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48.王女ミラニス

今日から僕ことアルナータ・チェスタロッドはチェスタロッド侯爵家の庇護から離れ、ミラニス王女の護衛として新たな第一歩を踏み出した。


表向きはアルノ・ケンプフ伯爵の第一夫人って事になっているのだけれど、当のケンプフ伯爵が架空の人物な上に、主に僕に対する男共の求婚を回避する為だけの存在なので、ついついその設定を忘れがちになる。

「奥様」「伯爵夫人」と呼ばれて反応しない事もしばしばだ。


ユーニス達も時々僕の事を「奥様」呼びしてからかったりするのだから堪らない。楽しいからいいけどさ。


義姉(あね)(うえ)様、その新しい騎士装束も大変お似合いでございますね」


うっとりとした表情で、ミラニス殿下が僕をそう評する。


「ミラニス殿下、ありがとうございます」


ウィゾルデ・エンパス公爵が身柄を預かり僕自身がケンプフ伯爵(夫人)と身分が変わった事で、チェスタロッド侯爵一族からエンパス公爵一族へと所属が移り、僕の公の場での服装もエンパス公爵家の指定する物へと変わった。


チェスタロッドの時は男装の麗人といった風のパンツスーツだったのだが、

エンパスの場合はゲームとか漫画でよく見られるような、上半身は鎧、下半身はスカートといった感じの女性騎士然としたものになった。

エンパス公爵と同じ鮮やかな紅色で、チェスタロッドから引き続き赤系統になる。


ちなみに、王女の護衛なので帯剣不可避である。

今までは侯爵家を継がない意思を示す為~、とかで剣の所持を回避していたけれど、貴族として公の場に出る場合それは法令違反になってしまうので持たざるを得ないのだ。

ただ表向きの体裁さえ整えてあれば良いらしいので、僕の持つ剣の刃の部分は潰して斬れない様にしてある。

単純に人を殺める可能性が怖いってのもあるけど、どちらかというと手を滑らせて自分を切ってしまう事の方が怖い。痛いのは嫌だからだ。


いやぁ、まさか自分自身が「くっコロ」女騎士みたいになるとは思わなかったよ。

おっぱい無いからいまいち恰好がつかないけどね! HAHAHA……はぁ。


カンカン


義姉(あね)(うえ)様? 二人でいる時は敬語は無しで、とお願いしたはずですよ? それに私が目の前にいるのに呆けるのは頂けません」


僕の胸甲の部分を、ドアをノックする様に叩いて頬を膨らませるミラニス殿下。


僕を「義姉(あね)(うえ)」呼びする事と合わせて、護衛を始めるに当たってミラニス殿下からお願いされたのが「二人でいる時は敬語は無し」である。

「義姉上」呼びはしょうがないとしても、「二人でいる時は敬語は無し」はまず無理なお話だと思う。


現在、ミラニス殿下には常に側に控えている使用人の存在がある。通常時四人体制で王女殿下の護衛も兼ねるスーパーメイドさん達なのだ。

何か他所に連絡する事がある場合でも、最低二人は残って王女殿下の身の回りを警戒している。

なので、そもそもミラニス殿下と二人きりという状況が発生しない。


「申し訳ありませんでした。少々考え事をしていたものですから。しかし殿下、「敬語は無し」というのは臣下たる私共にとってはまず無理なご相談かと」


僕は部屋の端に控えているミラニス殿下の使用人達を一瞥し、表情などの変化が無いか探った。


すると、カンッと僕の身体に衝撃が走る。


「他人行儀で嫌なのです! アルナータ様は本来であれば、カイル兄様とご成婚して私の義姉上となられた方です! 復調されて私の護衛という立場ではありますが、再び共に過ごす事が出来るようになって私は嬉しかったのです! 

ですが今のアルナータ様は前以上に何だか余所余所しくて嫌なのです! 少しは私の事も考えて下さっても良いと思います!!」


握りこぶしで駄々をこねる様に僕の胸甲を叩きながら、ミラニス殿下はその内に溜まった想いをぶちまける。


カイル王子が表舞台から去り、アベルト殿下とは関係がギクシャクして、親しい同世代、何でも相談できる人物がいない事も関係しているのだろう。

ミラニス殿下はその幼い身ながら一人で頑張ってきたのだ。


そんな王女殿下を宥めながら僕は再び使用人達に目線を向けた。

すると、一人が身振り手振りで「イリーザ様に判断を仰ぎに行きます」とこちらに発し、別の一人が足早にこの部屋を出ていった。

それを確認すると再び「それまで時間稼ぎをよろしく」とこちらに身振り手振りで言ってきた。


え、時間稼ぎって何すればいいのさ。

とりあえずはこのまま宥め続けるしかないのだろうか。


「あの、ミラニス殿下。手を怪我なさると大変ですから、そろそろ鎧を叩くのはお止め頂いた方が……」

「……おっぱい」


「は?!」


「義姉上の胸を触らせて下さい」

「い、いや、胸って……いま鎧着てるから無理ですよ?」


「じゃあ脱いで」

「あの、それは」


使用人たちに目を向けると、少々顔を赤らめながら笑いを堪えつつ成り行きを見守っている。

「助けてよ!」とジェスチャーするも、首を横に振り「何とか頑張って」と返ってきた。


僕の胸元では栗毛色の髪の美少女が、くりくりとしたグレーの瞳を潤ませながら僕を見上げている。


しょうがない、覚悟を決めよう。

あとは自分がロリコンを発症しない事を祈るのみだ。


「わかりました。では鎧を脱ぎますから、少し離れて頂けますか?」

「は、はい!」


目を輝かせ期待に満ちた表情のミラニス殿下に苦笑しながら、僕は胸甲を留めているベルトを外し鎧を脱いだ。

肩甲もついでに外し、それぞれ床を傷付けないよう静かに置く。


鎧の下は全裸じゃないので別に恥ずかしがる必要はないのだが、使用人の皆様と比べると明らかに平たい僕の胸をさらすのはあんまり気持ちのいいものでは無い。


「それでは、どうぞミラニス殿下。お気の済むまで」

「はい、義姉上様! 失礼しますっ!」


両手を広げ準備が整った僕に向かってミラニス殿下は元気よく返事をし、ガっと僕の胸を掴んだ。

ふんすふんす、と鼻息荒く目を皿のようにして凝視しながら、僕の胸を撫でまわす。


いつぞやの対面の時といい、何でこの王女さまは僕の胸を触りまくるのだろうか。


「……あの、義姉上様。一つお聞きしたい事が」


いつの間にか撫でまわすのをを止めたミラニス殿下が、俯いたままそう言った。


「何でしょうか?」

「義姉上様、ウィゾルデ様もそうですけれど、どうしてご自身の体型を気にしていらっしゃらないのでしょうか」


体型……おそらくは胸の事だろう。ウィゾルデ様、ミラニス殿下、僕。体型で三人に共通するのはそれしか無いからだ。

使用人達をちらと見る。程よく実ったおっぱいの持ち主が並んで、あ、違う違う。部屋を出ていった一人はまだ戻っていないようだ。


ミラニス殿下の胸への執着は、おそらくこの劣等感からくるものなのだろう。

さて、どう対応するべきか。


「ウィゾルデ様はどうか分かりませんが、少なくとも私は自分の体型をいつも気にしていますよ? この身体の線を保ち続ける為に」

「からだの線……」


「結構気に入っているんです、実は」


僕はミラニス殿下の前で、得意げに胸を張った。

驚いたように僕を見たミラニス殿下は、すぐに目を伏せ俯く。


「どうしたらその様に自信が持てるようになるのですか?」


自信。それはまぁ、と言いかけ、ふと前世の自分を思い出していた。

比較するのはおこがましいとは思うが、一番多感な時期に周囲を頼れない状況に陥ると自信の喪失につながるのだろうか、と考える。だからといって僕の前世が参考になるとは思えない。

しかし結局は、自分が体験した事しか話せるものはない訳で。僕はこの国で出会って、経験した物事を話す事にした。


貧乳は磨き続ければそれは希少価値となって、己を支える大きな柱となりうる。


自分の弱い部分をさらけ出し、人に頼っても良い。時には積極的に求めても良い。


人が同じように自分を頼ってきたら拒まず受け入れる。自分に出来る事が無いか探してみる。


夢を持ち続ける。もしかしたら叶うかもしれない。機会を捉えたら絶対離さない覚悟でつかみ取る。


自分に出来ない事を出来る人がいたら積極的に取り込む。正直に自分をさらせば、必ず応えてくれる。


理想と現実は得てして違うもの。一時困惑したとしても受け入れる。相手のあるがままを受け入れる。


幽騎士マリオアニ、ユーニス、ミルフィエラお母様、ルヴィア、アニエスタ、そしてジャスティナの顔を思い浮かべながら僕は今までの事をつづっていく。

そう考えると僕はかなり出会いに恵まれているんだな。アニが築いた15年という歳月のおかげだろうけど。


「殿下は胸の無さをだいぶお気にしておいでのようですが、無いなら無いなりの、有るなら有るなりの美しさ、良さというものがあります。どちらかが優れていて、どちらかが劣っているというものではありません。どちらも良い、のです」


みんな違ってみんないい。前も言ったかもしれないが、これは至言である。


僕が長々とした体験を話し終わると、ほぅっと和らいだ雰囲気に包まれた。

見渡すと、間近で聞いていたミラニス殿下ばかりか、離れている使用人たちまでもが感心したように顔を綻ばせていた。


「や、お恥ずかしい」


僕は頭を掻きながら思わず照れ笑いを浮かべる。

それまで目をキラキラとさせていたミラニス殿下がきゅっと口を結び、意を決したようにこちらを見上げた。


「義姉上様、お願いです。どうか自信が持てるよう私に力をお貸し下さい」


「それは勿論。私に出来る事でしたら何なりと」


僕は笑顔でミラニス殿下の要請に応える。

すると、殿下はことさら顔を赤らめ恥ずかしそうに顔を俯かせた。次に出す言葉を迷っている様子だ。


これはマズい流れだ!


僕は直感的に悟り、使用人達に殿下を諫めてくれるよう目線を送った。

ちょうど外に出ていた人も戻って来ているようで、いま使用人達の間で意見交換がなされている。イリーザ様の判断も聞けるはずだ。


期待の眼差しで見ていた僕に伝えられたものは想像していたものとは全く違っていた。




アルナータに一任する 好きにしていいよ もう諦めた



じぽーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ


僕は思わず心の中で叫んだ。ナントカ保護法だとかナントカ条例だとかの文字が新聞の見出しの様におどり、パトカーのサイレンが響き渡る。

とりあえずミラニス殿下の気分を害しないよう配慮しながら、僕は使用人達に向かって殿下を止めて欲しい事を身振りで伝えた。

そして返ってきた答えは……、


それを止めるなんてとんでもない 女なら女らしく責任を取って下さい


……退路は断たれた。僕はもう受け入れるしか道はない。

ていうか、ミラニス殿下に会わせる前と言ってる事が違うように思うのだけれど。

あれか? 僕からは駄目だけどミラニス殿下からはオッケーなのかな?


「義姉上様、義姉上様」


ミラニス殿下の声に目を向けると、ものすごく不安そうな目で僕を見つめていた。

その眼差しに罪悪感を覚え、それを打ち消す為に僕は殿下の頭を優しく撫でる。


「失礼しました、殿下。どうぞ仰って下さい」

「キス……して、ください」


ぐふぉっ?! 僕は吹き出しそうになるのを辛うじて堪え、口を堅く結ぶ。

目で使用人達に助けを求めるも、イケイケゴーゴーな感じで無言の応援をこちらに送るのみだ。


「駄目、ですか?」

「いいえ、そんな事はありません。少し驚いただけです」


僕は再び覚悟を決め、ミラニス殿下の前で立て膝を作ると殿下の手を握り目線を合わせる。

ミラニス殿下の喉がわずかに鳴った。


お互い自然と目が閉じられ、顔が近づいていく……。


ちゅっ


あくまで軽いキス。

そして一呼吸おいて、僕の方から離れる。


ミラニス殿下は顔を真っ赤に染めて自分の唇をしきりになぞっていた。


「私の初めてのキス、義姉上様に捧げてしまいました」


喜びを満面にたたえ、そう呟く。

とても可愛い。その様子に僕も思わず笑みが浮かぶ。




「義姉上様。今後も宜しくお導き下さいませ」


屈託のない笑顔でそう僕に言ったミラニス殿下は、何か憑き物が取れたように晴れ晴れとしていた。




この後、ミラニス殿下の使用人に連れられイリーザ様の元へ出頭した僕は、


「いつかはこうなると思ってはいたが、護衛開始初日でいきなりとは流石に思いもしなかった」

とイリーザ様に呆れられてしまったのであった。


そして「成人するまではお手付き禁止」を言い渡された。


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