたら間違いなく「お手付き禁止」の禁を破ってしまう。


て言うか頭撫でただけでこんなになるなんて、今後ミラニス様の護衛がちゃんと務まるのか不安になってくるんですが。


「アルナータ。ちょっと私の頭も撫でてみてくれないか?」

「ひょわぁ?!」


気が付くと至近距離にウィゾルデ様の顔が迫っていた。鼻先がくっつきそうな程に近い。


「あ、あの、それは……」

「撫でろ」

「ひゃ、ひゃい!」


あまりの圧力に僕は命令通り、恐る恐るウィゾルデ様の頭を撫でる。

しかし、ウィゾルデ様は怪訝な表情を浮かべた。


「変わらんな。アルナータ、今ミラニス様を撫でた時の気持ちで撫でてみてくれ」


真剣な表情で僕の目を見据えるウィゾルデ様。少し前屈みで頭を撫でられている絵面がシュール過ぎて、吹き出さない様堪えるのがつらい。


だが同時に僕は以前、ミラニス様に引き合わされる前のイリーザ様とウィゾルデ様とのやり取りを思い出していた。

ミラニス様の変化に危惧を抱いたのかもしれない。ならばこれは僕のせいではない事を証明するチャンスだ。


僕は、横を向き一回深呼吸をしてからウィゾルデ様に向き直った。


「では、改めて失礼します」

「よし、来い!」


そうして僕は気持ちを切り替え、幼子を慈しむ様に、母親を労わる様に優しく、ゆっくりとウィゾルデ様の頭を撫でた。


途端、ウィゾルデ様の目が見開かれ頬に朱が差す。


「わ、わかった、もう良い! もう十分に分かった!」


ウィゾルデ様は飛び退く様に僕から離れ、撫でられていた頭を押さえた。

突然の行動に空になった手をそのままに僕は呆然とする。


「今まで眉唾ものであったが、実際に喰らってみるとその危うさがよく解るな。しかも君の気持ち次第で恐ろしく変わる」

「え? ええ??」


未だに顔が赤いウィゾルデ様の言葉が僕にはいまいちよく理解できない。


「アルナータ、君はちゃんと毎日愛人達に搾ってもらっているのか?」

「うぇ?!」


突然の質問に僕は変な声を上げてしまった。

「搾る」って、アレの事だよね? 夜の大乱闘(検閲済)の事だよね。僕にはおっぱいが無いからそっちを「搾る」ことは出来ないし。


腕を引っ張る感覚を覚えて、見るとミラニス様が真っ赤な顔でプルプルと震えている。

あー、これはウィゾルデ様の言ってる事分かってる顔だ。ものすごく、いたたまれない。


「あ、あのーウィゾルデ様? ミラニス様もいらっしゃいますし、そういう生臭いものは」

「答えなさい」

「あの、はい……登城のある日は、ちゃんと毎日して、もらってます」


僕がそう答えると、ウィゾルデ様は腕を組んだ姿勢でしばらく僕を見据えた後、深くため息をついた。


「これは、計画の修正が必要かもしれないな。あとでイリーザ殿にも報告を上げておこう」


「ど、どういう事でしょうか」

「今までの発散方法では、アルナータのその体質の軽減は出来なくなっているようなのだ。新たな段階に進んだと思っていいだろう」


僕は驚きで言葉を失った。

ウィゾルデ様の言葉が本当なら、毎夜毎夜のイチャイチャが大義(?)を持たないただのラビュラビュチュッチュになっているという事だ。

元々は僕の体質の変化による、女子限定無自覚無差別でえっちな誘引攻撃を回避する為の行為だったのだが、それが全く意味を成していないという事になる。


まぁ、今では? そんなことお構いなしにやっておりますが?


「あらたなだんかい、ですか」

「うむ。今まで無意識に相手を魅了していたのが、君の意思で自由に出し入れ出来る、ようになっているかもしれない」


その言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのはミラニス様の事だ。


ミラニス様の今までの行動の全てが、僕の意思が原因となっている。

ちょっと、目の前が暗くなった気がした。もしかしたらミラニス様は、望まぬ行動を僕の体質によって強制させられているかもしれないのだ。


僕は無意識にミラニス様を見た。

しかし、その表情は僕の思いとは裏腹に、力強い意思を感じるものだった。


「大丈夫です、義姉上様。私の想いは昨日今日で作られたものではありません。安心して下さい! 私の想いは私自身で創り上げたものです!」


自信に満ち満ちた表情で僕を見上げるミラニス様に、思わず目頭が熱くなる。

これ程まで想われている事に、僕は言葉に出来ない喜びを味わっていた。


「ただ、時々無性に義姉上様をペロペロしたい時がありますが、それは些細な事でございますね」

「な……」

「ぺ、ペロペロ……?」


「あ、アルナータァァッ!! ほとぼりが冷めるまで殿下には「接触禁止」だッッ! 一国の王女を君らみたいな変態にする訳にはいかんッッ!!!」

「は、はいぃぃぃ!!」


ウィゾルデさまが顔を真っ赤にして爆発した。

僕はただただ頭を下げるしかなかった。



 ◆◆◆◆◆



「すっかり忘れるところだったよ。アルナータをここに呼んだ理由を」


心なしかやつれた様子でウィゾルデ様は机の上の封書を手に取った。


「申し訳ありません、ウィゾルデ様。私が義姉上様に付いてきたばかりに」

「ミラニス殿下のせいではないよ。ここにいる女(たら)しが悪い」


ウィゾルデ様は僕に向けて、そう言い切った。


「いや、あの、ウィゾルデ様? それはあんまりなお言葉」

「事実だろう? 私にまで毒牙にかけおって」


「は?」

「ああ!」


ミラニス様が合点がいったように相槌を打つ。


「お仲間ですわね、ウィゾルデ様」


ニコニコ顔で笑いかけるミラニス様に、ウィゾルデ様は顔を赤らめバツが悪そうにそっぽを向いた。


なんか、こう、どんどん取り返しがつかない方向へ行っている気がする。

ぼく、なにもわるいこと、してないのに。


「ん、んん。また危うく話が逸れるところだった。アルナータにはこれを渡しておこう」


ウィゾルデ様はそう言うと、先程手に取った一通の封書を僕に渡した。

表には何も書かれておらず、裏を見ると金色の封蝋印が押されてあった。


「これは……」

「王家からの公的な招集状だ。アルナータには今年最後に行う『終年(ついねん)の儀』に参加してもらう」


ついねんのぎ? 何なんだろうそれは。

何らかの儀式であろうことは言葉の感じから分かるが、いまいちはっきりしない。


「え?! それは本当ですか、ウィゾルデ様!」

「ああ。あまり騒がれると不味いから、この事は内密にお願いする」


驚くミラニス様に、ウィゾルデ様は真剣な表情で念を押す。


「ミラニス様はどんなものかご存じなのですか?」


僕がそう訊くと、ミラニス様は目を輝かせながら振り向いた。


「すごい事ですのよ! 『直系』のご当主のみ(・・)が集まる式典で、毎年の最後に行われるものなのです。当主以外が参加を要請されるなんて前代未聞です!」


「これは枢密院からの要請なんだ。是非に、とね」


興奮した様子で説明するミラニス様にウィゾルデ様が続く。


『直系』の当主のみ、枢密院からの要請。

まず間違いなく幽騎士マリオがらみだという事は分かった。

そういえばチェスタロッド侯爵の父上も、毎年終わりに近づくとしばらく領地を空けていたな。

なるほど、この『終年の儀』がらみだったのか。


「招集だから拒否することは出来ない。詳しい日時等は封書の中の文書に書いてあるから、よく読んで間違いの無い様に。分からない事があれば、私かイリーザ殿に聞いてくれれば答えよう。面会の予約はしてもらうがね」


淡々と説明をするウィゾルデ様の言葉を聞きながら、

さらなる大きな出来事に巻き込まれそうな予感を、僕は漠然と感じていた。


面倒臭い事にならないといいなぁ。



 ◆◆◆◆◆



エンパス公爵の執務室を辞したミラニス様と僕は、王城内の廊下をミラニス様の自室へと向かって歩いていた。

受け取った招集状は人目に付かない様、懐のポケットに入れてある。

ウィゾルデ様から「この事は内密に」といわれているから大ぴらに見せる訳にはいかないからだ。


「それにしても流石は義姉上様です。羨ましい限りですわ」


顔を綻ばせながら僕に話しかけるミラニス様に、つられて笑みが浮かぶ。


「『終年の儀』は『直系』のご当主のみの秘事ですから、どんな内容なのかはほとんどの人が知らないのですよ」

「そうなんですか」


「そして参加したご当主は皆その事を話しません。国王である父上も、絶対教えてくれないのです」

「そういえば僕の父上からも話を聞いた事はありませんね」


そんな事を話しながら歩いていると、前方から複数の人物が歩いてくるのが見えた。

その人物が誰なのか視認出来ると、ミラニス様の表情が強張った。


「義姉上様、アベルト兄様です。お気を付け下さいませ」

「はい」


僕は短く返事をすると、表情を引き締めミラニス様の行動に従った。


投稿が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

お読み下さりありがとうございます。

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