49.美獣たちの狂宴
「皆様こんばんは。本日フォーオールご当主より、
『お前らのとこの旦那ヤバ過ぎもっとしっかり搾っとけ(意訳)』
とのお達しが来ましたので急ではございますが、
『引っ越しお疲れ様ケンプフ伯爵家新設記念懇親会』を開きたいと思います」
ワーーーパチパチパチ
「え、何ソレ怖い」
アニエスタが番組の司会者よろしく、いつもの無表情で淡々と喋る。
ここはケンプフ邸二階にある僕の部屋という名の、夜の決戦場(比喩的表現)
ミラニス王女殿下の護衛という昼間の仕事を終えて帰宅した僕は、夕方の食事もそこそこに自室へと五人の女性によって連れ去られた。
自室に連れ去られる、というのもおかしな表現だけれども、まぁそうとしか表現できないような勢いだったのだ。
「アルナータ、お母さんはあなたを王女様に手を出すような子に育てた覚えはありませんよ」
「僕からは手を出してないし、育てられた覚えもないよぅ」
「妹くんはやはり小さくて色白の子が良いんだね。あたしよく分かったよ」
「待って姉さん! ボク褐色ダイスキ! 巨乳バンザイ!」
ミルフィエラお母様はぐりぐり僕を小突いてくるし、ルヴィアはいじけちゃって隅っこで丸くなってる。
なんかものすごく疲れる。
「ていうか、なんで今日の出来事が本人の帰宅よりも早く伝わってるのさ?!」
「妹ちゃん、フォーオールを舐めてはいけません。連絡事項の伝達速度においては国内最速ですから」
この国というかこの世界には当然、電話やインターネットなどの通信手段はない。ましてや魔法のような都合のいい物も無いので、基本は書簡を馬か人力で運ぶ。
だから全国規模の組織であるフォーオールといえど、情報を伝えるのは馬か人だ。王都内であれば範囲が狭いので人で伝えている可能性が高い。
告げ口レベルの話で動かしていいものじゃないと思うんだけどな。
「こんな事にフォーオールの人を使わなくても良いと思うんだけど」
「アルナータ様。こんな事、で済まされないお話だからこそ、動いたとみるべきです」
「うぐ」
アニエスタのもっともらしい言葉に、僕は黙るしかなかった。
「やはり、王女殿下にお会いする前に一度盛大に発散しておくべきであったか」
「ですがあの時はバタバタしてて、そこまでの時間の余裕はありませんでしたよ」
「まぁ、引っ越し直後のお休みの時にゲミナに会いに皆でロベルスまで行ったからね。日が無かった事もあって帰ってきてすぐに登城だったもの、仕方がなかったわ」
お母様が僕を後ろから抱き締めながら、普通にジャスティナとユーニスの会話に混ざる。
ルヴィアはまだ丸まっているし、アニエスタは何やらガサゴソと僕のクローゼットを漁っている。
こらこらアニエスタさんや、キミは何をしているのかね。
クローゼットを漁り終えたらしいアニエスタが、コホンと咳払いをし皆の注目を集めた。
「それでは、最初の催しはアルナータ様直々による生着替えコスプレお披露目会でございます」
ワーーーパチパチパチ
「え? 何ソレ」
「この催しは、今までに作成されたアルナータ様発案の試作品をアルナータ様直々に着用して頂き、今後の試作品作成に弾みをつけよう、というものです」
僕の疑問に答えるかのようにその趣旨を説明していくアニエスタ。
ちなみに、コスプレ、という言葉をはじめ、この国に元々なかった衣装の名称は僕の知識のものをそのまま当てはめた。
外に発信せず身内の中だけに納めれば、多少は使っても大丈夫だろうという判断の元、女性陣にも言い含めてある。
見ると女性陣は早速僕に着せる為の服の選定に入っている。
僕はその様子を眺めているアニエスタに詰め寄り、皆の注目を集めない様小声で問い質す。
「ちょっとアニエスタ。なんで僕の同意無しに話を進めてるのさ? 普通こういうのって、僕がみんなのコスプレを楽しむもんじゃないの??」
「誠に申し訳ありませんが、最近の「夜の大乱闘で五人を相手取っても大勝利(注:表現の歪曲による警告回避)」をしてしまうアルナータ様に対する、せめてもの意趣返しであります」
僕の詰問に対し、アニエスタは平然とそう返した。
いや、うん、僕自身は記憶が飛ぶのかあんまり覚えていないんだけど、朝起きた時の皆の表情から察するに確かに最近はそんな感じなんだよね。
疲れてダルいってのもあまり感じていないんだよなぁ、不思議だ。
だが、それとこれとは話は別である。
「で、でもだからといって僕だけってのは」
「来年は夏本番、楽しみでしたのにね……」
その言葉に僕は体を硬直させた。
アニエスタが昏い笑みを浮かべて幽霊の様に僕を見る。
「あぁ、残念です。アルナータ様のご協力が仰げないのでしたら計画は頓挫せざるを得ません。せっかく感覚が掴めてきたというのに。これから他の皆様の物に着手しようとしていたところですのに」
アニエスタは顔を伏せ、演技がかった声でさめざめと呟く。それを人質に取られてしまったら僕は黙って従うしか無い。
夏本番、楽しみ。
そう、アニエスタと知り合えたからこそ実現可能となったものである。海が無い為この国では全く行われていないもの。海が無いため代替場所を見つけなければならないが、ぜひ来年は行ないたいもの。
僕は一晩の羞恥と、未来の理想郷を秤にかけ……そして、未来を取った。
「わ、わかった、やるよ。だから……」
「はい、アルナータ様。脅すような真似をして申し訳ございませんでした」
全く影が無くなった柔らかな笑みでアニエスタはそう言い、律義にも頭を下げた。
その様子に僕も毒気が抜かれ、溜息をつく。
「最初から話を通してくれてれば、僕だってちゃんと応じるから。こういう真似はもうしないで欲しいな」
「はい、すみません。アルナータ様」
僕はアニエスタの頭を両腕で抱え、撫でた。
甘い吐息が僕の胸をくすぐる。
そして僕は一回大きく深呼吸をして、決戦の場に臨んだ。
服の選定が終わったらしい女性陣が各々希望の衣装をこちらに見せてくる。
「わたしはブレザーにミニスカート、ですかね。全体的に暗色系だと妹ちゃんの肌の白さが際立って、良いと思います。あ、パンツは純白を希望します」
「あたしは……ランニングシャツにレーシングブルマ、かな。妹くんの綺麗な体の線が見れるのが良いよな。お尻の線がキュッとしてるのがさ、良いよね」
「んー。私はこの下だけミニに改造したメイド服ね。ちょっとかがんだだけでお尻が見えちゃうような短さが良いのよ。あ、下は白のストッキングをガーターベルトで吊るして、水色縞々の紐パンなんか良いんじゃないかしら」
「我は……上は何でもよいが、下はこの下半身の線がはっきりわかる位のぴったりしたパンツスーツが良いな。スーツの下から浮き出るパンツのラインが主殿の尻の丸みを際立たせ、趣深いものとなるのだ」
皆の服の注文を聞いていて思い出したんだけど、
……注文の多いレストラン、だったっけ? なんか最後に食べられちゃうお話。
遠い目をしながら僕は、爛々と目を輝かせる美獣の群れを眺めるのだった。
たぶん僕も最後はたべられちゃうんだろうなー。もちろん性的にねー。あははー。
「さすが皆様。アルナータ様の魅力を十二分に引き出しておられますね」
「……アニエスタは僕に着せたい物ってないの?」
上気し、声が上ずってきているアニエスタを横目で見ながら、僕はもうどうでも良いやって感じで投げやり気味に訊いた。
「わ、私ですか? 私は……その、パンツを穿いたアルナータ様のお尻を愛でさせて頂けるなら、それで十分、ン、でございます」
「さいですか」
最後になんか怪しげな声を聞いた気がしたが、僕はそれを聞かなかったことにした。
◆◆◆◆◆
カポーン
闘い終わって、僕は己が降した歴戦の勇士たちと共に戦後の汗を流す為、お風呂の湯船に浸かっている。
この家のお風呂はそこそこの広さがあり、僕を含め六人全員が一度に入ってもゆったり浸かれる程だ。
普段だったら主人と使用人という立場上一緒に湯船に浸かることは無いのだが、今回は半ば命令のような形で一緒に入ってもらった。
今は冬場で、汗かいたまま放置だと風邪を引いてしまう可能性があるからね。
ユーニス達は恐縮しながらも了承してくれた。
お湯の心地よい温かさに、ふぅ、と息を吐く。
今回、僕は初めて意識を保ったまま闘いを終わらせた。
普段だったら、戦後処理をユーニス達に任せっきりで朝まで目が覚めないのだ。
随分と僕も強くなったもんだと思いを巡らせる。
何に、とは言わない。言葉に出すにはまだちょっと恥ずかしい。
一緒に浸かっている女性陣をぐるりと見回す。
ユーニス、お母様、アニエスタのおっぱいは「明らか」に浮いている。
普段かかっている重力から解放されたそれは、ふよふよと揺蕩い艶やかな丸みを帯びる。
持ち主達も重さから解放されたのであろう、心地よさげに顔を綻ばせている。
ルヴィア、ジャスティナは反対にさほど浮いているようには見えない。
中身の性質の違いによるものだろうが、もうちょっとこう、水面上に見えてもいいんじゃないかな? と思う。
……ふぅ。
僕は視線を自分の胸へ向け、両手でペタペタとその存在を確認する。
無い。
……はぁ。
周りのおっぱいさん達をぐるりと見回す。
そういえば、前半の生着替えお披露目会ではやたらと尻押しだったな。
精神の鍛錬と称した示現流の訓練のおかげで、僕の下半身は爆発的な推進力を持つ強力な筋肉を持つに至った。
そして女であるが故、皮下脂肪によって筋肉の凹凸が必要以上に目立たず、結果理想的なラインを描く魅力的なお尻と太ももを得る事が出来た。
僕が自分自身を好きといえる要素の一つである。
その僕が好きと思う部分を同じ様に好いてくれるのはとても嬉しいのだが、今日の事を考えると、いささか度が過ぎていると感じるのは気のせいではないだろう。
「ねぇ、みんな。今日はやたらと僕のお尻にきゃあきゃあ言ってたよね」
ふと、そんな言葉が口を突いて出ていた。
湯船に浸かったままの女性陣の視線が僕に集まる。
「みんな僕のお尻の事どう思っているの?」
お湯の温度がグンと上がったような錯覚を覚えた。
それは、もしかしたら聞いてはいけない質問だったのかもしれない。
「さわり続けていたいお尻、でしょうか」
平然と、さも当然の様に言うユーニス。
「後ろから鷲掴みにしたい尻、かな」
臆面もなく真っ直ぐに僕に向かって言うルヴィア。
「えっちなイタズラをしたいお尻よね」
艶めかしい笑みを浮かべ、舌なめずりをするミルフィエラお母様。
「様々なパンツを穿かせたいお尻様、ですね」
熱で溶けたようなちょっとだらしない顔で笑うアニエスタ。
「敷かれたい尻、であるな」
いつもと変わらないジャスティナ。
嬉しいような恥ずかしいような、脱力したような感覚に陥り、僕は思わず天を仰いだ。
「なんか、それ聞くと皆も僕のこと言えないくらい変態だよね」
僕がそう呟くと、ジャスティナが急に立ち上がり、仁王立ちになって僕を睨むように見据えた。
「主殿、それは違うぞ。我々は変態ではない。我々はただ、主殿の尻を愛でていると何か興奮する事に気付いただけなのだ」
……どっかで聞いたようなフレーズだな?
「そういうのを変態っていうんじゃないかな?」
「いや、変態ではない。仮に変態だとしても、それは変態という名の淑女である!」
拳を握り締め、力説するジャスティナ。
見ると他の女性たちも皆一様に頷いている。
……もしかしたら、これはヤバい集団心理が働いてしまったかもしれない。
僕は逃げの一手を打つべく、湯船から上がろうとした。
が、何者かに腕を掴まれ上がることが出来なかった!
「アルナータぁ? もう上がるのぉ? まだ良いじゃない、もっとお話ししましょう?」
掴まれた腕を見ると、お母様が艶色を浮かべた瞳で笑っている。
それを合図に皆立ち上がり、僕を囲む様に近づいてくる。
体は温まっているはずなのに、心臓が凍えた様に体の芯から寒さが襲ってくる。言い知れぬ恐怖を僕は感じていた。
「さあ、二回戦と行きましょうか。妹ちゃん、今度は負けませんよ?」
蕩けたような眼で僕に微笑むユーニス。
それは、獲物を捕捉した獣のような雰囲気を纏って僕に覆いかぶさってきた。
お読み下さりありがとうございます。
本文中ほどにあります「注文の多いレストラン、だったっけ?」の部分ですが、
正確には「注文の多い料理店」というタイトルの童話であり、最後は食べられてしまう訳ではない事、主人公の自虐につなげる為に表現をわざと曖昧にしてある事、をここに付記しておきます。
ご了承下さいませ。




